「今こそ消費増税反対の声を」(小浜逸郎)
編集者より:上の写真は、今月十五日の産経新聞の一面に掲載された記事です。田村秀男氏の記事で、消費増税10%絶対阻止がその眼目です。「設備投資も失速、弱い内需にチャイナリスクで、非常時と言っていいでしょう。ちまちまとした財源論議でぐずぐずしているときではありませんね」とは、FBに当記事を紹介したときの田村氏のコメントです。
以下は、小浜逸郎氏が、今月の十日、ご自身のブログ「ことばの闘い」に掲載なさった論考を転載したものです。このように、心ある識者は消費増税阻止を訴えてやみません。むろん、不肖私も同じこころざしです。
それを紹介する前に、2011年、東日本大震災の発生後に経済学者有志が提言した「震災復興にむけての三原則」に連ねられた人々の氏名を列挙しておきます。そのなかに「消費税は、経済成長に与える影響が軽微である」という意味の文言が見られます。その場合の消費増税の率は5%から8%へのアップではなくて、10%へのアップが想定・主張されていました。消費増税8%でさえ東北大震災直後の消費の落ち込みに次ぐ悪影響があったのです。もしも、彼ら財務省系御用バカ学者の言う通りにしていたら、日本経済はメチャクチャになったことでしょう。みなさまが新聞・雑誌・テレビで、彼らの消費増税関連の発言を目にし耳にしたならば、眉唾ものであることをご承知おきください。ちなみに、彼らのうちひとりとして、「自分の主張は、誤りであった」と謝罪した者は、管見の限り、ひとりもいませんでした。その知的誠実さの欠如ぶりには、開いた口がふさがりません。彼らは世間をナメきっているのでしょう。自分たちの言ったことが、バカな一般ピープルの記憶に残ることなどありえない、と。
伊藤隆敏氏(東京大学教授)・伊藤元重氏(東京大学教授)・浦田秀次郎(早稲田大学教授)・大竹文雄(大阪大学教授)・斎藤誠(一橋大学教授)・塩路悦朗(一橋大学教授)・土居丈朗(慶應義塾大学教授)・樋口美雄(慶應義塾大学教授)・深尾光洋(慶應義塾大学教授)・八代尚宏(国際基督教大学客員教授)・吉川洋(東京大学教授)
***
以下、小浜氏の本文です。
国会が始まり、消費増税に対する軽減税率についての議論が交わされました。しかし筆者は、この議論自体が意味のない、じつにくだらない議論だと思っています。以下の記事は、昨年9月にあるブログに発表した原稿を、現在の時点に合わせて多少改稿したものです。現在でも有効だと思いますので、ここに掲げます。
少し古い話から始めます。
2015年9月9日、2017年4月から消費税が10%に増税される件について、財務省が2%の還付制度に関する一つの案を提出しました。
この提案は、もともと低所得者層の負担軽減のために、日用の食料品に対しては軽減税率を適用すべきだという公明党の従来からの主張に、財務省の側から応えたものです。公明党のこの主張に対しては、自民党の野田毅元税調会長らが、品目の線引きが難しいとか、事業者負担が大きいとかの理由で反対を唱え、協議が中断していました。与党はその代替案を財務省に丸投げしたわけです。
さてその財務省の「還付制度」案なるものは、みなさんご存じのとおり、2016年から実施予定のマイナンバー制と組み合わせたきわめて煩雑なものです。とりあえずこの還付制度案の概要を振り返ってみましょう。
酒類を除く飲食料品をお店で買い物するごとに個人番号が付されたカードを店頭の端末に通して金額を登録し、それがセンターに送られて累計された結果、該当する商品につき年間4000円を上限として2%分が還付されます。しかし還付を受けるためには、消費者一人一人がスマホやパソコンで新しく振込口座も開設する必要があります。
わざと手続きを面倒にして還付されないようにするという意図が見え見えですね。そもそも現時点で自主的にマイナンバー登録する人は四分の一に満たないと言われています。返してもらいたけりゃ登録しろという脅迫まがいの提案を政府が公然としているのです。現に、麻生財務大臣は、「誰でもカードで買い物したことぐらいあるじゃないか」とか、「マイナンバーに登録しないなら、還付が受けられないと覚悟すればいい」といった開き直ったことを傲慢な調子で言い放ってきました。
この案に対しては、国民の間から、次のようないろいろな批判・疑問が出されました。
①個人情報漏洩の恐れがある。
②上限金額が安すぎる(一日換算するとわずか11円です)。
③消費者の手続きが煩わしすぎる。
④毎日の買い物だけでなく、外食の際にもカードを常に携行しなくてはならない。カードをけっして使わない人もいる。
