美津島明編集「直言の宴」

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宮里立士氏 「四等国」大使の戦略的思考――孫崎享を批判する (イザ!ブログ 2013.2.15 掲載)

2013年12月09日 06時38分58秒 | 宮里立士
尖閣諸島をめぐり日中間で緊張が高まった昨年9月28日に、中国はアメリカ有力紙に「釣魚台諸島は中国に帰属する」という意見広告を出しました。「ポツダム宣言に基づいて、日本は尖閣諸島に主権を持っていない」。これが中国の主張の根拠です。

七十年近く前の、日本の降伏・占領を規定した宣言を持ち出し、日本の尖閣諸島領有の不当を訴える中国の主張は、われわれ日本人には異様に映ります。

たしかに我が国は、ポツダム宣言を受諾して降伏文書に調印しました。しかし、これは休戦協定です。その後、サンフランシスコ平和条約によって、日本は「独立」し、この平和条約に基づき領土も確定されました。たしかに中共政府は中華民国とともにこの平和条約に調印していません。しかし、中華民国とは翌年に日華平和条約を結びました。また、中共政府とは、1972年に中華民国との国交を破棄し、日中共同声明で中国を代表する政府として国交を開きました。そして1979年に日中平和友好条約を結んでいます。これらはむろん、サンフランシスコ平和条約の延長線上に則ったものです。そこに今日、いきなり「独立」以前の、日本の被占領国時代のポツダム宣言を持ち出すとは、どういうことでしょう? 

つまり中国政府は、自分たちがアメリカとともに「戦勝国」であり、日本は現在でも、「我々」の指示に従うべき「敗戦国」だと主張しているわけです(有馬哲夫「『沖縄も中国領だ』と周恩来は考えていた」『新潮45』2013年2月号)。

その証拠に、その後の11月14日、モスクワで、ロシア、中国、韓国三ヶ国の研究機関により開催された「東アジアにおける安全保障と協力」をテーマとした国際会議でも、中国外務省付属国際問題研究所の副所長が、カイロ宣言、ポツダム宣言の規定に基づき、北方領土、竹島、尖閣諸島のみならず、沖縄までも、「敗戦国」日本の領土とは認めないと説きました。さらに、新たな対日共同戦線をアメリカも引き込んで創設する必要があると説きました。

しかし、この異様に見える中国の主張に呼応する発言を繰り返す日本側の「国家エリート」が存在します。その代表が孫崎享(うける)氏です。

孫崎氏は昨年、尖閣問題で日中間が緊張したとき、「棚上げ」論を積極的に主張し、耳目を集めました。氏は「14世紀にはその(中国の)軍事力が尖閣諸島一帯に及んでいた」という、あやふやな史実を挙げました。そして『環球時報』などの中国共産党のメディアにも登場しました。彼の「棚上げ」論の直接の論拠は、カイロ宣言、ポツダム宣言の有効性です。

彼の論旨を、朝日新聞のPR誌『一冊の本』昨年11月号に特別寄稿した「尖閣問題、『棚上げ』こそ正しい道」から引用しましょう。

「日本の領土問題は、日本が第二次大戦で敗れた戦後処理の問題と深く関与している。」「〝ポツダム〟宣言受諾が戦後日本の出発点である。このポツダム宣言は第8項において、 『カイロ宣言ノ条項ハ履行セラルヘク又日本国ノ主権ハ本州、北海道、九州及四国並ニ我等(我々)ノ決定スル諸小島ニ局限セラルヘシ』としている。さらにカイロ宣言では、『満洲、台湾及澎湖島ノ如キ日本国カ清国人ヨリ盗取シタル一切ノ地域ヲ中華民国ニ返還スルコト』となっている。」
(以上、前掲『一冊の本』13頁 但し引用文中の( )は引用者注記)

それゆえ、中国の主張には有効性があると孫崎氏は唱和します。これに対し、拙文の最初に挙げた「『沖縄も中国領だ』と周恩来は考えていた」の筆者・有馬哲夫氏は、中国の主張に次のように反駁します。

「中国はアメリカと同じポツダム宣言を出した側、つまり『我々』=『ルール』を作る側』に自らを位置づけている。しかしながら、むろん日本は、中国が『我々』に含まれているとも『ルールを作る側』にいるとも考えていない。日本が戦争で負けたのはアメリカによってであって、中国(国民党)に負けたとは思っていない。まして、戦争中延安あたりをさまよっていた毛沢東の中国(共産党)に負けたというのは論外だ。」「ポツダム宣言の『我々』とはアメリカのことで、蔣介石はこの宣言案を追認しただけだった。」                       (前掲『新潮45』141頁)

有馬氏はこれらのことを指摘した上で、現在中国は自らを「戦勝国」の立場に置き、ここから「ルールを作る側」として、本気で尖閣について領有権を主張している。いや尖閣どころか、「沖縄」にまで自国に権利があると考えていると述べています。これに日本はどう対抗すればよいか。

