自民党は、TPPについての選挙公約を守りえているか
(その1)
安倍総理は、三月十五日にTPP交渉に参加する旨を発表しました。私は前々から、TPPの本質は自由貿易などではなくて、端的に言えば、アメリカのグローバル企業が日本で自由に利益を追求するための規制撤廃という名の国柄破壊であると考えていたので、その意思決定には到底賛成できませんでした。
ただし、自民党が先の衆議院選挙で掲げた公約を守るというので、安倍内閣の評価をめぐっての即断は避けて、とりあえず様子見をすることにしました。安倍首相が次のように言ったことを尊重する、というスタンスをとったのです。
TPPに様々な懸念を抱く方々がいらっしゃるのは当然です。だからこそ先の衆議院選挙で、私たち自由民主党は、「聖域なき関税撤廃を前提とする限り、TPP交渉参加に反対する」と明確にしました。そのほかにも国民皆保険制度を守るなど五つの判断基準を掲げています。私たちは国民との約束は必ず守ります。そのため、先般オバマ大統領と直接会談し、TPPは聖域なき関税撤廃を前提としないことを確認いたしました。そのほかの五つの判断基準についても交渉の中でしっかり守っていく決意です。
念のために、TPP関連の選挙公約がどういうものだったか、次に掲げておきましょう。
1. 政府が、「聖域なき関税撤廃」を前提にする限り、交渉参加に反対する。
2. 自由貿易の理念に反する自動車等の工業製品の数値目標は受けいれない。
3. 国民皆保険制度を守る。
4. 食の安全安心の基準を守る。
5. 国の主権を損なうようなISD条項は合意しない。
6. 政府調達・金融サービス等は、わが国の特性を踏まえる。
こうやって並べてみると、いまさらながらTPP公約をめぐる雲行きがどうも怪しいという感想が湧いて来るのを禁じえません。安倍首相の言明は、事実上骨抜きにされつつあるのではないでしょうか。その印象がどうにも払拭できません。以下、公約遵守の現状をひとつずつ検討してみることで、私のそういう漠然とした印象を検証してみましょう。
まず懸念されるのは、TPP交渉過程に関する守秘義務についてです。政府は7月23日、マレーシアでの交渉会合に初参加し秘密保持契約にサインしました。そのとき政府は、「守秘義務の中身も守秘義務の対象」と説明しました。これでは、ヘタをすれば、自民党が公約違反をチェックしようと思っても、その手がかりがまったくないことになってしまいます。事実、協議内容を伝えられず、それをほとんど把握できない自民党に困惑が広がっています。不満が高まっています。交渉が妥結すれば協定発効には国会承認が必要となりますが、政府が各国と結んだ秘密保持契約では、協定発効から4年間、交渉過程の開示も禁じられることになっています。これでは、国会で十分な議論ができるかどうか、はなはだ心もとないですね。承認するとしても、中身が分からないのに何を承認するというのでしょうか。盲(めくら)判を押すような馬鹿な振る舞いをすることになってしまいます。よく考えてみると、これは人を食ったような話です。そこで当然自民党内で、TPPへの懐疑論がくすぶることになります。「中身が分からないまま決まるのは非常に危険だ。条約を批准しない選択肢があることを強調すべきだ」という強硬な意見まで出ています。それもむべなるかなですね。(以上、http://mainichi.jp/select/news/20130807k0000m010042000c.html 参照)
次に、1の「聖域なき関税撤廃」についての懸念です。それに関わる重大なニュースが最近飛び込んできました。自民党の西川公也(こうや)TPP対策委員長が10月6日、TPP交渉が開かれているバリ島で記者団に対し、「聖域」として関税維持を求めてきたコメなど農産物の重要五品目について、関税撤廃できるかどうかを党内で検討することを明らかにしたのです。党側のトップの石破幹事長もそれを了承しました。石破幹事長は、「これは公約違反ではない」などと強弁しています。しかし昨年末の衆院選で、自民党は上記のように「聖域なき関税撤廃を前提にする限り交渉参加に反対」との公約を掲げ、重要五品目を守る姿勢を打ち出してきました。関税撤廃検討は、こうした公約を反故(ほご)にするともいえる振る舞いです。先ほど述べた守秘義務規定により、政府がこれまで交渉の経緯を説明してこなかったこともあり、農協およびそれを支持母体とする議員の反発が表面化しつつあります。
日経新聞(10月8日)朝刊より
上の表にあるとおり、コメ、麦、牛肉・豚肉、乳製品、砂糖の重要5分野(586品目)の関税を維持し、それ以外を撤廃した場合、自由化率は93.5%です。協議の現場では、おそらくそれ以上の自由化率を求める意見が大勢を占めつつあるのでしょう。だから、今後の交渉を有利に展開するためには聖域とされてきた重要5分野を精査して「聖域」をさらに絞り込む必要がある。交渉担当者はおそらくそう言いたいのでしょう。どうやら交渉の現場は、加工用米や麦加工品などのいわゆる「重要5分野のうちの副次的な223品目」の大半の関税をなくして自由化率を95%以上に高めたいようです。絞り込みの対象になるような「聖域」というのがいったいどういうものなのかよく分からない、と茶々を入れたくなります(これは、明らかな公約違反だということです)が、それはしばらく措くとしても、このまま話が進展すれば、日本の農林漁業が存亡の瀬戸際に追い込まれるのは必至なのではないでしょうか。(以上、www.nikkei.com/article/DGXDASFS0703P_X01C13A0MM8000/ 参照)
そのことをちょっと別の角度から述べてみたいと思います。以下は、三橋貴明氏と関岡英之氏の『検証・アベノミクスとTPP』(廣済堂出版)に多くを負っています。
よくTPPに関連して、日本の農地面積が約2ヘクタール、米国が約200ヘクタールだから100倍の開きがあると説明されます。そこで自由貿易時代に耐えうる農業の「担い手」を創出すべく、20~30ヘクタールまでの大規模集約化を可能とする改正農地法が検討されてきていて、次の臨時国会での法案提出が図られているようです。
それでも、まだ6倍~10倍の開きがあります。それも心配ではありますが、事の真相はそんな程度のものではない、というお話です。米国の格差社会化は農業分野においても顕著で、「家族特大農場」と呼ばれる超巨大農家の一戸当たりの経営面積は実に2500ヘクタールに及ぶそうです。それは、全米農場数のわずか3%を占めるに過ぎませんが、生産額ではなんと45%を占めます。すさまじいほどの富の偏在・集中です。TPPによって海外の荒波にさらされる日本の農家は、この巨大なモンスターと競うことになるのです。このモンスターは、当然ながらカナダやオーストラリアにも棲息しています。この、飛行機で農薬を撒いたりする工業プラントのような存在に、日本の個々の農家が自前の努力で太刀打ちできるはずがありません。そんなレベルの話ではないはずなのですが、テレビや新聞には相変わらず、やる気満々の若手の農家が登場してきて、規模の小ささは「日本の農業の品質の高さやブランド力で補おう!」という空元気的なノリに終始している有様です。このことに、私は心底からの危機感を抱いています。それは、竹槍でB29を迎え撃とうとする構えと同じようなもので、必敗者のそれにほかならないからです。TPP加盟は、食料自給率の顕著な低下という形で、日本の食の安全保障体制を根底からゆるがすことになるはずです。
今の交渉担当者たちは、単なる数字合わせで自由化率の95%達成をクリアしようとしているようですが、そのことの危うさにも触れておこうと思います。つまり、農産品の安易な関税撤廃は、軍事的な意味での安全保障体制をぞっとするような脅威に晒しかねないというお話です。
沖縄の離島で暮らす農家の人々は、本島の人々ほどには米軍基地の経済的な恩恵に浴することがかないません。基本的にはサトウキビの栽培で生計を立てているのです。実はこのこと自体が、日本の安全保障にとても貢献しています。いまのところ330%ぐらいの関税に守られて、どうにか生計を立てることがかなっていますが、TPPで粗糖の関税がゼロになったとすれば、サトウキビ農家は、壊滅的な打撃を受けることになるでしょう。そうなると食い扶持がなくなるわけで、やむなく沖縄本島や鹿児島などへの移住を余儀なくされるのではないでしょうか。そんな形でTPP発効から数年を経て沖縄の離島が無人化を余儀なくされるに至ると、中共は、そこへの中国漁民・農民の移住政策を密かに推進するはずです。その危険を未然に防いでいるという意味で、サトウキビの関税は、安全保障に大いに寄与しているのです。そういう視点を欠落させた近視眼的関税撤廃議論は非常に危険であることを、私たちは肝に銘じたいものです。
では次に、選挙公約2の「自由貿易の理念に反する自動車等の工業製品の数値目標は受けいれない」に話を移しましょう。これについては、守秘義務規定の枠内という制限つきではありますが、一見これといった不穏な動きはあたかも漏れ聞こえてこないかのようです。ところが、さにあらず。この選挙公約は、片務的なTPP日米並行協議の問題点と深くつながっているのです。
日本政府は、従来から自由貿易問題に関して米国との二国間交渉を避けたいのが本音でした。しかしながら、我が国のTPP交渉参加の許諾を米国から得るために、以下の条件をのむことを余儀なくされました。すなわち、TPP交渉と並行して米国との間で米国の関心分野である自動車、保険、衛生植物検疫措置(SPS:農業)等の非関税障壁について二国間で協議を行い、合意した内容はTPP発効と同時に法的拘束力を持った協定等によって実施されること、をです。