⑤宅配の場合には宅配業者に記録端末によるチェック義務が生じ、通販業者との連携も必要になるが、そんなことを強制できるのか。
⑥各店舗に設置する端末の費用はどれくらいかかり、だれが負担するのか。
⑦自動販売機のシステムも変えなくてはならない。
⑧増税期までに全国の店舗、田舎の小さなお店にまで設置できないのではないか。
これらの批判・疑問は、それ自体としては、いちいちもっともなものです。産経新聞とFNNが9月12、13両日に実施した世論調査でも、72.5%が反対、19.1%が賛成と出ています。また自公両党からも批判が続出して、与党の税制協議会では、増税時の導入を断念する方針を固めました(産経新聞9月17日付)。財務官僚の机上の制度設計がいかに庶民感覚をわきまえないバカなものであるかを示す典型的な例ですね。
ざまあみろと言いたいところですが、しかしここで言いたいのは、その種の批判ではありません。むしろ これらの批判が、一番大事な問題点を忘れさせる役割を果たしていると指摘したいのです。
一番大事な問題点とは何か。
そもそも財務省は、10%への増税を既定の事実として前提にしながらこの案を提出しています。この前提では、なぜ10%に増税する必要があるのか、これを実施すると国民生活はどうなるのかという問いがまったく不問に付されているのです。
財務省だけではありません。そもそも前回の消費増税は、安倍総理が財務省の猛烈な圧力に屈して決めたことで、それ自体が根本的な間違いなのですから、公明党の軽減税率の提案も、それに難色を示した野田毅税調会長(元)の判断も、狂った土俵の上での議論にすぎないのです。野党の民主党でさえ、軽減税率論議自体がいかに無意味な議論であるかという論点をまったく持っていないのです。
そういうわけで、財務省の還付制度案が白紙に戻ったという事実を素直に喜ぶわけにはいきません。公明党の軽減税率の提案も実施が難しく、その他、商品ごとに税額や税率を請求書に記載するインボイス方式、低所得者に一定額を給付する案など、どれもその線引きや手続きの煩雑さ、システム変更に伴う所要費用の点で難しいものばかりです。そんなことなら、初めから増税などしなければよいと、誰もが思うでしょう。
消費増税がなぜ間違いなのかを、この際おさらいしておきましょう。
この間の消費税増税の動きは、現在「国の借金」が1000兆円あり、このままでは借金が膨らんで財政破綻するから財政健全化のために税収増で補填する必要があるという、財務省の理屈に基づくものです。「国の借金」とは、正確には政府の負債(国債)ですが、この債権者は95%が日本国民ですから、つまりほとんどが日本国民の財産だということになります。
しかも円建てですから財政破綻の恐れなどまったくありません。たとえばギリシャのように、ユーロ建てで債権者の多くが外国の投資家だったら、いくらでも売り逃げされて暴落する危険があるわけです(現にそうなりました)。しかし日本国債の場合、通貨発行権を持つ日銀が買い取れば、政府との間で連結決算によってチャラにできますから、いくらでも減らすことができます。現に日銀は年間80兆円の国際買取という異次元金融緩和(アベノミクス第一の矢)を続けてきましたから、現在では、少なくとも250兆円ほどの「借金」がすでに減っているはずです。そのことも財務省はけっしてアナウンスしません。
また政府は負債ばかりでなく650兆円という莫大な資産も持っています。およそ、政府の資産状態を示すのに、負債の大きさだけを宣伝して手持ち資産のことについては何も言わないというのは、小学生でもわかるおかしな話です。この資産のうち、半分ほどは、売ろうと思えば売却可能な資産なのです。
ここに財務省の国民だましの意図が如実に表れています。つまり増税の必要などまったくないのです。
また、そもそもデフレ不況時に増税や緊縮策などを取れば、消費や投資がますます縮退することは明らかです。現に前回の増税の影響で、実質GDPは大きく落ち込み、今年4~6月期の成長率の確報値は、年率換算でマイナス1.2%を記録しました。
さらに、財界の圧力で法人税減税が計画されていますが、そもそも法人税を支払っている日本企業は全体の3割であり、一番儲けているはずのグローバル企業は、数々の法的特権(たとえば外国子会社からの配当収入は無税)を利用して、ほとんど法人税を払っていないのが実態です。法人税を減税すればグローバル企業が国内に生産拠点を戻すだろうというのは幻想であり、減税分は、デフレマインドがしみわたっている現在では、国内投資に回されず、内部留保としてため込まれるか、再びグローバル金融資本への運用資金に流れるのが落ちです。つまり条件付き(たとえば国内設備投資減税)でない法人税減税は、何の景気浮揚効果も及ぼさないままに、税収減を結果するだけなのです。
