変化を受け入れることと経緯を大切にすること。バランスとアンバランスの境界線。仕事と趣味と社会と個人。
あいつとおいらはジョージとレニー




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カテゴリの 『連載』 を選ぶと、古い記事から続きモノの物語になります。
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 <目次>      (今回の記事への掲載範囲)
 序 章         掲載済 (1、2)
 第1章 帰還     掲載済 (3、4、5、6、7)
 第2章 陰謀     掲載済 (8、9、10、11)
 第3章 出撃     掲載済 (12、13、14、15、16)
 第4章 錯綜     掲載済 (17、18、19、20)
 第5章 回帰     掲載済 (21、22、23、24)
 第6章 収束     掲載済 (25、26、27、28)
 第7章 決戦     掲載済 (29、30、31、32、33、34)
 終 章          ○    (35)
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 《終章》

 吹き抜ける風は爽やかであった。王宮に咲き乱れる花々の香りさえするようでもある。陽の光も穏やかであり、そこは平穏そのものであった。閉ざされた一画から自由で出入りできないことを除いて。
 幽閉とは、地下牢にでも押し込まれるものと思っていた王子は、穏やかな表情で庭園を見下ろしていた。なぜ自分が幽閉されなければならないのか、この先どうなってしまうのか、全く想像もできなかった。昨日、王宮内で炸裂した爆弾の衝撃はここにも届いていたが、脱出を言いに来る者は誰もいないし、父親である王は会いに来てもくれない。
 自分が何をしたと言うのだろう? 噂では、王国は大陸の北方において致命的な敗北を期したとも言う。そして究極の最終兵器も、無敵の前評判も空しく破壊されたと聞いた。これらに自分が関係していると疑われているのか? そんな馬鹿な。
 しかし、囚われの身の耳に届く噂は、もたらされる食事程の鮮度もなく、信憑性は皆無といい。そんな情報からは何事も推し量ることはできなかった。

 そんな王子を見ている初老の男がいた。王子の教育係であり、ルナの時代から『老師』と呼ばれている男である。孫のような王子とその取り巻きを、彼は彼なりの最大の情熱を以って教育して来たつもりである。そんな彼にとって、王子捕囚の知らせは悪夢以外の何物でもなかった。だからと言って、何ができるだろう? 一介の役人でしかない彼には、見ていることしかできないのだ。いつも一緒にいた仲間達とも引き離され、王子は本当の意味での孤独を始めて味わっていることだろう。少年にとって、恐らくそれは耐え難い苦痛であるか、近々そうなるはずだ。
 脱出できないものだろうか。過去に、幾人の英雄が囚われの身から脱したか。その脱出劇までもが英雄足る所以なのだろう。王子にそれが可能だろうか。彼の仲間は助けに来ないか。奇跡が訪れてくれはしまいか。
 彼は、王子の仲間の数人が既にこの世の人でなくなってしまったことを知らない。王子奪還が計画された上に実行され、既に失敗に終わったこと、彼はそれを知らなかったのだが、誰よりも彼等の幼さと至らなさを知っているだけに、もしも救出に来ようものなら、その命を賭けることになるということまでを見抜いていた。故に、少年達にはそんなことをしないで欲しいという気持ちが先立っており、だからこそ偶発的な奇跡を期待してしまいもするのだ。そんな複雑な心境にも関わらず、初老の男は何故か楽観的な気分でもあった。理由は定かではないが、あの不躾な男が再びドアを開け、王子を解き放ってくれるような気がしてならないのだ。
 ルナの行方は杳として知れないと聞く。王国の将来も極めて危うい状況であるし、その原因はルナにあるとの噂は絶えない。あろうことか、王子がここから脱出してルナに合流した、との噂まである。また、リメス・ジンとか言う最終兵器を撃破したのがルナだと言う者いる。軍がクーデターを起こしたと真しやかに語る輩もいるが、それさえもルナとの関係が疑われている。全てがルナに面白可笑しく結び付けられた情報は、どれも噂の域を出ないと考えるべきだ。そもそも、ルナの生死すら誰も確認できてはいまい。ところが彼も、現状はルナが打破してくれる、といった確信めいた思いを払拭できずにいて、噂を流している連中と大きくは違わない。
 くしくも、一人で物思いにふける王子も同じことを考えていた。ルナが現れて自分の窮地を救ってくれるはずだと。
 多くの臣民とて同様であった。周到に仕組まれ、そして大部分が事実の上に構築されたルナの悪評は、一部の者~ 悪評を仕組んだ者達 ~ 以外には受け入れられなかったようだ。

 初老の男は、次回の講義を準備することで気持ちを落ち着けることにした。次回は、オリエント遠征を終えて、カエサルがローマに帰還するところからフィルムが始まる。ローマ帝国は危機を脱し、それから数百年に及ぶ繁栄と安定を謳歌するのだ。後年、『パックス・ロマーナ』と呼ばれる時代の始まりであり、二千年の時を越え、現在の概ねの枠組みが完成した時代だ。
 歴史に『もし』は無いという。だがしかし、もし、カエサルなければ、どんな世界と歴史が作り出されたのだろう? ブルータスがカエサルの暗殺を成し遂げていたら……、そんな他愛も無い想像にふけりながら、初老の男は淡々と講義の準備を進めるのだった。

終わり


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 <目次>      (今回の記事への掲載範囲)
 序 章         掲載済 (1、2)
 第1章 帰還     掲載済 (3、4、5、6、7)
 第2章 陰謀     掲載済 (8、9、10、11)
 第3章 出撃     掲載済 (12、13、14、15、16)
 第4章 錯綜     掲載済 (17、18、19、20)
 第5章 回帰     掲載済 (21、22、23、24)
 第6章 収束     掲載済 (25、26、27、28)
 第7章 決戦      ○  (34:6/6)
 終 章          未
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第7章 《決戦》  (続き 6/6)

「突撃する!」
ルナ機を先頭に、十五機のタイガー・ルナが旋廻しながら急降下して行ったが、数秒の静けさの後、リメス・ジンの最終兵器の標的となった宮殿付近は一斉に炎に包まれ、あらゆる構造体が瓦解した。地獄の業火はこの後どれくらい燃え続けるのだろうか。急降下中のルナの第六感は、地上の人々の恐怖と悲鳴を感じ取っていた。しかし、それは死に赴く者達が発する独特の絶望感ではなく、生きた人間の生への執着といったものであり、西ケルト公爵の避難処置は実行されたという安心感をルナに与えた。ルナがそんなことを考えていたコンマ数秒の後、十五機のタイガー・ルナから一斉に銃弾が放たれた。命中とともに爆発する銃弾は、砲弾と言った方がいいのかもしれない。王宮の親衛隊からリメス・ジンの設計図の一部を入手していたルナは、事前に弱点を探し出していた。カク・サンカクが廃人同様になってしまっており、確証的な弱点が見出せたとは言えなかったが、最終兵器『空雷砲』の仕様から類推することはできた。この兵器が一端発動するとリメス・ジンは、僅かではあろうが一時的にあらゆる機能が停止するはずであった。更に、『空雷砲』はりメス・ジンの真上には効力を発揮しないのだ。よって、『空雷砲』発動後に真上から急降下攻撃し、撃破しようと言うのが今回の攻撃方法である。また、リメス・ジンの大きな機体がルナ隊に多様な攻撃方法をも提供した。リメス・ジン迎撃にあたって、ルナ隊の半分は爆撃用の爆弾も搭載していた。言うまでもなくそれは、機銃とは比較にならない打撃力を持つ。通常の航空機に爆弾攻撃は有り得ないが、上面面積がとてつもなく広いリメス・ジンが相手ということ、そしてルナ隊の腕の良さが『爆撃』を可能にしていた。先行の機体が機銃でリメス・ジンの上面に無数に配置された機銃座を無力化し、後続の機体が爆弾で止めを刺すわけである。
 『空雷砲』発動後の一瞬の沈黙後、リメス・ジンの機銃座は上空から突進して来るルナ隊へ一斉に照準し始めた。しかし、遅かった。ルナ隊から放たれた砲弾は、雨となってリメス・ジンにめり込み、炸裂した。一面から炎と煙を巻き上げる怪鳥に、激突ギリギリまでルナ隊の機体は銃撃を続け、怪鳥から僅か数メートルの距離をかすめて離脱した。そしてその時には、後続の機体のニ機が爆弾を放ち、黒々とした爆弾は放たれた時の降下速度に重力による加速を加えながら落下していった。そして、一発が怪鳥の中心に命中したのだった。既に断末魔の悲鳴を上げていた怪鳥は、屋台骨をへし折られて空中で四散した。
「まず一匹!」
ルナが雄叫びを上げ、すかさず次の獲物に向けて編隊は上昇した。実のところ、この攻撃パターンは後二回、多くても三回が限度である。王は十機のリメス・ジンを伴って侵攻して来ているという。つまり、撃墜できるであろう三機か四機の中に、王が乗っていなければならないのだ。可能性は多くて四割。余りに危険ではないだろうか。離陸前に、ルナは隊員から当然のようにこの点について問い詰められた。
「王が座上している機体は、俺には分かるんだ。」
ルナの答えである。最早理屈ではなかったし、隊員も納得するしかなかった。王家の秘蹟を受けたルナには、きっと分かるのだろう、隊員達はそう思うことにした。ルナの作戦は勿論、それだけではない。最後の手段を残している。カク・サンカクが、ルナのタイガー・ルナにも『空雷砲』を仕込んでおいてくれたのだ。
「次の獲物はあそこだ!」
獣と化したルナが、血を求めて獲物に突進して行った。
「隊長! さっきのが目的の機体だったのか? それともこれか?」
僅かに残った不安を解消したいのか、隊員が問い掛ける。
「叩き落とせばいいのさ! 着いて来い!」
「やってやるさ!」
隊員も興奮している。冷静な会話は成り立たない。
 二機目のリメス・ジンは、『空雷砲』を発動させる愚を冒さなかった。上空にルナ隊を確認した時点で、機銃座に迎撃が指令された。相手はルナ隊のこと、このリメス・ジンの司令官とて全てを撃墜できるとは思っていなかったが、上空からの降下攻撃である以上、ルナ隊は銃撃後にリメス・ジンよりも低空に降下してしまう。その時点で『空雷砲』である。ルナ隊の全てが塵に帰すことだろう。いち早くそのことを悟ったルナは、配下の編隊に離脱を命じた。
「お前達は次の獲物を探せ! こいつは俺が殺る!」
無数に打ち上げられる銃弾を縫ってルナ機が降下して行った。そして、ルナの『空雷砲』が発動した。ルナに向けて放たれた銃弾がルナ機に近い方から順番に粉砕されていき、あっという間に怪鳥に届いた。地上から怪鳥を見上げていた者がいたら、魔法か魔術と思ったに違い無い。怪鳥の巨体は、瞬時に煙のように消えてしまったのだ。粉砕された破片は余りに小さく、地上に落下するのが目視できないためである。これがカク・サンカクの『空雷砲』なのだ。所詮タイガー・ルナでは、何発も放てるものではなかったし、威力もリメス・ジンとは比較にならない。しかし、指向性を持たされたそれは、目標を確実に捉える。
「これも違う!」
一人で叫びながらルナの血走った目は次の獲物を探していた。
ルナの抜けたルナ隊も、他のリメス・ジンを捉えて涎を垂らしている。

 古来より、戦場の地獄絵図は多く残されている。ルナが今戦っている状況は、それらと比べても過去に例を見ない殲滅戦である。国王座上のリメス・ジンだけに親衛隊の護衛編隊が同行しているという事実は、なぜかルナの耳には届いていなかった。その情報が伝わっていれば、この戦いで失われる命は最小限に留められたはずだが、何処でその情報が途切れたのかは不明だ。混乱する中で止むを得ず途切れてしまったものなのか、あるいは誰かの思惑で敢えて留め置かれたものなのか。前者ならば、この戦いで散る命の多くは何の為に生まれ出たのだろう? それが運命と言うならば、余りにも無為に過ぎるというものではないか。後者ならば、その思惑はこういった犠牲をして尚崇高なものだとでも言うのだろうか? 崇高であれば許されるというものでもなかろう。

 この他にも、今回の戦いでは多くの犠牲が出ている。そしてそれが犠牲者を取り巻く環境の全てに対して与えた弊害と打撃は、とてつもなく大きい。いったいそれらは何のためなのだろう?
 ことの発端となった皇帝が巡らせた謀略は、元はと言えば国の安定と繁栄、そして民の幸福を願ったものだった。自らの権力欲を満たすことを重要視していたとは言え、それはパックス・ロマーナを実現するためなのであって、それを責めることができるだろうか。偽の王とて、そんな皇帝の意思と理想に感銘を受けていたのだ。結局、彼は皇帝を裏切ることになったが、彼の裏切りとて皇位の統一がもたらす平和を願ったものであることに違いはなかったのだ。世に平和をもたらす、それを成すのが自分でありたいという欲望は、人間であれば仕方の無いことではないだろうか。
 各々が最善と信じたことが、衝突して行く。ルナの思いとて究極の目的は皇帝や偽の王と大差は無いのだ。帝国の版図から争いを無くしたい、それが平和と繁栄の第一歩であると考えていたのだ。違うとすれば、彼は争いが呼ぶ悲劇を実際に現場で見て来たということ、そして彼には皇帝や偽の王のような欲が無いということか。しかし、西ケルト公爵が言ったように、それも横柄というものかもしれない。彼が見て来た悲劇は事実ではあるが、全てではない。為政者たるもの、大局的にモノを見なければならない。そしてより本質的には、人たるもの欲に突き動かされるものであり、全ての人々が希望と欲望を持って生きているのだ。ルナには欲が無いと言っても、こんな人としての本質的事実を超越した者が、果たして庶民の王と成り得るのか。人の心を知らぬ者が人を治めて、本当に幸福は来るのだろうか。
 今は亡き本当の王は秘蹟を放棄した。故に玉石が停止し、再び発動させるためにルナが呼び戻されたことから今回の悲劇が始まった。本当の王は、迷信じみた『王家の秘蹟』や血族の既得権、そしてそれらに纏わる諸々からは、真の平和は求められないと悟って秘蹟を放棄したのだ。そこから始めようとしていたのだ。彼にとっては、皇統すら守るべきものでは無かったのだろう。しかし、そんな意図は誰にも引き継がれることなく消え去ろうとしている。そんな彼の思いと期待にルナは気付くことができるのだろうか。

戦いは続き、無数の思いが血となって流れて行く。

<本編はこれにて終了、次回のエピローグで完結です。>

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 <目次>      (今回の記事への掲載範囲)
 序 章         掲載済 (1、2)
 第1章 帰還     掲載済 (3、4、5、6、7)
 第2章 陰謀     掲載済 (8、9、10、11)
 第3章 出撃     掲載済 (12、13、14、15、16)
 第4章 錯綜     掲載済 (17、18、19、20)
 第5章 回帰     掲載済 (21、22、23、24)
 第6章 収束     掲載済 (25、26、27、28)
 第7章 決戦      ○  (33:5/6)
 終 章          未
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第7章 《決戦》  (続き 5/6)

 悠然と立ちすくしているだけに見えた隊員は、目にも停まらぬ素早さで肩にかけた銃を持ち替え、確実に相手を倒すニ連射を加えてから地面に伏せた。リーダー役の少年は、文字通り瞬きをすることしかできなかった。二発の銃弾は、彼の腹部を貫通して行った。そこで彼は、実戦訓練の時に教官が怒鳴っていた台詞を思い出した。
「撃つ時は相手の腹を狙え。それも必ず二発だ。どちらかが命中すれば良いし、両方当たったら留めになる。腹を打ち抜かれると相手は前屈みになるから、断末魔の反射で引き金を引いたとしても、弾はこちらに向かって来ない。地面にめり込むだけだ。」
その通りであった。地面に顔面から崩れ落ちる過程で、彼は引き金を引いていたが、銃弾は空しく地面を穿っただけであった。その僅かな間に、親衛隊の隊員からは次の攻撃が開始された。倒れ込むリーダ役に駆け寄ろうとしていた少年が、次の標的であった。そこでやっと少年達から反撃の銃声が響きはじめたが、既に錯乱した彼らに狙い等ない。がむしゃらに放たれる銃弾が隊員を捉えることはなかったが、彼の標的は確実に的を射て行く。あっという間に少年達の戦意は消失し、銃を置いてその場で立ちつくしかなかった。降伏を認めた隊員は注意深く敵に歩み寄り、そこではじめて少年達の容姿を確認した。王子の取り巻きである。彼は一瞬の動揺を見せたが、事の次第を隊長に報告するに滞りはない。無線で報告を受けた隊長は、自ら少年達を連行しに来た。王宮の中で、夜中に、幽閉されている王子を標的に、武装集団が進入したのだ。これ以上は無いという程の大事件である。当事者にその自覚があったかは疑問だが、隊長が事の重大さを理解していたのは当然である。ここ数日、王宮やその付近では過去に例を見ない大銃撃戦が繰り広げられる可能性があった。王室での親衛隊と王室憲兵の睨み合い然り、軍情報部での情報部長と親衛隊隊長のやり取り然り。その他にも、ルナ派形成の過程において、そのような危険はあった。しかし、それらは全て現実にはならなかった。それは、流す血は最小限でなければならないという隊長の信念故であり、唯一の例外は明日の武装蜂起の時だけに限られるべきだったからだ。それがこんな所で、それも子供の犠牲者が出てしまった。このやるせなさの幾らかでも実行犯の少年達には理解が及ぶだろうか。無理だろうし、それは銃声だけを聞いていたこの地区の人々とて同じだろう。本来ならこの地区を親衛隊の武装隊員に封鎖させ、徹底した緘口令を出すところである。しかし、タイミングが悪かった。隊員の殆どは武装蜂起に向けて出払っており、地区全体を封鎖するための人手がいない。止むを得ず、少年達と隊員に射殺された死体を王子とは別の部屋に監禁した。そして王子の部屋を哨戒していた隊員にその部屋の哨戒も命じ、隊長はその場を去った。時間が無かったのである。真夜中だったために、この地区の人々は何が起こったのかは知らない。しかし、王子が囚われている所で銃撃戦があったのだ。野次馬と化した人々から立つ噂は概ね予想がつく。そしてそれは、夜があける前の段階で既に面白おかしく語られ、広がって行った。夜があけた時、相変わらす不動の姿勢で哨戒する親衛隊の隊員の周囲は、あたかも昨晩と同じ状態のようになっており、銃撃戦があった痕跡は見当たらなかったし、当事者は誰もが静かであった。野次馬達とは反比例して。王子は事の次第を知らないので、騒ぐはずもない。新たに監禁された少年達も別の部屋で大人しくしている。彼等ははじめて『死』を身近に感じたのだ。ずっと喜怒哀楽を共にして愛憎を振りまき、さっきまで夢を語り絶望を嘆いていた仲間が、人間から蛋白質の塊に変わる瞬間を見てしまったのだ。泣き声さえ上がらなくとも無理は無いだろう。この静けさが、人々の好奇心を一層高めてしまった。噂の核心は『王子はもうここにいない。王子は脱出した。』であった。そして、親衛隊が何事も無かったかのように取り繕っているように見えるということが、噂に信憑性を与えていた。この噂の意味するところ、影響はとてつもなく大きい。相手は王子であり、場所は王宮の中なのである。