「日本はこれまで押し付けられてきたルールに盲従していては、現在だけでなく将来も不利な状態に置かれるということだ。経済、科学、技術、文化、外交など、現在持っているあらゆるものを使ってなんとしても『ルールを作る側』に回らなければならない。」                 (前掲『新潮45』147頁)

実際、中国はニューヨークの国連本部で、「日本は第二次世界大戦後の国際秩序に挑戦しようとしている、これを米中は共同で阻止すべきだ」という「論理」でロビイスト活動を展開していると、青山繁晴氏も語っています。

ちなみに国連を戦後の日本人は国際平和を実現するための組織と教えられてきました。が、実は「戦勝国」が第二次大戦直後に画定した世界秩序を維持するための組織です。その証拠に日独を対象とした「敵国条項」が国連憲章に未だに存在します。

このような話を聞くと、「平和国家」を目指して努力してきた日本の戦後とはなんだったのか、という徒労感が湧きます。我々日本人は戦争に負けたため、日本はなんだかアメリカには頭が上がらない国になっているとは気づいています。しかし、この「頭が上がらない」とは、もっと根深い国際社会の枠組みのなかに構造化された問題だったのです。そして、このことから、有馬氏の説くように、「ルールを作る側」に日本はなんとしてでも回らねばならないことにも気づかされます。

ところで、先の孫崎氏に話を戻せば、氏の著書『戦後史の正体』は、戦後日本の対米従属路線を強く批判した本として、昨年、一部で話題となりました。これは20万部以上の売り上げを記録したそうです。その後も著書を立て続けに出し、今年に入ってもその人気は衰えないように見えます。しかし同書を繙くと、日本の対米従属をなぜかアメリカの対日工作の謀略話として展開するため、はっきり云って、「トンデモ本」の印象を拭えません。『戦後史の正体』の冒頭部分から少し引用します。

「少しでも歴史の勉強をすると、国際政治のかなりの部分が謀略によって動いていることがわかります。」  (『戦後史の正体』11頁)

孫崎氏が同書で挙げる日本の「対米従属」の事例の多くは、我田引水の「深読みのし過ぎ」。しかも孫崎氏の場合、自らの主張を一次資料から解き明かすのではなく、二次文献や一般書、当事者の後年の回想録などから、自分に都合よく論理を飛躍させます。このことについては何人かの論者が具体的に批判しているので(池田信夫氏、潮匡人氏、佐藤優氏)、ここではいちいち取り上げません。というか、同書を読み進めると批判するのもバカらしくなり、その「トンデモ」ぶりに脱力します。なぜならそれらの記述が論証不能なまま、アメリカとその意を受けた日本側協力者の「見えない動き」によって、アメリカに都合がいい結果が生まれた「ようだ」と、思わせぶりな書きぶりで話を進めるからです。

たしかに戦後の日本はアメリカの意向に逆らえず、結果的に「対米従属」を続けてきたように感じます。しかし、それは、別に謀略や対日工作などというおどろおどろしい話を持ち出さなくとも、現在に至るまでの戦後の日本が、それこそ「ポツダム宣言」に規定された国際秩序の枠組みのなかに自らを閉じ込め、国家の最重要な安全保障(国防及び諜報関係)をアメリカに丸投げしてきたからです。「戦勝国」のアメリカの意向に逆らえないのは当たり前の話です。

ここまでくると、日本がアメリカから本当に「独立」するためには、戦後の国際秩序を変更、あるいは修正し、自ら「ルールを作る側」に回ることの重要性に思いが至ります。しかし孫崎氏はそうは考えず、アメリカの力は後退する、だから今度は中国に付けと主張します。しかも日本の再軍備や集団的自衛権の行使にも反対します。そして、アメリカに代わる東アジアの「覇権国家」の中国に組せよと云います。「対米従属」に代わる「対中従属」の勧めをしているとしか読み取れません。

その証拠に、氏の中国重視は現在の財界主流のそれと一致します。氏は『戦後史の正体』で、戦後の財界が「対米従属」路線の有力勢力で、政治家に圧力をかけ続けてきたと述べています。しかし、現在の財界は中国を刺激する政策に圧力をかけます。経団連の米倉弘昌会長がその典型例です。

ところで、先の「尖閣棚上げ」論との関連で孫崎氏は、「沖縄は琉球王国時代、冊封体制の下で長く中国の朝貢国だった」、だから、その間、沖縄は中国の支配下にあったと考えられるとも云います。それに対し、沖縄が日本に「編入」されたのは、たかだか百五十年足らずである、とも。

「日本が琉球王国を強制廃止し、琉球藩を設置したのが一八七二年、明治政府が琉球藩廃止を宣言して鹿児島県に編入したのが一八七九年である。」  (『日本の国境問題』12頁)

研究者の間で「琉球処分」とも、近年では「廃琉置県」とも呼ばれる、近代黎明の一連の琉球・沖縄をめぐる動きを、孫崎氏はこのように記します。しかし、このまとめ方はいささか強引です。琉球藩が設置されたのはたしかに1872年です。これは明治政府が次の「沖縄県」設置を睨んだ布石であり、1879年に行われた鹿児島県への編入とは「沖縄県」設置のための一時的措置です。孫崎氏の書きぶりから、私は、「日本」による「沖縄領有」の不当性を強調している印象を抱きます。