しっかりと「自動車」の文字が書き込まれていますね。それについて触れるまえに、「衛生植物検疫措置」(SPS)という聞きなれない言葉についてちょっと触れておきましょう。農林水産省のHPには、「WTO協定に含まれる協定(附属書)の1つであり、「Sanitary and Phytosanitary Measures(衛生と植物防疫のための措置)」の頭文字をとって、一般的にSPS協定と呼ばれています。正式には「衛生植物検疫措置の適用に関する協定」と訳されているので、SPS協定は「検疫」(Quarantine)だけを対象としていると誤解されがちですが、検疫だけでなく、最終製品の規格、生産方法、リスク評価方法など、食品安全、動植物の健康に関する全ての措置(SPS措置)を対象としています」という用語説明があります。とするならば、並行協議の場に、食の安全との関連で遺伝子組み換え食品の表示問題が米国から提示されるのは、ほぼ確実でしょう。前民主党政権は確か、「TPP交渉の場で遺伝子組み換え食品表示問題は議論されないことになっている」と重ねて力説していましたね。しかし、実質的なTPP交渉の一環である日米並行協議の場で、当議題が登場する可能性を排除できないことが、これで明らかになりました。いい加減なものですね。
では、並行協議における「自動車」の取り扱いはどうなっているのか、見てみましょう。米国の自動車業界は、日本のTPP参加に最も反対する勢力でした。日本車にはとてもかないっこない、というのが彼らの本音なのでしょう。その危機感に裏付けられた強い要求を受けて、現在日本車にかけられている米国の高関税については「TPP交渉における最も長い段階的な引き下げ期間によって撤廃され、かつ最大限に後ろ倒しされる」ことになりました。その一方で、日本市場については、米国車に対する「非関税障壁」が存在することを前提に広範な分野で米国の改善要求に沿った交渉が進められます。そのことが、日米事前協議の場で、日本政府は既に認めさせられているのです。端的に言えば、米国側は関税の撤廃の時期を好きなだけ延ばしていいが、日本側は関税の早期撤廃は当たり前のことで、そのうえ、米国にはない日本特有の商習慣は邪魔だからできうることならばすべてなくしてしまいたいというわけです。それを、日本政府はすでにのんでいるのです。
つまりこの協議は、米国は失うものが一切ない一方的・片務的交渉なのです。さらに、本年4月には、日本政府は販売台数が少ない輸入自動車のために特別に設けられた簡易な認証制度である輸入自動車特別取扱い制度(PHP)の対象となる一型式あたりの年間販売予定上限台数を2,000台から5,000台に引き上げることを決定させられています。これだけでも、われわれ日本人としては唖然としてしまいます。「お前ら、ふざけるんじゃない。日本人に気に入られるような高性能で安価な車を作るまっとうな努力をしろよ」と言いたくなってきますね。
最も問題と考えられるのが、米国と比べて我が国の方が進んでいる自動車の環境性能・安全に関する基準について両国の調和を図るとされ、さらにこのような規制を新たに講ずる際に「透明性」の確保として、新たな規制措置の事前通知、意見を表明する機会の保証、新たな規制に対応するための合理的な期間の確保などを求められている点です。我が国の国土が米国と比べて極めて狭く人口が密集しているという地理的な事情から、我が国の環境・安全基準の方は、米国内に比べて高めに設定されています。それを変更する合理的な理由などないのです。にもかかわらず、新聞報道によれば、例えば、国土の広い米国のほとんどの州においては自動車の騒音基準がないので、我が国にも騒音基準の段階的な撤廃を求めるなど国民の「安全安心」に直結する国内基準にまで、米国車を売りつけるための不合理な内政干渉を行ってくる意図が垣間見られます。(以上、http://www.dir.co.jp/library/column/20130821_007573.html を参照)
これで、「自由貿易の理念に反する自動車等の工業製品の数値目標は受けいれない」という選挙公約が、日米並行協議によって実質的になし崩しにされつつある現状が明らかになったのではないでしょうか。その批判を免れるには、石破幹事長あたりが「日米並行協議は、TPP交渉ではない」と強弁するよりほかはありませんね。
次に公約3の「国民皆保険制度を守る」について。これを論じるには、国民皆保険制度の精神を確認しておく必要があります。それは、「人の命は、お金も、家柄も、地域も関係なく、日本国民である限り平等である」という言葉に集約されるのではないでしょうか。これは、日本が世界に誇りうる医療制度というより、むしろ最良の福祉制度を支える素晴らしい理念です。この基礎の上に、世界保健機関(WHO)による医療制度の国際比較(二〇〇〇年)で、日本は健康達成度の総合評価で世界第一位、平等性で第三位という「偉業」を成し遂げたのです。これを日本政府が死守しようとするのは、統治者としての誇りをかけた当然のふるまいであると、私は思います。その理念の保持に、日本の国柄の最良の現れを見出すのは、私ばかりではないものと思われます。
そこで問題になるのが、混合診療の全面解禁是非問題です。混合診療の全面解禁是非問題は、TPP問題の論点のひとつでもあり、また、アベノミクスの第三の矢「成長戦略」の「目玉」として次の臨時国会にその法案提出がもくまれてもいます。結論を先取りすれば、混合診療の全面解禁は、国民皆保険制度の精神に全面的に反し、新自由主義的な価値観と目論見の織り込まれた極めて悪質な政策である、ということです。つまり、「国民皆保険制度を守る」ことと、混合診療の全面解禁とは、基本的なところで相容れないのです。私は、混合診療全面解禁のどこが問題なのか、いまひとつピンとこない状態がずっと続いていたのですが、最近やっとその危険性が分かってきました。それをお伝えしたいと思います。以下、その多くを再び三橋貴明氏と関岡英之氏の『検証・アベノミクスとTPP』に負います。
がんに注目すると、混合診療がどういうものであるか、端的に理解することがかないます。いまや日本人の二人に一人ががんになり、三人に一人はがんで亡くなっています。そうして、その率は右肩上がりで増えています。だから、がんはとても身近な話題であるといえましょう。
そこで、あなたががんになったという想定で話を進めます(そこにはなんの底意もありません。ひとえに混合診療の問題点をはっきりと分かっていただくための方便です)。あなたは、ある日医者からがんの告知を受けました。すると、通常は手術・放射線・抗がん剤投与など、国が承認している標準治療を受けます。その場合、保険が効きますので、原則自己負担は三割で済みます。これで根治できれば、あなたは混合診療の世界を知らないまま社会に復帰することができます。
ところがあなたは、残念なことに、がんが進行して全身に転移してしまった。そうなると、手術と放射線は使えなくなるので、治療法は抗がん剤だけになります。ところが、これには、薬剤耐性という決定的な弱点があります。つまり、抗がん剤は使っているうちにいつか効かなくなる日がくるのです。ほかに承認されている抗がん剤があれば切り替えますが、やがてすべての抗がん剤が効かなくなるという絶望的な日を迎えることになります。病院からは「もう治療法がない」と言われます。
で、「ああ、そうか」とあっさりあきらめられるかと言えば、そうはいかないのが人の性(さが)でしょう。あきらめ切れないあなたは、お金に余裕がある程度に応じて「がん難民」として自由診療のクリニックをもとめてさまよい始めます。私など、お金に余裕があればこころゆくまでさまようことでしょう。
自由診療は、国が承認していない治療法なので保険がききませんが、これを専門にしているクリニックはたくさんあるようです。混合診療というのは、国が認めた保険診療と、認めていない自由診療とを組み合わせて行うことです。そうしてそれは、国が認めていない治療が蔓延するのを防ぐために、現在原則禁止とされています。
自由診療の場合、国の保険が一切使えないので、本来保険が効くはずの入院費や検査費も全額自己負担になります。ところが、混合診療が全面解禁されると、自由診療部分は全額自己負担ですが、入院費や検査費などには保険が使えるようになります。というと、なにやらいいことのように聞こえますが、それで誰でもが気軽に自由診療が受けられるようになるわけではありません。
そのことについて、関岡英之氏が具体的な数字を掲げて説明していますので、それをここでも使わせていただきましょう。
保険診療の場合、自己負担分(三割)が、例えば、入院費(3日分)6万円+検査費(PET・CT)3万円+抗がん剤(承認薬)9万円=18万円になったとします。ここで、高額療養費制度上限規定が適用されて、負担月額は8万円となります。
次に自由診療の場合、全額自己負担となり、例えば、入院費(3日分)20万円+検査費(PET・CT)9万円+抗がん剤(未承認薬)30万円=60万円となり、これが月額負担です。
では、混合診療の場合はどうか。入院費と検査費には保険が効きますから、その分安くなりますが、抗がん剤には保険が効きません。つまり、入院費(3日分)6万円+検査費(PET・CT)3万円+抗がん剤(未承認薬)30万円=39万円の月額負担となります。
ここで、月額負担8万円しか払えない一般庶民にとって、自由診療を受ける費用が60万円から39万円になったとしても高額であることに変わりはありませんから、気軽に自由診療が受けられるようになったわけではありません。相変わらず、「高嶺の花」です。
しかし、お金持ちにとってはそうではありません。なぜなら、混合診療の全面解禁によって、自由診療の費用が三分の二になったのですから。彼らにとっては、より高額の自由診療を受けるモチベーションが高まることになりますし、また、60万円では自由診療を諦めていたが39万円なら受けたいという人がたくさんいるでしょう。
自由診療を「がんビジネス」としてとらえれば、混合診療の全面解禁は新たなビジネスチャンスの到来を生むことになります。つまりは、「おいしいお話」なのです。米国がこれまで年次改革要望書などにおいて混合診療の全面解禁を求め続けてきたのは、そこに目をつけたからです。
しかし、冷静に考えてみましょう。お金にものをいわせて自由診療の世界をさまよい続けるのは、仏教用語を使うならば、我執以外の何物でもありません。または、いま流行りの言葉を使うならば、愚行権の行使以外の何物でもありません。自分の責任において、我執に憑かれ、愚行権を行使するのは、本人の勝手であり、迷惑をかけられない限り、周りがとやかく言うことではありません。
