幸喜幸齢 生きがい 日記!       

八十路の青春賦 人生の黄金期を自分らしく あるがままに生きる幸喜幸齢者 感謝と幸せの生きがい日記 頑爺/肇&K

東海道歩き旅(15)宮宿から鳴海宿へ

2020年01月31日 | 江戸・東海道57次歩き旅(大坂城から江戸城へ)

1月31日(金)6/15℃ 

東海道歩き旅(15)

宮宿から鳴海宿へ

 昨夜はよく歩き久しぶりに美味い酒にほろ酔い、至福のひと時を過ごしていたらいつしかベットに入りバタンキューだった。 しかしお蔭で元気に起床する。

 今日は宮宿から鳴海宿を目指す。 鎌倉時代には鎌倉街道が通り、戦国時代は織田・今川両勢力の接触地点で鳴海城が築かれた。 江戸時代から始まった木綿の鳴海絞は東海道の名産品として鳴海宿は人気だったとか。

宮宿をスタート

笠覆寺門前町に入る

街道筋の建物が似通ってる 見猿、聞猿、言猿の置物が・・

東海道笠寺の一里塚をみる

遺跡も各所に見られる

丹下町の常夜灯

東海道鳴海宿のコースを歩く

鳴海宿本陣跡へ 何もない所だが、近くに当時の高札場が復元されていた

鳴海城跡へ

特に史跡は見当たらないが、信長攻略の碑があった

穏やかな初春の陽気に花も満開だ

今日はここまでとし午前中で歩き旅を終え、明日の予定の為に一旦帰阪する。

今日は 18726歩 13・8km だった。 この5日間の歩きは 150367歩 110・5km だった。 

箕面・大坂城からの東海道57次歩き旅の累計は 430849歩 314km となった。 あちこちの寄り道しながらのドン亀歩きなので、江戸城に着くまでには予定の100万歩、600kmを遥かに越しそうだ。

しばし予定があり次の再スタートは2週間後になるかも? 鳴海宿からのスタートだ。

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東海道歩き旅(14)桑名宿から宮宿へ

2020年01月30日 | 江戸・東海道57次歩き旅(大坂城から江戸城へ)

1月30日(木)5/15℃ 

東海道歩き旅(14)

桑名宿から宮宿へ

 今日もいいお天気に心も弾む。 今日は大小18以上の川を渡り、東海道41番宿の宮宿を目指す。 宮宿には昨日の桑名宿の「七里の渡し」跡から旅人が船出し対岸を目指した。 宮宿にも「七里の渡し」跡があり昔の海路はなく陸路を歩く。

歩きだして最初の川は揖斐・長良川だ

長い伊勢大橋を渡り切りホッとし一休みだ  しかしここは海抜0mとの表示が!  もし今ウワサのあの大地震があったら津波で逃げられないかも!? と休むことなく早足になった

また木曽川の長い尾張大橋を渡る

次々と大橋を渡りきると「酒」の文字が・・その昔なら必ず立ち寄ったであろう跡が残る

この前で一休みしていたら一人の爺さんから声を掛けられた どこから~ 何してる~ どこまで~ 次々と質問に応えていたら大きな口を開けて呆れ顔だったが、聞けば私より8歳も若い老人だったが・・

ようこそ名古屋へと・・ ロケットか? でも遠くまで歩いてきたものだと両足と体に感謝する

宮宿に着いたようだ

宮宿の宮は熱田神宮を省略した呼称とか。 ここは熱田神宮の門前町として脇街道の佐屋街道、美濃路など船で桑名宿へ渡る重要な港として発展したようだ。 宿場町としては東海道最大であったとか。

ここが昨日みた桑名宿の「七里の渡し跡」との対岸の渡し舟着場跡なのだ

芭蕉の句碑などもある

東海道歩き旅の感謝を込めて夕暮れの熱田神宮に参拝する

今日はよく歩いた  熱い風呂でよくケアし両足に感謝  併せて心身に美味い酒で感謝!  達成感と共に人生に感謝しながら至福のひと時を過ごす。

 

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東海道歩き旅(13)四日市宿から桑名宿へ

2020年01月29日 | 江戸・東海道57次歩き旅(大坂城から江戸城へ)

1月29日(水)5/14℃ 

東海道歩き旅(13)