孫崎氏の言説からは、中国の立場からの「日琉離間工作」の臭いがただよいます。「日琉離間工作」とは、アメリカが米軍統治時代、「オキナワ」を恒久的に支配下に置くため、しきりと日本本土と沖縄の異質性を強調した政策を批判的に指した言葉です。孫崎氏が先に挙げた「冊封体制」とは、前近代東アジア特有の国際秩序です。主権国家間の関係を原則とする近代の国際法秩序とまったく異なる論理による国家間の交易体制です。もし、この体制での朝貢国を、「中国に属していた」として、現在の国際関係に持ち込めば、それは、韓国・ベトナム、さらにはもしかしたら日本以外の中国の周辺国がほとんど、「中国に属す」根拠にされかねません。現に中国は相手によって、この「根拠」をちらつかせます。孫崎氏の言説からは、意図的かどうか知りませんが、そういう「ニオイ」がたちこめます。

それから孫崎氏が何やら得意げに持ち出す、「カイロ宣言」も国際法上、有効性に疑問が出されています。「カイロ宣言」とは、米英中首脳のカイロ会談のときに出された新聞発表(プレスリリース)です。この「宣言」には署名も調印の日付もありません。もちろん、「宣言」を保証する公文書も存在しません。そのため、法的拘束力のある「コミュニケ(宣言)」といえるかどうか疑義のある「声明」です。そしてこのとき、「中国」を代表したのは中華民国の蔣介石です。つまり、孫崎氏は日本に不利になる国際法の解釈から、これが「国際世論」の現実と声高に唱えているのです。

ポツダム宣言を受諾した敗戦直後の、米国を主とした連合国の占領下にあった日本のことを、卑しめて「四等国」と云う者が、当時、戦勝国側、そして日本人のなかにもいました。

我々は「独立」して日本がその状態から脱したと思っていました。が、どうも孫崎氏にかかれば、日本は未だに「戦勝国」に自国の領土確定を委ねられている、被占領状態の「敗戦国」のようです。となれば、現在日本も未だ「四等国」ということなのでしょうか。孫崎氏は、その「四等国」のイラン大使を勤め、あまつさえ防衛大学校教授に「天下った」国家エリートです。

孫崎氏は、日本の集団的自衛権行使、「国防軍」創設にも反対します。その理由は、「覇権国家」として衰退するアメリカの「傭兵」に日本の「軍事力」が使われるだけだからだそうです。氏は日本人には「戦略的思考がない」、ゆえに日本に主体的「軍事力」は持たせられないと考えているようです。孫崎氏は「戦略的思考」という言葉が大好きなようで、しかも、日本人には「戦略的思考」がないと何度もくりかえします(『日米同盟の正体』『日本人のための戦略的思考入門』など)。ここから氏は、日本に、衰退するアメリカと訣別して、今後新たに「覇権国家」として台頭する中国の「風下に立つ」ことを推奨します。

「日本が自己の領有権を更に強固なものにするために粛々と国内法を適用すれば、中国も同様な手段をとる。中国はしばしば『座視しない』と発言している。双方が『国内法を粛々と適用する』という立場を貫けば、軍事衝突にまで発展しかねない。長期的に見れば、軍事的に日本が勝利するシナリオはない。」「日中関係は今歴史の岐路にある。今こそ棚上げ論の持つ意義を真剣に再考する必要がある。」    (前掲『一冊の本』15頁)

孫崎氏は現在の外務省主流にはびこる、強いものに媚びる「事大主義」を強く批判します(『戦後史の正体』50頁)。しかし、この批判に「まさに孫崎さんが、(その)事大主義者」であると、佐藤優氏は答えます。「あるときまで、孫崎さんは米国を最重視する事大主義者でした。現在は中国を過大評価する事大主義に陥っています」(「孫崎亨・元外務省国際情報局長のイラン観について」『みるとす』2012年12月号 引用文中の( )は引用者補記)。

佐藤氏は、孫崎氏が外務省国際情報局長のとき、国際情報局分析第1課の主任分析官だったそうです。そして、佐藤氏は孫崎氏とイランをめぐる問題で根深い対立があるようです。

孫崎さんの最大の問題は、イランに対する事大主義です。孫崎さんのイラン観が現実の日本外交に影響を与えるようになるとわが国益に大きな害を与えると私は危惧しています」     (前掲『みるとす』19頁)。

しかし、この件は佐藤氏と孫崎氏の問題です。私の立ち入るべき問題ではないでしょう。ただ、私から見ても孫崎氏の奇っ怪な言動に不可解を覚える点が多々あります。このことは改めて書きましょう。

〔追記〕
孫崎享批判は『表現者』47号(2月18日発売)にも寄稿しました。よろしければ、あわせてこちらもお読み願えれば幸甚です。

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