 ブリタニアから来た親衛隊編隊が王宮に放った爆弾は、絶対値としては決して大型ではないが、王宮内で炸裂したものとしては歴史上最大であろうもので、それは中庭の池に落ちて爆発した。その炸裂音は、王国の首都一帯に猛烈な爆風とともに広がっていった。動揺する人々をよそに、軍施設の中ではちょっとした争いが起きていた。ルナのシンパが武装蜂起したからである。数では少数だが要所要所に配置されたルナのシンパは、効果的に周辺を征圧していった。そして、ルナのシンパとそれ以外の者達の勢力が拮抗した時点で、争いが止んだ。争いの継続が総力戦を意味し、王国の壊滅に繋がると両者が判断したのである。親衛隊は王室を押さえ軍の統帥を拘束したが、王国の軍では司令官の消失が戦闘能力の崩壊を意味しない。王国軍は、優れた指揮系統とバックアップシステムを備えているのである。そして、代替の司令官として指揮を任された将軍は、事態の収束を急がないことにした。親衛隊がクーデターを起こしたのは間違い無い。しかし、古来より親衛隊のクーデターというものは、より相応しい指導者を選択する一つの手段なのである。つまり彼等の主張は、現指導層に問題有り、なのだ。必然的に、その向こうにはルナの影が見え隠れする。ドーバー戦役の英雄であり、理不尽な退陣を国のために躊躇無く受け入れた義人、そんなルナに心酔する兵士は、現在においても少なくはないのだ。新司令官は、結論を急ぐ余りに拙速に走ることなく、何らかの結果が出てから行動を起こしても良いだろうと判断したのだ。
 この一事を指導した親衛隊の隊長の判断も、結果的には同じ行動に繋がった。クーデターを起こす側として、短時間でより多くを制圧するのが正道だろう。しかし、国の将来を憂いで行動を起こした彼にとって、同国の者同士の争いは最小限に留めたかったのだ。ルナが作戦を成功させて戻れば、この争いは必然的に収まる、そしてそれは必ず成されると彼は考えていたのだ。根拠らしい根拠は無かったが、確信していた。
 実際には、ルナ派の武装蜂起は少数に過ぎ、そのままでは制圧される可能性は充分にあった。ところが『王子が脱出した。』という噂は、この時には王宮内から外にまで広がっており、必然的に『王子、起つ』として受け止められていた。王子がルナに心酔しているのは有名であったし、ルナは王子をかわいがっていることを隠していない。そんな事実が「王子派はルナ派を支援する。」と人々に思わせたのであり、それが国軍の抵抗を止めたのである。『王子派』など本当は存在しないのだが、それだけにその勢力は計り知れず、不気味であった。国軍司令官は、ルナ派との衝突が『内戦』に繋がると考え、戦闘の継続を迷った。そして、王子派の登場で『保身』のためにも膠着させることに決めたのだ。
 少年が若い命を投げ出したという事実。そのこと自体は批判を免れないだろう。彼等は浅はかであったと。しかし、結果的にとは言え、そして一時的であったかもしれないが、少年達は内戦を抑止したことにはなるまいか。短絡敵であろうと、あるいは迂闊であろうと、その心根が純粋であった場合、そこから導き出される行動からは学ぶべきことが満載されているものだ。後年、その時代の価値観によって批判も評価もされようが、いずれにせよ人の活動には意思がある。結果の良否とは別の次元で、それは受け止めるべきだろう。少年を射殺した親衛隊の隊員は、少年達の銃に込められた弾が殺人用ではなかったことを後から知って、残りの生涯を苦しみ続けることになる。彼の苦しみは、人が分かち合わねばならない最も大事なものではなかろうか。

 高空から大地を凝視していたルナは、風防の外を流れる風からリメス・ジンの匂いを嗅ぎ取った。異様な殺気とともに、陸と海の境界線を越えて来る怪鳥は、一機しか見当たらない。編隊を組んでいるはずだが、僚機は見えなかった。恐るべき破壊力を持つリメス・ジンの兵器は、一端発動してしまうと僚機までをも破壊してしまう。つまり、攻撃圏内には味方機を配置できないという宿命を負っているのだ。これは迎撃隊にとって有利な条件である。ルナ隊は、タイガー・ルナの性能的限界点まで上昇し、リメス・ジンの上空に移動して機会を待った。そうこうしている内に、怪鳥の目は西ケルト公国の宮殿を捉えてしまった。そして、何の躊躇もなく、稲光に似た最終兵器を発動させたのである。

<次回、最終話にして初めて章題と内容が一致!>

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 第2章 陰謀     掲載済 (8、9、10、11)
 第3章 出撃     掲載済 (12、13、14、15、16)
 第4章 錯綜     掲載済 (17、18、19、20)
 第5章 回帰     掲載済 (21、22、23、24)
 第6章 収束     掲載済 (25、26、27、28)
 第7章 決戦      ○  (32:4/6)
 終 章          未
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第7章 《決戦》  (続き 4/6)

 西ケルト公爵の別荘では、公爵からルナに王国の宣戦布告が知らされていた。
「予想を越えるものではないと思うが、どうだ、若造?」
「確かに。これ位の内容だと思っていたさ。」
「で、王国の軍は何処に向かう? やはりローマか? それともまずは神聖同盟か?」
「ついさっき、情報が入った。はっきり言おう。奴等はここに来る。」
「何だと?! 同盟を申し込んだ我が国に攻撃すると言うのか! さては貴様、我がケルトの同盟者が実は貴様達であることを漏らしたな!」
「そんなことをして何になるってんだ? 奴等はケルトを焼き払うことで、帝国と神聖同盟に脅しをかけようとしているんだ。」
「脅しをかけるだと? そんなに兵力に余裕があるとは思えん。」
「いや、あるんだ。この前、怪鳥の話をしただろう? それが編隊組んでやって来るそうだ。王国は、あんた達を抹殺することで絶対的な兵力を見せつけるつもりということだ。」
「我々は同盟者だぞ? そんな暴挙が許されるわけがないだろう!」
「王室の連中に聞いてくれ。俺に分かるのはここまでだ。それより、今は事態の打開が優先される。」
「あいかわらずの横柄さ、虫唾が走るわ!」
「お互い様だってことは言っておくぜ。ただ、お互いがお互いを必要としているってことを俺は忘れていないがね。……爆撃隊の目標は宮殿だろう。人々を避難させておくんだな。」
「やっておく。間に合うか……。」
「やらないよりましさ。」
「守って見せろ、このケルトの地と人民を。」
「そのつもりさ。」
言い残してルナはタイガー・ルナの格納庫に急いだ。情報によると、十機の怪鳥 ~リメス・ジンと言うらしい~ が王国を飛び立ったと言う。後は王宮の親衛隊の首尾を信じるしかあるまい。
「上がるぞ! 着いて来い!」
ルナの一声の元、ルナ隊のタイガー・ルナが離陸して行った。

 時を同じくして、ブリタニアを飛び立った親衛隊編隊が、ブリテン王宮に接近していた。親衛隊の隊長は軍情報部の取り込みに成功していたが、その後も積極的に行動を続け、軍内部に相当数のルナのシンパを獲得したのだ。そして、王室が親征を以って大陸侵攻作戦を実施するとの情報から、国王不在の間に王室占拠の作戦を進めていた。ブリタニアからの親衛隊編隊が王宮内の中庭の一つに爆弾を投下するのを合図に、ルナシンパの各部隊が武装蜂起する算段になっているのだ。
 ここに至るまで、王室に残った親衛隊の道のりは平坦ではなかった。一つづつ乗り越えて来たのだ。最大の障壁は、親衛隊は常に王と行動を共にする、ということであった。親征なのであれば、親衛隊の編隊もリメス・ジンの編隊に同行しなければならない。もとよりルナの元にその過半数が去った今、王の護衛に充てられる機数からして少なく、最大限を護衛に付けたとしても数が足りない。そこで、王の権威を国内に示すために一部を王宮に残す、という屁理屈で誤魔化すことにした。情報部による情報操作も手伝って、それは上手くいったようである。王の編隊に同行する親衛隊は、実は国王座上機に侍る一個中隊だけなのである。しかし、国王座上機を特定させないように、何機かのリメス・ジンを親衛隊の中隊に護衛させるべし、と情報部から上申させたのだ。影武者は親征の王道であり、一機あたりの攻撃範囲が広いリメス・ジンは、編隊とは言っても各々が目視できる距離にはいないという事実もあって、同行する親衛隊の数に疑いを持たれることは無いはずである。各々のリメス・ジンは、自分達以外の他の機体に護衛が付いていると思うことだろう。これでこの問題は解決したかに見えたが、ことはそう単純ではない。そもそも人数が少ない親衛隊の隊員、その一部が王の護衛に飛び立ってしまうのだ。武装蜂起を指揮する者が足りなくなってしまった。親衛隊の隊長が下したこの問題への回答は、いたずらに数を頼るのではなく、数は少なくとも意思と団結の強い集団の形成であった。忠誠が不安定な烏合の衆よりも、高い志に支えられた強固な集団による確実な蜂起を選択したのだ。内戦状態に陥らせるつもりは無いわけであり、それを許す状況でもない。ルナが帰還できる環境さえ整えれば良いのだ。隊長の判断は、クーデターという混乱が必至であり且つ各々の局面において個々に判断が求められる行動において、勢力を分断したり細分化する要素は少ない程望ましい、であったのだ。
 飛行禁止区域である王宮周辺に向けて、ブリタニアから来た親衛隊の編隊は悠々と飛び続けた。親衛隊の編隊が飛んでいることに誰が異常を察知し得ようか。むしろ、国王不在の親征中にあって、王宮上空から威圧するために編隊飛行しているものと誰もが思った。王宮を預かっていた軍の統帥は、親衛隊の飛行計画を自分が知らないことを不信には思ったが、親衛隊の暴走程度としか考えなかった。国王直轄であるが故に、親衛隊の暴走はよくあることなのだ。統帥が何かおかしいとやっと感付いたのは、編隊から一機が離脱して爆撃コースを取った時であった。その段階で撃墜指令を出した統帥には、類稀な才能があったと言うべきだろう。しかし、時速数百キロメートルで降下し始めた航空機が、腹に抱えた爆弾を手放すまでに要する時間では、統帥の撃墜指令は官僚組織機構のニつ目辺りに届くのがやっとであった。
 
 この前日の深夜に、王宮内では一つの事件が起きていた。市街地と言える地域に存在する施設としては広大な王宮の中で、そのはずれに平和そのものの地区がある。そこでは、国が戦時体制に突入したという雰囲気は殆ど感じられない。王族の子息とその取り巻きが暮らす一画である。この国の教育熱心なことは、二千年の昔から引き継がれた美徳とされており、成人と呼ばれる年齢までは様々な教育が施されるのだ。老師と呼ばれる教育係と王子、そして王子の取り巻きがつい先日まで授業を受けていたのだが、雰囲気は平和であっても、親衛隊による王子捕囚以来はあらゆる教育カリキュラムが停止していた。つまり、リーダーである王子を取り上げられた少年達は、何もすることがなくなってしまったのだ。血気盛んな少年が時間を持て余した時、彼等がリーダーを奪還したいと考えてもそれは無理もない。誰からともなく王子の開放が言い出され、それはとても自然なことのように思われた。彼等は実戦訓練も用兵学も幾らかは学んでおり、その知識を揮いたいという欲望もあったのだろう。そして何よりも、かつてローマの地でブルータスの襲撃からカエサルを守った英雄がいたが、男の功績は今なお語り継がれていることを学んだばかりの彼等が、その栄誉に憧れたということなのだ。戦闘訓練用に用意されていた武器の奪取は、瞬く間に成し遂げられた。管理・監督する立場の老師が、王子の捕囚によって意気消沈してしまっており、事実上は武器庫までもが無警戒に陥っていたのだ。この地区の平穏さがそのことへの危機感を喪失させてもいた。武器を手にした少年達は、本来なら成されるべき綿密な計画や地道な準備よりも、正面突破による華々しい方法を選んだのだが、それは少年たる所以だろう。身を呈することが、救出劇に彩りを添えると信じて疑っていないのだ。武器の調達が難なく成功したことも、彼等の気持ちをより昂ぶらせたに違いない。しかし、闇夜の先に建つ王子が囚われてる建物の前で哨戒しているのは、教育係ではない。親衛隊の隊員なのだ。確かに、ルナ派の武装蜂起の直前であり、親衛隊も充分な哨戒要員を配置できない事情がある。事実、扉の前には一人の隊員が立っているだけであった。それでも、彼はプロである。怪しさや危うさを嗅ぎ付ける嗅覚も、動作の素早さも、そして射撃の腕も、少年達の比ではない。彼は瞬く間に押し寄せる敵の数を把握し、指揮系統を探り出してしまった。家系や年齢と性格から自然に構築された仲間内のヒエラルキーをそのままに、王子の代理としてリーダ役を演じる少年は、中腰に身を屈めて彼等が組織する部隊の中央を進んでいた。親衛隊の隊員としては、闇夜のために迫り来る敵が子供であることは分かりようがない。ただ、その動作から稚拙さだけを読み取っていたのだが、彼にとってそれは、単独で戦わねばならない状況で相手に恵まれた、ということでしかなかったのである。

<そろそろ纏めに入らないと。>

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 <目次>      (今回の記事への掲載範囲)
 序 章         掲載済 (1、2)
 第1章 帰還     掲載済 (3、4、5、6、7)
 第2章 陰謀     掲載済 (8、9、10、11)
 第3章 出撃     掲載済 (12、13、14、15、16)
 第4章 錯綜     掲載済 (17、18、19、20)
 第5章 回帰     掲載済 (21、22、23、24)
 第6章 収束     掲載済 (25、26、27、28)
 第7章 決戦      ○  (31:3/6)
 終 章          未
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第7章 《決戦》  (続き 3/6)

 これまでのようである。そもそもこの密使は、王が彼の帰国を引き止めようとすることを想定していたのだろう。あるいは確認していたのか、その態度は毅然としたものであった。王は宰相に目配せし、密使の拘束を指示した。すぐに親衛隊が王室に乱入して密使に手錠をかけたが、それまでもが想定の範囲内だったのか、彼の表情に驚きの色は全く無かった。
「掲げる目標は同じなのだ。ただ、我々には我々のやり方がある。それに気付いただけのことだ。」
王が密使に掛けた最後の言葉だった。
「不忠者め、思い知るがいい。」
それだけ言い残すと、密使はその場に倒れ込んだ。何処かに自殺のカラクリを仕込んでいたのだろう。その死顔は大義に殉職した潔さと強固な意志を現していた。
「親衛隊、死体を片付けろ。」
王は王室に残った宰相に命令した。
「リメス・ジンの行先を変更する。二手に分けで、一方をローマに向かわせろ。」
「ローマを焼いてもよろしいので?」
「止むを得ん。皇帝の動きは思ったより早い。こちらが先手を打つ必要がある。」
「指揮官が足りなくなりますな。」
「予定通り、ケルトには余が行く。ローマ行の部隊は貴公が指揮を執ってくれ。」
「王室を空けると申されるか?」
「我々の不在中は、王国を軍に預ける。」
「ローマへの攻撃部隊こそ陛下が統率されるべきです。ケルト行きの部隊は軍の統帥に任せるのがよろしいでしょう。王室には私が残って国務を代行致します。」
「それも道理よな。しかし、だ。余の親征ではあるが、余が直接ローマに攻め込むよりも、後方で増援を仄めかす方が、より迫力が出せるのだ。そのためには、完全に余の代行が勤まる者がローマ行きの部隊を率いなければならん。」
王の真意を測ろうと宰相の目が鋭く輝いている。勿論、この狸に国政を任せるわけにはいかない、というのが王の本音である。軍の統帥は有能な政治家ではないが、分かり易い性格のため、コントロールもし易いのだ。
「親征は数世代に渡って無かったことです。我々の姿勢を内外に示すため、陛下にご出陣願うわけです。そして、軍の統帥が同行することで、全軍を上げての作戦であるという位置付けまでをも同時に示すのです。」
「貴公の言うことは一般論として理解できるが、実態を考えてみよ。あやつめに実戦部隊を任せることができるか?」
「軍には有能なスタッフがおります。充分に補佐してくれるでしょう。」
「古来より、重要な攻撃軍の総司令官は執政官(コンスル)が努めている。親征の時でさえ、皇帝が執政官をわざわざ兼務したこともある。我々の姿勢や作戦の位置付けを示すためにも、我が国の執政官とも言うべき、宰相の貴公に同行してもらいたいのだ。」
もともとは宰相と軍の統帥を両方とも王室に残して行くことになっていた。王は、統帥をコントロールして宰相を押さえようと考えていたのだ。しかし、部隊を分ける必要が生じた今、どちらかを同行させる必要がある。宰相を残してはならないと王の直感が強烈に訴えかけていた。
「余とともに歴史に名を残す者として、貴公こそが相応しいのだ。」
そこまで言われては宰相も引き下がれない。悪い気もしない。
「いいでしょう。お供させて頂きます。」
「貴公が来てくれることで、今度の作戦は一層磐石となった。」
「ご期待に添えますよう全力を尽くします。」
歴史には『世界都市ローマを焼き払った男』として貴公の悪名が残るのだよ、と心の中で呟いた王は、話題を切り替えた。
「宣戦布告の時間だ。布告後、ただちに出撃する。」

