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カテゴリの 『連載』 を選ぶと、古い記事から続きモノの物語になります。
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<目次> (今回の記事への掲載範囲)
序 章 掲載済 (1、2)
第1章 帰還 掲載済 (3、4、5、6、7)
第2章 陰謀 掲載済 (8、9、10、11)
第3章 出撃 掲載済 (12、13、14、15、16)
第4章 錯綜 ○ (20:4/4)
第5章 回帰 未
第6章 収束 未
第7章 決戦 未
終 章 未
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第4章 《錯綜》 (続き 4/4)
そして、本格的に野心に目覚めた国王を演じる男は、生来の明晰な頭脳で立てた自らの策略に陶酔し始めていた。この場合、もともとの目的や行動の発端になった理由が忘れ去られてしまうことはよくある。早くも保身という課題にその頭脳を働かせることで、彼もまた盲目になりつつあったのだ。明らかなのは、ルナは彼を許さないだろうということだった。本当の王やルナと会い、その権威や人柄に屈服した男は、そのようなことがあったことなど忘れてしまったかのようだ。彼等が自分の首を狙って来るだろうという恐怖心から、その排除をも考え始めていた。力を揮える立場を得た時から、人は変わっていくものなのだ。
今となっては、宰相派からルナを擁護したのは軽率だったか、との後悔が王の心を占めていたが、それには自らを慰める理由を考え出した。庶民上がりに自分が、これほどの大舞台を踏もうというのだ。始めから全てを見通せるはずもない。未だ充分に間に合うはずだ。できる処から片付けることとしよう。
軍の統帥が王室に来る前に、王は一人の親衛隊員を王室に入れた。そして宰相に聞こえるように大声で指示を出した。
「地下牢の男、もういいだろう。」
「御意に。」
宰相も、さもありなん、という顔をしていた。
王通達を持って親衛隊の隊員は王室から出て行ったが、彼は地下牢の男が本当の王であることを知らないままに、確実に男を抹殺する。これで、再び宰相と対立するようなことになったとしても、彼等が本当の王を担ぎ出して自分に対抗することはできなくなる。先手は打てたと考えていいだろう。たった今殺人の命令を発したにも関わらず、王の顔はすがすがしいものであった。本当の王が『王家の秘蹟』を放棄した真意、それを確認したいと考えたのが処刑を見送らせた本音であった。何らかの崇高な意図が有るに違い無い、それが知りたいと思ったのだ。しかし、今の彼にはそんな好奇心も余裕も無かった。
職務が人を作るという。それは事実なのだろう。良くも悪くも。王と宰相は、既に自らの野望に対して相応の役割を演じていた。そして、自らに甘くなってしまうのも人というものなのだろう。他人は自分に都合よく動くという錯覚が彼等を支配し始めていた。決してそうはいかないものなのだが、この意味で王は、皇帝と同じ過ちを犯していると言える。ルナが持つ純粋な王家の血筋だけが、自らを厳しく律せることには、誰も気付かないのであった。
◆
軍の統帥が、王と宰相からの呼び出しに応じて足早に王室に向かっていた頃、港では統帥の命を受けた数名の工作員がとあるモーテルの一部屋を囲んでいた。
部屋で寝ていたベルァーレは、外の殺気に目を覚ました。軍人としての教育を受けたわけでもないのに、彼女は気配と空気を読む力を持っていた。本当の彼女の住まいを知る者は殆どいないが、それはルナ隊の移動に応じて各地を転々として来たからだし、彼女の部屋に辿り着いた男が一人しかいないためだ。昨晩は、そのたった一人の男という名誉を勝ち得たカクがこの部屋にいたのだが、彼はルナに従って出動してしまっていた。カクに出会うまでの彼女の暮らしぶり ~知らない土地に女一人で繰り出す上での警戒心と、ルナ隊という軍人との駆け引き~ それらが相まって生まれ持った才能を引き出したのだろう。しかし、悲しいかな如何に優れた能力を持っていたとしても、一人の人間ができることはたかがしれていた。ベルァーレも一人でなければ、例えば戦闘や逃走に長けたパートナー、あるいはカクと一緒であれば、これから起こる屈辱を避けられたかもしれない。敵もさるもの、ベルァーレが一人になるのを、殺気を悟られないように遠くから待っていたのだ。工作員達が距離を詰めて来たという危機をいち早く察知したものの、彼女ができることは殆ど何もなかった。数人の男達は部屋の出入り口に素早く散会し、一人が錠をこじ開けた。その間僅か数秒。ベルァーレはベッドの上に横たわって寝たフリをして、後手に小さなナイフを隠し持っていた。襲い掛かってきた時に切り付けるために。それが適わねば、刺し違えても構わないと思っていた。それ程にどろどろとした悪意が彼女を包んでいたのだ。それにしても『なぜ』自分を狙うのか、『誰』が何の目的で。分からなかったが、近付く殺気に意識を集中させることにして、息を潜めた。慎重に音を立てずに進む男達は専門の工作員であり、あらゆるケースを事前に想定していた。彼等にとってベルァーレが準備していた抵抗手段は初歩的なものでしかなく、唯一の武器であったナイフは瞬く間にねじ上げられた腕から滑り落ちた。そのままガスを吸わされてうなだれたベルァーレは、誰に気付かれることもなく連れ去られてしまった。薄れて行く意識の中で彼女は『なぜ』の答えを見つけた。カク・サンカクである。彼の技術を手中に収めたい者がいるのだ。そのために自分はこれから人質にされるのだろう。しかし、『誰』が。その答えに辿り付く前に、彼女の意識は霧散した。