しかし、国家が国庫からお金を拠出して、我執に憑かれたお金持ちの愚行権の行使をサポートするのは、どこかおかしくありませんか。一種のモラル・ハザード現象であるとも言えますし、「国民皆保険制度」を支えてきた健全な相互扶助精神とは著しくかけ離れた制度思想であるとも言えるでしょう。
「がんビジネス」の側面に焦点を当てるならば、混合診療全面解禁は、ステグリッツのいわゆるレント・シーキングにほかなりません。レント・シーキングとは、「企業が政府官庁に働きかけて法制度や政策を変更させ、利益を得ようとする活動。自らに都合がよくなるよう、規制を設定、または解除させることで、超過利潤(レント)を得ようという活動のこと」です。混合診療の全面解禁は、それにぴったりと当てはまる動きなのです。これは、言いかえれば、国家財政の私的流用の典型例です。竹中平蔵あたりは、そのことを知悉しながら事を運んでいるのでしょう。レント・シーキングこそは、新自由主義の醜い正体であり、その価値観の核心であり、その言説の真の狙いでもあります。
さて、多くのふつうのがん患者が望んでいるのは、混合診療の全面解禁なのではなくて、「ドラッグ・ラグ」の解消、つまり、欧米などの臨床試験で効果があると証明されている未承認薬を早く承認して保険適用を可能にすることです。
しかし、国は「財政負担の増大につながる」という理由で、保険の給付対象の拡大に応じようとしません。しかし、先ほどの数値例からも分かるとおり、混合診療の全面解禁もまた間違いなく「財政負担の増大につながる」のです。国民皆保険制度の精神に基づく財政負担の増大はダメで、国家財政の私物化の精神に基づく財政負担がOKである理由とはいったい何なのでしょうか。その理由に関してきちんと理にかなった説明ができる政権担当者がいるとは、到底思えません。それとも国庫は、国民全体の福利増進のためにあるのではなくて、ごく一部の強欲資本家のためにあるとでも臆面もなく言うのでしょうか。
これで、いま日本政府や米国が推進しようとしている混合診療の全面解禁が、国民皆保険制度の形骸化やさらには破壊を意味することがお分かりいただけたのではないかと思われます。公約3は、TPP交渉によって破ることを余儀なくされる以前に、政府自ら積極的に破ろうとしているのです。
(その2)食の安全・安心について
「その1」で、TPPに関する選挙公約の1~3を検討しました。次に、選挙公約4の「食の安全安心の基準を守る」を検討しましょう。
本論を展開する前にちょっと一言。「食の安全・安心」は、論点としてあまり派手な印象がありません。端的に言えば、ごく地味な論点です。反TPPの論陣を張る方々も彼らの言説を読む人たちも、ややもすれば華々しい思想闘争的な展開についつい目が行きがちです。そのほうが面白い感じがしますからね。それに、なにやらカッコイイし。しかし、食というのは体に入るモノなので、実は命に直に関わるきわめて大事な主題です。つまり、より良い食のあり方を論じることはストレートに国民の命を守ることなのです。「だれでも分かる安全保障」と言っていいでしょう。考えてみれば、これはどちらかというと女性の得意領域です。それに対して、反TPPを論じる者もそれに耳を傾ける者も、そのほとんどが男なので、勢い話が思想の空中戦に傾きがちになるのではないかと思われます。それでは、反TPPの議論に女性を巻き込めません。これは、反TPP陣営の大きな弱点ではないかと思われます。男連中は、「食の安全」議論を意識的にもっとすべきでしょう。
閑話休題。いろいろと調べてみて、私は、この分野に関しても公約違反がまかり通っているのではないかという印象を強めました。
TPPとの関連で、「食の安全・安心」をめぐる心配は次の三つが挙げられます。
・牛海綿状脳症(BSE)いわゆる狂牛病規制が緩和されるのではないか
・収穫後使用農薬(ポスト・ハーベスト農薬)を使用した農作物の輸入が増えるのではないか
・残留農薬、食品添加物、遺伝子組み換え(GM)食品表示に関する規制が緩和もしくは撤廃されるのではないか
そのなかでBSEに関して、TPP交渉に参加する前から、日本政府は米国に対して譲歩に継ぐ譲歩を重ねています。BSE対策の見直しが急ピッチで進んでいるのですね。今年の2月1日からは、輸入牛肉について輸入制限が30ヵ月齢以下に引き上げられ、今年3月1日からは、国内でもBSE検査月齢が30ヵ月に引き上げられました。さらに食品安全委員会の評価を経て、7月1日から48ヵ月以上に引きあげられました。
厚労省は4月19日、全国の都道府県知事に対して、7月1日からの検査月齢引き上げに伴い、「消費者に誤ったメッセージを発信する全頭検査」を廃止するようにと事前通達していたのです。
この検査月齢の引き上げに伴い、厚労省は6月28日、全国で全頭検査が廃止されることとなったと発表しました。最後まで廃止について態度を明らかにしていなかった千葉県は28日、廃止を伝えました。これにより全国の75自治体で行われていたBSE検査は、48ヵ月齢以上の牛についてのみ実施され、約8割の牛が検査なしで出荷されることになりました。
以上は、すべてTPP絡みの、「属国」としての卑屈な「配慮」としてとらえることができるでしょう。国民の健康にとって安全かどうかで判断すべき基準を、親分への「お土産」として緩和するなどいう振る舞いは言語道断です。国民の命をなんだと思っているのだ、という怒りが湧いて来るのは私だけでしょうか。安倍総理には面と向かって「日本政府のこういう卑屈で破廉恥な振る舞いと、戦後レジームからの脱却という気高い理念とは、いったいどこでどうつながるのか」と問い詰めたい気分になってきます。
こうした検査月齢の野放図な引き上げに対しては、専門家から、イタリアの非定形BSEからは、危険部位とされていないバラ肉などの筋肉部分でも「感染性が見つかっている」との批判が出ています。狂牛病については、すべてが明らかになったとは言えず、世界的にも発症が止まったわけではない中、こうした急ピッチの“見直し”で、安全は担保されるのでしょうか。きわめて疑問であると言わざるをえないでしょう。(以上、organic-newsclip.info/log/2013/13060564-3.html 参照)
次に、収穫後使用農薬(ポスト・ハーベスト農薬)について。ちょっと聞きなれない言葉ですね。収穫された農産物の輸送や貯蔵中における害虫による被害を防ぐために、収穫後に農薬を使用することがあります。このような農薬をポスト・ハーベスト農薬と言います。
日本で、農薬のポスト・ハーベスト使用は、保管のためのくん蒸剤以外認められていません。しかし、米国からの輸入農産品に対する規制に関しては、米国の圧力に屈して妥協・緩和をし続けてきた歴史があります。
一九七五年、米国産柑橘類から認可していないカビ防止剤のOPPとTBZが見つかりました。当座は輸入を禁じましたが、その後米国から圧力を受け、77年使用を認めました。理由は、「農薬ではなく食品添加物である」という小首をかしげるものでした。
九〇年には違法添加物イマザリルが米国産レモンから検出されましたが、政府は二年間放置しました。九二年九月に、一応問題視したというアリバイ作りのために(?)輸入を禁じたものの、同十一月には認可しました。
米国の年次改革要望書(2001年~2009年)には、日本の農業をめぐる非関税障壁の撤廃を要望する旨の言葉が繰り返し登場します。「農業をめぐる非関税障壁」には、もちろん(彼らにとって)厳しすぎる農産物に関する規制を緩和することが含まれています。
このように米国政府が圧力をかけ続けてきたのは、日本の厳しい規制(農薬残留基準に関して、ものによっては米国の60~80倍の高い基準を採用しています)に対する根強い不満があるからです。それはそうでしょう。お風呂好き、清潔好きの潔癖な日本人にとっての「食の安全」を守る大事な障壁は、彼らにとってはすべて金まみれの「貿易障壁」なのですから。今回、TPP交渉と並行協議とを駆使して、米国政府は、日本の食に関する規制の緩和に向けて一気に攻勢をかけてくるものと思われます。そう覚悟すべきなのです。
次に、食品添加物について。食品添加物に関して、日本の基準は非常に厳しいといわれています。現在、日本で使用できる食品添加物は約800種類。それに対してアメリカでは約3000種類の食品添加物が認められています。その差の約2200種類の食品添加物がいきなり全面解禁されるということはないでしょうが、今回アメリカがかなり強硬に規制の緩和を求めてくるのはまず間違いないでしょう。日本が国内事で決めた安全基準を、「厳しいから緩めろ」と米国が要求し、それがまかり通ってしまうなんて、腹立たしい限りですね。「他人の命をなんだと思っているんだ」と言ってやりたいところです。もちろん、日本政府に対してですよ。
次に、遺伝子組み換え食品表示撤廃問題について。当商品については、表示問題のみならず、実は商品そのものの問題があります。それは、あまり知られていないことなので、表示撤廃問題に進むまえに、きちんと述べておきましょう。
いまの日本経済はいまだにデフレです。だから、「安さ」は日本の消費者を吸引する大きなポイントになります。あいかわらず、財布の紐は固いのです。TPPに加盟すれば、安い商品が大量に出回ることになり、消費者は大喜び(ぬか喜び?)するのかもしれません。しかし、食に安さだけを求めることは、自分の命を削り、次世代に負担を強いることです。その覚悟があって、安い商品の大量流入を受け入れようとしているのでしょうか。
このことをめぐり、東大教授の鈴木宣弘氏が一例をあげて次のように述べています。もしTPPに参加すれば、米国からホルモン剤を使った安い乳製品がどんどん入ってくるでしょう。米国では、rbSTという遺伝子組み換えの成長ホルモンを乳牛に注射して生産量の増加を図っています。このホルモン剤を販売しているモンサント社は、これを日本の酪農家に売ろうとしても、日本の消費者の拒否反応を恐れてうまくいかないだろうと考えて、日本での許可申請はいまのところ見送っています。