四日市宿から桑名宿へ

 今日は江戸当時対岸にある宮宿まで船で渡るための「七里の渡し跡」のある東海道42番宿の桑名宿を目指す

雨上がりの四日市宿前からスタート

 歩きだして気になったのは工業都市化した四日市の煙突と煙  昔の公害訴訟などを思い出すが、無害化されたというもののやはりマスクをして歩く 

堤防沿いの桜の木にホッとする

富田一本松から三つ谷の一里塚へ

旧東海道を桑名宿へ歩く

桑名城跡の公園に着く ここはよく整備されていて憩いの場のようだ

桑名宿の「七里の渡し跡」に着く ここは当時の伊勢湾台風により大きな被害を受け、七里の航路も埋め立てられ大きな堤防が作られ今その面影はほとんどない

ここから対岸の宮宿まで七里(約27km)を当時の小さな船で旅人は渡った

今日は 33042歩 23・6km の歩きだった。

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東海道歩き旅(12-2)PM・石薬師宿から四日市宿へ

2020年01月28日 | 江戸・東海道57次歩き旅(大坂城から江戸城へ)

1月28日(火)4/10℃ 

東海道歩き旅(12-2

PM・石薬師宿から四日市宿へ

 午前中は石薬師宿を巡り、午後からは四日市宿へと歩く。 ここは四、十四、二十四の日に市が立ったことから起こったもので古くからの商業の港町、宿場町として発展してきた。 

東海道と併行する雨上がりの国道一号線を進むが車の廃ガスで喉が痛い

日永の追分に着く ここは伊勢参拝の分岐点でもあり東海道の旅人ばかりか、お伊勢参りの旅人も集まり繁栄したそうだ

東海道43番宿の四日市宿へ入る

夕方には小雨も上がり空も晴れてきた  疲れた足と体をゆっくりと熱いお風呂で癒す。

今日は 30175歩 22・3km の歩きだった。

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東海道歩き旅(12-1)AM・庄野宿から石薬師宿へ

2020年01月28日 | 江戸・東海道57次歩き旅(大坂城から江戸城へ)

1月28日(火)4/10℃ 

東海道歩き旅(12-1

AM・庄野宿から石薬師宿へ

 今朝の鈴鹿は朝から大雨だ。 再び鈴鹿川を渡り庄野宿から石薬師宿へ向かうが、冷たい風雨に前を遮られ思うように歩けない。 しかし徐々に雨風も上がりほっとする。 休み休み一歩一歩と前に進む。

朝、雨のHONDA鈴鹿工場前から鈴鹿川へ向かう

庄野宿を経て次の東海道44番宿の石薬師宿へ向かう

沿道にあったが機関車か!?

石薬師宿へ入る ここは石薬師寺の門前町として発展し、1616年正式に宿場に指定された  佐々木綱吉の歌碑が宿内に多く見られた

佐々木信綱ロードを歩き本陣跡へ向かう

小澤本陣跡 と 史跡をみる

石薬師宿を経て次の四日市宿へ向かうが、国道1号線と平行に歩く為多くの車の排気ガスで喉を傷める  遠方に四日市の市街地を見るが煙突の林立に唸る

やっと小雨になり落ち着いて次の東海道43番宿の四日市宿へ向かう

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東海道歩き旅(11)亀山宿から庄野宿へ

2020年01月27日 | 江戸・東海道57次歩き旅(大坂城から江戸城へ)

1月27日(月) 5/12℃ 

東海道歩き旅(11)

亀山宿から庄野宿へ

 小雨振る亀山駅から亀山宿へ入り東海道歩き旅のスタートだ。 お天気の影響か歩く足がぐずるがなだめながら歩く。 荷を軽くしたつもりだが肩にずっしりとリュックが重いが、これも歌い笑い独り言で幸せを実感しつつ歩いているといつしか穏やかになり順調に歩を進める。 

東海道の亀山宿街道はかつての店や職業だった看板があちこちの家の軒にかけてあり、当時の風情を味わえる

ひたすら次の庄野宿を目指して歩く 

庄野宿へ入る 宿場町の面影は余りない 人影もなかった

庄野宿は1624年に東海道で最後に設置された宿場で規模は小さかったようだ

ここより鈴鹿川を渡り鈴鹿市内へ入る 雨風が冷たい!

鈴鹿市内に宿をとる 今日は冷たい雨と風で少し難儀したが、暗くなる前に宿に着き熱いお風呂で足と体を癒した。

今日は 23191歩、17.1km だった。

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身近な自然と幸せ!

2020年01月26日 | 冬・喜寿の青春賦 日記!

1月26日(日) 

身近な自然と幸せ!

