オリンピックの金メダルはおよそ500gで、純銀で出来ており、それに最低6gの純金をメッキなどで使う決まりだそうです。1g当り金はおよそ7600円、銀は100円程度ですから、素材だけの金メダルの原価は10万円弱となります。銀メダルの材料費は5万円ということになります。
これが、一旦メダリストの手に渡った後、オークションに出ると数百万円から貴重なものは1億円の値段が付いています。
オリンピックで金メダルを欲しがるのはそれだけの価値があるのです。まず、ゴールドメダリストとしての歴史に残り大変な名誉が与えられます。国からは最低数百万円の報奨金を貰い家まで建ててもらうこともあります。さらに、それ以降指導者や解説者あるいは、芸能人としてマスコミにも引っ張りだこ、ロシアなどでは権力を手にできる政治家への道も開けるそうであります。そうなると、その金メダルの価値は少なくとも数億円となるかもしれません。
アスリートたち、オリンピックに出て「金メダル」を欲しがるわけであります。
そこで昨日の北京オリンピックです。ついに高木美帆選手が、念願の個人種目金メダルを手にしました。選手団の主将の重責を担い、金メダルの最右翼と目されて5種目にエントリーしました。しかし、不得手の3000m長距離でメダルを逃し、500m、1500mでも金に届きませんでした。初戦を滑り終えた直後の顔は青白くげっそりしていて、とても万全な状態で臨んだように見えなかったのです。
さらに先日、団体追い抜き、最終コーナーまでトップだったのに、お姉さんが転倒して、手にしかけた金メダルがスルリと離れていったのです。直後に涙にくれる菜那ちゃんに寄り添って、ただ氷面に視線を落としていた彼女の姿が脳裏に焼き付いて離れませんでした。
そうして、昨日恐らく何度も夢に出てきたであろう金メダルを1000mで獲得しました。大会最多の7本のレースに出て精も根も尽きているはずの彼女は、ありったけの力を出し切って五輪新記録で優勝したのです。試合直後疲れているはずの彼女の顔は、それは、金メダルを手にした満足感であり、多くの不運と緊張・重圧から解き放たれた解放感がなせるものでしょう。全く化粧気もないのに色つやがよく張りがあって、誰よりも美しくみえました。
そこには5万円のメダルが10万円の価値に倍増した、とか報奨金が「金」は500万円で「銀」は200万円なので300万円も得した、などという下賎な思いは微塵もなかったでしょう。
長い間過酷な練習や競技に取り組んでいる無数のスポーツ選手の中で、欲とは離れて「純粋」な気持ちで鍛錬し、ほんの一握りのアスリートだけが、その才能と努力、そして費やした時間と犠牲にしたものが報われるということ、それがオリンピックでも根底に流れる精神や価値であります。
なんとしてでも1着になって欲しい、と願いその滑りを見守り、ゴールした瞬間、金メダルが取れたと確信しました。彼女の顔は、そう物語っていました。心底嬉しかったのです。ワタシは高木選手の心中を知る由もありませんが、眼がしらが熱くなり自然と涙がにじんでくる自分の気持ちを抑えることが出来ませんでした。これが人々の心をゆさぶる感動なのだろうと思います。
ワタシはオリンピック不要論者、根本からあり方を変えなければ、ますます五輪の金メダルは薄汚れてしまうと思っております。しかし、この高木選手の金メダルだけは特別、これがスポーツの魅力であり、本来のオリンピックの存在意義なのであろうと強く感じたのであります。
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