そういう状況だったのですが、数年前の米国で、このrbSTを摂取すると乳がんや前立腺がんの発生率が高まるという医学的な検証が出てきました。それで、スターバックスやウォールマートなどが、rbST使用乳を取り扱わないことにしました。そうして、それをきかっけに米国ではそういう店が増えてきたそうです。日本では使用認可されていませんが、認可されている国からチーズや原乳の形で輸入されるものにrbSTが使われていても輸入は規制されていないので、日本の消費者はそれを知らずに食べているのです。TPPに参加すると、そういうケースが劇的に増えるものと思われます。みなさん、ぞっとしませんか。これは大変なことだと思います。私の場合に限ってですが、マスコミがそれに触れたのを見聞きした覚えがありません。政府は政府で、なぜだんまりを決め込んでいるのでしょうか。まさかとは思いますが、アメリカ様に気兼ねをしているのでしょうか。
では、人口に膾炙(かいしゃ)している遺伝子組み換え表示撤廃問題に移りましょう。この問題について、まず確認しておきたいのは、商品に表示されている「遺伝子組み換えではない」という表示は、厳密な意味では、一種のフィクションであるということです。それは、以下の事情があるからです。
日本では遺伝子組み換え食品(農産物と加工食品)に表示義務が課せられています。しかし、飼料には表示義務がありません。加工食品について表示義務があるのは、その農産物が主な原材料(重量に占める割合の高い上位3位まで)で、かつ原材料の重量に占める割合が5 %以上の場合だけです。
実は日本は遺伝子組み換え食品の輸入大国です。食料自給率の低さからすれば、それは当たり前のことです。日本はトウモロコシの世界最大の輸入国であり、その量は年間約1,600万トンです。その約9割がアメリカ産で、そのうち88%が遺伝子組み換え品種です(2012年米国農務省調べ)。それが主に家畜の飼料をはじめ、食用油やコーンスターチなどの加工食品の原料に使われています。また、大豆も年間約300万トンも輸入されており、その約7割がアメリカ産で、そのうち93%が遺伝子組み換え品種です(2012年米国農務省調べ)。大豆加工食品の代表である醤油にも遺伝子組み換えの表示義務はありません。これは、加工後の食品から遺伝子組み換えタンパク質が検出されないからとのことです。
(以上、http://www.uplink.co.jp/sekatabe/frandjp.php 参照)
「遺伝子組み換えではない」という表示は、消費者の「かりそめの安心を得たい」というはかないニーズに応えたフィクションであることがお分かりいただけるでしょう。私は、何か皮肉を言いたいのではありません。日本の消費者が気慰みの表示義務維持では満足できずに本気で遺伝子組み換え食品を口にしたくないと思うのだったら、食料自給率を上げるよりほかに抜本的な解決策はない、と言いたいだけです。しかし、日本政府のTPP交渉の仕方を見ているかぎり、それとは逆の流れになっています。表示されようがされまいが、このままでは間違いなく私たちの体に入る遺伝子組み換え食品の量は事実上格段に多くなるでしょう。そうとしか、言いようがありません。
以上の議論を踏まえたうえで、以下の文章をご覧いただきたいと思います。
TPP交渉でアメリカが日本のGM食品表示義務を撤廃させる?[2013年05月27日] wpb.shueisha.co.jp/2013/05/27/19353/
TPP交渉参加により、食品における成分表示義務の撤廃と輸入の規制緩和が危惧されているGM(遺伝子組み換え)作物。だが実は、日本における「GM作物使用」の表示義務はごく一部の食品に限られており、大豆やトウモロコシなどの輸入過程で “意図せずに混入する”ケースも最大5%まで認められてしまっているのが現状だ。
では、GM作物輸出大国のアメリカの場合はというと、日本のような表示義務は一切ない。というのも、アメリカにはかねて、元の作物とGM作物が姿形、主要栄養素などが実質的に変わらないと見なされた場合、安全性は元の作物と同じとする「実質的同等性」という大ざっぱな考え方があるからだ。
一方、EU(ヨーロッパ連合)はアメリカとは正反対。疑いがあるものはすべて表示せよという「予防原則」の立場をとり、GM成分が全体の重量の0.9%を超える場合はあらゆる食品、飼料、レストランのメニューに至るまで詳細な成分表示が義務づけられている。
市民バイオテクノロジー情報室の天笠啓祐(あまがさ・けいすけ)代表が解説する。
「ヨーロッパの表示は消費者のため、アメリカや日本の表示は業界のためにあると言っていいでしょう。表示の基準が低ければ低いほど、食品メーカーも農薬メーカーもビジネスをしやすい。以前、表示制度を担当した農水省の役人と話していたら『だって、穀物の輸入をアメリカから止められたら大変なことになる。表示を厳しくしたら穀物が足りなくなって、困るのはあなた方ですよ!』と言い返されたことがあります。なるほど、表向きは表示を義務づけておいて、裏で政府はGM産業を半ば国策として推進しているアメリカの事情に配慮してるんだな、と感じましたね」
天笠氏いわく、アメリカへの配慮によって生まれた今の日本の表示義務。ところが、7月にも交渉に参加するといわれるTPPによって、アメリカの要求はエスカレートし、表示義務の撤廃にまで及ぶとも指摘されている。
日中韓FTA(自由貿易協定)の事前協議メンバーも務めた、東京大学大学院農学生命科学研究科の鈴木宣弘教授は、こう話す。
「TPP交渉で、GM食品の表示義務の撤廃をアメリカ側が求めてくる可能性はあります。なぜならTPP交渉に参加したいなら、それ相応の“頭金”、いわゆる譲歩を事前に約束しろ!とアメリカから突きつけられ、さらにまだ支払い足りない分は、TPP交渉と並行した日米2国間協議で解決することを確約させられたからです」
この2国間協議で、日本にはアメリカの要求を丸呑みした“実績”がある。
「日本はすでにアメリカへ輸出する日本車の自動車関税の撤廃について、長期の猶予期間を設けることを約束させられています。ほかにBSE(狂牛病)発生以降、生後20ヵ月までに限定していたアメリカ産牛肉の輸入規制を30ヵ月に広げられ、かんぽ生命保険によるがん保険などの新規業務を凍結させられました。さらにアメリカが求めるのは、そのほかの非関税障壁の撤廃。GM表示の規制緩和は、そのなかで要求されるでしょう」(鈴木教授)
昨年3月に発効した韓米FTAでは、交渉開始の条件として、アメリカは韓国にこんな“頭金”を求めている。
「アメリカが科学的に安全と認めたGM食品は自動的に受け入れること。それから国民健康保険が適用されない営利病院を認めること。そしてアメリカ産牛肉の輸入条件の緩和。この3つを韓国は事前に受け入れたのです。アメリカの出方を探るなら、韓米FTAは格好の材料といえます」(鈴木教授)
しかもアメリカの貿易問題をつかさどるアメリカ通商代表部のマランティス代表代行は「TPP交渉は韓米FTA以上の厳しさになる」と“クギ”をさしている。
アメリカは、まず食品表示の義務をなくし、GM作物やGM食品を日本にガンガン輸出するのが狙いだろう。もしGM食品の表示義務がなくなれば、日本の消費者はGMと非GMを選択できなくなる。結果、より多くのGM食品を口に入れることになってしまうのだ。
(以下略) (取材・文/長谷川博一)
さて自民党は、「食の安全・安心の基準を守る」という選挙公約を守ることができているでしょうか。また、これからはどうでしょうか。残念ながら、そのどちらに対しても、YESとは言い難いと申し上げるよりほかはありません。
まずBSE基準に関しては、交渉に入る前に米国のいうがままを唯々諾々と丸呑みしてしまっているのですから、あっさりと公約違反をしてしまったと断じるよりほかはないでしょう。自民党がそれに反論したければ、またもや石破幹事長にご登場願って、「BSE基準に関して、TPP交渉『では』一切妥協していないので、公約違反とは言えない」と強弁してもらうほかないでしょう。
次に、残留農薬、食品添加物、遺伝子組み換え(GM)食品表示に関する規制の緩和について。報道によれば、「日本をはじめ各国が独自に設けている食品安全基準の緩和が、TPP交渉の議論の対象になっていないことが八月二八日、分かった。基準緩和は見送られる公算が大きく、食品添加物や農産物の残留農薬の一部で国際基準よりも厳しい基準を採用している日本の厳格な規制も容認される見通しになった。ただ、米国は基準を決める手続きなどの簡素化を求めており、TPP交渉と並行して進めている日米の2国間協議では焦点になりそうだ」とあります。http://www.chugoku-np.co.jp/News/Sp201308280103.html
日米二国間協議が要注意である点を指摘しているのは妥当であるとは思いますが、それでもまだ見通しが甘いと私は考えます。
理由その一。日本政府の、農産物重要五分野以外の農産物の関税を全廃し、さらに重要五分野も聖域扱いをせずに部分的に関税全廃の対象にしようと検討している動向(これ自体、明らかな公約違反です)から察するに、TPP参加後の海外からの安い農産品の大量流入によって打撃を受けた多くの日本の農家が経営規模の縮小やさらには廃業を余儀なくされることによって、今後日本の食料自給率が低下することはあっても、上昇することはありえないものと思われます。とするならば、食品の輸入量はこれからますます増えることになるでしょう。だから、GM食品の表示に関する規制がまったく緩和されなくても、さきほど述べた通り、われわれ日本人がGM食品を摂取する絶対量は相当に増えると考えるべきです。それは、「消費者がGM食品を図らずも口にすることを防ぐ」という規制趣旨に反する事態を招来するのですから、実質的な意味での公約違反となります。
理由その二。同じく、仮に幸運にも規制がまったく緩和されなかったとしても、米国としてはISD条項さえ通しておけば、事後的にそれらの規制緩和を実現できるからです。それほどに、ISD条項とは恐ろしい毒素条項なのです。それについては、次回に触れましょう。
*「次回に触れましょう」と言いながら、いまだに続編が出ていません。念頭にはあるので、遅からずアップしたいと思っています。(2013・12・24 記す)
(その1)