結局、何のために消費増税をするのかといえば、法人税減税による税収減の埋め合わせに使おうというのが財務省の考え方だということになります。国民の低所得者層を苦しめるとても悪い政策ですね。
さて少し古いですが、1997年を100とした2009年までの先進各国の名目GDPの指数を掲げておきます。
http://d.hatena.ne.jp/shavetail1/20100418/1271591592
ついでに、1987年を100としたこの33年間における日、英、米、スウェーデンの名目GDPの指数も掲げておきましょう。
http://stockbondcurrency.blog.fc2.com/blog-entry-122.html
もちろん現在もこの状態は進行中です。
この間、政府は有効な財政政策をなんら打たず、財務省の緊縮財政路線に唯々諾々と従ってきました。本来ならこの結果に鑑みて、最低でも10兆円、最大20兆円ほどの補正予算措置を直ちに講じて、大幅な財政出動に打って出るべきなのですが、長年続いた公共投資、公共事業アレルギーに政府は骨の髄まで毒されているので、2015年度はわずか3兆円ほどの補正予算しか考えられていません。安倍政権誕生時の2012年度こそ13兆円の補正予算が打たれましたが、その後2013年度は5.6兆円、14年度は3.5兆円とだんだん減り、今回の体たらくです。つまりこれは、アベノミクスの第二の矢(機動的な財政出動)は、もう放つ気がないと告白しているのと同じです。
このような悲惨な状態にもかかわらず、日銀は、9月15日の金融政策決定会合で、相も変わらず「国内は緩やかな回復を続けている」との判断を維持し、この間の日本経済の縮退の原因を、消費増税をはじめとした国の財政政策の誤りに求めず、「輸出・生産面に新興国経済の減速の影響がみられる」などと、他国になすりつけています。
また黒田日銀総裁は、この間の中国を中心とした新興国経済の減速に対しては、「先進国の成長が続き、好影響が波及して新興国は減速から脱する」などとわけのわからない超楽観的な見方を示しています。おいおい、その先進国の一つである肝心の日本はどうなんだ、と言いたくなりますね。
新興国経済が減速すれば(もうしていますが)、当然それは先進国経済を直撃します。FRB(米連邦準備制度理事会)の利上げをめぐって、世界銀行は9月15日、新興国の成長率が今後2年間で7%落ち込む恐れがあるとの報告書を発表し、一部の新興国(おそらく中国のことでしょう)は「完全な嵐」に見舞われるかもしれないと警告しています。IMFのラガルド専務理事も、FRBに慎重な判断を求めています。(以上日銀発表と世銀報告に関しては、産経新聞9月16日付)
これに比べてまあ日本の政府及び日銀のノーテンキぶりはどうでしょう。
ノーベル経済学賞受賞者のポール・クルーグマン氏は、「いま日本では消費税をさらに10%に上げるような話が議論されています。そんなものは、当然やるべきでない政策です。もし安倍政権がゴーサインを出せば、これまでやってきたすべての努力が水泡に帰するでしょう。日本経済はデフレ不況に逆戻りし、そこから再び浮上するのはほとんど不可能なほどの惨状となるのです。」と深刻な警告を発しています。
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/40411?page=4
そもそも税率を上げさえすれば税収が増えて国家財政が均衡すると考えること自体が単純な誤りです。税収の増減はGDPの増減との関数ですから、増税によって消費や投資が縮退してしまえば、GDPが縮小し、結果、税収も減ってしまうからです。加えて公共投資をケチって民間の投資を刺激せず、有効需要を作り出すことができなければ、デフレ脱却などは夢のまた夢ということになるわけです。
折から、昨年9月の豪雨により複数個所で堤防が決壊し、大きな被害を及ぼしました。災害大国日本は常にインフラのメインテナンス費用を考えておかなくてはならないのですが、ことここに及んでも、政府はこの問題に関しては相変わらずのほほんと構えています。おそらくあの時の被害は氷山の一角であって、全国あちこちにこうした危険箇所がいくらでもあるに違いないのですが。