 宣戦布告は、帝国と近隣の国々の隅々にまで届いた。ブリテン国王が敵とするのは、ローマ帝国の正当な後継者であるブリテン王国を侮辱する国々、即ち、帝国を名乗ってローマを占有している国やその庇護の下に生きる全ての国々とそれらの為政者である。布告は全面的な無条件降伏を求めていた。その期限は本日の十七時ちょうど。例え降伏が検討されるとしても、数時間で結論が得られるような問題ではない。つまり、ブリテン王国は十七時に何らかの攻撃を仕掛けるということなのである。
 神聖同盟では同盟国全てが王国への臨戦体制を整えていたので、即座に徹底抗戦と帝国の防衛を担うことを宣言した。
 西ケルトからは、西ケルト国王名義でブリテン王国との同盟が申し出られた。勿論、ケルト公爵が同盟を申し出た相手は王室の連中はなくルナなのだが、未だ誰もそのことには気付きようがなかった。
 帝国の元老院では、主戦派の勢いが益々強まっていた。先方から宣戦布告が出された以上、穏健派と言えども開戦に躊躇しているわけにはいかない。皇帝からは全軍に臨戦体制を敷くべく勅令が下され、神聖同盟には体制整備までの帝国防衛が下知された。
 帝国全域が戦争状態に突入しようとしていた。人々は数千年来無かった事態に右往左往し、何もかもが混乱していった。
 この時皇帝は、ブリテン王室に裏切られたことに怒りを覚えていたが、なぜかその表情は満足そうでもあった。謀略を企てて事を成すのも良いが、直接的に戦争を指揮した皇帝は、歴史書を古代にまで遡らねば出て来ない。やはり自分は歴史に名を成す皇帝として生まれ出たのだという確信が、彼には芽生えていたのだ。
 戦争の被害者は一般の人々である。しかし、彼等の悲劇が歴史に記録されることは無く、記憶の糸が途絶えたところで忘れ去られてしまうのだ。千年来戦争を経験していない帝国の皇帝が、これから起こるであろう数多の悲劇よりも、戦いに勝って凱旋する自分を想像してしまうのは仕方のないことなのだろうか。それは人知の限界か、あるいは属人的な問題か。

 宣戦が布告されるとすぐに、王と宰相はリメス・ジンに搭乗すべく空軍基地に向かった。その道すがら、宰相が解決していない事態への配慮を見せた。
「ルナ殿は何処で何をされているのでしょうな。」
「リモーからの報告によると、ルナ隊に編入した仕官が我々の策略を鋭く見抜いたということだが……。」
「ルナ殿が我々の策略をどこまで知り得たのか、気になります。この作戦が終了したら解明せねばなりますまいな。」
「奴が我々への復讐に燃えているのは間違いない。しかし、一介の軍人に何ができる?」
「正直に申し上げますが、私は彼を恐れております。リモー艦隊に配属した時点で、彼が逃げ果せる可能性は無かったはずです。底知れない強運を感じます。」
「うまくいかないこともある。考え過ぎるでないぞ。」
あれだけ用心深かった王の余りに楽天的な物言いは、宰相に幾らかの猜疑心を植え付けたが、これから大陸侵攻作戦に赴くにあたり、これ以上そのことに彼の思考がとらわれることはなかった。その様子を横目で確認した王は満足げであった。
 王は、ルナをリモー艦隊に派遣する作戦を考えていたあの時には、未だ彼を守ろうと考えていたのだ。ルナを守るために、リモーが宰相派に属すことと、大陸侵攻作戦に何か裏がありそうだ、ということだけを含ませた情報士官を空母に潜り込ませたのは王なのであった。艦内にルナを助ける者が必要だろうと考えたのだ。敢えて女性を送り込んだのも、殺伐とした作戦稼働中にルナの心を癒すためでもあった。抹殺してしまうには、ルナは魅力的に過ぎた。今では、何とも余計なことをしたものだと思う。しかし、ルナが離反し、大陸侵攻作戦が失敗したが故に、皇帝の呪縛から逃れる術を見つけられた。あの作戦が予定通りに進んでしまったとすれば、自分はいつまでも皇帝の駒として使い尽くされたことだろう。あるいは、用済みになった時点で皇帝に消されたかもしれない。結果的にこれで良かったのだ。王はそう考えることにした。とは言え、あの仕官は何としても消し去る必要がある。真相を宰相派の耳に入れさせるわけにはいかないのだ。そのためには宰相が言う通り、ルナの行方を追って、ルナともども抹殺するしかないだろう。あるいはその仕官をルナ抹殺に利用するか。やり方は色々ありそうだ。女であれば尚更である。
「暫くは正念場ぞ。」
王は宰相にそう言い残して自らが座上するリメス・ジンに乗り込んで行った。その言葉を宰相は素直に受け止め、彼も自分の機体に搭乗したのだった。
間も無く、轟音とともに巨大な怪鳥は群れを成して飛び立って行った。

<未だ未だネタはあります。>

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 序 章         掲載済 (1、2)
 第1章 帰還     掲載済 (3、4、5、6、7)
 第2章 陰謀     掲載済 (8、9、10、11)
 第3章 出撃     掲載済 (12、13、14、15、16)
 第4章 錯綜     掲載済 (17、18、19、20)
 第5章 回帰     掲載済 (21、22、23、24)
 第6章 収束     掲載済 (25、26、27、28)
 第7章 決戦      ○  (30:2/6)
 終 章          未
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第7章 《決戦》  (続き 2/6)

 車の移動は数分しかなかった。会談は西ケルト公爵の別荘で行なわれるのだ。ルナ隊が着陸したのも別荘の敷地の中だったのだ。広大な敷地を移動する車中で、ルナはフェルチアを抱き寄せ、ことの次第を聞くこともなく彼女を貪った。敷板の向こうにいる運転手の存在など気にする余裕すら無い。彼女とて望んでいたことなのだろう。彼等の人生がその数分に凝縮されたような濃厚な時が過ぎた。あっという間に母屋に着いた車から出た二人を門兵が迎え、フェルチアが衣服をただして事務的に告げた。
「ルナ伯爵です。入ります。」
火照った頬のフェルチアをいやらしい視線でなめまわす門兵を無視して、二人は足を進める。大きな扉をくぐった先には薄暗い広大な広間があり、その先の一画に明かりが漏れている部屋があった。その部屋に入ったところで、フェルチアは衛兵に止められた。
「ここからは伯爵だけになります。」
ルナが衛兵を振り払おうと思うよりも早く、フェルチアの目が先を急げと急かしていた。ルナは更に奥の部屋に通され、背後で扉が閉められる音を聞いた。迂闊だったか、とも考えたが、フェルチアの首尾を信じることにした。使い古されてはいるが、材質の良さと職人の技量の高さを示す事務机、そしてその机の向こうの椅子に座っている男。ルナの警戒心を含んだ視線を男の猜疑心に満たされた瞳が捉えたところで、まず男が口を開いた。
「ルナ殿、率直にお話頂きたい。勝てますか?」
甲高い耳障りな声の主は、西ケルト公爵である。老齢に近いその男は、立ち上がるのも億劫な様子でルナに問い掛けて来た。抱擁や握手も無く、儀式めいた挨拶も無い。失礼この上無い話だが、ルナはむしろその方が好きだった。ただ、話の中身はいただけない。
「勝つ、と?」
「そうだ。我々ケルトの民はもう充分にあなた方のお役に立って来た。これからは自分達で生きて行く道を選んだのだ。」
「あんた達が勝つ、独立を果たすということだと思うが、それはあんたの心根次第だな。」
「君は我等を従順な民族と考えておるのだろう? 違うと言っておこう。誰よりも平和を愛しているということなのだ。争いを好まないだけで、あなた方への不満や独立への思いは昔からあったのだ。」
「俺を買いかぶらないでくれ。俺は王国の代表じゃない。数千年来の従属関係を俺に愚痴られても拉致は開かないぜ。」
ここで西ケルト公爵は、目の前の机に拳を打ち付けて怒りを露にした。
「何たる横柄さか! 君は王族なのだろう? 生まれながらにして民や属国に責任があるのだよ。」
「俺が望んだことじゃない。」
「では、君はここに何をしに来たのだ?」
「王国だけじゃなく帝国も神聖同盟も、今は欺瞞に満ちてる。正義を確立したいだけだ。」
「西ケルトの正義をどう考えるかね?」
「俺達がより良い統治にあんた達を必要とするか、あんた達が平和のために俺達を必要とするか、それだけの関係だ。あんた達の正義はあんたが考えてくれ。」
「良かろう。では最後に一つ。世の中を正せるのか、君は?」
「俺は信じる道を行く。評価は歴史に任せるさ。」
西ケルト公爵は、今度は両手を広げて呆れて見せた。
「だから横柄だと言っているのだ! 君の選択に人民の未来がかかっているのだぞ!」
「じゃぁ聞かせてくれ。あんたはどうして西ケルト国王の称号を受け入れたんだ?」
「この地に真の平和をもたらすには、自主独立が必要だからだ。人民もそれを望んでおる!」
「事情は聞いているんだぜ。ケルト人民の望みは一つじゃないんだろう?」
「当たり前だ。それが正常なのだ。ただ、大きな目的を達成するために、一時的に人民の希望を統合せねばならん。」
「そのために今は力が必要で、そこに俺が現れたってわけだ。」
「揮える力が必要なのは今、という意味では君とて同じだろう?」
やっとそこで西ケルト公爵は立ち上がった。ルナも前に進み出て、両者の手は固く結ばれた。目的や思想に共通点が見出せなかったとしても、手段として双方がお互いを必要としている。ルナの持つ求心力と西ケルト公爵が持つ基盤、性質が違うが故に、この相手でなければ補填できない力がある、という認識が共通であることを確認しあえたのである。 握った手を離さずに公爵が続けた。
「歴史上、大きな目的に向かって団結することはよくある。そして、目的が成した後は互いに衝突することもよくある。我々の同盟もそうなると思うかね?」
「お互いの能力次第だな。双方にとって必要性が発揮し続けられるかってことだろう。」
公爵の高笑いが響いた。そして最後に付け加えた。
「我々は協力を惜しまない。何を使ってもいい。やってみせろ、若造。」
西ケルト公爵は、自らが何かを成すタイプの男ではないようだ。そんな男を王に頂くケルト民族の将来は課題山積だろうが、噂程に低脳で粗雑な男でもなかった。神聖同盟の総督に実権を握られ、波風を立てないことだけに全精力を注いできた男。しかし、それを継続するにも相当な能力が必要だったということだろう。
 フェルチアとともに格納庫に戻ったルナは、ブルータスとブリタニア統領に事の次第を伝えた。これで基盤は整った。いよいよ行動を起こす時である。

 ちょうどその頃、王宮から最も近い王国の空軍基地では、大地を揺るがす轟音が響き渡っていた。十機のリメス・ジンが滑走路上でアイドリングしているのである。搭載されたエンジンの数は、王国空軍の全戦闘機にも匹敵する。凄まじい音と巨大な勇姿を管制塔から見下ろしている王は、感無量の面持ちであった。
「陛下、至急王室に戻られるようにと、宰相殿からのご伝言でございます。」
管制官の言葉が王の思考を現実に引き戻した。
「戻って来いと? ……分かった、ご苦労。」
ただならぬ事態を感じ取って足早に王室に戻った王は、にやけ顔の宰相に迎え入れられた。
「皇帝の密使が別室で控えております。現状を踏まえた上で、今後の打開策を相談したいとのこと。いかが致しましょう?」
王が思ったよりも皇帝の反応は早かった。連絡も無いまま、いきなり密使を送り付けて来るとは、王に何らかの疑問を感じているのか。皇帝への畏怖の念が再び王の頭を占め始めたが、宰相の不愉快なにやけ顔がそれを押し留めた。宰相は状況を楽しんでいる。いよいよ佳境ということで、王のお手並み拝見といったところなのだろう。とりあえず、疑いを持たせないために密使を待たせておくことはできないので、王室へ入室させることにした。宰相の招きに応じて、未だ三十歳前後の生意気ざかりの男が入って来た。皇帝の密使ということは、それなりに優秀な男なのだろう。
「遠路ご苦労である。必要であればこちらから連絡係を派遣したものを。」
「貴国の神聖同盟への侵攻が失敗したこと、そしてルナ殿が離反したこと、皇帝陛下はいたく心を痛めておられます。」
「同じ目的を持つ同士として、我々とてその思いは同じだ。だが、あわてても仕方が無い。まずは寛がれよ。飲み物を用意させよう、座りたまえ。」
立ったまま微動だにせず密使が続けた。
「結果には必ず原因があります。それを知るために私は来ました。」
下手な引き伸ばしは逆効果のようだ。
「正直に申し上げよう。ルナがどうやって逃げ果せたのか、我々も未だ掴んでいない。作戦の失敗は、ルナが作戦に参加しなかったためというのは間違い無いが。」
「言い訳に聞こえます。私は、皇帝陛下にルナ殿が離反し得た理由をご説明せねばなりません。答えを得なければならないのです。そしてあなた方は私に答えを託す義務がある。」
これはもう脅迫であった。王が仕損じたとしても、自分にとっては対岸の火事で済ませられると考えているのか、宰相は何も言わずに座っている。
「我々とて手をこまねいているわけではない。現場からの報告を分析しているところだ。間も無く結論は得られよう。」
「私もそれを望んでおります。一時間後に私はローマに戻るべく出発します。それまでにご説明頂きたいと存じます。」
それだけ言い残して別室に下がろうとした密使を王は引き止めた。
「ルナ離反の理由がどうであれ、予定外の対応が必要になったのは明らかだ。善後策について議論したいのだが、君にその資格はあるか?」
リメス・ジンがケルトを焼き払い、その始終を斥候が皇帝に報告するまで、何とかこの密使を引き停めねばならない。ブリテン王室が皇帝を裏切ったという知らせが、事前に皇帝の耳に入るのは望ましくない。帝国が神聖同盟と共同戦線を張るといった事態になってしまえば、いかにリメス・ジンを持ってしても戦線の長期化は避けられまい。国力の差から言って、短期決戦で結論を出す必要があるのだ。
「物事には順序があります。王国軍の神聖同盟への侵攻は、皇帝陛下の作戦において始めの一歩だったのです。それが失敗したのですから、まずはその原因を探らねば次の一手を考えることはできません。」
「君では話にならんようだ。私が直接皇帝とお話することにする。ご苦労だったな。」
「失礼を承知で申し上げます。見苦しいですぞ!」

<本当に終わらせられるの?>

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 序 章         掲載済 (1、2)
 第1章 帰還     掲載済 (3、4、5、6、7)
 第2章 陰謀     掲載済 (8、9、10、11)
 第3章 出撃     掲載済 (12、13、14、15、16)
 第4章 錯綜     掲載済 (17、18、19、20)
 第5章 回帰     掲載済 (21、22、23、24)
 第6章 収束     掲載済 (25、26、27、28)
 第7章 決戦      ○  (29:1/6)
 終 章          未
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第7章 《決戦》  (1/6)

