町田・多摩センターの司法書士ミヤの開業ブログ~生き生きと生きる~

『司法書士法人まちたま』の代表です。多摩センターと町田の2拠点で活動。備忘録として書きます。

言葉は生き物

2024年11月24日 23時51分09秒 | 雑感
町田・多摩センターの司法書士・行政書士の宮下です。




AがBに対して「明日遊ぼう」と誘った時、聞き手側Bが思い浮かべることは話し手Aが思い浮かべるそれと一致するとは限らない。

AとBがいつも遊んでいる場合はツーカーの仲なので別でしょうが、そうでない場合、Bとしては「何して遊ぶの?」という疑問が生じる。

"遊ぶ"という言葉は非常に抽象的です。

Aが普段から何をして遊んでいるかBが知っていたらBはそれを思い浮かべるかもしれない。

一方で、"遊ぶ"という至極抽象的な言葉ではなく、少しだけ具体性を持たせた場合はどうでしょう?

例えば「明日サッカーして遊ばない?」とAがBに伝えた場合、Bはどう受け取るでしょうか?


サッカーってあのフルコートのサッカー?

フットサル?

それとも公園でパスしたりして遊ぶ?


やはりこれもAの生活ぶりによって判断できることもあれば、逆にBがフットサル選手であればBとしてはフットサルを真っ先に思い浮かべるかもしれない。

話し手と受け手の思い浮かべることは必ずしも一致しない。

仮に、より具体的に「フットサルしよう!」とAがBに言った時、Aの頭の中ではさらに時間、場所、人数、その後のご飯のことまで思い浮かべた上で発言をしているかもしれない。

この時のAの中の"フットサル"のイメージと、Bの中の"フットサル"のイメージは近しいとは言い難い。

これは「犬」「車」「ケーキ」などの言葉を使用した場合はもちろんのこと、あらゆる会話において同様のことが起こり得ます。

それぞれの言葉に対するイメージは一致しないことも多い。

言葉は生き物です。

人によって、時代によって、その言葉の意味(イメージ)は変異していく。

生活環境が異なる場合はもちろん、生活環境が同じだとしても、それぞれの言葉に対する蓄積されたイメージが100%一致することはほぼ無理でしょう。

発言する状況によってもそのイメージは異なる。

それぞれがそれぞれのフィルターを通してその言葉を咀嚼する。

受け手が「おっけー!」とわかった感じでも、話し手の意図しない理解をしている場合もある。



ある言葉に対する世間一般が思い浮かべるイメージと、自分が思い浮かべるイメージを限りなく近づける作業、これは教育のなせる作業でもありますし、社会と向き合うことで形成されていくものでもある。



例えば、会社で上司から「これコピーしといて」と言われた場合、たいていはコピーをしてその書類を上司の机に置いとくはずです。

コピー機に書類を置いたままにする部下は通常いないでしょう。

確かにコピーはしてるけど、普通そのままコピー機に置いておかないでしょ。1から100まで言わなきゃいけんのかい。と上司は思うはずです。

その言葉が言外する部分までが、その言葉の”生きた”意味なんだと。

コピーという言葉自体の理解について相違はなく、コピーという言葉の言外する部分での相違ではありますが、言葉の意味が社会のとある状況の中で生きた意味として形成されたものの1つでしょう。



コミニュケーションを取る中で、この言外する部分のイメージの相違もあれば、その言葉自体に対するイメージの相違もある。

その相違が積み重なるようであれば、いくら話し合ったところでわかり合うことは難しい。

そもそも育ってきた環境が違いすぎると言葉に対するイメージの擦り合わせまでに時間がかかる。

また、相手はこう言いたいだろうけど自分はそうは考えていないというように、相手の言葉に対するイメージを理解した上で自分はこう考えるという場合もあるでしょう。
 


認識しなければいけないことは、その"言葉"の意味の擦り合わせをしても、絶対に分かり合えない場合があるということ、どんなに冷静に話し合っても理解し合えない場合があるということ。

仕事やプライベートでの意思疎通においてトラブルになるのは、先入観や固定概念、認知心理学におけるスキーマが関係しているのではないかと。

スキーマはその人の人生で形成されたものなので、それを今更変えることは無理だと考えています。

その場合には相手との距離を取ったり関係を終わらせたりする必要もある。




昨日本を読みながらそんなことを考えてたら夜9時頃に寝てしまいそのまま11時間寝ました。

起きてから昨日考えてたことをブログに書いてたらまた眠くなってきました。

僕の脳はいつもそう。

本を読んだり、ややこしいことを考えたりすると、すぐに眠気を発生させる勉強に向かない脳です。



あ~もうむり~


話は少し変わりますが、司法書士として相談に乗る際には、相談者との言葉の意味(イメージ)が乖離しているかもしれないという意識を常に持ちながら発言するようにしています。

例えば、生前対策の相談の場合に"人が死ぬこと"を「万が一のことがあった場合に・・・」と濁して言うことも多いですが、僕はこれが伝わってない可能性を常に恐れています。

”万が一”って病気?事故?入院したりすること?などの疑問が数秒でも生じた場合、次のこちらの話が入っていかなくなる可能性があるります。


また、「相続が発生した場合に・・・」と言い換えることもできますが、この言葉も伝わってるかどうか常に恐れてます。

”相続”という言葉は司法書士にとっては当たり前でもそうでない方にとっては何を意味しているのか確信はないかもしれません。

その結果、時に「死んだ場合・・・」とあえてストレートに言うこともあります。

お亡くなりに・・・を飛び越えてあえてのストレートです。

失礼な司法書士と思われてるかもしれませんが、内容が伝わらないよりマシだと思ってます。










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