----------------------------------------------------------------
カテゴリの 『連載』 を選ぶと、古い記事から続きモノの物語になります。
----------------------------------------------------------------
<目次> (今回の記事への掲載範囲)
序 章 掲載済 (1、2)
第1章 帰還 掲載済 (3、4、5、6、7)
第2章 陰謀 ○ (11:4/4)
第3章 出撃 未
第4章 錯綜 未
第5章 回帰 未
第6章 収束 未
第7章 決戦 未
終 章 未
----------------------------------------------------------------
第2章 《陰謀》 (続き 4/4)
「水と油では何事もうまくは行くまい?」
ルナが退室した王室で、王がうんざりした声で臣下を再び諭した。
「充分に理解しております。しかしながら、理性では如何ともし難いこともあります。……本質とはそういうものです。陛下。」
狸である。この宰相が国を支えている。
「適度にな。……では統帥、軍の立てた作戦を聞こう。」
軍が立案した作戦であり、宰相が検証している。それをこれから王に諮るのであって、この場で作戦の内容を知らないのは王だけである。王を軽視している宰相達からすれば、これは単なる儀式に過ぎないと考えていた。しかし、この王は凡庸ではない。優れた指導者であり、秀逸な洞察力を持っている。また、為政者に不可欠な鋭いセンスも兼ね備えていた。惜しむらくは、臣下の力が強すぎることか。
軍事作戦を立案するのには向いていない宰相が作成した作戦ということから、作戦の内容は至極大雑把なものであった。リメス・ジンの完成が遅れ、大陸からの侵攻に間に合わない可能性が高まった。そこでルナを招聘して戦線を維持させ、その上更にルナの排除も同時に成し遂げる、という二つの目標を持った作戦なのだ。このように戦略的な作戦であればこそ、綿密に計画されなければならない。しかし、立案したのが所詮は文官で、更にはリメス・ジンを使った本格侵攻作戦までの繋ぎでしかないという思いから、大雑把で隙だらけの作戦計画でしかなかった。
鋭敏な指摘と質問、現実的な代替案、それらが王から発せられ、議論は紛糾したが、丸一日を要して作戦の大筋は纏まった。
皆疲れていたが、臣下は満足の笑みを浮かべていた。しかしながら、王は悲痛な表情が顔面に密着して今にも崩れ落ちんばかりであった。ルナなら、厳しくはあっても何とか切り抜けられるように、微妙に作戦を調整したことに側近達は気付いていないようだ。こんな側近達や皇帝の思うままになってたまるものか、という本心は誰にも悟らせずに、しかしそれだけを心の支えとして、疲れながらも彼は王の威厳をもって宣言した。
「これで閉会する。ご苦労であった。」
「王国に栄光あれ。」
臣下が退室して行こうとした。
「私はカエサルではない……」
誰にともなく王が呟いた言葉を聞きとめた宰相が、怪訝な表情で振り向いた。
「カエサルはガリアを征服しましたが、今とはあまりに状況が違います。」
王は手を上げて承諾を現し、宰相が去って行くのを見守ってから再び呟いた。
「状況ではない。能力を言ったのだ……」
今度は誰も聞いてはいなかった。
◆
南方帝国の皇宮では、開け放たれた窓に夕暮れの市街から二千年の重みを載せて二百万人の息遣いが吹き込んで来ていた。フォルムや河畔の喧騒、議場の熱弁、縦横無尽に流れる水道の水の音、これらは永遠に変わることはあるまい。この二千年の間、帝国の首都は各地を転々としたこともあったが、「カプトゥ・ムンディ」(世界の首都)にはやはりここが相応しい。過去の皇帝には、北方の騎馬民族に蹂躙され、ここを追われた者もいた。しかし、新たに建設された街では、如何に豪奢であったとしてもこの街の代わりを務めることはできない。カエサルが暗殺の魔の手から逃げ仰せ、元老院を押さえ込んで初代皇帝の座に着いたこの街。暑い時期が長く、埃っぽい街ではあっても、ここを凌ぐ伝統は何処にも無い。少なくとも今の皇帝はそう考えていた。