 ローマの宮殿では、皇帝の下にルナ離反の知らせが届いていた。そして、王国の軍隊は海軍では空母艦隊が敗走し、北方の王国領土から神聖同盟に向けて出撃した爆撃部隊も陸上部隊も壊滅した、という情報が届いたのもそのすぐ後であった。神聖同盟は王国からの先制攻撃を明確な侵略行為と糾弾し、撃退の成功は我に正義があるからだと喧伝しているという。もとより王国への侵攻を準備していた神聖同盟は、またとない理由を得て今まさに反攻に取り掛かろうとしていたのである。
 帝国は今、元老院での議論が紛糾していた。秩序を乱した王国の成敗を掲げて主戦派が息を吹き返し、王国との融和路線を踏襲しようとする穏健派と衝突したのである。徹夜で議論されたが、主戦派の神聖同盟に王国の成敗を命じる元老院通達を発せよという主張と、穏健派の神聖同盟と王国を協定に持ち込むために帝国が介入すべきだという拘りは、折り合いを得ることができずにいた。結局、その最終判断は皇帝に委ねられることになった。皇帝が描いた筋書きとは異なる方向に事態は進み始めており、自らの思惑と違ってしまった現状に皇帝は舌打ちしたが、それを他人に悟らせはしなかったのは流石と言うべきか。
 歓声と満場の拍手で議場に迎え入れられた皇帝は、右手を上げて静粛を求めた。
「元老院議員諸君、諸君があらん限りの熱意で議論してくれたことに感謝する。」
これから主戦派と穏健派の意見を聞くのである。まず、主戦派を代表した議員が壇上に立ち上がり、全議員に対して語り始めた。
「我が帝国は、その版図の一部を神聖同盟に委ねてはいるが、ここ数年の間は安泰で平和であった。ブリテン王国なる小賢しい連中を見過ごして来たのも、平和を愛する市民会の意図を元老院と皇帝が重視したからに他ならない。」
そこで一拍置いて代表が皇帝に視線を据えた。
「しかし、そんな我々の寛大な心も知らず、ブリテン王国のふしだらな連中は神聖同盟に侵攻した! これが侵略でなくて何と言おうか?! 皇帝陛下におかれましては、ブリテン王国を成敗するという意思を見せて頂きたい。我が帝国の最高意思としてそれを現すには、元老院通達こそ相応しい!」
半数には満たないが、決して少なくない議員が賛同の拍手を贈った。当然のように穏健派の議員が立ち上がって反対の論陣を張る。
「平和を愛する心は、どこの民とて同じだ。そして、平和とは、未来を子供達に託せる世の中のことを言うのだ。ブリテン王国の振る舞いは確かに許し難いが、あの国と全面的に戦争になってしまっては、将来を託すべき子供達にも大きな犠牲を強いることになる。その見返りは何だ?」
一同を見渡してから穏健派の議員が続けた。
「何も無い。どんな体制にせよ、我が帝国の元に民は生きている。陛下、既にブリテン王国は大敗を喫し、充分に痛手を負っている。これ以上の争いは何も生まないと心得られよ。」
すかさず主戦派の議員が反論する。
「何を言うか! このまま協定に持ち込んでブリテン王国が存続してしまえば、遠からず再び血が流されよう。そんな未来を子供達に託せと言うのか!?」
「ブリテンの連中とて馬鹿ではない。諭してやるのも盟主としての我等の役目。」
「諭して分かるものなら、はじめから今回のような暴挙には出まい。」
「起こってしまったことをとやかく言ってもしょうがないのだ。我が帝国には数百年もの間争いが無かったのだ。ところが属国には神聖同盟といいブリテン王国といい争いが絶えない。我々の責任でもあるのだ、これは!」
「それは属国という発想が招いた結果だ! 神聖同盟もブリテン王国も、我が帝国の版図ではないか! そういう他人行儀な姿勢が物事の解決を遅らせるのだ!」
「他人行儀とは聞き捨てならん。我々に向かって言っているのか?」
「他に誰がいるというのだ?」
「では聞くが、帝国が乗り出すことの意味を考えているのか? 元老院通達なぞ出しては、国内の混乱を内外に公言するようなものだ。オリエントの連中が黙っていると思うのか? そんなことも考えられないとは浅はかとしか言いようがない!」
「浅はかと言われるか! その程度のこと、我々も充分に考慮しておるわ!」
最早喧嘩であった。そのようなやり取りにうんざりしていた皇帝は、議員達の討論を熱心に聞いている素振りで他のことを考えていた。こんな稚拙な議論に付き合っていられる状況ではないのだ。ルナが離反したとはどういうことか? 今回の策略を誰かが奴に漏らしたのだろうか。有り得ないはずだ。では、奴の強運が逃げ果せることを可能にしたのだろうか。いや、違う。ブリテン王国の神聖同盟への攻撃が失敗したということは、恐らくルナはその攻撃に加担していないのだ。事前に何かに感付き、何らかの意思を持って何処かに行ったに違い無い。ブリテン王国を利用して神聖同盟を併合させ、国王から王位を自分に禅譲させることは、もうできなくなってしまった可能性が高い。ブリテン王室の連中に連絡を取って、善後策を講じなければならない。ルナが何を考え、何をしようとしているのか、それが問題であり、それが何なのか、突き止める必要がある。
「諸君の考えはよく分かった。私なりに考えてみることにする。明日の議会で私の考えを諸君に諮ろうと思う。」
皇帝の退出でこの日の議会は散会した。それぞれの議員達は各々の主張を言い切って満足顔であった。皇帝がそれらを殆ど聞いていなかったということは、彼等の知るところではない。そして、翌日までに結論を得ようとしている皇帝にしても、事態はそんな余裕すら認められない程に逼迫しているとは考えてもいなかったのだ。それは致命的な結果を招来するに違いない。
     ◆
 親衛隊の編隊と自らの部隊の一部をブリタニアに残し、それらの統率をブリタニアの統領に任せて来たルナは、三個小隊を率いてケルトに向かっていた。夜が更けるのを待ち、闇の中を飛び続けて来た。間も無くケルトの同士から連絡が入る手筈になっている。西ケルト公爵に会って、その配下の勢力をルナの元に集結させようと言うのである。自主独立を掲げてしまったケルト民族の全てを統率するのは難しいだろう。しかし、王を名乗った西ケルト公爵がルナに傾けば、分裂した幾つかの派閥が集結するだろうし、ルナの活動拠点としてはその程度で充分であった。
 その時、ブルータスだけが知っていたルナの極秘通信機の暗号無線から声が響いた。
「こちら子飼いの娘。感度よろしいか?」
通信を聞いたルナは思わず笑みを漏らした。子飼いの娘とは気の利いた暗号名である。ルナの子飼いであるブルータスが仕立てた斥候、という意味なのだろう。それが女性だとはこの時初めて知ったのだが。この暗号通信も見直しが必要になるだろう。ブルータスとルナだけの極秘通信だったのだ。信用できる仲間とは言え、今の通信相手がその存在を知ってしまった以上、今回の件が終わったら別のモノに置き換えなければならない。本当の秘密は味方や仲間を欺くことから始まる。
「聞こえている。間も無く陸地に入るところだ。」
「誘導する。進路を入力されたし。」
「了解した。任せる。」
送られて来た通りにタイガー・ルナを操り、ルナ隊が闇夜に着陸して行った。すぐに偽装した格納庫に隠すため、ルナはタイガー・ルナを広くはない扉から中に入れ、エンジンを止めて地面に降り立った。そこで強い視線を感じて振り返ったルナは、我が目を疑ったのも束の間、腹の底から込み上げる喜びに我を忘れた。そこにはフェルチアが立っていたのである。
「隊長、あれから何日かしか経っていないのに、お久しぶりですと言いたくなります。」
フェルチアの言葉を遮って抱きしめようとしたルナは、彼女の拒絶する目に立ち止まってしまった。
「私達だけが再会を喜んではなりません。ここにいる者の多くは、最愛の人を失ったり別れて来た人達ですから。」
道理である。このまま個室に連れ込んでしまいたいという突き上げるような衝動に堪え、ルナは彼女の次の言葉を待った。
「隊長にはすぐにここを発って頂きます。西ケルト公爵、今はケルト国王ですね、彼との会談が三十分後に設けてあります。」
今後の趨勢を諮る極めて大事な会談である。しかし、ルナの頭はそうは簡単に切り替わらない。フェルチアが生きていた。どうやって? フェルチアがブルータスの斥候を勤めている。彼女はスパイの教育も受けていたのか? 答えは出なかったし、問い掛けてもフェルチアも今は応えてはくれないだろう。ルナとて渦巻く疑問よりも、フェルチアが無事であった事実がより重要であり、その経緯はどうでもいいという気もあった。
「ここからは車で移動します。私が同乗しますが、面通しまでです。その後は隊長、あなたの双肩にかかっています。気を強く持って臨んでください。どのような結果であれ私達は受け入れるでしょう。あなたには仲間がいるのです。」
小娘と思っていたが、母親のようなことを言う。そんな可笑しさもあって、ルナは笑顔で頷いて見せた

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 <目次>      (今回の記事への掲載範囲)
 序 章         掲載済 (1、2)
 第1章 帰還     掲載済 (3、4、5、6、7)
 第2章 陰謀     掲載済 (8、9、10、11)
 第3章 出撃     掲載済 (12、13、14、15、16)
 第4章 錯綜     掲載済 (17、18、19、20)
 第5章 回帰     掲載済 (21、22、23、24)
 第6章 収束     ○ (28:4/4)
 第7章 決戦     未
 終 章          未
----------------------------------------------------------------
第6章 《収束》  (続き 4/4)
    ◆
「こんな所に親衛隊の隊長が自らお出ましとは珍しいですな。」
「世間話をしに来たのではない。」
そこは軍情報部の総本山とも言うべき所で、王宮から少し離れた軍本部の一角であった。親衛隊は独自の情報網を持っているが、総合力で軍には到底適わない。ルナの元には様々な勢力が終結して来ているが、戦力や持久力において国軍の足元にも及ぶまい。そうであればこそ、情報力が必要なのだ。親衛隊の隊長は、まず軍情報部が握っている情報を収集し、彼等の動きを把握しようとしていた。水面下から接触していたところ、軍統帥直轄の極秘作戦が進行していることを掴んだ。どうやらそれは誘拐・拉致作戦のようだが、ルナに関係している何かのようなのだ。統帥直轄ということは、末端にいくら接触を試みても核心には届かない可能性が高いと踏んだ隊長は、思い切って情報部の統括室にやって来たのだ。情報部の部長は親衛隊の隊長がやって来たことに驚きを隠さなかった。一般には、誇り高き親衛隊は汚れ仕事の多い情報部とは対極に位置付けられており、両者が接触するのは極めて稀なのだ。
「ブリタニア辺境伯が出撃した後、港付近で進めている情報部の作戦について、伺いたい。」
部長は顔色一つ変えなかったが、空気が一変したのを隊長は見逃さなかった。
「何のことやら……。」
「建前はいい。きっと我々はお役に立てると思う。」
「例えそうであったとして、私があなたに作戦の内容をお話するとお考えか?」
「……やはり無理だろうな。」
踵を返して退室して行く親衛隊の隊長を、部長は満足げに見送ったが、隊長が扉を開けた刹那、親衛隊が突入して来たので、部長の表情は笑顔から恐怖に一変した。
「何事だ、これはっ!?」
「すまない。お互い役目は違っても王国の治安を預かる身、こんなことはしたくなかったのだが……。」
隊長のそんな言葉とは裏腹に、親衛隊の隊員達は瞬く間に情報部を占拠してしまった。
「貴様、クーデターでも起こす気か!」
「そのつもりだ。」
あっさとり言いのけた隊長に部長は言葉を失った。しかし部長の目は、残された抵抗手段を求めてせわしなく動き続けている。
「やめた方がいい。我々はここを完全に制圧している。抵抗は無駄だ。」
「完全だと? 俺は貴様等と違う! 情報部の軍人として、陛下の信任を裏切ることは決してないぞ!」
部長のベルトには、特別な事態が発生した時にそれを知らせるアラームのスイッチが付いている。そのスイッチはクーデターのようなレベルの事態を想定したもので、数世代に渡って押されたことがなかった。部長自身もその存在を忘れていたが、親衛隊の隊長との口論の間に思い出した。そして今、それは想定した目的のために押された。親衛隊はスイッチが押されるのを停められなかったのだ。親衛隊と自分の立場が逆転したという思いから、部長の口調は落ち着きを取り戻した。
「これで終わりだ。陛下を裏切ろうとしたことを後悔するがいい。」
言いながら部長が歩き出した。多くのディスプレイが並ぶ情報部の統括室は、身動きがしずらい。銃口を部長に向けている親衛隊の隊員は、部長の歩みに沿って後ずさりしたが、その度に机や椅子にぶつかってしまった。そのみっともない姿が部長をより高慢にさせた。
「どうした、親衛隊。腹いせに俺を撃つか? それとも親衛隊用の飾りが付いたその銃には弾は入っていないのか?」
部長の高笑いが響くと同時に、統括室の二つの扉から情報部の保安隊が突入して来た。凄まじい銃撃戦を予想した部長は、巻き添えにならないように付近の机の下に隠れた。しかし、突入の足音が静まると、部屋には機械の音だけが鳴り続けていた。そして、それを打ち破ったのは突入して来た保安員の言葉だった。
「部長、正義は親衛隊にあります! 目を覚ましてください!」
一瞬の沈黙で状況を悟った部長はゆっくりと立ち上がった。
「まさか、ここまでやっているとは……。」
親衛隊の隊長が部長の前に進み出た。
「やっとお話ができる環境が整った。話を聞いてもらえますかな、部長?」
「話せる環境? 脅迫や拷問のことを親衛隊では『話』というのか!?」
「そんな野蛮なことはしないし、我々は貴方が協力してくれるものと確信している。」
部長は考えた。如何に親衛隊とは言え、保安員までをも抱き込めるものだろうか。部長以外の何者も信用しないように訓練されている保安員に限って、そんなことは常識的に有り得ない。しかし現実にはそうなった。つまり、常識と現実の辻褄を合わせる何かが存在するのだ。それが何なのかを知りたいという好奇心は、情報部の人間であればこそ尚更なのであった。
 それから暫くの沈黙を伴った睨み合いが続いた後、親衛隊の隊長と情報部の部長は、どちらからともなく会話を始めた。長い時間を掛けて話をした結果、互いの情報を突合せて見えてきた輪郭に双方ともが唖然とした。
「首謀者は、皇帝ということか……。」
「玉石を兵器に流用するとは……。」
これらの情報は、ただちにルナの元に送られた。

 親衛隊が軍情報部を押さえた翌日には、ベルァーレが救出された。彼女が隔離されている部屋に親衛隊が踏み込んだ時、彼女を拘束していた二人の情報部員は驚きの余り何の抵抗も見せなかった。しかし、ベルァーレが見せた、引き裂かれた衣服で何とか素肌を覆い隠そうとしたいじらしい仕草と、情報部員に向けられた獣を見るかのような視線が、彼女に起こったであろう屈辱を充分に物語っていた。それを確認した親衛隊の隊員は、情報部員の脚を撃ち抜いて動けなくしてから、そっとベルァーレに銃を渡した。通常はこんなことはしない。情報部員を二人とも隊長の下に連行するのが彼の役目であったし、また、悲劇直後の女性は自らを撃ち抜いてしまう可能性があるからだ。ところが、ベルァーレの目に強い意志を感じ取った隊員は、ことの結末を彼女自身につけさせることにした。それが最良と思えたのだ。泣き叫ぶ情報部員の股間に向けられた銃口から発せられた銃弾は腿に当たり、その情報部員は激痛の余りにそこで気を失った。もう一人の情報部員にゆっくりと銃口が向けられていく過程で、彼は恐怖の余り失禁の後に気を失った。ベルァーレは銃を手放し、復讐をやり遂げるよう勧める親衛隊の手を振りほどき、そのまま立ち去ってしまった。その背中は追われることを拒否しており、親衛隊は言葉を掛けることさえできなかった。
 ことの一部始終は、親衛隊からブルータスを経てルナに伝えられた。ベルァーレの件について、ブルータスはカク・サンカクに伝えないようにと進言し、ルナもそうすべきかとも思った。整備を含めて技術の要であるカクが以前にも増して力を発揮しているのが、ベルァーレに拠るというのは間違いない。そして彼の精神は、決して打たれ強いわけではないのだ。それでもルナは、事実を伝えることにした。ベルァーレが行方をくらましてしまったことまでをも含めて。話を聞かされてカクは、大声を上げて泣いた。そしてそれは夜中まで続いた。誰も慰めの言葉を持っていなかった。あまりに悲壮なその様子から、このままカクは死んでしまうか、あるいは失踪してしまうだろうと思われた。ルナもそう思い、また、それも止むを得まいと考えた。そして、今回の謀略に対して一層の憎悪を抱くのであった。
 翌朝、ルナの前にカクが現れた。タイガー・ルナの格納庫から出て来たらしく、手も顔を油まみれになっている。カクにとってそれは珍しいことではない。増してや玉石を使った兵器の詳細を聞かされた後であれば、普段なら喜び勇んで機械と戯れたことだろう。泣き疲れた後であってさえカクが向かった先が格納庫であり、結局は機械だけが彼の心を癒せ得るということが、一層の悲壮感を醸し出していた。
「隊長、これであんたも悪魔の仲間入りだ。玉石の出番さ。」
それだけ言うとカクは、ルナの胸元のネックレスにあしらわれた玉石に手をかけながら、倒れ込んで眠りに付いた。
近くで見守っていたブルータスが訝しげに問い掛ける。
「何だ? カクの野郎、いかれちまったのか?」
ルナはカクの看病をブルータスに頼み、タイガー・ルナのコックピットに昇ってみた。
ネックレスにあしらった輝石が玉石のかけらであること、確かにカクは知っていた。その力を使うということは、答えは一つしかない。操縦桿の脇に、『デビルボタン 取扱注意』と書いた紙が張られているボタンが新設されている。昨日までは無かったものである。そして、座席の上に薄い冊子が載っていた。表紙には『空雷砲 取り扱い説明書』と記載されていた。

<最終章に続きます。>

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 第1章 帰還     掲載済 (3、4、5、6、7)
 第2章 陰謀     掲載済 (8、9、10、11)
 第3章 出撃     掲載済 (12、13、14、15、16)
 第4章 錯綜     掲載済 (17、18、19、20)
 第5章 回帰     掲載済 (21、22、23、24)
 第6章 収束     ○ (27:3/4)
 第7章 決戦     未
 終 章          未
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第6章 《収束》  (続き 3/4)