安倍総理は、三月十五日にTPP交渉に参加する旨を発表しました。私は前々から、TPPの本質は自由貿易などではなくて、端的に言えば、アメリカのグローバル企業が日本で自由に利益を追求するための規制撤廃という名の国柄破壊であると考えていたので、その意思決定には到底賛成できませんでした。
ただし、自民党が先の衆議院選挙で掲げた公約を守るというので、安倍内閣の評価をめぐっての即断は避けて、とりあえず様子見をすることにしました。安倍首相が次のように言ったことを尊重する、というスタンスをとったのです。
TPPに様々な懸念を抱く方々がいらっしゃるのは当然です。だからこそ先の衆議院選挙で、私たち自由民主党は、「聖域なき関税撤廃を前提とする限り、TPP交渉参加に反対する」と明確にしました。そのほかにも国民皆保険制度を守るなど五つの判断基準を掲げています。私たちは国民との約束は必ず守ります。そのため、先般オバマ大統領と直接会談し、TPPは聖域なき関税撤廃を前提としないことを確認いたしました。そのほかの五つの判断基準についても交渉の中でしっかり守っていく決意です。
念のために、TPP関連の選挙公約がどういうものだったか、次に掲げておきましょう。
1. 政府が、「聖域なき関税撤廃」を前提にする限り、交渉参加に反対する。
2. 自由貿易の理念に反する自動車等の工業製品の数値目標は受けいれない。
3. 国民皆保険制度を守る。
4. 食の安全安心の基準を守る。
5. 国の主権を損なうようなISD条項は合意しない。
6. 政府調達・金融サービス等は、わが国の特性を踏まえる。
こうやって並べてみると、いまさらながらTPP公約をめぐる雲行きがどうも怪しいという感想が湧いて来るのを禁じえません。安倍首相の言明は、事実上骨抜きにされつつあるのではないでしょうか。その印象がどうにも払拭できません。以下、公約遵守の現状をひとつずつ検討してみることで、私のそういう漠然とした印象を検証してみましょう。
まず懸念されるのは、TPP交渉過程に関する守秘義務についてです。政府は7月23日、マレーシアでの交渉会合に初参加し秘密保持契約にサインしました。そのとき政府は、「守秘義務の中身も守秘義務の対象」と説明しました。これでは、ヘタをすれば、自民党が公約違反をチェックしようと思っても、その手がかりがまったくないことになってしまいます。事実、協議内容を伝えられず、それをほとんど把握できない自民党に困惑が広がっています。不満が高まっています。交渉が妥結すれば協定発効には国会承認が必要となりますが、政府が各国と結んだ秘密保持契約では、協定発効から4年間、交渉過程の開示も禁じられることになっています。これでは、国会で十分な議論ができるかどうか、はなはだ心もとないですね。承認するとしても、中身が分からないのに何を承認するというのでしょうか。盲(めくら)判を押すような馬鹿な振る舞いをすることになってしまいます。よく考えてみると、これは人を食ったような話です。そこで当然自民党内で、TPPへの懐疑論がくすぶることになります。「中身が分からないまま決まるのは非常に危険だ。条約を批准しない選択肢があることを強調すべきだ」という強硬な意見まで出ています。それもむべなるかなですね。(以上、http://mainichi.jp/select/news/20130807k0000m010042000c.html 参照)
次に、1の「聖域なき関税撤廃」についての懸念です。それに関わる重大なニュースが最近飛び込んできました。自民党の西川公也(こうや)TPP対策委員長が10月6日、TPP交渉が開かれているバリ島で記者団に対し、「聖域」として関税維持を求めてきたコメなど農産物の重要五品目について、関税撤廃できるかどうかを党内で検討することを明らかにしたのです。党側のトップの石破幹事長もそれを了承しました。石破幹事長は、「これは公約違反ではない」などと強弁しています。しかし昨年末の衆院選で、自民党は上記のように「聖域なき関税撤廃を前提にする限り交渉参加に反対」との公約を掲げ、重要五品目を守る姿勢を打ち出してきました。関税撤廃検討は、こうした公約を反故(ほご)にするともいえる振る舞いです。先ほど述べた守秘義務規定により、政府がこれまで交渉の経緯を説明してこなかったこともあり、農協およびそれを支持母体とする議員の反発が表面化しつつあります。
日経新聞(10月8日)朝刊より
上の表にあるとおり、コメ、麦、牛肉・豚肉、乳製品、砂糖の重要5分野(586品目)の関税を維持し、それ以外を撤廃した場合、自由化率は93.5%です。協議の現場では、おそらくそれ以上の自由化率を求める意見が大勢を占めつつあるのでしょう。だから、今後の交渉を有利に展開するためには聖域とされてきた重要5分野を精査して「聖域」をさらに絞り込む必要がある。交渉担当者はおそらくそう言いたいのでしょう。どうやら交渉の現場は、加工用米や麦加工品などのいわゆる「重要5分野のうちの副次的な223品目」の大半の関税をなくして自由化率を95%以上に高めたいようです。絞り込みの対象になるような「聖域」というのがいったいどういうものなのかよく分からない、と茶々を入れたくなります(これは、明らかな公約違反だということです)が、それはしばらく措くとしても、このまま話が進展すれば、日本の農林漁業が存亡の瀬戸際に追い込まれるのは必至なのではないでしょうか。(以上、www.nikkei.com/article/DGXDASFS0703P_X01C13A0MM8000/ 参照)
そのことをちょっと別の角度から述べてみたいと思います。以下は、三橋貴明氏と関岡英之氏の『検証・アベノミクスとTPP』(廣済堂出版)に多くを負っています。
よくTPPに関連して、日本の農地面積が約2ヘクタール、米国が約200ヘクタールだから100倍の開きがあると説明されます。そこで自由貿易時代に耐えうる農業の「担い手」を創出すべく、20~30ヘクタールまでの大規模集約化を可能とする改正農地法が検討されてきていて、次の臨時国会での法案提出が図られているようです。
それでも、まだ6倍~10倍の開きがあります。それも心配ではありますが、事の真相はそんな程度のものではない、というお話です。米国の格差社会化は農業分野においても顕著で、「家族特大農場」と呼ばれる超巨大農家の一戸当たりの経営面積は実に2500ヘクタールに及ぶそうです。それは、全米農場数のわずか3%を占めるに過ぎませんが、生産額ではなんと45%を占めます。すさまじいほどの富の偏在・集中です。TPPによって海外の荒波にさらされる日本の農家は、この巨大なモンスターと競うことになるのです。このモンスターは、当然ながらカナダやオーストラリアにも棲息しています。この、飛行機で農薬を撒いたりする工業プラントのような存在に、日本の個々の農家が自前の努力で太刀打ちできるはずがありません。そんなレベルの話ではないはずなのですが、テレビや新聞には相変わらず、やる気満々の若手の農家が登場してきて、規模の小ささは「日本の農業の品質の高さやブランド力で補おう!」という空元気的なノリに終始している有様です。このことに、私は心底からの危機感を抱いています。それは、竹槍でB29を迎え撃とうとする構えと同じようなもので、必敗者のそれにほかならないからです。TPP加盟は、食料自給率の顕著な低下という形で、日本の食の安全保障体制を根底からゆるがすことになるはずです。
今の交渉担当者たちは、単なる数字合わせで自由化率の95%達成をクリアしようとしているようですが、そのことの危うさにも触れておこうと思います。つまり、農産品の安易な関税撤廃は、軍事的な意味での安全保障体制をぞっとするような脅威に晒しかねないというお話です。
沖縄の離島で暮らす農家の人々は、本島の人々ほどには米軍基地の経済的な恩恵に浴することがかないません。基本的にはサトウキビの栽培で生計を立てているのです。実はこのこと自体が、日本の安全保障にとても貢献しています。いまのところ330%ぐらいの関税に守られて、どうにか生計を立てることがかなっていますが、TPPで粗糖の関税がゼロになったとすれば、サトウキビ農家は、壊滅的な打撃を受けることになるでしょう。そうなると食い扶持がなくなるわけで、やむなく沖縄本島や鹿児島などへの移住を余儀なくされるのではないでしょうか。そんな形でTPP発効から数年を経て沖縄の離島が無人化を余儀なくされるに至ると、中共は、そこへの中国漁民・農民の移住政策を密かに推進するはずです。その危険を未然に防いでいるという意味で、サトウキビの関税は、安全保障に大いに寄与しているのです。そういう視点を欠落させた近視眼的関税撤廃議論は非常に危険であることを、私たちは肝に銘じたいものです。
では次に、選挙公約2の「自由貿易の理念に反する自動車等の工業製品の数値目標は受けいれない」に話を移しましょう。これについては、守秘義務規定の枠内という制限つきではありますが、一見これといった不穏な動きはあたかも漏れ聞こえてこないかのようです。ところが、さにあらず。この選挙公約は、片務的なTPP日米並行協議の問題点と深くつながっているのです。
日本政府は、従来から自由貿易問題に関して米国との二国間交渉を避けたいのが本音でした。しかしながら、我が国のTPP交渉参加の許諾を米国から得るために、以下の条件をのむことを余儀なくされました。すなわち、TPP交渉と並行して米国との間で米国の関心分野である自動車、保険、衛生植物検疫措置(SPS:農業)等の非関税障壁について二国間で協議を行い、合意した内容はTPP発効と同時に法的拘束力を持った協定等によって実施されること、をです。