NHKをはじめマスコミは、防災時の「心がけ」を呼びかけるばかりで、肝心のインフラ整備の必要については何も報じません。いくら「心がけ」だけ呼びかけても、劣化したインフラは人間ではありませんから、言うことを聞いてはくれないのです。
これは、「コンクリートから人へ」なる美辞麗句を唱えて「無駄をなくす」という名目のもとに、事業仕分けを行って公共事業費を削った民主党政府の大きな失政のツケというべきですが、そのツケを、デフレ脱却を掲げた安倍政権にはぜひ支払ってもらわなくてはなりません。「コンクリート」と「人」とは二項対立関係にあるのではなく、まさにまず「コンクリート」を整備してこそ「人」が生きることができるのです。
もちろん、民主党だけが悪いのではありません。公共事業費の削減は、ここ20年間における一貫した傾向なので、これを推進してきた財務省こそが最も責められるべきであり、それを長年許してきた自民党政権(現在の安倍政権も含む)にも大きな責任があります。
このことを端的に示しているのが、「三橋経済新聞」9月15日付で京都大学教授・藤井聡氏が掲載した、次のようなグラフです。
https://www.facebook.com/photo.php?fbid=697495253684754&set=a.236228089811475.38834.100002728571669&type=1
これを見ると、歴代政府がいかに災害に備えたインフラ整備をさぼってきたか、一目瞭然ですね。
そのことが昨年の水害で、いっそう明らかになったと思います。「まさか」の時に備える、そのために公費を惜しまない――こうした発想の転換を早急に諮らなくてはなりません。そうしてこのような公共事業を積極的に進めることが、結果的に民間需要を生み出し、景気回復にもつながるのです。一石二鳥です。また未整備の高速道路などのインフラに資金を投ずることは、疲弊した地方の産業を活性化させ、生産性を大いに高めます。
もともと消費税という生活弱者に厳しい逆進性のある消費税を増税することによって財政を「健全化」しようという政府の政策は、自分たちが打つべき景気回復策(まずは大幅な財政出動です)を何ら打たないその無策の責任を、国民になすりつけようとするとんでもないペテンなのです。
10%への増税を既定の事実として、その上でできっこないヘンな提案をする財務省は、自身の最愚策については何の反省もせず、その欠陥を隠すために論点をずらしているわけです。こんな卑劣な誘導にけっして乗せられてはいけません。
私は、日本人のあきらめのよい国民性が嫌いではありません。それは新しい状況をすぐに引き受けてその中で不平を言わずに新しい生き方を見出していくポジティブな面を表していると考えられるからです。しかし、反面この性格は、人為的・社会的に作られている悪い状況を、あたかも逃れようのない自然現象であるかのように受け止めて何の抵抗も示さない奴隷的な精神の表れとも言えます(「長い物には巻かれろ」)。消費増税のような私たちの生活に直接かかわる明らかな悪政に対しては、この性格を引っ込め、きちんと抵抗する必要があります。まだ決まったわけではないのですから。
安倍総理は前回の総選挙前に、リーマンショックのような特別のことがない限り、10%への増税を2017年4月に必ず実行すると「約束」しました。それで大方の国民はもうあきらめてしまっているのかもしれませんが、こんな「約束」は、いくらでもひっくり返すことが可能です。
ちなみにいつも安倍総理の近くで取材しているある有能な新聞記者に、「安倍さんは、土壇場で増税をしない決断をする可能性もありますか」と尋ねたところ、「あります」とはっきり答えました。この希望の発言を現実のものにするために、私たちは、安倍総理のもとに、なんとか声を届けなくてはなりません。
消費増税そのものがいかに間違った政策であるかをけっして伝えようとしないマスコミを信じることはできません。もう一度私たち自身で、消費増税が果たして必要なのかどうか、不況時にそんなことをするとどんなひどい目に遭うか(もう遭っていますが)、一から考え直そうではありませんか。そうして、「消費税還付」「軽減税率」なる甘言にまぶした詐欺提案の是非について議論することなどきっぱり止めて、この議論が国会で始まったことをきっかけに、今こそ予定された10%への消費増税そのものに対する反対の声を盛り上げていこうではありませんか。時間はそんなにないのです。