 ブリタニアの大地は相変わらず瓦礫と焼け野原であった。王国空軍の偵察が来てもすぐにはそれと気付かれないように、ブルータスをはじめとしたルナの仲間がカモフラージュした滑走路と倉庫は、そこにルナ隊の基地があることを示すものを何一つ見せてはいなかった。そんな基地の地下壕の一室で、ルナとブルータスが今後について話し合っていた。
「多くを語る必要な無いと思うが、どうだ、ルナ?」
「親衛隊についてはそうだな。直接会って話しを聞いてみるが、彼らが仲間であることに疑う余地は無いと見ていい。」
「そうだな。さて、これからどうする?」
「俺達のローマ行きは、八方塞を打開する最後の望みだった。だが、策があったわけじゃない。」
「要はやぶれかぶれだったってことだ。」
「そういうことになる。だから俺一人で行こうとしたんだ。」
「ルナ、お前は一人じゃない。お前がどう思っていようとも、お前には皆が着いて来る。」
「認めるさ、ブルータス。お前だけじゃなくみんなの気持ちが俺に集まっているのを感じている。」
「そういうことだ。ただ、お前に着いて行こうとする理由は様々だぞ。お前が抱く未来像に同調する者は少数派とみていい。」
「だろうな。未来像といっても王権復帰という概念だけで具体性は俺にも未だ無いのが本当のところだ。」
「先が思いやられるぜ、全く。」
「そう言うな、ブルータス。こんな話ができるのはお前だけだ。」
「信用してくれるのは有り難い。これからも変わり無くたのむぜ。」
「こちらこそ、な。これからは今まで以上に働いてもらうことになる。」
「そのつもりだ。とりあえず、お前の元に皆が集まっている。今はそれだけでいい。事を成した後にお前が求心力を発揮してくれれば、集まった理由なんてどうでもよくなるはずだ。」
親交を深められてはいるが結論の出ない会話が続いていたその時、入室を請うノックが響いた。ブルータスがそれを待っていたように応じる。
「やっと来たか。」
言いながらドアを開けると、そこにはブリタニアの統領が立っていた。
「首尾はどうだい? 統領さん。」
気軽なブルータスの問い掛けを無視して、ブリタニアの統領がルナの前に進み出た。
「ルナ様、三つ報告せねばなりません。」
「聞こう。いい話か?」
「その判断はお任せします。」
憔悴しきった統領の顔から、彼では判断できない何かがあることを理解したルナは、敢えて穏やかな表情で続きを促した。
「民の怒りが静まりません。」
ブリタニアの民の動向を探っていたということのようである。怪鳥の攻撃以来、民は為政者の無能に怒っているのだ。それを確認し、収めようとしたのだろうか。
「生き残った民は、幾つかのコミュニティを設けて自活しております。接触を試みましたが、半数からは接触することすら拒否され、残りの多くについても殺気だっておりました。」
「ここブリタニアに拠点を築くことは難しい、ということか?」
「時間が必要です。併せ、民を納得させるモノが無ければなりません。」
「親衛隊が合流したんだ。王の拉致と暗殺をぶちまけて、ルナを救国の義士に仕立てることもできるだろう?」
ブルータスである。ルナもその手はあると思う。照れくさくはあったが、そんなことを言っていられる状況ではない。
「長期的には可能です。ただ、我々には今この時に力が必要なのです。」
統領の言っていることも正しい。明日にも王国の軍隊が再び攻め入って来るかもしれないのだ。ルナの足取りが偽の王に辿られるのは時間の問題でしかない。
「民の中から確保した同調者は少数ですが、良識ある彼らは各々の業界の実力者でもありました。我が軍は残り僅かとは言え全て参集しており、新たな同調者の参画で補給や整備に関する当面の問題は解決したと言えます。」
「しかし、戦争できる状態ではない。そう言いたいのだな?」
「残念ながら……。民の支援が無くしては戦えません。」
「もとよりさ。王国とブリタニアでは国力が違い過ぎる。正面からぶつかっても結果は見えている。うまい手を考えよう。」
一つ目の報告はこれまでのようだった。統領も彼なりにブリタニアの再建に動いてくれているのが伝わって来ていた。
「次は?」
「はい。今お話したブリタニアの状況は、予想できたものです。むしろ、少ないながらも有力な同調者を得たのは幸いと言うべきでしょう。」
「俺もそう思う。で?」
「ブルータスとも事前に相談したのですが、纏まった基盤を確保するのは難しいと思われます。」
今回の件があるまで、ブルータスと統領に面識は無い。質は違うが、他人を疑うことを真髄とする役目の両者が、ルナ抜きで事前に打ち合わせをしていたという。緊急事態にあって、人は持てる能力を発揮するものなのか。あるいは、普段は猜疑心と謀略に包まれ、持てる力の発揮場所や方向を間違えているのか。ルナはそんな余計な感慨を持ったが、すぐに本題に頭を切り替えた。
「皆が俺の元に参集してくれていることに感謝している。やぶれかぶれの行動に出られないというのも理解している。だからこそ基盤が必要で、基盤が無ければ何もできないぞ。」
「おっしゃる通りです。私どもも基盤を作らないと申し上げているのではありません。」
「ブリタニア以外の地に、ということか? この地を捨てろと?」
明らかに不機嫌になって行くルナを見て、ブルータスが割り込んだ。
「統領さんはそうは言っていないぞ、ルナ。ここだけじゃ攻めも守りも不十分だって言っているんだ。」
「そうです。纏まった基盤が持てないのなら、分散させれば良いわけです。」
「そこで、俺と統領さんで相談して、基盤に成り得る他の場所を探したわけさ。」
「結論から申し上げます。西ケルトです。」
ブルータスが補足する。
「今あそこは大変なことになっている。西ケルト公爵を王に仕立てて、神聖同盟から独立しようとしているんだ。」
状況を知らないルナが反論する。
「独立だと? そんなことは不可能だ。神聖同盟が認めないだろうし、力で押さえ込まれちまう。」
「そうでもないのです。事実、神聖同盟の現地総督は殺されました。」
「神聖同盟は、王国との戦争準備でケルトに軍を派遣できない。帝国もあいかわらず他国には干渉しないと格好を付けている。」
「なら、独立できるじゃないか。王権の乱立は俺としても認められんがな。」
「そんなに簡単ではないようです。ケルト内部が分裂していて、無政府状態に陥っています。」
「それに、神聖同盟だってただ黙っているわけじゃない。斥候やら何やらを派遣して、分裂を煽っているようだ。」
「状況は分かった。だが、なぜそこが俺たちの基盤になるんだ?」
「親衛隊からの情報では、西ケルトは独立に動き出した時点で、王国に対して神聖同盟との共闘を求めて来たということです。王室はそれどころではなく無視しているようですが、ルナ様が名乗りを上げれば、少なくとも今は分裂している西ケルトの各派閥から、半数は参集することでしょう。」
悪い話ではない。しかし、ルナの不機嫌顔はあいかわらずである。
「ケルトにも基盤を持ったとして、それでどうなる? 俺にゲリラになれと言うのか?」
「万事は大きな目的のためです。手段を選べる状況ではありません。」
「もう話は進めているんだな? 俺が何と言おうと。」
「時間がありません。事は急を要します。」
暫く考え込んだルナは、おもむろに態度を急変させた。
「分かった。よくやってくれた。それしか無いのなら、それで行こう。それで、実際のところ西ケルトはどうなんだ?」
「信用できる者を派遣してあります。今までに入っている報告では、既に幾つかの派閥が同調して来たということです。」
「いいだろう。そっちは任せる。ブリタニアとケルト、ニ箇所の基盤を持ったとして、さて、どうするかだな。」
「ルナ、慌てるな。報告は三つと言ったはずだ。親衛隊を部屋に入れるぞ。」
ブルータスの招きに応じて、親衛隊の代表が入って来た。
「殿下、お会いできて光栄です。」
「その『殿下』はやめろ。俺は皇太子じゃない。」
「は。我々としましては、今後『陛下』とお呼びさせて頂きます。」
そういうことなのだ。今回の件でルナの元に参集する者全ては、ルナを王、あるいは皇帝として擁立しようとしているのだ。そしてルナの目的もそうすることによって成就する。ルナは王権そのものに興味は無かったが、陛下の称号で呼ばれることを頷いて了承した。
「こちらの親衛隊の方々にお話を伺ったところ、親衛隊の隊長と一部は王宮に残っているそうです。」
「聞いている。分裂したのではないんだよな?」
ルナの言葉を継いで親衛隊の代表が応えた。
「王室の連中に我々の翻意が悟られぬように、決死の覚悟で残ったのです。」
ブルータスが付け加える。
「王宮に残った親衛隊、見殺しにするのは惜しいよな、ルナ。」
ブルータスの言わんとすることを悟ったルナが後を受けた。
「王国の中には、王宮に残った親衛隊の他にも俺達の同調者がいるんだな?」
「親衛隊の隊長に連絡を取った。ルナがここにいることを確認して、彼等はルナに忠誠を誓って見せたさ。そして、既に同調者の確保に奔走している。」
「彼等にはどんな役割を?」
「王国の指揮系統を混乱させる。俺達が帝国に向かうにあたり、背後を心配しなくていいようにするためだ。」
「後は帝国に対してうまい奇襲策を考えればいいってことか。」
「そうだ、ルナ。」
「その通りです、ルナ様。」
「そこに妙案を、陛下。」
部屋の中にいる各々が熱い眼差しでルナを見つめていた。ルナも何とかなるような気がして来ていた。この連中とならやり遂げられる。いや、やり遂げねばならない。既に多くの犠牲が出ているのだ。これで成功させねば犠牲者が報われない。
「ところで、親衛隊は兎も角として、ケルトに派遣したヤツは大丈夫なのか? 大役だぞ。」
「心配するな、ルナ。お前の命の恩人が行っているんだ。」
確かにルナには驚異的な強運と実力があるが、それでもこれまでに助けられたことは数え切れず、多くの人に支えられてきたことは認めねばならない。ブルータスが信用できると言うのだから、それ以上は追求する必要はないだろう。今は先に進むことだけを考える時である。

<そろそろ纏めに入らないと。>

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 第1章 帰還     掲載済 (3、4、5、6、7)
 第2章 陰謀     掲載済 (8、9、10、11)
 第3章 出撃     掲載済 (12、13、14、15、16)
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 第5章 回帰     掲載済 (21、22、23、24)
 第6章 収束     ○ (26:2/4)
 第7章 決戦     未
 終 章          未
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第6章 《収束》  (続き 2/4)

「前に王が偽者だって言ったろう? 親衛隊もそれを嗅ぎ付けたんだとさ。」
国王に忠誠を誓う親衛隊として、王が偽りであると判明したのなら、王の長兄であるルナに同調しようとするのは道理に適っている。しかし、である。少し冷静になってルナが切り返した。
「三つ説明してくれ。一つ、なぜ今の王子でなく俺に接近するのか。一つ、王が偽者と分かったのなら、なぜ親衛隊自身でそれを正そうとしないのか。一つ、これが一番重要だが、なぜお前はその親衛隊とやらを信用したのか。」
「全て理由があるさ。今聞くか? 時間は無いんだぜ?」
ブルータスが優秀であることは、誰よりもルナが認めている。しかし、王族とは孤独なもので、誰であっても疑ってしまうという側面を持つ。全面的にブルータスを信用して良いものか、と暫し考え込んでしまった。そんな様子を見抜いたブルータスが付け加えた。
「そのままローマに行ってくれてもいい。それならそれで、俺がお前を全面的にバックアップすることに変わりはないさ。だが、今は俺を信用して進路を変えてくれた方がもっといい。」
ブルータスを傷つけてしまったと思った。これが今まで献身的に仕えてくれた者への仕打ちかという思いと、情に流されてはいけないという理性が、ルナの心の中でぶつかっている。そして、それには冷静な部分が決着をつけた。
「いいさ。どうせこのままローマに行っても、それでどうするってのは無いんだからな。お前の言う通りにしてみるさ。」
「いい決断だ。きっと俺に感謝することになる。」
「言ってくれるぜ。で、俺はどうすればいい?」
「これからの進路を送るから、詳細はそれを見てくれ。要は、暫く行ったところで親衛隊の編隊に出くわすことになるんで、合流して一端ここに戻れ。」
「俺達を探している王国軍を連れて帰ることになるかもしれないな。」
「それは困る。そんなのは振り切ってから帰って来てくれ。ついでに、お前が見て信用できないと思ったら、親衛隊の編隊も落としちまえ。」
ルナは一瞬でもブルータスを疑ってしまったことを恥じていた。この男は信用していい。一蓮托生、いい言葉だ。仲間とはこういうものだ。
     ◆
 「問題は、我が王国に共闘を求めて来た西ケルトに攻め入るということ、この理由をどうするか、ですな。」
既に西ケルト侵攻の作戦はできていたし、皇帝との交渉カードも概ね準備ができた。残ったのはこの問題だけだとの認識を宰相が披露したのである。それを受けて軍の統帥が不思議顔をして応えた。
「何を心配することがありますか。西ケルト公爵は、畏れ多くも『王』を名乗っているのですぞ。それだけで万死に値する。」
王が続きを受け取らざるを得なかった。
「しかし、彼が名乗っているのはケルト民族の王だ。帝国の皇族を謳っているのではない。」
「それは認められないでしょう、陛下。ある程度の主権を持った民族は他にもあります。それを統括するための爵位ではないですか。ケルト民族の元首として、公爵のままであるべきだったのです。王を名乗った時点で、それは皇位への侮辱以外の何物でもない。」
「それは分かる。余とて同じ意見だ。しかし、民がどう受け止めるか、というのが問題なのだ。」
宰相が諦めた様子で言い放った。
「恐らく民は、西ケルトへの侵攻を王国の暴挙と断ずるでしょうな。助けを求めた者を踏みにじったと。」
軍の統帥が何か言おうとしたが、宰相の言葉が続くのが先だった。
「少々乱暴ですが、ここは勝者の論理で押し通すしかありますまい。」
王も心中では同じ結論に至っていたのか、すぐに同調した。
「ブリテン王国には伝統がある。王国が西ケルトを攻撃したことを民が知る頃には、既に皇帝を屈服させているはずだし、リメス・ジンの圧倒的な破壊力を見せ付けてもいる。これらを以ってすれば民は黙らずを得まい。民の声は王権が弱腰になると大きくなる。強権発動でいくしかあるまい。」
「その通りです。皇統が統一されれば世も平和になりましょう。さすれば、平和が民から怨念を取り払うに時間はかかりますまい。」
この結論には軍の統帥も満足な様子であり、話題を変えた。
「リモーの艦隊は、既に巡洋艦艦隊と合流し、空母にも新たに航空編隊が着艦しております。これからドーバー海峡に向かわせます。」
「よし、リメス・ジンの編隊は後どれくらいで出撃できるのだ?」
「ニ日後には。」
「ルナ隊の整備士を招聘して、リメス・ジンを強化する件はどうなったのだ?」
「進めてはおりますが、それは次の機会で宜しいかと存じます。既にリメス・ジンは無敵ですので。」
「良かろう。明後日にはケルトの地で帝国に圧力を掛けるというわけか。」
「そして明々後日には、皇帝が庶民に落ちぶれて陛下の前に跪きます。」
王も満足顔になった。
「その後には、神聖同盟の解体に取り掛からねば、な。」
「忙しいことですな、陛下。」
「全くだ。」
王室の笑い声が扉の外にまで漏れ出た。ブリタニアを焼き払ったリメス・ジンが、その帰途においてたったニ機のタイガー・ルナに撃墜されたということは、彼らには興味がないことなのだろう。
     ◆
 ルナの驚異的な検知能力は、親衛隊の飛行隊を誰よりも早く見つけさせた。高度の取り方と雲を利用して、親衛隊が気付いた時にはルナ隊が彼等の後ろに付いていた。
「お前達の機体は親衛隊の専用機と見たが、こんな所で何をしている?」
後を取られて親衛隊は動揺していたが、懐かしいルナの声を聞いて襟を正して応えた。親衛隊という立場上、皇太子時代のルナを皆が知っていたのだ。
「ルナ殿下とお見受け致しましたが、間違いありませんか?」
「質問しているのは俺だ。勘違いするな。」
「は。失礼致しました。我々は親衛隊の有志です。殿下とご一緒させて頂きたく推参致しました。殿下の斥候殿からお聞きになっておられませんか。」
「俺が質問してるって言ってるんだぜ。」
ルナの機銃から銃弾が放たれそうな勢いにもめげず、親衛隊は一糸乱れず隊列を組んで飛び続けていた。
「重なる無礼をお詫び致します、殿下。」
「いいだろう、俺に何の用だ?」
「殿下、冷静にお聞きください。父君が自死されました。」
「王が? なぜだ!?」
「王室に不正が蔓延っております。陛下はその御命を以って不正を是正されようとなさったのです。」
「今は国王不在ということか?」
「はい。しかし、王室には王を名乗る者がおります。」
最悪の結果と思えた。国王が自ら命を絶つなど、千年来無かったことで、あってはならないことだった。
「陛下の御意志、くれぐれもお汲み取りください。陛下は殿下に後をお任せになられたのですぞ。」
あの親父はいつもそうだったとルナは思う。結局、ルナには過剰の期待を寄せ続けるのだ。父親の息子への思い、皇族と言えどもその気持ちに変わりはないということか。
「殿下、王国を立て直さねばなりません。」
「宰相は、あの男はどうしているんだ? あの男もその不正とやらの一味なのか?」
「我々はここに来る前、王室の前で王室憲兵隊と一触即発状態にまで陥りました。その時点では未だ王が偽者と気付いていなかった国王派の我々親衛隊と、宰相派の憲兵隊です。」
「ということは、宰相は王が偽者だと気付いたということか? それで争いになったと?」
「もし、親衛隊と王室憲兵隊が衝突すれば、私はもうこの世にはおりますまい。」
「両派に協定が成った、ということだな。」
「はい、宰相の人柄からして、王を名乗る男に与したものと確信しております。」
「王子は、あいつは無事なのか?」
「不自由ではありましょうが、ご無事です。親衛隊がお守りしております。」
「そうか。無事なのだな。しかし、王宮に残った親衛隊もいるということか。親衛隊も分裂したということか?」
「そうではありません。決して!」
「それなら、貴様達がここに来てしまったことが明るみに出れば、残った親衛隊は大変なことにならないか?」
「残った者はそれも覚悟の上です。」
言葉の上では、この親衛隊員の言うことは辻褄が合っているし、熱意も伝わって来る。あとは目を見て話してみなければならない。この段階でルナは、ブルータスの進言に従うことに決めた。
「よし、進路を指示するからその通りに飛べ。俺達が親衛隊の後から着いて行く。」
その時、遠くに飛行隊を見つけたのはまたしてもルナだった。そして、回避して身を隠す前に先方もこちらを見つけたらしく進路を変えて近付いて来る。それを確認したルナ隊の隊員が反応した。
「隊長、見つかっちまったぜ。ありゃ、王国の空軍編隊だ。叩き落すかい?」
それも止むを得ないが、どうも様子がおかしい。攻撃や防御のフォーメーションを取っていないし、増装も切り離していない。そうこうしているうちに空軍編隊はある程度まで近付いて来たが、すぐに去って行ってしまった。それを見て親衛隊が口を挟んだ。
「殿下、ご心配なされますな。我々がお供しております。」
そうだった。ルナ隊は今、親衛隊編隊の後を飛んでいるのだ。どこから見てもすぐにそれと分かる親衛隊の専用機編隊。後に空軍の編隊を率いて作戦稼動中の親衛隊にしか見えないはずである。親衛隊の作戦は指揮系統が違うので通常の軍には知らされないし、そもそも国王直轄の親衛隊にいちゃもんを付けるような物好きはいない。というわけで、安心してブリタニアに帰れるわけである。
 誇り高き親衛隊に守られながら、ルナ隊は再びブリタニアに向けて進路を取った。ルナ隊も親衛隊も、これはあたかもルナを王に戴いた直営編隊のようだと思い、これからのルナを暗示しているものと考えていた。ルナの決意に同調してローマに向けて飛び立ったにもかかわらず、王国の領空から出る前に引き返すことになった。ルナ隊の隊員は、詳細は分からないがルナのことだから特別の理由があるはずだと思いながらも、肩透かしを食らったような気持ちになるのを押さえられなかった。団結していることが最も大事な時期にあって、それは好ましくないものであったが、ローマに行く前から親衛隊を侍らしてしまうルナの力量と運に、隊員達の心は再び昂ぶるのであった。