しっかりと「自動車」の文字が書き込まれていますね。それについて触れるまえに、「衛生植物検疫措置」(SPS)という聞きなれない言葉についてちょっと触れておきましょう。農林水産省のHPには、「WTO協定に含まれる協定(附属書)の1つであり、「Sanitary and Phytosanitary Measures(衛生と植物防疫のための措置)」の頭文字をとって、一般的にSPS協定と呼ばれています。正式には「衛生植物検疫措置の適用に関する協定」と訳されているので、SPS協定は「検疫」(Quarantine)だけを対象としていると誤解されがちですが、検疫だけでなく、最終製品の規格、生産方法、リスク評価方法など、食品安全、動植物の健康に関する全ての措置(SPS措置)を対象としています」という用語説明があります。とするならば、並行協議の場に、食の安全との関連で遺伝子組み換え食品の表示問題が米国から提示されるのは、ほぼ確実でしょう。前民主党政権は確か、「TPP交渉の場で遺伝子組み換え食品表示問題は議論されないことになっている」と重ねて力説していましたね。しかし、実質的なTPP交渉の一環である日米並行協議の場で、当議題が登場する可能性を排除できないことが、これで明らかになりました。いい加減なものですね。
では、並行協議における「自動車」の取り扱いはどうなっているのか、見てみましょう。米国の自動車業界は、日本のTPP参加に最も反対する勢力でした。日本車にはとてもかないっこない、というのが彼らの本音なのでしょう。その危機感に裏付けられた強い要求を受けて、現在日本車にかけられている米国の高関税については「TPP交渉における最も長い段階的な引き下げ期間によって撤廃され、かつ最大限に後ろ倒しされる」ことになりました。その一方で、日本市場については、米国車に対する「非関税障壁」が存在することを前提に広範な分野で米国の改善要求に沿った交渉が進められます。そのことが、日米事前協議の場で、日本政府は既に認めさせられているのです。端的に言えば、米国側は関税の撤廃の時期を好きなだけ延ばしていいが、日本側は関税の早期撤廃は当たり前のことで、そのうえ、米国にはない日本特有の商習慣は邪魔だからできうることならばすべてなくしてしまいたいというわけです。それを、日本政府はすでにのんでいるのです。
つまりこの協議は、米国は失うものが一切ない一方的・片務的交渉なのです。さらに、本年4月には、日本政府は販売台数が少ない輸入自動車のために特別に設けられた簡易な認証制度である輸入自動車特別取扱い制度(PHP)の対象となる一型式あたりの年間販売予定上限台数を2,000台から5,000台に引き上げることを決定させられています。これだけでも、われわれ日本人としては唖然としてしまいます。「お前ら、ふざけるんじゃない。日本人に気に入られるような高性能で安価な車を作るまっとうな努力をしろよ」と言いたくなってきますね。
最も問題と考えられるのが、米国と比べて我が国の方が進んでいる自動車の環境性能・安全に関する基準について両国の調和を図るとされ、さらにこのような規制を新たに講ずる際に「透明性」の確保として、新たな規制措置の事前通知、意見を表明する機会の保証、新たな規制に対応するための合理的な期間の確保などを求められている点です。我が国の国土が米国と比べて極めて狭く人口が密集しているという地理的な事情から、我が国の環境・安全基準の方は、米国内に比べて高めに設定されています。それを変更する合理的な理由などないのです。にもかかわらず、新聞報道によれば、例えば、国土の広い米国のほとんどの州においては自動車の騒音基準がないので、我が国にも騒音基準の段階的な撤廃を求めるなど国民の「安全安心」に直結する国内基準にまで、米国車を売りつけるための不合理な内政干渉を行ってくる意図が垣間見られます。(以上、http://www.dir.co.jp/library/column/20130821_007573.html を参照)
これで、「自由貿易の理念に反する自動車等の工業製品の数値目標は受けいれない」という選挙公約が、日米並行協議によって実質的になし崩しにされつつある現状が明らかになったのではないでしょうか。その批判を免れるには、石破幹事長あたりが「日米並行協議は、TPP交渉ではない」と強弁するよりほかはありませんね。
次に公約3の「国民皆保険制度を守る」について。これを論じるには、国民皆保険制度の精神を確認しておく必要があります。それは、「人の命は、お金も、家柄も、地域も関係なく、日本国民である限り平等である」という言葉に集約されるのではないでしょうか。これは、日本が世界に誇りうる医療制度というより、むしろ最良の福祉制度を支える素晴らしい理念です。この基礎の上に、世界保健機関(WHO)による医療制度の国際比較(二〇〇〇年)で、日本は健康達成度の総合評価で世界第一位、平等性で第三位という「偉業」を成し遂げたのです。これを日本政府が死守しようとするのは、統治者としての誇りをかけた当然のふるまいであると、私は思います。その理念の保持に、日本の国柄の最良の現れを見出すのは、私ばかりではないものと思われます。
そこで問題になるのが、混合診療の全面解禁是非問題です。混合診療の全面解禁是非問題は、TPP問題の論点のひとつでもあり、また、アベノミクスの第三の矢「成長戦略」の「目玉」として次の臨時国会にその法案提出がもくまれてもいます。結論を先取りすれば、混合診療の全面解禁は、国民皆保険制度の精神に全面的に反し、新自由主義的な価値観と目論見の織り込まれた極めて悪質な政策である、ということです。つまり、「国民皆保険制度を守る」ことと、混合診療の全面解禁とは、基本的なところで相容れないのです。私は、混合診療全面解禁のどこが問題なのか、いまひとつピンとこない状態がずっと続いていたのですが、最近やっとその危険性が分かってきました。それをお伝えしたいと思います。以下、その多くを再び三橋貴明氏と関岡英之氏の『検証・アベノミクスとTPP』に負います。
がんに注目すると、混合診療がどういうものであるか、端的に理解することがかないます。いまや日本人の二人に一人ががんになり、三人に一人はがんで亡くなっています。そうして、その率は右肩上がりで増えています。だから、がんはとても身近な話題であるといえましょう。
そこで、あなたががんになったという想定で話を進めます(そこにはなんの底意もありません。ひとえに混合診療の問題点をはっきりと分かっていただくための方便です)。あなたは、ある日医者からがんの告知を受けました。すると、通常は手術・放射線・抗がん剤投与など、国が承認している標準治療を受けます。その場合、保険が効きますので、原則自己負担は三割で済みます。これで根治できれば、あなたは混合診療の世界を知らないまま社会に復帰することができます。
ところがあなたは、残念なことに、がんが進行して全身に転移してしまった。そうなると、手術と放射線は使えなくなるので、治療法は抗がん剤だけになります。ところが、これには、薬剤耐性という決定的な弱点があります。つまり、抗がん剤は使っているうちにいつか効かなくなる日がくるのです。ほかに承認されている抗がん剤があれば切り替えますが、やがてすべての抗がん剤が効かなくなるという絶望的な日を迎えることになります。病院からは「もう治療法がない」と言われます。
で、「ああ、そうか」とあっさりあきらめられるかと言えば、そうはいかないのが人の性(さが)でしょう。あきらめ切れないあなたは、お金に余裕がある程度に応じて「がん難民」として自由診療のクリニックをもとめてさまよい始めます。私など、お金に余裕があればこころゆくまでさまようことでしょう。
自由診療は、国が承認していない治療法なので保険がききませんが、これを専門にしているクリニックはたくさんあるようです。混合診療というのは、国が認めた保険診療と、認めていない自由診療とを組み合わせて行うことです。そうしてそれは、国が認めていない治療が蔓延するのを防ぐために、現在原則禁止とされています。
自由診療の場合、国の保険が一切使えないので、本来保険が効くはずの入院費や検査費も全額自己負担になります。ところが、混合診療が全面解禁されると、自由診療部分は全額自己負担ですが、入院費や検査費などには保険が使えるようになります。というと、なにやらいいことのように聞こえますが、それで誰でもが気軽に自由診療が受けられるようになるわけではありません。
そのことについて、関岡英之氏が具体的な数字を掲げて説明していますので、それをここでも使わせていただきましょう。
保険診療の場合、自己負担分(三割)が、例えば、入院費(3日分)6万円+検査費(PET・CT)3万円+抗がん剤(承認薬)9万円=18万円になったとします。ここで、高額療養費制度上限規定が適用されて、負担月額は8万円となります。
次に自由診療の場合、全額自己負担となり、例えば、入院費(3日分)20万円+検査費(PET・CT)9万円+抗がん剤(未承認薬)30万円=60万円となり、これが月額負担です。
では、混合診療の場合はどうか。入院費と検査費には保険が効きますから、その分安くなりますが、抗がん剤には保険が効きません。つまり、入院費(3日分)6万円+検査費(PET・CT)3万円+抗がん剤(未承認薬)30万円=39万円の月額負担となります。
ここで、月額負担8万円しか払えない一般庶民にとって、自由診療を受ける費用が60万円から39万円になったとしても高額であることに変わりはありませんから、気軽に自由診療が受けられるようになったわけではありません。相変わらず、「高嶺の花」です。
しかし、お金持ちにとってはそうではありません。なぜなら、混合診療の全面解禁によって、自由診療の費用が三分の二になったのですから。彼らにとっては、より高額の自由診療を受けるモチベーションが高まることになりますし、また、60万円では自由診療を諦めていたが39万円なら受けたいという人がたくさんいるでしょう。
自由診療を「がんビジネス」としてとらえれば、混合診療の全面解禁は新たなビジネスチャンスの到来を生むことになります。つまりは、「おいしいお話」なのです。米国がこれまで年次改革要望書などにおいて混合診療の全面解禁を求め続けてきたのは、そこに目をつけたからです。
しかし、冷静に考えてみましょう。お金にものをいわせて自由診療の世界をさまよい続けるのは、仏教用語を使うならば、我執以外の何物でもありません。または、いま流行りの言葉を使うならば、愚行権の行使以外の何物でもありません。自分の責任において、我執に憑かれ、愚行権を行使するのは、本人の勝手であり、迷惑をかけられない限り、周りがとやかく言うことではありません。