編集者より:上の写真は、今月十五日の産経新聞の一面に掲載された記事です。田村秀男氏の記事で、消費増税10%絶対阻止がその眼目です。「設備投資も失速、弱い内需にチャイナリスクで、非常時と言っていいでしょう。ちまちまとした財源論議でぐずぐずしているときではありませんね」とは、FBに当記事を紹介したときの田村氏のコメントです。
以下は、小浜逸郎氏が、今月の十日、ご自身のブログ「ことばの闘い」に掲載なさった論考を転載したものです。このように、心ある識者は消費増税阻止を訴えてやみません。むろん、不肖私も同じこころざしです。
それを紹介する前に、2011年、東日本大震災の発生後に経済学者有志が提言した「震災復興にむけての三原則」に連ねられた人々の氏名を列挙しておきます。そのなかに「消費税は、経済成長に与える影響が軽微である」という意味の文言が見られます。その場合の消費増税の率は5%から8%へのアップではなくて、10%へのアップが想定・主張されていました。消費増税8%でさえ東北大震災直後の消費の落ち込みに次ぐ悪影響があったのです。もしも、彼ら財務省系御用バカ学者の言う通りにしていたら、日本経済はメチャクチャになったことでしょう。みなさまが新聞・雑誌・テレビで、彼らの消費増税関連の発言を目にし耳にしたならば、眉唾ものであることをご承知おきください。ちなみに、彼らのうちひとりとして、「自分の主張は、誤りであった」と謝罪した者は、管見の限り、ひとりもいませんでした。その知的誠実さの欠如ぶりには、開いた口がふさがりません。彼らは世間をナメきっているのでしょう。自分たちの言ったことが、バカな一般ピープルの記憶に残ることなどありえない、と。
伊藤隆敏氏(東京大学教授)・伊藤元重氏(東京大学教授)・浦田秀次郎(早稲田大学教授)・大竹文雄(大阪大学教授)・斎藤誠(一橋大学教授)・塩路悦朗(一橋大学教授)・土居丈朗(慶應義塾大学教授)・樋口美雄(慶應義塾大学教授)・深尾光洋(慶應義塾大学教授)・八代尚宏(国際基督教大学客員教授)・吉川洋(東京大学教授)
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以下、小浜氏の本文です。
国会が始まり、消費増税に対する軽減税率についての議論が交わされました。しかし筆者は、この議論自体が意味のない、じつにくだらない議論だと思っています。以下の記事は、昨年9月にあるブログに発表した原稿を、現在の時点に合わせて多少改稿したものです。現在でも有効だと思いますので、ここに掲げます。
少し古い話から始めます。
2015年9月9日、2017年4月から消費税が10%に増税される件について、財務省が2%の還付制度に関する一つの案を提出しました。
この提案は、もともと低所得者層の負担軽減のために、日用の食料品に対しては軽減税率を適用すべきだという公明党の従来からの主張に、財務省の側から応えたものです。公明党のこの主張に対しては、自民党の野田毅元税調会長らが、品目の線引きが難しいとか、事業者負担が大きいとかの理由で反対を唱え、協議が中断していました。与党はその代替案を財務省に丸投げしたわけです。
さてその財務省の「還付制度」案なるものは、みなさんご存じのとおり、2016年から実施予定のマイナンバー制と組み合わせたきわめて煩雑なものです。とりあえずこの還付制度案の概要を振り返ってみましょう。
酒類を除く飲食料品をお店で買い物するごとに個人番号が付されたカードを店頭の端末に通して金額を登録し、それがセンターに送られて累計された結果、該当する商品につき年間4000円を上限として2%分が還付されます。しかし還付を受けるためには、消費者一人一人がスマホやパソコンで新しく振込口座も開設する必要があります。
わざと手続きを面倒にして還付されないようにするという意図が見え見えですね。そもそも現時点で自主的にマイナンバー登録する人は四分の一に満たないと言われています。返してもらいたけりゃ登録しろという脅迫まがいの提案を政府が公然としているのです。現に、麻生財務大臣は、「誰でもカードで買い物したことぐらいあるじゃないか」とか、「マイナンバーに登録しないなら、還付が受けられないと覚悟すればいい」といった開き直ったことを傲慢な調子で言い放ってきました。
この案に対しては、国民の間から、次のようないろいろな批判・疑問が出されました。
①個人情報漏洩の恐れがある。
②上限金額が安すぎる(一日換算するとわずか11円です)。
③消費者の手続きが煩わしすぎる。