<本だるみ? いやいや。>

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 <目次>      (今回の記事への掲載範囲)
 序 章         掲載済 (1、2)
 第1章 帰還     掲載済 (3、4、5、6、7)
 第2章 陰謀     掲載済 (8、9、10、11)
 第3章 出撃     掲載済 (12、13、14、15、16)
 第4章 錯綜     掲載済 (17、18、19、20)
 第5章 回帰     掲載済 (21、22、23、24)
 第6章 収束     ○ (25:1/4)
 第7章 決戦     未
 終 章          未
----------------------------------------------------------------
第6章 《収束》  (1/4)

 親衛隊の隊員は、半地下の豪勢な牢屋から王室に戻り、首尾を親衛隊の隊長に報告した。隊長は王室への入室を請い、それはすぐに王に報告された。
「そうか、自ら命を絶ったか。」
宰相は驚きとともに満足そうな表情を浮かべている。
「手間が省けましたな。」
王は怪訝な表情であったが、特にこのことについて議論すべき要素も見当たらず、親衛隊の隊長を下がらせた。
 王室に残ったのは、王と宰相に軍の統帥を加えた三名である。軍の統帥を王の新たな謀議に参画させるために、王の脅迫や宰相の説得は不要であった。彼にとって、リメス・ジンという最新兵器の活用こそが魅力であり、その目的は二の次なのであった。軍を統括する者として最も相応しくない男が統帥を努めていることに王は辟易としたが、宰相すらもその思いは同じのようであった。
「ローマを攻めますか。」
軍の統帥が目を輝かせて切り出した。極めて分かり易い性格である。
「果たして、できるかな? リメス・ジンで。」
宰相は言葉で疑問を投げかけたが、彼の心は死の業火に焼かれる『世界の首都』を見ていた。
「まぁ、待て。カプトゥ・ムンディと呼ばれる街だ。人口も多い。いきなりあそこを攻めるのが良策とは限らん。」
王の指摘に、宰相も軍の統帥も我に返ったようだ。大将のいる中心を攻め落とすのは、確かに兵法としては王道かもしれない。しかし、その後のことを考えると、無血開城が最も望ましい。
「どこで我々の力を見せますかな?」
新たに君臨する者として、圧倒的な力を誇示しておく必要があり、どこかを犠牲にするのも止むを得ないということか。確かにそれも王道なのだろう。
「西ケルトはどうだ? 公爵が国王と称して自立しようとしているらしいが、内部では分裂しているとも聞く。帝国も神聖同盟も表向きは手出ししていないようだが、斥候は掃いて捨てる程に集結していることだろう。」
宰相が顔で同意を示しながら、言葉でそれを繰り返した。
「妙案ですな。あそこを一気に焼き払いましょう。その結果は斥候どもが自国に詳細まで伝えてくれることでしょう。」
「軍としてもその方針を支持します。リメス・ジンは王国から直接ローマまで攻撃に行けますが、西ケルトなら近いので不測の事態へ動的に対処することができます。」
軍の統帥からも支持を受け、王が続けた。
「よし、基本路線はそれでいく。詳細を詰めるとしよう。」
「皇宮からローマの街並みを見下ろし、臣民の歓声を聞く場面が目に浮かぶようですぞ。」
宰相の言葉である。途中経過を無視して結果を想像する。何とも幼稚な感性ではないか。王室という狭い所で全てを取り仕切って来た者が、現場感覚の欠如故に陥りやすい落とし穴である。元々はそういったことを敏感に感じ取る能力を有していた王も、この時点では超兵器の虜になってしまっており、宰相や統帥の過ちを見過ごしてしまっていた。
 『王家の秘蹟』を司る玉石。これが秘蹟を受けた王族によって発動していることを検知したのは、現代科学の力である。本当の王が秘蹟を放棄し、ルナがブリタニアに追放された時、玉石は停止した。神殿の神官が、狂気じみた悲鳴とともに玉石の沈黙を告げた。その時は、王も宰相も不思議が一つ増えた程度にしか考えなかったのだが、王家の伝統を守るため、それは一般には秘密にされたのと同時に、原因の究明が始められた。結論から言えば、原因は未だに不明である。しかし、副産物があった。千年以上に渡って、玉石を帝国に伝えた東方の王国から数えればそれより遥かに長期間に渡って、『振動』し続けてきたエネルギー源とは何なのか。それすらも解明されてはいないのだが、その振動を活用する手法ならば考案されたのである。水晶と電気の関係にも似た、しかしながらそれとは比較にならない無限と言っても良い力、それもただ振動するだけではなく、自然に働きかける効力も有していることが分かった。それを活用できれば、人類はエネルギー問題を解決する可能性に巡り合ったのである。ところが実際には、殆どの発明がそうであるように、それは軍事に活用されることになった。そして、リメス・ジンが生まれたのである。従来では不可能な規模の航空機を飛行さしめ、全く新しい形の攻撃兵器が搭載された。『空雷砲』である。
 こういった経緯を見る限り、人という生き物が『平和』に辿り着くのは不可能なのではないかと悲観的にもなり、その感覚をこれまでの歴史が裏付けているようでもある。当事者達がこういったことを考えるには、何が必要なのだろうか。

 王室から退出した親衛隊の隊長に隊員が近付いて耳打ちした。自死した本当の王を看取って来た隊員である。
「隊長、お話があります。」
「そうだろう。場所を変えるぞ。」
隊長も予想していたと見え、王室の近くに設置された親衛隊の詰め所に二人が入って行った。
「地下牢の男、亡くなられてしまいましたが、彼こそが陛下のようです。」
「ようです? 曖昧さが許されるような発言ではないぞ。」
「あの服装とお顔、間違いありません。」
「では、王室の中におられる陛下は誰なのだ? 私にはあのお方こそ陛下に見える。」
「分かりません。」
隊員が自らの直感に従って進言しているのは明らかだ。隊長とて、この騒動に怪しさを感じてもいるし、隊員の直感が正しいだろうという確信もある。
「私は親衛隊の隊長として、どこまでも陛下に忠実であらねばならない。そして、今王室におられる陛下こそが、私にとっての唯一の陛下なのだ。分かるな?」
隊員は諦めたような表情で僅かに頷いた。隊長の言葉は、自分を処刑することを意味している。親衛隊なのだから、これは当然の帰結である。早まってしまったことを後悔するのは簡単だが、彼は自らの信念に従ったことを誇りに思うことにして、姿勢を正した。そんな隊員を見つめながら、隊長が続けた。
「私は何も聞いていない。よって何もしない。今まで通りだ。お前も元の配置に戻れ。」
それだけ言うと、隊長は詰め所から出て行った。一端死を覚悟したこの隊員は、この成り行きに躊躇したが、すぐに隊長の意図を汲んだ。元の配置とは、本当の王に従え、と言っているのである。感謝と敬意を込めて敬礼し、彼も詰め所を出て行った。王室に残る者も必要なのである。それは、情報の収集という意味と、親衛隊の翻意を気取られないためという意味で。親衛隊の隊長が従来通りに詰めていれば、少なくとも暫くの間は親衛隊に疑問を抱く者はいない。しかし、疑問を持たれた瞬間に、隊長をはじめとして王室に残った親衛隊には、死を伴った結末が訪れるであろう。そのような重大な結末をも含めて、瞬時に決断を下した隊長の覚悟と姿勢に対し、この隊員の目からは涙がこぼれ落ちたが、それは隊長の決意を無駄にしてはならないという強い意志の現れでもあった。この隊員はただちに信用できる仲間を組織した。もともと親衛隊には志の高い兵隊が集まっているという事実が、彼を後押ししたのである。そして新たに組織された部隊が向かう先と言えば、本当の王が亡き今となってはルナの元しかないというのも必然であった。王室に集まっていたものと親衛隊独自の情報網を駆使して得られた情報から、彼らはブルータスに繋がる線を見出すことに成功した。通常であれば、如何に彼らの情報網が優れていようとも、すぐにブルータスへの道が開かれることは無かったであろう。リモー艦隊から脱出したルナを救出するために、ブルータスが形振り構わず動いたために露見した糸を辿ったのである。そういう意味で、彼らもついていたというべきだろう。隊長が詰め所から決死の覚悟で出て行ってから数時間後には、隊長の意思を継いだ隊員達が親衛隊の専用機でルナの元に飛び立って行った。
     ◆
 ブリタニアの地を飛び立って編隊飛行に移ったルナは、海上に出て南下し始めたところでブルータスからの極秘通信を受けた。
「何だ、ブルータス?」
諸悪の根源を付くために、現在の歪んだ情勢を生んだ根本に迫ろうとローマに向けて飛び立ったのである。隊員ともども強い意志と興奮に包まれていたルナは、ブルータスからの通信に水を差されたような気になり、素っ気無く応えた。ブルータスとてその気持ちが分からないわけではなく、冷静に説明し始めた。
「進路を変えて欲しいんだ、ルナ。」
「今更だぜ。ブリテンの上を通らない範囲で最短距離を行くさ。」
「それはちょっと待った方が良くなった。北を回ってくれないか。」
「そんなことをしてみろ。燃料も心配だし、ブリタニアに帰る前に補給した地点をかすめることになる。俺達の行方を探すのに躍起になっている王国軍と出くわしてしまうぜ。」
フェルチアを失った付近には近付きたくない、という本音は口には出さなかった。
「いや、計画的に出くわしてもらいたい相手がいるんだ。ルナ、お前はやっぱりすげぇよ。」
要領を得ず、ますますルナが不機嫌になるのを見越してブルータスが続けた。
「親衛隊から俺の情報網に接触があった。一口乗せろってさ。」
これには流石のルナも閉口した。親衛隊が接触して来るというのは全くの想定外であり、何が起こったのか分からなかったのである。

<中だるみ? いえいえ。続きますよ。>

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 序 章         掲載済 (1、2)
 第1章 帰還     掲載済 (3、4、5、6、7)
 第2章 陰謀     掲載済 (8、9、10、11)
 第3章 出撃     掲載済 (12、13、14、15、16)
 第4章 錯綜     掲載済 (17、18、19、20)
 第5章 回帰     ○   (24:4/4)
 第6章 収束     未
 第7章 決戦     未
 終 章          未
----------------------------------------------------------------
第5章 《回帰》  (続き 4/4)
    ◆
 想像以上だった。ブリタニアには何も残っていなかった。廃墟と化した宮殿の中で、冷静さを取り戻したルナは一人で善後策を練っていた。フェルチアを亡くした痛みに囚われないためにも、休んでいることはできない。
 この状況で誰が一番得をしているか。神聖同盟? いや、違う。彼らは所詮小間使いに過ぎない。王か? それも違う。彼は陰謀の中心にいると思われるが、同時に王国の将来を憂いでもいる。宰相派か? 王と一枚岩ではないのだろうか。それは有り得る。如何にも目先の損得だけで動きそうだ。しかし、リモーやその他の軍人を手なずけることはできまい。王国の兵士は優秀であり、決して騙し通せるものではない。ということは、帝国が動いたということだ。しかし、動機がわからない。神聖同盟は帝国にとっても面白くない存在だろう。名目上は属国といえ、既に神聖同盟は少なくとも軍事力において帝国と肩を並べるところまで来ている。しかし、そうであれば王国と神聖同盟を戦わせ、両者の疲弊を望むはずだ。ところが現状は王国だけが打撃を受けている。皇帝が、国としては老獪になったとは言え、往年の帝国回復という野心に目覚めたか。正当な皇族の末裔である王国をまずは殲滅し、その後に神聖同盟と事を構えるつもりか。今の皇帝ならは無い話ではない。それとも何か他の謀略があるのか。

 ルナが如何に考えようとも、替え玉の国王を王国に送り込み、宰相派までをも取り込んで、王国に神聖同盟を攻撃させようとしているのが皇帝であるということまでは、思い至らなかった。増してや、国王に王位を禅譲させることで皇位の統一を図ろうとしていることは、想像の範囲外であった。その上、皇帝の駒であるはずの替え玉国王が内々に謀反を起こし、宰相ともども独自の謀略に手を染めているなど、分かろうはずもないのだ。しかしルナの鋭さは、謀略を見通すことではなかった。裏にも裏がありそうだということに気付くセンスがあり、それに沿ってすぐに行動を起こすことができるところに彼の本分がある。

 迷っていてもしょうがないと思った。帝国のカプトゥ・ムンディ(世界の首都)に向かうことにした。そこで何かが見えて来るはずだ。そもそも、双方とも正当な皇位継承者を主張する王国と帝国が並び立っていることが不自然なのだ。きっとこの不自然さから導き出された何物かが諸悪の根源のはずだ。何も無ければ自分の運命もそこまでということだ。確信はあったが根拠は無い。賭けである。だから、部下は連れて行けない。ルナは一人で出発の準備に向かった。

 ルナ達が宿営しているのは、今は廃墟となった町のはずれにある元はブリタニアの軍が布陣していた基地である。町以上に徹底的に破壊されたそこには、瓦礫以外の何物も残ってはいなかった。滑走距離が短いタイガー・ルナであればこそ、滑走路の跡地と周辺の道路に着陸できたが、それも至難の業であった。カク・サンカクが空母に持ち込んだタイガー・ルナのパーツは持って来ることができなかった。一刻を争う脱出だったのだ。ブルータスが整えた補給は、ルナ隊の再起に充分とは言えなかったが、それは止むを得ないだろう。そんな中で飛び立つには、隊員の機体からパーツを取るしかない。ルナが単独で行動を起こそうとしたのは、補給の面からも理に適っていた。

 そんなルナ隊の宿営地から町の反対側にある丘の上、なだらかな斜面を持つ山間に逃げ込んでいた人々がいた。国政を運営していた人々であり、宮殿の地下から何とか脱出していたのだ。そこは、町の喧騒を避けて宮殿の人々が議論する時に使われる言わば別荘であった。地上部分は通常の民家にしか見えないので、王国軍の爆撃を逃れていたのだ。
「かなりの数の戦闘機が着陸した模様です。ここからでは確認できないので、偵察しましょう。」
「危険だな。複数の戦闘機を今ここに派遣するのは王国軍しか考えられない。見つかるのは望ましくない。」
「しかし、じっとしていても何も始まりません。」
「それは分かるが、今は危険過ぎる。ブリタニアの市民の生き残り、どうしていると思う?」
「…………。」
「市民に見つかったら、その場で我々はなぶり殺しにされるぞ。今はじっとしている時だ。機会を待つのだ。」
「しかし、我が軍の連中は、着陸した戦闘機はタイガー・ルナだと言っています。音で分かると。ルナが戻って来たのかもしれませんよ。ならば、ルナには補給が必要なはずです。」
不毛で結論の無い会話が続いていたが、その場に現れた別の男がそれを遮った。
「軍の連中が……、行ってしまいました。」
「何だと?」
「あれはタイガー・ルナに間違い無い、ルナが戻った、と言って出て行きました。」
「今はとても微妙な時で、一つの行動も慎重に構えねばならん時だが……。」
ルナに代わってブリタニアの国政を担ってきた統領は、溜息とともに決断した。
「動き出したものは止むを得ん。着陸した戦闘機隊を偵察する。」
別荘を守る者、個別に偵察に出る者、市民の生存者と出くわした時の対処方を考える者、そして、戦闘機が王国軍であった場合の処置を検討する者、それぞれを任命して即座に結論を出させた統領は、偵察隊とともに別荘を出た。
 道程は静かだった。怪鳥からの攻撃は爆撃とは違って爆弾で地面が穴だらけ、ということではなく、地上の建造物はことごとく焼けただれていたが、突出物が少ない道路は、比較的元の形を保っていた。すぐに軍の連中が乗り出した車両が道に止まっているのを見つけた統領は、異様な雰囲気に自分達の車も停めた。数人が軍の車両に近付いたが、中には誰もいなかった。統領が周辺の調査を命じようとしたその時、一発の銃弾が静けさを打ち破る轟音とともに統領の横をかすめた。
「何者だ?」
銃を撃った男が瓦礫から出て来て問い掛けた。銃を振り、武装を解除するように求めながら。反撃を試みようとする一同を押さえ、統領が静かに答え始めた。
「私はブリタニアの統領だ。あんたは?」
「統領だと? 笑わせるな! この町を見ろ!」
瓦礫と焼け跡だけに成り果てた町を振り返りながら、男が怒鳴り付けた。
「町がこうなってしまったのは統領の思惑か? だったら今、俺が貴様を殺す!」
「自分の国の町を焼きたいはずがなかろう?」
「じゃ、王国の侵略を止められなかった統領が貴様というわけか!」
男は銃を統領に向けて続けた。
「同じことだ! 貴様が町を焼いたんだ!」
それには統領も言葉を詰まらせた。側近が反撃のために銃を構えようとした時、怒鳴り続ける男の後ろから見慣れた連中が顔を出した。勝手に偵察に出て行ったブリタニア軍の連中だったが、統領に銃を向ける男の耳元で何某かをつぶやいた。それに男は応えて言った。
「知っているさ。この人が本当の統領だってことくらい。」
状況を飲み込めない統領とその一派が硬直しているのを見て、男が銃を降ろした。
「俺はブルータスと言う。ルナの斥候をやっている。」
統領が思わず口を開いた。
「では、あの戦闘機隊はルナ伯爵なんだな?」
「そうさ。ルナ隊が帰還したんだ。」
「会わせてくれ、ルナ伯爵と。」
「会わせてやるさ、統領さん。だがな、さっき俺が言ったことは忘れんでもらいたい。」
忘れるものか、と統領の目が頷いた。国を、市民を守れなかった統領として、それなりの覚悟を見てとったブルータスは、統領をルナの元に連れて行くことにした。その道すがら、統領は自分が知らない情報をブルータスから得ようと質問責めにした。知っている限りを概ね話したブルータスが、念を押した。
「ルナを一人にしちゃダメだ。あんたも協力してくれ。」
「分かっているつもりだ。」
 これで、補給の問題はいくらか解決するだろう。ブリタニアはタイガー・シャークⅡを配備していたが、ルナが王国に招聘されるにあたり、カクバージョン化、即ちタイガー・ルナ化を進めようとしていたのだ。焼き払われた国土の中にも、幾らかの設備と部品は残っているはずだ。また、軍の連中が手足となってルナ隊をサポートできる。小さくはあっても、ルナを中心に一つの纏まりができようとしていた。そして、ブリタニアの統領とルナが再会した時、その纏まりはあらゆるものが分裂しようとしている状況にあって、唯一の強固な集団となった。確かに、ルナは何処からか分からないが冷ややかな視線を感じていた。恐らく、生き残ったブリタニアの人々が、遠目にルナ達を見ているのだろう。それも期待や羨望といった類のものではなく、恨み辛みといった思いを持って。彼等を説得するのは不可能かもしれない。諸悪の根源を暴き、正義を確立するまでは。こうなってしまったのは、一重に王家の統治の失敗である、とルナは考えていた。これ以上は巻き添えを増やしたくないという思いが強かったので、やはり単独で事を決することにしていた。