気絶した人間というのは重いもので、また関節があるために持ち運ぶのは困難なものだ。にもかかわらず、工作員達は運送用の箱を運ぶかの如く、いとも簡単に彼女を車に運び入れた。これから王宮近くの軍施設に向かうのである。途中のアジトで車を替えながら。人を誘拐するといった任務は、工作員としても名誉な任務ではない。勿論、軍人でもある彼等が命令を拒否することは有り得ない。上からの命令であれば、確実にやってのけるように訓練されている。しかし、今回の命令は只事ではない。恐らく情報部長、もしかするともっと上、つまり軍の統帥から出たものである可能性が高い。官僚機構である軍の中で、命令の下達が現場に届くまでのプロセスと期間によって、発令元は概ね想像できてしまうのだ。工作員も人であり、トップ付近からのミッションには一層力が入るものだ。そして、それは確実に遂行されようとしている。しかし、そんな彼等であっても所詮は現場の工作員に過ぎない。最終兵器リメス・ジンの存在も、それの増強にカク・サンカクの技術を投入しようと軍の統帥が考えていることも、彼等の知るところではなかった。分かっているのは、誘拐というのは誘拐した人間の近しい誰かを思い通りに操るための手段でしかないということだ。殺してはならないが、操りたい誰かに衝撃を与える程度には傷付ける必要があり、誘拐したのが女性である限り、その手段は太古から変わらない。そしてその役目は、工作員が担うことになるだろう。ルナ隊が港に集結し始めた頃から、工作員達はカク・サンカクを監視していた。そして、彼に女ができたこと、それもぞっこんであると報告した時、上からは『カクが港を離れた後に女を確保せよ』という隠密指令が降りた。暫く続いた監視だけの退屈な日々が報われるという思いに駆られ、工作員達の口元は卑猥に笑っていたが、その目は畜生のものでしかなかった。
工作員達が従事しいているのは、皇帝の陰謀に基づいた王室の策略に沿って、軍の統帥が立案したミッションである。皇帝の陰謀こそ変わっていないが、共謀していたはずの王や宰相派については、このミッションが立案された時とは全く異なった考えのもとに動き出している。皇帝とは袂を分けたのだ。にもかかわらず、末端に下された指示はそのまま遂行されていった。通常は、上層部の混乱は末端では途方も無く拡大して、収集が着かなくなってしまうものである。しかしながら、軍の統帥が指示したベルァーレ確保のこのミッションについては、たとえ状況が変わった今から指示が出されたとしても、同じ内容になっていたことだろう。むしろリメス・ジンの重みは増したと言え、カクの力はより強く求められているのだ。
様々な思惑が錯綜して混乱した状況において、結果が変わらないことが稀にある。ベルァーレにとってのこの悲劇もその一つの例ではあるが、運命と言うものがあるのなら、これが彼女にとってのそれであるということなのだろうか。
◆
既に天井近くの窓からは、日の光が差し込まなくなっていた。この部屋の主、本当の王は、偽りの王がこの部屋の外では国王として主体的に振る舞っているので、元国王と呼ばれるべき存在なのだが、彼が本当の国王であることを知る者は一部を除いて存在しなかった。未だ一日はこれから始まるという時間帯なのに日が差し込まないという状況が、部屋の住人の落日を現しているようでもあった。
実際には未だ陽が高い時間帯にもかかわらず、部屋の主はベッドに横たわっていた。翌日まで訪問者は無い予定だったので、眠っていても良かったのだが、この部屋に新たに訪問者を告げる足音が近付いて来た。
部屋を監視する憲兵は、親衛隊の到着に困惑した。ここには国王だけが訪問を許されている。親衛隊といえども、単独の訪問は断るべきか。
そんな憲兵の心情を察し、親衛隊の隊員は真先に勅令を差し出した。国王の勅令であり、この国では最も力のある文書である。それを見せられては拒む理由は何も無く、憲兵は大袈裟な鍵を開錠して親衛隊員に入室を許した。
親衛隊員は足早に部屋を検め、ベッドに横たわる男に銃を向け、起立を求めた。しかし、男は微動だにしない。そして、男の服装に気付き、判断を求められていることを理解した。男が身に付けているのは、王の礼装である。冠こそ戴いていないが、王を除いて何人も身に付けることはできない、最も高貴な服装なのだ。一介の親衛隊員が、王や宰相の陰謀を知っていたわけもなく、目の前に横たわる男がなぜ王の服装を着ているのかは分からなかった。ただ、この男は無言ではあるが、服装で王の身にまで及ぶ動乱が存在することを示していることは理解できた。そして、冷静に考えを整理した結果、恐らくもう二度と目覚めることはないこの男こそが本当の王であり、その気高い命を以って訴えているものこそ、今のこの国にとって最も必要で重要な何物かに違いないという結論に至った。親衛隊の隊員として、王国の将来と秩序に誰よりも責任があるという自負を持ち、徹底的に王に忠実であることを存在意義として生きて来た者として、究極の決断を迫られている。ベッドの上の男は、黙して何も語らない。しかし、その安らかな表情からは、自ら絶ったであろう命を賭けて、どんな言葉よりも強烈なメッセージを送ろうとして、それを成し遂げた者の潔さが伝わって来ていた。
古代より、親衛隊というものは政争に深く関わって来た。場合によっては親衛隊自体が引金を引いたという事例も少なくない。今、まさに親衛隊が政争の表舞台に立とうという瀬戸際にあって、この隊員は亡き王のメッセージを彼なりに忠実に受け止めようと考えていた。ある意味、泥沼にあってこそ親衛隊は持てる力を発揮するのかもしれない。
<当分続きます。>
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