④毎日の買い物だけでなく、外食の際にもカードを常に携行しなくてはならない。カードをけっして使わない人もいる。
⑤宅配の場合には宅配業者に記録端末によるチェック義務が生じ、通販業者との連携も必要になるが、そんなことを強制できるのか。
⑥各店舗に設置する端末の費用はどれくらいかかり、だれが負担するのか。
⑦自動販売機のシステムも変えなくてはならない。
⑧増税期までに全国の店舗、田舎の小さなお店にまで設置できないのではないか。
これらの批判・疑問は、それ自体としては、いちいちもっともなものです。産経新聞とFNNが9月12、13両日に実施した世論調査でも、72.5%が反対、19.1%が賛成と出ています。また自公両党からも批判が続出して、与党の税制協議会では、増税時の導入を断念する方針を固めました(産経新聞9月17日付)。財務官僚の机上の制度設計がいかに庶民感覚をわきまえないバカなものであるかを示す典型的な例ですね。
ざまあみろと言いたいところですが、しかしここで言いたいのは、その種の批判ではありません。むしろ これらの批判が、一番大事な問題点を忘れさせる役割を果たしていると指摘したいのです。
一番大事な問題点とは何か。
そもそも財務省は、10%への増税を既定の事実として前提にしながらこの案を提出しています。この前提では、なぜ10%に増税する必要があるのか、これを実施すると国民生活はどうなるのかという問いがまったく不問に付されているのです。
財務省だけではありません。そもそも前回の消費増税は、安倍総理が財務省の猛烈な圧力に屈して決めたことで、それ自体が根本的な間違いなのですから、公明党の軽減税率の提案も、それに難色を示した野田毅税調会長(元)の判断も、狂った土俵の上での議論にすぎないのです。野党の民主党でさえ、軽減税率論議自体がいかに無意味な議論であるかという論点をまったく持っていないのです。
そういうわけで、財務省の還付制度案が白紙に戻ったという事実を素直に喜ぶわけにはいきません。公明党の軽減税率の提案も実施が難しく、その他、商品ごとに税額や税率を請求書に記載するインボイス方式、低所得者に一定額を給付する案など、どれもその線引きや手続きの煩雑さ、システム変更に伴う所要費用の点で難しいものばかりです。そんなことなら、初めから増税などしなければよいと、誰もが思うでしょう。
消費増税がなぜ間違いなのかを、この際おさらいしておきましょう。
この間の消費税増税の動きは、現在「国の借金」が1000兆円あり、このままでは借金が膨らんで財政破綻するから財政健全化のために税収増で補填する必要があるという、財務省の理屈に基づくものです。「国の借金」とは、正確には政府の負債(国債)ですが、この債権者は95%が日本国民ですから、つまりほとんどが日本国民の財産だということになります。
しかも円建てですから財政破綻の恐れなどまったくありません。たとえばギリシャのように、ユーロ建てで債権者の多くが外国の投資家だったら、いくらでも売り逃げされて暴落する危険があるわけです(現にそうなりました)。しかし日本国債の場合、通貨発行権を持つ日銀が買い取れば、政府との間で連結決算によってチャラにできますから、いくらでも減らすことができます。現に日銀は年間80兆円の国際買取という異次元金融緩和(アベノミクス第一の矢)を続けてきましたから、現在では、少なくとも250兆円ほどの「借金」がすでに減っているはずです。そのことも財務省はけっしてアナウンスしません。
また政府は負債ばかりでなく650兆円という莫大な資産も持っています。およそ、政府の資産状態を示すのに、負債の大きさだけを宣伝して手持ち資産のことについては何も言わないというのは、小学生でもわかるおかしな話です。この資産のうち、半分ほどは、売ろうと思えば売却可能な資産なのです。
ここに財務省の国民だましの意図が如実に表れています。つまり増税の必要などまったくないのです。
また、そもそもデフレ不況時に増税や緊縮策などを取れば、消費や投資がますます縮退することは明らかです。現に前回の増税の影響で、実質GDPは大きく落ち込み、今年4~6月期の成長率の確報値は、年率換算でマイナス1.2%を記録しました。
さらに、財界の圧力で法人税減税が計画されていますが、そもそも法人税を支払っている日本企業は全体の3割であり、一番儲けているはずのグローバル企業は、数々の法的特権(たとえば外国子会社からの配当収入は無税)を利用して、ほとんど法人税を払っていないのが実態です。法人税を減税すればグローバル企業が国内に生産拠点を戻すだろうというのは幻想であり、減税分は、デフレマインドがしみわたっている現在では、国内投資に回されず、内部留保としてため込まれるか、再びグローバル金融資本への運用資金に流れるのが落ちです。つまり条件付き(たとえば国内設備投資減税)でない法人税減税は、何の景気浮揚効果も及ぼさないままに、税収減を結果するだけなのです。