 とりあえず仕立てた滑走路に、一人の男が立っていた。ブリタニアから召集した隊員だったか。
「隊長。」
「どうした、こんな所で。」
「パイロットが滑走路にいるのは普通だろ?」
「そうか……。」
「俺にも家族がいたんだ。ところが、生きているのかさえ分からない。」
「…………。」
「知りたいもんだ。」
「俺にもわからん。すまないが、一緒に探してやることはできん。」
「そうじゃないだろ。分かっているはずだぜ。どうしてこうなったか、これからどうすべきかが知りたいんだ。」
男の顔は引きつっている。悲しみにも理由があるはずだ、彼の目がそう言っていた。
「俺もそれを探しに行こうとしている。」
「そんなこったろうと思ったぜ。」
隊員が腰から銃を引き抜き、ルナに向けた。
ルナはそれも仕方ないと思った。目の前の男のように、悲しみや恨みを持った人間は数限りが無いことだろう。そんな一人の憂さ晴らしのために、自分の人生に幕を引くのも悪くはない。何も解決しないだろうが、少なくとも一人の人間の区切りを付けさせることができる。それでもいいではないか、そう思ってこれまでの人生を振り返ろうとした時、男が再び口を開いた。
「ブルータスに言われててね。隊長が一人で飛ぼうとしたら力ずくでも止めろってね。動かないでくれよ。」
男が携帯無線のマイクに何かを呟くと、すぐに隊員達が集まって来た。
「隊長、見せてもらいたいもんですな。あんたの決断とその結果を。一人でなんて何処にも行かせねえさ。」
ブルータスの仕業であった。少々ヤツは優秀過ぎたようだが、今となってはしょうがない。
「カプトゥ・ムンディに行く。付いて来るか?」
一人の隊員が叫んだ。
「カクは何処だ? 遠距離飛行だ。ここの整備でローマまで行けるか?」
珍しくカク・サンカクが笑っていた。ベルァーレがいるわけでもないのに。意中のベルァーレは今、ブリテン王国軍の統帥に連れ去られてしまっていたが、未だカクの知るところではなかったのだ。近いうちに統帥の魔の手はカクに伸びて来るだろう。小さくはあっても折角纏まったルナの一味は、既に崩壊の芽を植え込まれていると言っていい。しかし、この時点では何物にも替え難いこの世の春を得て、カクの能力は今まで以上に発揮されていた。その哀れを知る者はここには未だ誰もいなかったが。
「俺の整備がどうしたって? 燃料が尽きない限り、どこにでも行けるさ。」
明るいカクの太鼓判を得て、あっという間にパイロット達は自らの機体に乗り込んでしまい、パイロットで滑走路に立っているのはルナだけになった。元甲板要員が大声で怒鳴った。もうフェルチアはいないが……。
「隊長! 出撃準備完了! 隊長が戻って来た時には、次の出撃準備に備えておくから安心して行ってもらっていい。」
統領は口を開かなかったが、その目が強い意思を湛えていた。ルナが再び戻ってくる前に、彼はきっと生き残った市民との軋轢を解消しようとするだろう。それはムリかもしれないが、何もしないで手をこまねいてはいないだろうことだけは確かだった。
 出撃を前にして、一人で出かけようとしていたことがみっともないことのように思えて来た。国と臣民の将来を決する行動を自分だけで成せると考えたのは、何たる自惚れか。己を恥じていた。自分には強力な仲間がいるのだ。そのこと自体を喜んでいいのか、怒るべきなのか、ルナ自身にも分からなかったが、魂が荒ぶるのを感じていた。
「俺は王族だ。本来の場所に帰らねばならない。」
自分でも何を言っているのか分からなかった。彼の血が喋らせているのか。
そもそも皇族とはルナの血統を現す。それが乗っ取られ、帝国の旧領土の一部であるブリテンに引きこもって王国を名乗って来たのだ。その王国も今や何者かに取って変わられようとしている。黙っている時ではない。原点に帰らねばならないのだ。
「皇帝に会わねばならない。俺が皇帝だって言ってやるために!」
次にここに来る時は、帰って来るのではなく、皇帝として出向いて来ることになるだろう。

 隊員達の静かな歓声とともに、ルナ隊が空に舞い上がった。帝国の首都、カプトゥ・ムンディに向けて。

<まだまだ続きがあります。>

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 序 章         掲載済 (1、2)
 第1章 帰還     掲載済 (3、4、5、6、7)
 第2章 陰謀     掲載済 (8、9、10、11)
 第3章 出撃     掲載済 (12、13、14、15、16)
 第4章 錯綜     掲載済 (17、18、19、20)
 第5章 回帰     ○   (23:3/4)
 第6章 収束     未
 第7章 決戦     未
 終 章          未
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第5章 《回帰》  (続き 3/4)

 この日の天候は優れなかった。立ち込める雲の狭間に機影を確認したのはルナだった。雲の合間から朝日を浴びて輝く機体は、近付くにつれてタイガー・シャークⅡの特色を示した。王国の空軍である。恐らく、最初にブリタニアを攻撃した編隊だろう。血が血管を流れて行く音がルナの耳に響いた。途方も無く腹が立っていた。部下に何も命令を発しないまま、ルナは空軍の編隊に単身で突入して行った。
 これが本当の鬼人と言うのだろう。ルナの乗機は、天才整備士のカク・サンカクがチューンアップしたとは言え、元は空軍と同じタイガー・シャークⅡ型の戦闘機なのだ。にも関わらず、空軍の戦闘機はまるで武装していない農薬散布用の双発機の如くであった。片側のスロットルバーを足で蹴飛ばし、絶妙のタイムラグで方向舵を力いっぱい傾ける。すると、ドッグファイトモードに設定されたタイガー・ルナは、その優れた空力特性を持つ翼面に姿勢変化の空気を存分に溜め込み、同時にプロペラ軸の角度が旋回方向に傾く。更には左右に並ぶニ機のプロペラを駆動するエンジンと変速機は、その出力とギア比を変えて旋回を補佐する動力を発生させる。もともとタイガー・シャークⅡに装備されたシステムではあったが、カク・サンカクのチューンアップは徹底していた。プロペラ軸の調整角度がオリジナルを上回っており、左右のエンジンの出力とギア比の変動幅を増大させて、回転差を大きくさせた結果、能動的旋回能力が大幅に向上していたのだ。また、プロペラ軸の駆動距離が大きくなったことや、左右の回転差が増大することによって、レスポンスの低下が一切見られないといった、非の打ち所が無い躾が成されていた。ルナと対峙したパイロットからは、妖怪変化の如く、消えては現れ、現れては消える、と映ったことだろう。目で追うことができたとしても、上下左右に自在に動くルナ機に対し、どんな反撃ができたであろうか。次々とルナの機銃に引き裂かれた機体の破片が飛び散り、それらがルナ機の風防をかすめた。翼に染み付いた液体は四散する機体から漏れ出した燃料か、それとも乗員の血しぶきか。何者もルナを止めることは出来なかった。彼の部下でさえも。それどころか、撃ち落とす相手がいなくなった時、ルナ隊にまで飛び掛って来そうな勢いだった。
「隊長! もう終わっています! もういいんです!」
フェルチアがあらん限りの声で怒鳴った。ルナは何も応答せず、そのままブリタニアに進路を取った。激しい鼓動と息遣いが徐々に静まっていくのと反して、同属を討ったという途方も無い空しさが込み上げて来ていた。
 その時、凄まじい殺気が編隊を包み、誰もが冷や汗を流しながら四方を凝視してその原因を探した。今までに感じたことが無い、悪意に満ちた殺気であった。
「怪鳥だ……。」
誰からともなく呟きが漏れた時、雲の合間から巨大な飛行機が現れた。それは空飛ぶ空母というべき規模だったが、悪魔座上の怪鳥というイメージそのものであった。翼の後には非常識な数のエンジンが並んでおり、リニアロータリーエンジン特有の腹に響くような排気系の重低音と甲高い金属音を吸気系と駆動系から響かせていた。その怪鳥が、これまでの音とは異なる低い大きな雄叫びを上げたかのように、空気を振るわせる鼓動とともに稲光に似た光を放った後、瞬時の沈黙に続いて幾つかの悲鳴が上がった。
「隊長~!」
「何だ!?」
「あれからの攻撃だ!」
「攻撃だと? あれは武器なのか?!」
混乱して取り乱した会話が飛び交っている中を、数機のタイガー・ルナが、タイガー・ルナであったであろう破片が、海上に落下して行った。恐るべき破壊力である。続けざまに稲光が再び空を駆け巡った。パニック寸前であり、中には定員以上に乗員を乗せた機体があるにも関わらず、ルナ隊は散会して攻撃体制に入っていたが、それでも数機のタイガー・ルナが部品以下の単位にまで粉砕されて消えていった。どこをどう飛んだのか、その時にはルナ機は怪鳥を射程に捕らえており、その銃口から銃弾を怪鳥に浴びせていた。銃弾は怪鳥の体に幾つもの穴を穿ち、整然と並ぶ機銃座の何機かを破壊した。
「怪鳥なんかじゃない! ただ、大きいだけの飛行機だ!」
ルナの叫びも空しく、かすり傷程度ではビクともせずに飛びつづける怪鳥の上面に並ぶ機銃座から、無数の迎撃弾がルナ機に放たれた。王家の血を引くルナにとって、それをかわすのは不可能ではない。空力学を駆使した翼面が発揮する受動的旋回能力と、各種の能動的旋回補助システムから得られるその動きには、対空機銃とて照準すること自体が神業に近い。照準がムリとみるや、怪鳥の機銃座からは一面の弾幕が張られた。ルナはそれらを僅かな挙動で寸分のところでかわし続けたが、ちょうどそこに飛び込んで来たルナ隊の隊員達にとっては、針のむしろに飛び込んだようなものである。軽量なタイガー・ルナは、数発の機銃弾で四散してしまい、次々に夜明けの太陽に光る海面に飲み込まれていく。
「退避しろ! 逃げるんだ!」
そんなルナの叫び声を待つまでもなく、各々が回避行動を取りながら散会していった。それはまるで、巨鳥に群がるハエのようだったろう。違いは巨鳥が武装していること。低空に、高空に、雲に、逃げ惑う隊機を見送りながらルナが怒鳴った。
「増装タンクを未だ付けているヤツはいるか!?」
基本的にそんな機体はいないはずである。航空戦に外装の燃料タンクを付けたまま臨む者など、ルナを除いてはいない。ブリタニアへの残りの距離を考えると、増装を切り離して怪鳥に戦いを挑んだ機体は、撃墜を免れていたとしても、もう戦闘できるだけの燃料は残っていないはずだ。つまり、ルナのこの問いかけの意味するところは、燃料に余裕がある機体が残っていれば、怪鳥から逃げるのではなく未だ戦いを仕掛けようということなのだ。たとえ増装を付けたままの機体があったとしても、通常の隊員は申告を躊躇したことだろう。
「私の機は未だ付けています!」
フェルチアである。定員オーバーであり、パイロット以外の人間を載せているため、戦域から離れていたので、増装を切り離していなかったのだ。歴戦の勇者が集うルナ隊の隊員でさえ黙ってしまったのを尻目に、彼女はあっさりと申し出て見せたのである。それは彼女がルナに対して抱く他の隊員以上の何かが成させる技なのか。
「よし、まだ一戦する燃料が残っているな。タンクを切り離して俺に続け。」
「勝機は?」
これだけルナに心酔する彼女であっても、流石におののいている様子が伺える。
「ヤツも普通の飛行機だ。我々の銃撃で被弾している。上部甲板上の銃座に破壊した所があって穴が開いている。そこに俺が切り離した燃料タンクをぶつける。貴様は俺の後方に控えて、タンクがぶつかった所を銃撃しろ!」
「無茶です、隊長! 飛びながらタンクを目標に、それも銃座に……」
「やるんだ、フェルチア! 俺はできる! そして貴様もできる!」
ニ機のタイガー・ルナが怪鳥に向かって突入した。
逃げたと思って油断していた怪鳥の乗員は、改めて突入してくるタイガー・ルナに面食らうことになった。その間隙を突いて、ルナ機とフェルチア機が極限にまで怪鳥に接近した。
「ここだ!」
タイガー・ルナのリニアロータリーエンジン用に強化された燃料を七割方満たしたタンクが、ルナ機から切り離された後もまるで手が添えられているかのように正確に飛んだ。銃撃で破壊され、穴があいた状態になっている元銃座があった所に、時速数百キロの相対速度で激突したタンクは変形・圧壊し、中身の燃料を怪鳥の体内に染み込ませていく。
「フェルチア! 今だ!」
ルナ機のエンジンが許容回転数を越えて唸りを上げ、後方に焼けたオイルの匂いを残しながら上昇に転じた刹那、フェルチアがスロットルレバー上面に配置された機銃の発射ボタンを力任せに押した。コンマ数秒のタイムラグも無く、フェルチア機の機首に装備された機銃から銃弾が怪鳥に浴びせられていく。既に広範に広がっていた燃料は、安全性のために発火温度が高められているものだったが、音速を超える銃弾が金属の機体を引き裂く時に発する高温の火花によって、いとも簡単に発火した。それが一瞬で爆発的に燃え広がっていくのを横目で確認したルナは、困難をやり遂げてやや放心状態のフェルチアを怒鳴りつけた。
「逃げるぞ、着いて来い!」
ただちに我に返ったフェルチア機は、反転上昇するルナ機を追ったが、怪鳥の上面に無数に配置された機銃もニ機を追った。ルナが再び鬼人の動きでひとしきりの弾幕を避けたが、怪鳥からの銃撃はすぐに止んだ。そしてルナが振り返った時、フェルチア機は視界にはなかった。ルナの目には、内部から火災を起こし、猛烈な黒煙を吐きながら高度を下げている怪鳥だけが映っていたが、それも涙でかすんで見えた。
「フェルチア……、俺の部隊に来たばかりに……。」
ルナにとっても、彼女に対して特別な感情が芽生えていたことに、ここでやっと気付いたのだ。無くして始めて気付くというのは、人の人たる所以か。前回、涙を流したのはいつだったか。ドーバー戦役の英雄とうたわれながらもブリタニアに追放された時でさえ、彼は涼しい顔を装っていたものだ。昨晩、旧知の戦友である副官の裏切りを知り、自らの手にかけた時とも違った、彼が初めて味わう苦渋であった。長い間に溜め込まれた涙が一気に溢れ出たとでもいうように、とめどなくそれは流れ続けた。

 呆然と飛び続けるルナ機の周りに、三割は数を減らした編隊が集結し、そのままブリタニアに向けて進路を取った。

<続きがあります。>

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 <目次>      (今回の記事への掲載範囲)
 序 章         掲載済 (1、2)
 第1章 帰還     掲載済 (3、4、5、6、7)
 第2章 陰謀     掲載済 (8、9、10、11)
 第3章 出撃     掲載済 (12、13、14、15、16)
 第4章 錯綜     掲載済 (17、18、19、20)
 第5章 回帰     ○   (22:2/4)
 第6章 収束     未
 第7章 決戦     未
 終 章          未
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第5章 《回帰》  (続き 2/4)

 悲劇はブリタニアだけに訪れたのではなかった。大陸の北方の森林にはあらゆる残骸が飛散していた。王国の爆撃隊の末路である。昼なお暗いと形容されて来たゲルマニアの森、その所々に火災の痕跡が黒々と点在していた。その数の多さが、爆撃隊の辿った軌跡を物語っている。ルナ隊の支援を得られなかった爆撃隊は、奮戦するも神聖同盟の餌食になってしまった。足の遅い爆撃機は、神聖同盟の迎撃隊にとって、演習目標のようであった。北方半島に残された僅かな王国領土に帰還できた爆撃機の数は、出撃していった半分にも満たなかったのである。これは、一機当たり二十名以上の乗員を有する爆撃機、鬱蒼とした森の中に、数百の御霊が飲み込まれたことを意味する。それでも、爆撃隊の被害は地上部隊よりもマシだったと言える。神聖同盟の陸空の守備隊に迎え撃たれた王国の地上部隊は、西ケルト奪還の思いとは裏腹に、全滅状態であった。わずかに逃げ果せた兵士達は、古代の蛮族の様相で北方半島の領土に帰還した。彼等にはもはや王国軍人の誇りも規律も無く、大陸にあるこの僅かな王国領土を守る術は残されてはいなかった。神聖同盟の軍隊に蹂躙されるのは時間の問題だろう。
 未開地域ではあったが、王国が唯一保持していた大陸の領土は、まさに風前の灯火であった。脱出も救出もままならぬ状況が、そこに残された人々に王国への不信感を植え付け、作戦を失敗に導いたルナへの恨みとして開花した。その思いは、捕虜として各地に連れ去られ、生き恥を晒すことになった兵隊達の中では一層強かった。数は多くはないが、その怨念の強さはブリタニアのそれに引けをとらないだろう。
 ルナが気に病んでいた状況は、ここに最悪の形で具現化してしまっていたのである。

 古代より陰惨な戦闘が多かったこの地で肉体を焼かれた魂達は、過去から漂う悪霊達と折り合いを付けられたのだろうか。彼等が、自らを死に追いやったルナがこれから諸悪の根源を突こうとしている、ということを知ることはもう無い。そんな彼等が、ルナの行動を後押ししてくれることは無いだろう。過去から各地で繰り返されて来た権力闘争や陰謀の数々、それらの犠牲となった人々は余りにも多い。王家の血とは、そんな怨念までをも力として取り込んでしまうものなのだろうか。