しかし、国家が国庫からお金を拠出して、我執に憑かれたお金持ちの愚行権の行使をサポートするのは、どこかおかしくありませんか。一種のモラル・ハザード現象であるとも言えますし、「国民皆保険制度」を支えてきた健全な相互扶助精神とは著しくかけ離れた制度思想であるとも言えるでしょう。
「がんビジネス」の側面に焦点を当てるならば、混合診療全面解禁は、ステグリッツのいわゆるレント・シーキングにほかなりません。レント・シーキングとは、「企業が政府官庁に働きかけて法制度や政策を変更させ、利益を得ようとする活動。自らに都合がよくなるよう、規制を設定、または解除させることで、超過利潤(レント)を得ようという活動のこと」です。混合診療の全面解禁は、それにぴったりと当てはまる動きなのです。これは、言いかえれば、国家財政の私的流用の典型例です。竹中平蔵あたりは、そのことを知悉しながら事を運んでいるのでしょう。レント・シーキングこそは、新自由主義の醜い正体であり、その価値観の核心であり、その言説の真の狙いでもあります。
さて、多くのふつうのがん患者が望んでいるのは、混合診療の全面解禁なのではなくて、「ドラッグ・ラグ」の解消、つまり、欧米などの臨床試験で効果があると証明されている未承認薬を早く承認して保険適用を可能にすることです。
しかし、国は「財政負担の増大につながる」という理由で、保険の給付対象の拡大に応じようとしません。しかし、先ほどの数値例からも分かるとおり、混合診療の全面解禁もまた間違いなく「財政負担の増大につながる」のです。国民皆保険制度の精神に基づく財政負担の増大はダメで、国家財政の私物化の精神に基づく財政負担がOKである理由とはいったい何なのでしょうか。その理由に関してきちんと理にかなった説明ができる政権担当者がいるとは、到底思えません。それとも国庫は、国民全体の福利増進のためにあるのではなくて、ごく一部の強欲資本家のためにあるとでも臆面もなく言うのでしょうか。
これで、いま日本政府や米国が推進しようとしている混合診療の全面解禁が、国民皆保険制度の形骸化やさらには破壊を意味することがお分かりいただけたのではないかと思われます。公約3は、TPP交渉によって破ることを余儀なくされる以前に、政府自ら積極的に破ろうとしているのです。
(その2)食の安全・安心について
「その1」で、TPPに関する選挙公約の1~3を検討しました。次に、選挙公約4の「食の安全安心の基準を守る」を検討しましょう。
本論を展開する前にちょっと一言。「食の安全・安心」は、論点としてあまり派手な印象がありません。端的に言えば、ごく地味な論点です。反TPPの論陣を張る方々も彼らの言説を読む人たちも、ややもすれば華々しい思想闘争的な展開についつい目が行きがちです。そのほうが面白い感じがしますからね。それに、なにやらカッコイイし。しかし、食というのは体に入るモノなので、実は命に直に関わるきわめて大事な主題です。つまり、より良い食のあり方を論じることはストレートに国民の命を守ることなのです。「だれでも分かる安全保障」と言っていいでしょう。考えてみれば、これはどちらかというと女性の得意領域です。それに対して、反TPPを論じる者もそれに耳を傾ける者も、そのほとんどが男なので、勢い話が思想の空中戦に傾きがちになるのではないかと思われます。それでは、反TPPの議論に女性を巻き込めません。これは、反TPP陣営の大きな弱点ではないかと思われます。男連中は、「食の安全」議論を意識的にもっとすべきでしょう。
閑話休題。いろいろと調べてみて、私は、この分野に関しても公約違反がまかり通っているのではないかという印象を強めました。
TPPとの関連で、「食の安全・安心」をめぐる心配は次の三つが挙げられます。
・牛海綿状脳症(BSE)いわゆる狂牛病規制が緩和されるのではないか
・収穫後使用農薬(ポスト・ハーベスト農薬)を使用した農作物の輸入が増えるのではないか
・残留農薬、食品添加物、遺伝子組み換え(GM)食品表示に関する規制が緩和もしくは撤廃されるのではないか
そのなかでBSEに関して、TPP交渉に参加する前から、日本政府は米国に対して譲歩に継ぐ譲歩を重ねています。BSE対策の見直しが急ピッチで進んでいるのですね。今年の2月1日からは、輸入牛肉について輸入制限が30ヵ月齢以下に引き上げられ、今年3月1日からは、国内でもBSE検査月齢が30ヵ月に引き上げられました。さらに食品安全委員会の評価を経て、7月1日から48ヵ月以上に引きあげられました。
厚労省は4月19日、全国の都道府県知事に対して、7月1日からの検査月齢引き上げに伴い、「消費者に誤ったメッセージを発信する全頭検査」を廃止するようにと事前通達していたのです。
この検査月齢の引き上げに伴い、厚労省は6月28日、全国で全頭検査が廃止されることとなったと発表しました。最後まで廃止について態度を明らかにしていなかった千葉県は28日、廃止を伝えました。これにより全国の75自治体で行われていたBSE検査は、48ヵ月齢以上の牛についてのみ実施され、約8割の牛が検査なしで出荷されることになりました。
以上は、すべてTPP絡みの、「属国」としての卑屈な「配慮」としてとらえることができるでしょう。国民の健康にとって安全かどうかで判断すべき基準を、親分への「お土産」として緩和するなどいう振る舞いは言語道断です。国民の命をなんだと思っているのだ、という怒りが湧いて来るのは私だけでしょうか。安倍総理には面と向かって「日本政府のこういう卑屈で破廉恥な振る舞いと、戦後レジームからの脱却という気高い理念とは、いったいどこでどうつながるのか」と問い詰めたい気分になってきます。
こうした検査月齢の野放図な引き上げに対しては、専門家から、イタリアの非定形BSEからは、危険部位とされていないバラ肉などの筋肉部分でも「感染性が見つかっている」との批判が出ています。狂牛病については、すべてが明らかになったとは言えず、世界的にも発症が止まったわけではない中、こうした急ピッチの“見直し”で、安全は担保されるのでしょうか。きわめて疑問であると言わざるをえないでしょう。(以上、organic-newsclip.info/log/2013/13060564-3.html 参照)
次に、収穫後使用農薬(ポスト・ハーベスト農薬)について。ちょっと聞きなれない言葉ですね。収穫された農産物の輸送や貯蔵中における害虫による被害を防ぐために、収穫後に農薬を使用することがあります。このような農薬をポスト・ハーベスト農薬と言います。
日本で、農薬のポスト・ハーベスト使用は、保管のためのくん蒸剤以外認められていません。しかし、米国からの輸入農産品に対する規制に関しては、米国の圧力に屈して妥協・緩和をし続けてきた歴史があります。
一九七五年、米国産柑橘類から認可していないカビ防止剤のOPPとTBZが見つかりました。当座は輸入を禁じましたが、その後米国から圧力を受け、77年使用を認めました。理由は、「農薬ではなく食品添加物である」という小首をかしげるものでした。
九〇年には違法添加物イマザリルが米国産レモンから検出されましたが、政府は二年間放置しました。九二年九月に、一応問題視したというアリバイ作りのために(?)輸入を禁じたものの、同十一月には認可しました。
米国の年次改革要望書(2001年~2009年)には、日本の農業をめぐる非関税障壁の撤廃を要望する旨の言葉が繰り返し登場します。「農業をめぐる非関税障壁」には、もちろん(彼らにとって)厳しすぎる農産物に関する規制を緩和することが含まれています。
このように米国政府が圧力をかけ続けてきたのは、日本の厳しい規制(農薬残留基準に関して、ものによっては米国の60~80倍の高い基準を採用しています)に対する根強い不満があるからです。それはそうでしょう。お風呂好き、清潔好きの潔癖な日本人にとっての「食の安全」を守る大事な障壁は、彼らにとってはすべて金まみれの「貿易障壁」なのですから。今回、TPP交渉と並行協議とを駆使して、米国政府は、日本の食に関する規制の緩和に向けて一気に攻勢をかけてくるものと思われます。そう覚悟すべきなのです。
次に、食品添加物について。食品添加物に関して、日本の基準は非常に厳しいといわれています。現在、日本で使用できる食品添加物は約800種類。それに対してアメリカでは約3000種類の食品添加物が認められています。その差の約2200種類の食品添加物がいきなり全面解禁されるということはないでしょうが、今回アメリカがかなり強硬に規制の緩和を求めてくるのはまず間違いないでしょう。日本が国内事で決めた安全基準を、「厳しいから緩めろ」と米国が要求し、それがまかり通ってしまうなんて、腹立たしい限りですね。「他人の命をなんだと思っているんだ」と言ってやりたいところです。もちろん、日本政府に対してですよ。
次に、遺伝子組み換え食品表示撤廃問題について。当商品については、表示問題のみならず、実は商品そのものの問題があります。それは、あまり知られていないことなので、表示撤廃問題に進むまえに、きちんと述べておきましょう。
いまの日本経済はいまだにデフレです。だから、「安さ」は日本の消費者を吸引する大きなポイントになります。あいかわらず、財布の紐は固いのです。TPPに加盟すれば、安い商品が大量に出回ることになり、消費者は大喜び(ぬか喜び?)するのかもしれません。しかし、食に安さだけを求めることは、自分の命を削り、次世代に負担を強いることです。その覚悟があって、安い商品の大量流入を受け入れようとしているのでしょうか。
このことをめぐり、東大教授の鈴木宣弘氏が一例をあげて次のように述べています。もしTPPに参加すれば、米国からホルモン剤を使った安い乳製品がどんどん入ってくるでしょう。米国では、rbSTという遺伝子組み換えの成長ホルモンを乳牛に注射して生産量の増加を図っています。このホルモン剤を販売しているモンサント社は、これを日本の酪農家に売ろうとしても、日本の消費者の拒否反応を恐れてうまくいかないだろうと考えて、日本での許可申請はいまのところ見送っています。
