まさおレポート

記憶の断片 さまざまな邂逅

40過ぎの男たちが伊勢にある古い旅館の二階の大広間に集まっていた。高校卒業以来20数年ぶりに顔を合わせるので名前が思い出せない。ある男がこちらの顔を眺めているがどうもよく思い出せないようだ。こちらも思い出せない。街で全く知らない他人をながめるときのような視線に出会うと打ち解けられるのかなと少し戸惑う。そのうち30分ほど顔をながめているうちに、全く思い出せなかった顔が過去の顔と3Gで作られた映画のようになじんで結びついてくる。名前がようやく呼び覚まされてハシモト君、トラダ君、オオヤマ君などと口をついてでてくる。

宴会がはじまり一通り近況などを話し終ってからあちこちで少人数のグループができそれぞれの思い出話に花が咲いている。そのうちのひとつにトラダ君とオオヤマ君が加わる座ができ、私もそれに加わる。オオヤマクンは全電通の組合役員を一時熱心にやったことがあるという。1970年の安保条約自動延長に反対する安保闘争にも潮岬無線局から動員で駆けつけてデモの先頭に立っていた。デモが日比谷公園から虎ノ門さらに愛宕下通りに向かう交差点あたりで大勢の機動隊が監視体制に入っている。装甲車や放水車が何台も並び完全武装した機動隊が厚いジュラルミンの盾でデモ隊の流れが拡散するのを防いでいる。

私もその日のデモに全電通から動員をかけられて安保反対のデモに遊び半分で参加していた。つまり思想的背景など全くないのだが組合員の義務としてのみ参加していたのだ。途中までは組合役員の指示に従って親子ずれやカップルなどがのんびりと歩いていたのだが国会議事堂に向かうあたりで急に警備が厳重になり物々しい。装甲車の高い台からデモの群衆を見おろす機動隊の指揮者や放水車とはいえ凶器と化しかねない砲身やずらりと囲んだ機動隊を見ていると自分のなかにアドレナリンが分泌されてくるのがわかる。つまり思想的背景もなにもないのに意識が高揚してくるのだ。こうした場で無意識のうちに沸き起こる意識の高揚は人間の生理に仕組まれたもので一人歩きする危険なしろものだとこの時に思った。そんな記憶を呼びおこしながらオオヤマ君とトラダ君の話を聞いている。

そのうちオオヤマ君が唐突にトラダ君にジュラルミンの盾を足の甲に思いきり落とされたとの話を始めた。聞いている方は話の展開が理解できない。そのうちようやく話が見えてきた。トラダ君は高校卒業後警官になり、70年安保の頃は機動隊に所属していてデモ警備の任務についていた。一方のオオヤマ君は全電通の熱心な活動家でデモの先頭に立っていた。警備する機動隊と最前線で押し合いになりその際に警備にあたっていたトラダ君がオオヤマ君の足の甲に重い盾を落としたのだという。

デモ隊と機動隊が衝突する最前線で果たして頑丈なヘルメットとフェースガードで覆われた機動隊の個々人の顔が認識できるのかとの疑問が少し浮かんだが、顔と顔を接するように近づいた瞬間にオオヤマ君は同級生のトラダ君の顔を認識したのだという。「お前はわかっていなかったけど、俺ははっきりとトラちゃんだとわかった」とさらりと言う。しかし顔は笑っていなかった。そのときトラちゃんの表情には戸惑いがあったかどうかまでは記憶にない。

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