結局、何のために消費増税をするのかといえば、法人税減税による税収減の埋め合わせに使おうというのが財務省の考え方だということになります。国民の低所得者層を苦しめるとても悪い政策ですね。
さて少し古いですが、1997年を100とした2009年までの先進各国の名目GDPの指数を掲げておきます。
http://d.hatena.ne.jp/shavetail1/20100418/1271591592
ついでに、1987年を100としたこの33年間における日、英、米、スウェーデンの名目GDPの指数も掲げておきましょう。
http://stockbondcurrency.blog.fc2.com/blog-entry-122.html
もちろん現在もこの状態は進行中です。
この間、政府は有効な財政政策をなんら打たず、財務省の緊縮財政路線に唯々諾々と従ってきました。本来ならこの結果に鑑みて、最低でも10兆円、最大20兆円ほどの補正予算措置を直ちに講じて、大幅な財政出動に打って出るべきなのですが、長年続いた公共投資、公共事業アレルギーに政府は骨の髄まで毒されているので、2015年度はわずか3兆円ほどの補正予算しか考えられていません。安倍政権誕生時の2012年度こそ13兆円の補正予算が打たれましたが、その後2013年度は5.6兆円、14年度は3.5兆円とだんだん減り、今回の体たらくです。つまりこれは、アベノミクスの第二の矢(機動的な財政出動)は、もう放つ気がないと告白しているのと同じです。
このような悲惨な状態にもかかわらず、日銀は、9月15日の金融政策決定会合で、相も変わらず「国内は緩やかな回復を続けている」との判断を維持し、この間の日本経済の縮退の原因を、消費増税をはじめとした国の財政政策の誤りに求めず、「輸出・生産面に新興国経済の減速の影響がみられる」などと、他国になすりつけています。
また黒田日銀総裁は、この間の中国を中心とした新興国経済の減速に対しては、「先進国の成長が続き、好影響が波及して新興国は減速から脱する」などとわけのわからない超楽観的な見方を示しています。おいおい、その先進国の一つである肝心の日本はどうなんだ、と言いたくなりますね。
新興国経済が減速すれば(もうしていますが)、当然それは先進国経済を直撃します。FRB(米連邦準備制度理事会)の利上げをめぐって、世界銀行は9月15日、新興国の成長率が今後2年間で7%落ち込む恐れがあるとの報告書を発表し、一部の新興国(おそらく中国のことでしょう)は「完全な嵐」に見舞われるかもしれないと警告しています。IMFのラガルド専務理事も、FRBに慎重な判断を求めています。(以上日銀発表と世銀報告に関しては、産経新聞9月16日付)
これに比べてまあ日本の政府及び日銀のノーテンキぶりはどうでしょう。
ノーベル経済学賞受賞者のポール・クルーグマン氏は、「いま日本では消費税をさらに10%に上げるような話が議論されています。そんなものは、当然やるべきでない政策です。もし安倍政権がゴーサインを出せば、これまでやってきたすべての努力が水泡に帰するでしょう。日本経済はデフレ不況に逆戻りし、そこから再び浮上するのはほとんど不可能なほどの惨状となるのです。」と深刻な警告を発しています。
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/40411?page=4
そもそも税率を上げさえすれば税収が増えて国家財政が均衡すると考えること自体が単純な誤りです。税収の増減はGDPの増減との関数ですから、増税によって消費や投資が縮退してしまえば、GDPが縮小し、結果、税収も減ってしまうからです。加えて公共投資をケチって民間の投資を刺激せず、有効需要を作り出すことができなければ、デフレ脱却などは夢のまた夢ということになるわけです。
折から、昨年9月の豪雨により複数個所で堤防が決壊し、大きな被害を及ぼしました。災害大国日本は常にインフラのメインテナンス費用を考えておかなくてはならないのですが、ことここに及んでも、政府はこの問題に関しては相変わらずのほほんと構えています。おそらくあの時の被害は氷山の一角であって、全国あちこちにこうした危険箇所がいくらでもあるに違いないのですが。
