まさおレポート

記憶の断片 ノナカさん

大阪の堂島近辺に職場のあったころの話。当時の部下であるノナカさんは会社の仕事の後でよく珍しいところに連れて行ってくれた。30年ほどたつがいまだに何かのひょうしに思い出すことがある。

会社を出ると通り道で酒の自動販売機でワンカップの酒を買い、一気に飲む。これで勢いをつける。ある時は職場から歩いていける距離のところにある、内装工事も終わっていないむき出しのコンクリート壁に囲まれた工事中のビルの一階部分で酒と魚を食わせる店に行った。廃校になったかあるいは古くなったので入れ替えたか、そのどちらかで処分されたと思われる小学校の机を貰い受けてきてそのまま置いてあるテーブルを囲んで、会社帰りの男どもがたっぷりと盛られた切り口のひかる刺身を前に置いて立ったまま酒を飲んでいる。店員は笑顔もみせずに長靴で客に料理を運ぶ。殺風景な部屋に武骨な店員たちがいて、酒と魚だけは安くてうまいという、そんな風なたたずまいの店に関西の男たちは魅かれるところがある。このとき裸電球の下で刺身が実に美しく旨そうに見えることを発見した。

ここでしばらく酒と魚を楽しんでからJR大阪駅と阪急梅田駅を結ぶ途中にある、飲食店がひしめいているビルの5階まで行くとそこにはワンコインバーがあった。100円硬貨を手元に用意して、受け取るたびに硬貨を払う。ここでピュアモルトの年代ものをショットグラスで飲むがさすがに3千円近くするので硬貨で30枚も払うのは多少厄介だと思っているとマスターは千円札でもいいですよとウィンクする。ようやく足腰が疲れてきたので店を出て帰ろうとすると今からスナックだという。

店をでると既に終電車はない。仕方がないので西宮の我が家(社宅)にタクシーで帰ることにするがここでもタクシーの運転手と値段の交渉が始まる。東京に住んでいた頃はタクシーの交渉などないものだと思い込んでいたが、ノナカさんは平然と交渉をして定額で運ぶことを決めてから乗り込む。

我が家に辿りついてノナカさんを社宅の一階部分で待たせ、3階にある我が家まで階段を昇り、家人を起こして会社の人を連れてきたことを告げてから再び一階に戻るとノナカさんがいない。深夜の道路まで出てあちこち探してもだれもいない。一体どこに消えたのだろうと思いながらも酔いもあり、そのままベッドにはいって眠ってしまう。

翌日会社に出勤するとノナカさんは端末室で仕事をしている。しかしそばまで行ってよく顔を見ると、目の周りにできた隅をかくすためファウンデーションが塗りたくってある。だれかに殴られた痕で隈ができ、朝奥さんのファウンデーションで隠してもらったという。どうして殴られたのかは記憶が飛んでしまっている。

それにしてもノナカさん、昨夜はどうして突然いなくなったのだと問いただしたが困ったような表情を浮かべて答えない。こちらも気になるので何回か聞いたがやはり答えない。なにかあったのに違いないが仕事中のこともあり腑に落ちないがそのままにしておいた。

そのうちノナカさんが京都の伏見に面白い店があるから行こうという。京都の伏見って我が家の西宮から離れ過ぎと違うかなと思いながらも面白い店の引力には抵抗できない。会社を6時に出て伏見に到着して街を歩く。このあたりは京都市内とはいえかなり趣がことなる。危険なニオイといえばかなり言いすぎになるがちょっとばかり河原町界隈の繁華街とはことなる。ノナカさんは盛んにズコシという言葉を連発する。どうもズコシという親分の縄張りだと言いたかったのだろうと今になってわかる。

店に入る前にノナカさんは、魚はもの凄い量がでてくるので一品ずつ頼むようにと念を押す。店にはいるとごく普通のカウンター席が向い合せに2列ならんでいる。ハマチの刺身と伏見の酒を注文してビールを飲んでいると普通の店では5人前はありそうなハマチの皿がどんと置かれた。これは一匹をまるまるさばいたものだ。なるほど一匹まるごとさばくので無駄が出ない。だから大勢で頼むと安上がりになるという仕掛けだと分かった。

そのうち女性の二人連れがカウンターの向かいに座った。旅行客らしくガイドブックをもっている。イカさしとしめサバを頼んでいる。そんなに頼んで大丈夫かと心配になる。やがて大振りのイカ一パイと締めサバも一匹分がどんと置かれる。それを前にして女性二人は量の多さにびっくりして奇声をあげるのを店員は楽しんでいる風にもみえた。ほとんどの客はその量の多さを知ったうえで同席者で分け合って食べる。しかし知らないで店に入ったこの女性客は気の毒な感じがした。悪趣味と店の持ち味の中間あたりというところかな。

ノナカさんは酒がすすむと西宮の社宅から深夜突然いなくなったわけを話し出した。私の後から階段を昇りドアの呼び鈴を鳴らしたら家人に変な顔をされたので帰ったのだと言う。それを聞いたわたしはとっさには事情が呑み込めない。その問題の夜、私が先に部屋に入り家人に事情を話し、玄関でノナカさんが来るのを待っていたのに一向に来ないので道路まで探しにいったのだから、変な顔をしたもなにも有り得ない。ノナカさん、ドアを開けた相手の女性はどんな顔をしていたのと聞いても記憶にないらしく要領を得ない。しかし社宅の別のお宅のベルを鳴らしてドアを開けさせて不審な顔をされたことでノナカさんは傷ついて、西宮からタクシーを拾い京都まで帰ったことがようやくわかった。ただノナカさんには部屋を間違えたという自覚は無いので、冷たい対応をされたという誤解はいまだに解けていないのではないか。

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