 これらの状況について、ルナは着陸してすぐに報告を受けた。斥候として大変優秀な部下、ブルータスが着陸地点で待ち受けていた。そこは同時に、フェルチアやカク・サンカク達との合流地点でもある。ブルータスは、僅かの時間に最低限ではあるが補給の準備をも整えていた。勿論、専用部品の多いタイガー・ルナのパーツまでは揃えられてはいないが、それは止むを得ないだろう。
 ブリテン王国の北方は、かつては大陸から海を渡って来た蛮族が闊歩していた。その南侵を食い止めるべく、島の東西の海から海に渡る城壁が構築されたことがあり、現在でも二千年の時を越えてその一部が残っている。過疎となって人の往来も無い地域であるために必然的に残ったものであるが、昨晩にルナから指示を受けたブルータスは、この場所にルナを受け入れるべく彼が持つ全てを投入して準備にあたった。彼が何年もかかって極秘裏に作り上げた情報網と裏組織、それらの全てを注ぎ込んだのだ。そうでなければこの短時間にこれだけのことはできなかっただろう。一度使ってしまえば、極秘は秘密ではなくなる。これは斥候の常識である。よって、これらの情報網や裏組織は、もう使えなくなってしまったのである。しかし、ここ一番で使うために作り上げたものであり、ブルータスの感性は今がその時だと告げていた。
 ブルータスはこの地域で生まれ育った。彼の親は、信念を持って生きて欲しい、という思いを込めて、敢えて『ブルータス』という名前を彼に贈ったという。あのカエサルを裏切ったブルータスのように、自らの信念に生きよ、裏切りもその一つの形でしかない、と語り聞かされたものだ。この地域の厳しい自然に生きた彼の親は、既にこの世にはいない。しかし、その思いは確実に伝わっていた。そして彼の信念は、ルナへの忠誠という形で具現化した。その名のため、裏切り者と罵られた少年時代も影響したのだろう。彼のルナへの忠誠心には全く淀みが無い。持つべき信念が芽生えず悶々としていたある日、ルナが彼の前に現れた。当時、ブルータスは地場のヤクザのようだったし本人もそう思っていたが、ルナに言わせるとブルータスの組織のお陰でこの地域は安定していたという。力の作り方と使い方を知っていると言うのだ。そんな組織力と調整や運営の能力を買われ、ルナの斥候として誘われた。皇太子を廃位されたばかりの王子、そんなルナがどうにも魅力的に見えたのは、その出会いが運命だったからなのか。少なくともブルータスはそう考えていた。親の死を看取ってからそれまで、他人に認められたり評価されることは皆無と言ってよかった。むしろそうされることを警戒するようにさえなっていた。このような生き方をして来た者が選ぶ生き方である。しかし本音では、それでは寂しくてしょうがない。そこにルナが現れ、本質を見抜いたのだ。心の拠り所は多くは要らない。ブルータスの心はルナによって満たされたのだ。これからも彼は、ルナに尽くすことにだけを考えて生きていくことだろう。それがあくまでも秘密裏に、表の世界から認められるものではないとしても、彼の忠誠心に一点の曇りも出るものではないのだ。

 ルナは隊員に補給と休息を命じ、それができる状況を作ってくれたブルータスに感謝の意を示した。あっさりしているが、ブルータスにはそれで充分であった。そしてルナは、自らの考えを纏めることに集中した。
 明らかに状況は最悪である。王国の将来自体が極めて危ぶまれるし、王もルナも人心を再び掴むことは難しいだろう。神聖同盟が侵攻して来ることが確実になった今、 ~侵攻するためにこれ以上は望めない口実を王国側から与えてしまった~ 王国は国としての体裁を保つこともできなくなりつつあるのだ。
「救命艇が接近して来ます。」
ブルータスの報告にルナが立ち上がった。空母から脱出した救命艇が合流して来たのだ。今のルナにとって、それは唯一の朗報である。この状況であっても、フェルチアをはじめ、命がけで彼を慕い、寄り添ってっ来る者達がいる。プライドも責任感も無くしかけていた今、彼の心にも支えが必要なのであった。追い詰められたルナの心の中で、フェルチアの存在が徐々に大きく育っていることに未だ気付く余裕は無かったが、狼狽や弱みを見せられない立場の彼を、人知れず救ったのは彼女なのであった。

「ブリタニアに帰る。体制を整える必要がある。」
突然、決断を隊員に告げたルナは、自ら離陸の準備に取り掛かったが、ブルータスがルナに歩み寄って耳元でささやいた。
「さっきも言ったが、ブリタニアは焦土と化しているんだぜ。統領をはじめ、お前の腹心は所在すら掴めていない。それにお前に対して不穏な動きも予想される。考え直すことだな。」
「基盤が必要だ。ゲリラになるわけにはいかない。それに怪鳥の件、捨て置くわけにはいかん。王国がそんな兵器を所有していたなんて話しは聞いていない。」
ブルータスにそう告げると隊員に大声で言った。
「諸君、ここで分かれよう。付いて来ることを拒みはしないが、それは絶望への旅路になることだろう。」
後から合流したフェルチアが応えた。
「絶望を希望に変えに行かれると信じます。地獄も極楽に変えられるはずです。私にお手伝いさせてください。」
何とも純粋な、若々しい感受性だろう。しかし、ルナは返事をせずにタイガー・ルナを離陸させた。
ある程度は予想していた。付いて来る者がいることを。だが、全員がルナ乗機の後を飛んでいた。甲板要員までもが、狭いタイガー・ルナのコックピットに収まっていた。
「俺を撃ち落とすつもりなら、すぐにやれ。」
付いて来る理由にはそれもあろうかと思い、ルナは全機に告げた。
 応答も反応も無いまま、ルナ隊はブリタニアに向かった。

 隊員の真意も気になってはいたが、怪鳥出現の情報で、ルナの考えが繋がった。

 怪鳥の件は知らなかった。そんなものがあるなら、宰相派は神聖同盟を本気で叩き潰すつもりなのかもしれない。帝国との開戦までも視野に入っている可能性もある。しかしそれなら、自分の招聘は何のためだったのだろう。いや、秘密は漏れるものだとブルータスも言っていた。きっと怪鳥は開発されて間もないのだ。だから自分の耳にも未だ入って来ていないと見てよいだろう。つまり、究極の兵器で先手を打とうとしていたが、実戦配備する前に神聖同盟からの侵攻が予想されたので、戦線を維持させるためにルナ隊が必要だったのだ。どこまでも姑息な連中だ。

 捨て駒にされていたことを腹立たしいと思いながらも、未だ裏がありそうだとルナの直感が告げていた。

<発散する複線は、どこまでも続きます。。。>

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 <目次>      (今回の記事への掲載範囲)
 序 章         掲載済 (1、2)
 第1章 帰還     掲載済 (3、4、5、6、7)
 第2章 陰謀     掲載済 (8、9、10、11)
 第3章 出撃     掲載済 (12、13、14、15、16)
 第4章 錯綜     掲載済 (17、18、19、20)
 第5章 回帰     ○   (21:1/4)
 第6章 収束     未
 第7章 決戦     未
 終 章          未
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第5章 《回帰》  (1/4)

 視界は、一面の海ばかりであった。その単調な景色がルナに考え事をさせてしまっていた。
 リモーが言った爆撃隊と地上部隊の侵攻という作戦は、どこまでが俺を貶めるためのものだったのだろう? 最終的には、俺を消してしまうことが目的だと思われるが、今回の作戦にそれ程の細工が行なわれたようには見えない。そうならば、俺が乗るタイガー・ルナに細工をするはずで、整備にカク・サンカクを招聘することを拒んだはずだ。ということは、今回の作戦は第一段階であって、俺の名声を汚すためだけに仕組まれたと見るべきだ。第二段階以降に何を企んでいたのかを今は知る術が無いが、今回はどうするつもりだったのか。
 手始めに、今回の作戦は完全にでっち上げの作戦だったと仮定してみよう。その場合、出撃した我が航空隊にはどのような結果が訪れたか。援護が無い状態で、我が航空隊単独で、神聖同盟の本拠地付近に踏み入るのだ。戦闘になるのは間違いない。相手は強力な軍備で迎え撃ってくるだろう。我が隊が如何に屈強だとしても、負けるのは目に見えている。これでリモーの今回の目的は達せられるはずだ。俺を負け犬にすることができるのだ。場合によっては俺も戦死するかもしれない。そうなればリモーにとってより望ましいことなのだろう。でっち上げ作戦の線はありそうだ。リモー達の目的と整合している。
 次に、あの作戦自体は本物だった、と仮定してみよう。リモーはどうやって目的を達成させるだろうか。恐らく我が隊の援護を得た王国軍は、相当な戦果を上げたはずだ。そうなると名声は汚されるどころか、一層高まってしまう。リモーにとっては我が隊が敗戦せねばならないのだ。例えば、敵に内通して作戦の一部を漏洩させてみせたか。我が隊が緒戦で兵装を使い切った頃に神聖同盟の別働隊を迎撃に仕向けられれば、我が航空隊の敗走は必至だ。いや、冷静に考えてみよう。それだけのことを成し遂げるためには、相当な情報網と機動力を持つ隠密の組織が必要だ。宰相派といえども、大した拠り所もない神聖同盟の本拠地付近に、それ程の裏組織を作り出せるはずはない。敵との内通を前提にした線は無いと見ていいだろう。そうか。フェルチアは、空母艦隊が次の作戦を控えているはずだと言っていた。次の作戦に我が隊が入っていないとも言っていたな。我が隊が帰還できる余地は初めから無かったのだ。我が隊が発艦した後、空母艦隊は急ぎ移動するつもりだったのだ。作戦を成功させた後に空母に戻ろうにも、空母がどこにいるのか分からず、我が隊は路頭に迷うことになる。後は何とでも話を作り出せる。これで、戦果も上げられ、且つリモー達の目的も達せられる。一石二鳥を目指したか。しかし、でっち上げ作戦の方が単純で分かりやすいようにも思う。この作戦が本当だとするならば、自分の名声を汚すということの他に、相当の戦果自体も上げなければならない理由が必要だ。

 そこまで考えてルナは、必然の結論に戦慄を覚えた。

 戦果が必要か? 問うまでもない。今の王国には何としても必要なのは明らかだ。先制攻撃でダメージを与えねば、神聖同盟に勝つ見込みはない。この作戦で王国側を有利な立場にさせ、協定に持ち込もうというのだろう。だからこそ、自分が必要だったのだ。戦果を確実にするために。これだけでは名声を汚すことにならないので、空母を移動させて我が隊が帰還できないようにする。わざと行方不明にした上で、敵前逃亡なり、神聖同盟に寝返って自滅したなりの噂を真しやかに流すに違い無い。汚い手を使う連中である。これで決まりだ。リモーの思惑は見えた。

 しかし、ルナが戦慄を覚えたのは、リモーを含めた宰相派の汚さに対してではなかった。

 確かに、我が航空隊はリモー達の思惑通りにはならなかった。彼等の作戦、いや謀略は失敗した。フェルチアの参画という想定外の幸運も手伝って、我々が失敗させたのだ。だが、我が航空隊の支援を失った爆撃隊はどうなったか、陸上部隊は戦果を上げられただろうか。その答えは絶望的である。支援戦闘機の援護が無い爆撃隊や、航空戦力が同行しない陸上部隊の末路は、火をみるよりも明らかだ。つまり、王国の兵隊を大量に消耗させ、国の状況も極端に悪化してしまったであろうということだ。自分の保身のために、臣民の、そして王国の将来を台無しにしたのではないだろうか。あってはならないことだし、我が信念に反する振る舞いでは無かったか。

「王に会いに行くのかい? 隊長。」
隊員が無線で問い掛けて来たところで、ルナは思考を機上の現実に切り替えた。隊員全員に聞こえているので、迂闊には答えるわけにはいかない。
「何らかの形で謁見賜ることになるさ。時期は分からんがね。」
敢えて軽く流してみたが、隊員達はそんな小細工が通じる心境ではない様子だ。
「よもや、跪く以外の形で王の前に参上するなんてことは無いよな?」
隊員達はこの時点でも、自分達を反逆者と考えてはいない、あるいは考えたくないようだ。ルナの行動に正義があるとすると、リモーや艦隊の方が謀反を企てているという構図でなければならない。そうであればルナ隊は救国の英雄に成り得る。しかし、そのためには必要な行動があった。
「どうして艦隊を攻撃しないんだ?」
核心を突かれたルナは、暫し沈黙してしまった。艦隊側が反逆者であるなら、ルナ隊は艦隊を攻撃せねばならない。それをしてこそ、英雄になれるのである。このままだと、反逆者を放置したということで、自分達に敵前逃亡の汚名が着せられはしまいか、隊員達の不安はそこにあった。軍人にとって、特に誇り高き王国の軍人には、敵前逃亡は最大の不名誉であり、それに応じた、決して受け入れられない罰則が設けられている。隊員達は、ルナの方が反逆者であるという可能性には考えが及ばないか、その選択肢を完全に捨て去っているのだ。
「どこまでが裏切り者か、それが分からないんだ。艦隊の兵員全てが反逆者とは思えないし。ヘタを打つと無実の奴に濡れ衣を着せることになりかねないだろう。」
一応、筋は通った答えのはずだ。ただ、誰も納得していない様子を、空気を、ルナは感じ取っていた。
「俺達の兵力は限られている。諸悪の根源を突いて、正義を確立しなければならない。王との接見も然り、目的に合致した会い方になるってことさ。」
つい言い過ぎたかと思い、隊員の反応を待った。王までが国賊の可能性を示唆してしまったのである。しかし、隊員からはこれといった反応は無かった。今は、何が起こっているかということよりも、これから何を成すのか、ということの方が彼らにとって重要なのだ。誰もが拠り所を探しており、ルナの考えを知りたいと思っているのだ。自分が芯になって見せるしかない。これまで以上に団結しなければならないことだけは、明らかであった。
「王国の栄誉は俺が守る。」
 隊員に、見えぬ未来に、ルナは一人ごちた。
     ◆
 燃え上がる炎を、人々は静かに見つめていた。永遠の辺境と思われたブリタニアは、ここ数年だけで急速に町の様相を呈した。ルナが作り上げた国、そこに人々は集まり、行政と商業と農業が奇跡的に発展したのだ。
 それらは夢だったのか。ルナが立ち去る前の、垢抜けないが素朴で豊かな国家の名残、全てが目の前の炎とともにその痕跡を消して行く。王国の軍隊はまるで機械のように、容赦なく、そして徹底的に破壊の限りを尽くして立ち去った。悪魔の変化としか言いようのない巨大な人工の怪鳥が飛来し、あっという間に町は灼熱地獄と化してしまった。怪鳥から稲妻が発せられ、少し遅れて雷鳴が轟く度に、地獄の業火に何もかもが飲み込まれていった。かろうじて生き残った誰もがその後に予想した惨劇、兵隊による略奪と殺戮は起こらなかった。いや、そうする余地も無い程に町は徹底的に崩れ去ったのだ。
 わずかに残った人々は、燃え上がる自分の国をただ眺めるしかなかった。辺境の人々にとってみれば栄えた国での生活は一時的な夢だったのだ。再び自然と暮らす生活に戻るだけであった。多くの家族と友人が、恋人が、一時の栄華と引き換えに奪われてしまった。余りにも残酷で高価な代償を、人々は未だ咀嚼できていない様子だった。
 戦果を確認すべく降下してきた王国の兵隊は、淡々と状況を記述するだけで、そこにわずかな人々が生き残っていることなどは意識の外にあるかのように、追撃もしないが救済するわけでもなかった。生き残った人々がこの理不尽を兵隊に詰め寄っても、あくまでも彼らは淡々と答えるだけであった。
 ルナが裏切ったと王国の兵隊は言った。そんな戯言をブリタニアの統領が受け入れたのだろうか。有り得ないと誰もがそう思った。しかし、怪鳥の攻撃は何の躊躇もなく推し進められた。
 ブリタニアは、王国の一部ではなかったのか。それを疑う者は誰もいなかった。それでも王国軍は、仇敵を討つが如くに振る舞った。あの怪鳥がリメス・ジンだ、これで王国は覇権を回復する。王国の兵隊は怪鳥を指して誇らしげに言った。
 風にあおられ勢いを増して燃え続けた炎は、一面を焼き尽くして衰えはじめていた。立ち尽くす人々の悲しみと怒りが燃え上がっていくのとは対照的に。その矛先は王にもルナにも向けられた。明らかに人々はいわれの無い被害者なのだ。
 王国は、ルナの王国復権の思いとは別に、致命的な分裂の要素を一つ作り出してしまったのである。現在の王や宰相達、そして皇帝までもが、大国による大権統治が既に時代錯誤になっており、分裂、分散方向に動き出していることに気付いていないのだ。それぞれの民族や風土、それらの上に培われた文化からは、それぞれ異なった価値観が創出され、異なる価値観から導き出される主義・主張は、相容れないことが多いのだ。帝国の母体となった都市国家が創立されてから二千七百年近く、その間に繰り返された繁栄と衰退、その度に国家も人々も成熟して行き、成熟とともに主義・主張も洗練されていく。洗練を深める過程で、各々の主義・主張は相違点を明確にしていき、人々の信条が乖離していく。それが成長なのであって、成長するために時代は流れている。そんな時代の流れに反して、如何に統合方向の策略を巡らそうとも、それは結果的に分裂に向かうトリガーにしかならない。歴史は人が紡ぐものだが、それは為政者が作るものではない。流れを読むことができる為政者によって組み立てられ、それを人々が営み続け、その結果として生まれる新たな流れを組み立て直す。そうした所業の断片を結果論として結晶させたものが歴史なのである。
 こういった哲学的な知恵は、今は亡き王だけが知りえた境地なのかもしれなかった。他には、亡き王の直系であるルナだけが理解して行動できる可能性を秘めているのだが、そんなことは民衆の知る由もないことであり、怒りという弓から放たれる怨念という矢の幾つかは、間違いなくルナに向かうであろう。

<盛り上がろうと上がるまいと、そろそろ大詰めです。>

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