NHKをはじめマスコミは、防災時の「心がけ」を呼びかけるばかりで、肝心のインフラ整備の必要については何も報じません。いくら「心がけ」だけ呼びかけても、劣化したインフラは人間ではありませんから、言うことを聞いてはくれないのです。
これは、「コンクリートから人へ」なる美辞麗句を唱えて「無駄をなくす」という名目のもとに、事業仕分けを行って公共事業費を削った民主党政府の大きな失政のツケというべきですが、そのツケを、デフレ脱却を掲げた安倍政権にはぜひ支払ってもらわなくてはなりません。「コンクリート」と「人」とは二項対立関係にあるのではなく、まさにまず「コンクリート」を整備してこそ「人」が生きることができるのです。
もちろん、民主党だけが悪いのではありません。公共事業費の削減は、ここ20年間における一貫した傾向なので、これを推進してきた財務省こそが最も責められるべきであり、それを長年許してきた自民党政権(現在の安倍政権も含む)にも大きな責任があります。
このことを端的に示しているのが、「三橋経済新聞」9月15日付で京都大学教授・藤井聡氏が掲載した、次のようなグラフです。
https://www.facebook.com/photo.php?fbid=697495253684754&set=a.236228089811475.38834.100002728571669&type=1
これを見ると、歴代政府がいかに災害に備えたインフラ整備をさぼってきたか、一目瞭然ですね。
そのことが昨年の水害で、いっそう明らかになったと思います。「まさか」の時に備える、そのために公費を惜しまない――こうした発想の転換を早急に諮らなくてはなりません。そうしてこのような公共事業を積極的に進めることが、結果的に民間需要を生み出し、景気回復にもつながるのです。一石二鳥です。また未整備の高速道路などのインフラに資金を投ずることは、疲弊した地方の産業を活性化させ、生産性を大いに高めます。
もともと消費税という生活弱者に厳しい逆進性のある消費税を増税することによって財政を「健全化」しようという政府の政策は、自分たちが打つべき景気回復策(まずは大幅な財政出動です)を何ら打たないその無策の責任を、国民になすりつけようとするとんでもないペテンなのです。
10%への増税を既定の事実として、その上でできっこないヘンな提案をする財務省は、自身の最愚策については何の反省もせず、その欠陥を隠すために論点をずらしているわけです。こんな卑劣な誘導にけっして乗せられてはいけません。
私は、日本人のあきらめのよい国民性が嫌いではありません。それは新しい状況をすぐに引き受けてその中で不平を言わずに新しい生き方を見出していくポジティブな面を表していると考えられるからです。しかし、反面この性格は、人為的・社会的に作られている悪い状況を、あたかも逃れようのない自然現象であるかのように受け止めて何の抵抗も示さない奴隷的な精神の表れとも言えます(「長い物には巻かれろ」)。消費増税のような私たちの生活に直接かかわる明らかな悪政に対しては、この性格を引っ込め、きちんと抵抗する必要があります。まだ決まったわけではないのですから。
安倍総理は前回の総選挙前に、リーマンショックのような特別のことがない限り、10%への増税を2017年4月に必ず実行すると「約束」しました。それで大方の国民はもうあきらめてしまっているのかもしれませんが、こんな「約束」は、いくらでもひっくり返すことが可能です。
ちなみにいつも安倍総理の近くで取材しているある有能な新聞記者に、「安倍さんは、土壇場で増税をしない決断をする可能性もありますか」と尋ねたところ、「あります」とはっきり答えました。この希望の発言を現実のものにするために、私たちは、安倍総理のもとに、なんとか声を届けなくてはなりません。
消費増税そのものがいかに間違った政策であるかをけっして伝えようとしないマスコミを信じることはできません。もう一度私たち自身で、消費増税が果たして必要なのかどうか、不況時にそんなことをするとどんなひどい目に遭うか(もう遭っていますが)、一から考え直そうではありませんか。そうして、「消費税還付」「軽減税率」なる甘言にまぶした詐欺提案の是非について議論することなどきっぱり止めて、この議論が国会で始まったことをきっかけに、今こそ予定された10%への消費増税そのものに対する反対の声を盛り上げていこうではありませんか。時間はそんなにないのです。