昨日も国会で、なにやら議論しておりました。Go-Toを早くやれだの、子育てがどうだの、秘匿出産がどうした、など呑気なものであります。
東欧でのロシアの軍事侵攻は、西の方にある島国にとっては対岸の火事なのでしょうか。政府も表立っては、経済制裁するとか厳重に対処するとか言っていますが、たいした効果もなく及び腰にしか見えません。挙句にロシアの大使には報復すると脅かされています。
昔中国の杞という国の人々が、空を見上げて空が落ちてこないかと心配したことから「杞憂」という言葉が生まれ、起きるはずのないことを無用の心配、取り越し苦労することを指します。時の中国を統治していた周の国から領地を与えられてできた小国です。幾度も国替えで漂浪し、確たる領土が無かったために、不安でいろいろなことを心配しなければならなかったのです。.
もうすぐ来る3.11のあの大震災は、政府も原発関係者も、大津波は発生するはずがないと長い間「杞憂」で片付け、絶対安全だと宣伝しました。そして起きた後は「想定外」という言葉で責任回避しております。
太平洋戦争末期、日本がロシアの侵攻・参戦によって北方領土を奪われたのを忘れたのでしょうか。ロシアが領土拡大(ソ連時代からの失地回復)の「軍事的・地勢的」な要衝としてベラルーシ、クリミアなどを支配下に置いたのも、本当は狙いをつけていたのがウクライナの奪還でありました。ウクライナを占領するつもりはない、二つの共和国を作ってロシア民族の安全確保する、という表向きの声明とは裏腹に、予想通り首都キエフに迫り、今日明日にも制圧されるかもしれません。早速、現政権を倒せ、ウクライナ軍でクーデターを起こせと煽り、とうとう、ウクライナ政府と交渉すると言い始めました。
これは交渉では無く「無条件降伏強要」であります。ウクライナの国民や兵隊、現政府の要人の生命安全を保障するから、政権を降りろと迫っているのです。嘘ばっかり、その後は、親ロシア政権樹立→ロシアへ併合となり、旧政権の人間は抹殺されるでしょう。
西側諸国は手の届かないところで遠吠えし、虚勢を張って強がってタダでは済まさんぞとと言うだけ。兵士一人送るつもりもなく抗議と批判だけで終わらせようとしているように見えます。自国に難が及ぶのを恐れ、全面に出ようとしません。中国が後ろ盾にあることは言うまでもありませんが、中国はロシアが試金石で、ロシアの成功体験によって、「台湾」に侵攻・占領して一気に中国が支配してしまうつもりなのです。
これを杞憂と笑いますか?。そして台湾を飲み込んだら次のターゲットはどこですか?。東側・中国ロシアにとっての、軍事上最も目障りで隣接した小国が「日本」であります。核兵器は無く、アメリカから押し付けられたお古の戦闘機や兵器と、戦うことが無いため安心して就職先に選んだ日本国自衛隊の防衛です。憲法はほとんど他国から攻撃を受けた時のことを想定しておりません。それは「アメリカ」が守ってくれるから平気さ、という幻想によって成り立っているからです。
中国などにとっての日本は、いざ覇権戦争(第三次世界大戦)が起きたら、最も激戦地区となる軍事上の最重要エリアであります。目の上のたん瘤で、そこにアメリカがミサイルを隠し持っているから邪魔で仕方ないのです。アメリカで言えばあのキューバと同じです。日本は海を隔てていると言っても、ロシアや中国とは国境を挟んだ隣国であります。戦車隊など陸上部隊の展開が望めない太平洋上の孤島であります。北朝鮮だって目と鼻の先です。そしてみんな核ミサイルを発射できるのです。
もし沖縄方面から中国、北海道にロシア、原発のある柏崎から一斉に艦船が押し寄せ上陸してきたときに、「抵抗したら東京に核ミサイルを落とすよ」と言われて、アメリカ軍がどう反応するでしょう。自衛隊は25万人います。アメリカは4万人前後の米兵を日本に駐留させています。核兵器を持った洋上艦隊が、日本国民を守るため、いきなり核ミサイルで応戦する判断をアメリカが下すとは思えないのです。昔ベトナムからほうほうの体で逃げ帰りました。アフガンから撤退し、イラクから兵を引き上げ、今回も知らんぷりなすがままのエゴイスト国家であります。
ロシアは今回10万人ほど の兵をウクライナに投入したそうです。ウクライナの軍人は予備役と合わせて50万人だそうですが、侵攻に備えて配備し待ち構えていても、空爆によって一挙に軍事拠点が無力化し軍用飛行場も制圧され、首都さえ風前の灯火なのです。
また、チェルノブイリはウクライナ領にあります。あの原発事故を引き起こした稼働中の施設が、両軍の交戦する真っただ中にあるのです。これが爆発したら、史上最悪と言われた核汚染の再来であります。
平和ボケした日本が、高みの見物を決め込んで確たる姿勢を見せない(動かない)というのが現状です。これを洞ヶ峠を決めこむと言います。明智光秀の重臣だった筒井順慶は、信長を倒した光秀を洞ヶ峠に陣取ったまま動かず、見殺しにしました。その後、寝返った功で秀吉には所領の大和の国を安堵されますが、ほどなく病死し、その後継者の代でお家騒動やらなにやらで取り潰しとなり筒井家は断絶したそうであります。
ワタシのこんな想像や心配が「杞憂」で終わることを願ってやみません。