そういう状況だったのですが、数年前の米国で、このrbSTを摂取すると乳がんや前立腺がんの発生率が高まるという医学的な検証が出てきました。それで、スターバックスやウォールマートなどが、rbST使用乳を取り扱わないことにしました。そうして、それをきかっけに米国ではそういう店が増えてきたそうです。日本では使用認可されていませんが、認可されている国からチーズや原乳の形で輸入されるものにrbSTが使われていても輸入は規制されていないので、日本の消費者はそれを知らずに食べているのです。TPPに参加すると、そういうケースが劇的に増えるものと思われます。みなさん、ぞっとしませんか。これは大変なことだと思います。私の場合に限ってですが、マスコミがそれに触れたのを見聞きした覚えがありません。政府は政府で、なぜだんまりを決め込んでいるのでしょうか。まさかとは思いますが、アメリカ様に気兼ねをしているのでしょうか。
では、人口に膾炙(かいしゃ)している遺伝子組み換え表示撤廃問題に移りましょう。この問題について、まず確認しておきたいのは、商品に表示されている「遺伝子組み換えではない」という表示は、厳密な意味では、一種のフィクションであるということです。それは、以下の事情があるからです。
日本では遺伝子組み換え食品(農産物と加工食品)に表示義務が課せられています。しかし、飼料には表示義務がありません。加工食品について表示義務があるのは、その農産物が主な原材料(重量に占める割合の高い上位3位まで)で、かつ原材料の重量に占める割合が5 %以上の場合だけです。
実は日本は遺伝子組み換え食品の輸入大国です。食料自給率の低さからすれば、それは当たり前のことです。日本はトウモロコシの世界最大の輸入国であり、その量は年間約1,600万トンです。その約9割がアメリカ産で、そのうち88%が遺伝子組み換え品種です(2012年米国農務省調べ)。それが主に家畜の飼料をはじめ、食用油やコーンスターチなどの加工食品の原料に使われています。また、大豆も年間約300万トンも輸入されており、その約7割がアメリカ産で、そのうち93%が遺伝子組み換え品種です(2012年米国農務省調べ)。大豆加工食品の代表である醤油にも遺伝子組み換えの表示義務はありません。これは、加工後の食品から遺伝子組み換えタンパク質が検出されないからとのことです。
(以上、http://www.uplink.co.jp/sekatabe/frandjp.php 参照)
「遺伝子組み換えではない」という表示は、消費者の「かりそめの安心を得たい」というはかないニーズに応えたフィクションであることがお分かりいただけるでしょう。私は、何か皮肉を言いたいのではありません。日本の消費者が気慰みの表示義務維持では満足できずに本気で遺伝子組み換え食品を口にしたくないと思うのだったら、食料自給率を上げるよりほかに抜本的な解決策はない、と言いたいだけです。しかし、日本政府のTPP交渉の仕方を見ているかぎり、それとは逆の流れになっています。表示されようがされまいが、このままでは間違いなく私たちの体に入る遺伝子組み換え食品の量は事実上格段に多くなるでしょう。そうとしか、言いようがありません。
以上の議論を踏まえたうえで、以下の文章をご覧いただきたいと思います。
TPP交渉でアメリカが日本のGM食品表示義務を撤廃させる?[2013年05月27日] wpb.shueisha.co.jp/2013/05/27/19353/
TPP交渉参加により、食品における成分表示義務の撤廃と輸入の規制緩和が危惧されているGM(遺伝子組み換え)作物。だが実は、日本における「GM作物使用」の表示義務はごく一部の食品に限られており、大豆やトウモロコシなどの輸入過程で “意図せずに混入する”ケースも最大5%まで認められてしまっているのが現状だ。
では、GM作物輸出大国のアメリカの場合はというと、日本のような表示義務は一切ない。というのも、アメリカにはかねて、元の作物とGM作物が姿形、主要栄養素などが実質的に変わらないと見なされた場合、安全性は元の作物と同じとする「実質的同等性」という大ざっぱな考え方があるからだ。
一方、EU(ヨーロッパ連合)はアメリカとは正反対。疑いがあるものはすべて表示せよという「予防原則」の立場をとり、GM成分が全体の重量の0.9%を超える場合はあらゆる食品、飼料、レストランのメニューに至るまで詳細な成分表示が義務づけられている。
市民バイオテクノロジー情報室の天笠啓祐(あまがさ・けいすけ)代表が解説する。
「ヨーロッパの表示は消費者のため、アメリカや日本の表示は業界のためにあると言っていいでしょう。表示の基準が低ければ低いほど、食品メーカーも農薬メーカーもビジネスをしやすい。以前、表示制度を担当した農水省の役人と話していたら『だって、穀物の輸入をアメリカから止められたら大変なことになる。表示を厳しくしたら穀物が足りなくなって、困るのはあなた方ですよ!』と言い返されたことがあります。なるほど、表向きは表示を義務づけておいて、裏で政府はGM産業を半ば国策として推進しているアメリカの事情に配慮してるんだな、と感じましたね」
天笠氏いわく、アメリカへの配慮によって生まれた今の日本の表示義務。ところが、7月にも交渉に参加するといわれるTPPによって、アメリカの要求はエスカレートし、表示義務の撤廃にまで及ぶとも指摘されている。
日中韓FTA(自由貿易協定)の事前協議メンバーも務めた、東京大学大学院農学生命科学研究科の鈴木宣弘教授は、こう話す。
「TPP交渉で、GM食品の表示義務の撤廃をアメリカ側が求めてくる可能性はあります。なぜならTPP交渉に参加したいなら、それ相応の“頭金”、いわゆる譲歩を事前に約束しろ!とアメリカから突きつけられ、さらにまだ支払い足りない分は、TPP交渉と並行した日米2国間協議で解決することを確約させられたからです」
この2国間協議で、日本にはアメリカの要求を丸呑みした“実績”がある。
「日本はすでにアメリカへ輸出する日本車の自動車関税の撤廃について、長期の猶予期間を設けることを約束させられています。ほかにBSE(狂牛病)発生以降、生後20ヵ月までに限定していたアメリカ産牛肉の輸入規制を30ヵ月に広げられ、かんぽ生命保険によるがん保険などの新規業務を凍結させられました。さらにアメリカが求めるのは、そのほかの非関税障壁の撤廃。GM表示の規制緩和は、そのなかで要求されるでしょう」(鈴木教授)
昨年3月に発効した韓米FTAでは、交渉開始の条件として、アメリカは韓国にこんな“頭金”を求めている。
「アメリカが科学的に安全と認めたGM食品は自動的に受け入れること。それから国民健康保険が適用されない営利病院を認めること。そしてアメリカ産牛肉の輸入条件の緩和。この3つを韓国は事前に受け入れたのです。アメリカの出方を探るなら、韓米FTAは格好の材料といえます」(鈴木教授)
しかもアメリカの貿易問題をつかさどるアメリカ通商代表部のマランティス代表代行は「TPP交渉は韓米FTA以上の厳しさになる」と“クギ”をさしている。
アメリカは、まず食品表示の義務をなくし、GM作物やGM食品を日本にガンガン輸出するのが狙いだろう。もしGM食品の表示義務がなくなれば、日本の消費者はGMと非GMを選択できなくなる。結果、より多くのGM食品を口に入れることになってしまうのだ。
(以下略) (取材・文/長谷川博一)
さて自民党は、「食の安全・安心の基準を守る」という選挙公約を守ることができているでしょうか。また、これからはどうでしょうか。残念ながら、そのどちらに対しても、YESとは言い難いと申し上げるよりほかはありません。
まずBSE基準に関しては、交渉に入る前に米国のいうがままを唯々諾々と丸呑みしてしまっているのですから、あっさりと公約違反をしてしまったと断じるよりほかはないでしょう。自民党がそれに反論したければ、またもや石破幹事長にご登場願って、「BSE基準に関して、TPP交渉『では』一切妥協していないので、公約違反とは言えない」と強弁してもらうほかないでしょう。
次に、残留農薬、食品添加物、遺伝子組み換え(GM)食品表示に関する規制の緩和について。報道によれば、「日本をはじめ各国が独自に設けている食品安全基準の緩和が、TPP交渉の議論の対象になっていないことが八月二八日、分かった。基準緩和は見送られる公算が大きく、食品添加物や農産物の残留農薬の一部で国際基準よりも厳しい基準を採用している日本の厳格な規制も容認される見通しになった。ただ、米国は基準を決める手続きなどの簡素化を求めており、TPP交渉と並行して進めている日米の2国間協議では焦点になりそうだ」とあります。http://www.chugoku-np.co.jp/News/Sp201308280103.html
日米二国間協議が要注意である点を指摘しているのは妥当であるとは思いますが、それでもまだ見通しが甘いと私は考えます。
理由その一。日本政府の、農産物重要五分野以外の農産物の関税を全廃し、さらに重要五分野も聖域扱いをせずに部分的に関税全廃の対象にしようと検討している動向(これ自体、明らかな公約違反です)から察するに、TPP参加後の海外からの安い農産品の大量流入によって打撃を受けた多くの日本の農家が経営規模の縮小やさらには廃業を余儀なくされることによって、今後日本の食料自給率が低下することはあっても、上昇することはありえないものと思われます。とするならば、食品の輸入量はこれからますます増えることになるでしょう。だから、GM食品の表示に関する規制がまったく緩和されなくても、さきほど述べた通り、われわれ日本人がGM食品を摂取する絶対量は相当に増えると考えるべきです。それは、「消費者がGM食品を図らずも口にすることを防ぐ」という規制趣旨に反する事態を招来するのですから、実質的な意味での公約違反となります。
理由その二。同じく、仮に幸運にも規制がまったく緩和されなかったとしても、米国としてはISD条項さえ通しておけば、事後的にそれらの規制緩和を実現できるからです。それほどに、ISD条項とは恐ろしい毒素条項なのです。それについては、次回に触れましょう。
*「次回に触れましょう」と言いながら、いまだに続編が出ていません。念頭にはあるので、遅からずアップしたいと思っています。(2013・12・24 記す)
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