自分が「カエサル・アウグストゥス」(皇帝)として認知された朝、ここに集まった数万の民衆や元老院の議員たちはあらん限りの声で「インペラトール」(総司令官)と叫び、それは大歓声となって自分の体を包んだ。古代より続く、皇帝選出の儀式である。軽く片手を上げ、その重責と己の無能さ故にと、一旦は辞退してみせるという白々しい手順を経て、皇帝になったのだ。誰も反対しない、全員一致での皇帝選出。可もなく不可もない、言葉を変えれば誰にとっても無害な皇帝の登場を、皆が待ち望んでいたのである。あれから十余年、もはや飾り物とは言わせない実力を身に付けた。元老院の大部分は、自分への同調を最優先に考えるようになった。それだけに、ブリテン王国の連中は真にもって疎ましい。彼等は自分を認めないだけでなく、自分を恐れない連中の拠り所になっている。小さな島に引きこもり、そこで正当な皇族の系統を名乗るブリテン王国など、認めるわけにはいかないのだ。そして、神聖同盟もまた増徴させてはならない。先代の皇帝が崩御し、自分が選任されるまでの数年間の空位期間、ここぞとばかりに暗躍した神聖同盟は、所詮は蛮族の末裔でしかなく、卑しくも帝国の運営に口を挟むなど、もっての他だ。帝国の一部に過ぎないということ、自分の配下に甘んじるべき者達であること、改めて分からしめさせる必要がある。
人民からの皇帝職の委託という古代からの儀式の他に、自分は皇族の系統であることを示すことができる。極秘裏にではあるが、ブリテン王国の連中が言う『王家の秘蹟』も受け、その能力を得たのだ。なぜ皇帝である自分が、秘蹟を受けるということを元老院や神聖同盟の目を盗んでやらねばならないのか。秘密を守るために、必要最低限の者だけ、この策略に直接関わる者だけで進めることが必要なので、それも今は我慢しよう。ブリテン王国の王室を取り込み、傀儡の王を立てたのが自分であることに気付いている者は一人もいない。いや、この策略自体を何人も知らないのだ。最も疎ましいはずのブリテン王国を使う処にこの策略の妙がある。
実力が伴う皇帝の出現を嫌った帝国内外の連中は、間も無く思い知ることになるだろう。民衆から絶大な支持を受けている奴を除いては。何よりも腹立たしいあの男、ルナと言ったか、奴の存在を抹消しなくてはならない。奴が皇太子に任命された時、ブリテン王国はその儀式を大々的に放映した。普段は軽率な格好かパイロットスーツしか身に付けないルナが、紫色のトーガを難なく着こなし、民衆に視線を投げかけた時、自分までもがその威厳に萎縮してしまったことを覚えている。自分の皇帝着任時のような打算的な雰囲気はかけらもなく、心から奴の皇太子への就任を祝う人民の声。これが正当な皇族の迫力か。その上、神聖同盟を屈服させたドーバー戦役を奴が成功たらしめたという事実。帝国の元老院にすら、ブリテン王国との共存を言う者が数多く出る始末。危険極まりない男だ。ドーバー戦役の停戦条約に介入し、奴をブリタニアという辺境に追い出すことはできた。いや、当時は未だ奴を完全に駆逐するための謀り事を成す程の力が無かったために、抹殺することに失敗したと言うべきだ。ブリテンの民の間で、ルナ回帰の思いは未だ強いと聞く。如何に自分がブリテンの王室を押さえていたとしても、恐らく早晩あの男は戻って来るだろう。それを受け入れざるを得ない環境が整ってしまうのは、不都合極まりない。その前に事を成さねばならない。今度は違う。徹底的に蹴散らしてくれる。ただ殺してしまうだけでは不十分だ。奴の名声を貶めてからでなければならない。そして、ルナがいなくなった後、ブリテン国王から、王位を自分に禅譲させるのだ。往年の帝国の回復、そして皇位の統一。この手で再び『パックス・ロマーナ』(ローマによる平和)を再現させるのだ。考えるだけでも血が沸くのを感じるではないか。それも、あと一息のところまで来ている。
今でも自分は、表面的には温厚な皇帝として通っているはずだ。既に元老院の基本戦略になってしまったブリテン王国との融和路線、これに同調しているように振舞っても来た。ブリテン国王のここへの招聘も、融和路線に乗った共存のための話し合いをしようとしている、としか見えないだろう。しかし、ブリテン国王は今、ここには来られない。来朝を拒否するようにと言ってある。従って自分に対する、平和を愛する皇帝、という民の印象は一層強められ、イメージを落とすのはブリテン国王になるはずだ。後は、ルナという王位継承権を持つ英雄さえいなくなれば、平和主義者という印象を持ち、そして王位を禅譲されて正当性も身に付けた自分を、民衆は熱狂して支持するに違い無い。心から「インペラトール」と叫ぶことだろう。そして、『王家の秘蹟』という神秘主義者の戯言を葬り去るのだ。帝国は、科学的で純粋な『力』によってのみ支えられなければならない。一部の超人的血統や怪しい儀式が裏付けるものなど、必要無いのだ。だからこそ、自分の先祖は皇位を奪った。この国を正しい道に導くために。ブリテン王国の消滅を以って、我が一族の思いは成就する。百年に渡る抗争に終止符を打つ時が来たのだ。
機は熟した。カエサルはルビコン河を渡る時に「賽は投げられた」と言ったというが、自分も今、後戻りができない局面に立とうとしている。歴史上、カエサルは初代皇帝とされているが、初代は唯一の存在なのでカエサルだけのものであってもしょうがない。後年、歴史を記述する者どもは、初代と同等の尊厳を持つ大帝と自分を呼ぶことになるだろう。かつて、わずかにその称号を得た皇帝がいたが、自分も大帝と呼ばれるためには、この策略を是が非にも成功させねばならない。そして民は、須らく自分に跪くために生まれ出た存在、ということを思い知ることだろう。
数千年の歴史と現代が同居する世界最大の大都市の中心で、大帝の栄誉を夢見る皇帝のその口に、笑みがこぼれた。
自分以外の人間を利用することしか考えないことに、皇帝たる彼が何のためらいも感じないのは仕方の無いことであったのかもしれない。そして、『王家の秘蹟』による皇位継承を否定しながらも、結局は自らの血統による皇位の世襲に何ら疑問を感じていないという矛盾。これもまた人として止むを得ないのだろう。人とは自らに都合が良い思考から脱却できないものなのだ。しかし、利用される側の誰もが彼の思惑の一端を成すことにだけに満足するわけではない、ということもまた事実なのである。傀儡の王としてブリテン王国に送り込んだ者が、側近達との確執や、ルナの人間的な魅力、そして国王という甘美な響きによって、必ずしも皇帝の思惑だけに従って行動している訳ではない、ということなど思い至るはずも無い。傀儡の王のできることなど、些細であって取るに足らない、というのが皇帝の認識なのであった。この認識の欠如から、状況のチェック機関の設置を怠ったというのは、彼の妄想を成し遂げる障壁と成り得るのだ。敵は言うもでもなく、味方も監視・監督する必要があるという事実は、古今東西変わらぬ真理である。
結局、最大の敵は常に内部に存在し、究極的には自分の中にいるのだ。それは『油断』と呼ばれ、全くの強敵である。誰もが腐れ縁を持つ相手だが。
<まだまだ続きます>
とりあえずクリックをお願いします。
↓
| Trackback ( 0 )
|