 歩き旅の体の疲れから自宅前の公園をゆっくりと散策する。 自然は黙々と季節の変化を感じ花を咲かせ新芽をふかす。 たとえ土、花、木などなくても人は空気、空、風からも自然を感じることが出来る。 人の求めに応じていかようにも自然を感じさせてくれる。 求めれば必ず自然は友達になってくれるから幸せだ。 自然はまさに創造主の世界だ。

・求めれば自然は友となりにけり

・どこいても自然は心と繋がるよ

・耐えられる自然を見てよあの忍び

・いつの日か綺麗な花を咲かすため 頑爺

千里南公園で季節の変化を楽しむ もうすぐ春かな!?

 

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自然観察

2020年01月25日 | 冬・喜寿の青春賦 日記!

1月25日(土)6/11℃ 曇り

自然観察

 昨日の夜に東海道53次歩き旅を中断して一旦帰阪する。 今日から長居の大阪市立自然史博物館などで「自然観察指導員全国大会」が開かれる。 やはり体が重いが朝から出かけた。 主催する(公益財団)日本自然保護協会会長の挨拶から始まったが、明日迄いろんな分科会に分かれて自然観察に関するシンポジュームが始まる。

 都会の児童で木に触ったことが無い、土にも触らない、昆虫も植物にも触ったことが無いという子供が多いのには驚いた。 信州の安曇野で育ち、大自然の中で遊んできたので信じられない思いだ。 また家庭収入による児童の自然接触の割合は高収入の家庭児童がはるかに自然と接する機会が多く情緒が養われているとのデータにも驚いた。 高収入家庭の子供が有名大学に占める割合が多いのと似ていてなぜか不気味さを感じる。 自然はその機会さえ与えてあげればすぐ身近にあるものだしお金がかかるものでもない。 全国で活動する日本自然保護協会員や自然観察指導員の活動が益々望まれる。 

私は旅の疲れもあり早めに切り上げ一週間ぶりに千里南公園をノンビリと散策する。 小さな公園でも季節の移り変わりをいっぱい体感できる。

 

 

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東海道歩き旅(10)関宿から亀山宿へ

2020年01月24日 | 江戸・東海道57次歩き旅(大坂城から江戸城へ)

1月24日(金)6/13℃ 

東海道歩き旅(10)

関宿から亀山宿へ

 関宿は古代からの交通の要所で、奈良時代に「鈴鹿の関」が置かれ、その名に由来する。 江戸時代は東の追分からは伊勢別街道、西の追分からは大和街道が分岐することもあり、旅人で大いに賑わったとか。

今朝も元気に出発! 脚も体調も順調! 足取りも軽く亀山宿を目指す。


















秀吉の亀山城攻めの本陣跡だそうで、いろんな史跡が残っているものだ

どこの宿場も同じような作りの家屋が続く












 亀山城跡を見る















亀山宿に到着。 亀山は平実忠が1264年に城を築いたことの始まり、その後明治まで続く宿場で城下町でもあり繁栄したとか。
 
 今日は明日からのイベントに参加するため昼までとし一旦帰阪する。 月曜日に京都三條大橋をスタートし、ここ亀山宿までよく歩いたものだ。 しかし江戸時代の人々は1日を30キロ以上歩いたと言うから昔の人は健脚だったのだな。
 亀山駅に歩き着くとJR線の線路に倒木があり不通だとか!? 仕方なく途中まで歩き近鉄で帰阪するが、電車に乗ればあっという間に大阪でなぜかがっかりする。
 
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東海道歩き旅(8)水口宿から土山宿へ

2020年01月23日 | 江戸・東海道57次歩き旅(大坂城から江戸城へ)

東海道歩き旅(8)

水口宿から土山宿へ

* 1月23日 早朝より暴風雨の為 出発を躊躇したが、地域のコミュニテーバスで鈴鹿峠の山麓まで行くことにした。  この間は後日歩く事として、土山宿の先の田村神社から雨と霧の鈴鹿峠を超え、坂下宿から関宿迄を歩く(1月23日東海道歩き旅(9)に掲載)

* 6月10日 それまでの新型コロナウイルス予防のための外出自粛、越境自粛が解除された為 このバス区間の 水口宿と土山宿の間を歩く (6月10日のブログ東海道歩き旅(8)に掲載)

 

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東海道歩き旅(9)土山宿から坂下、関宿へ

2020年01月23日 | 江戸・東海道57次歩き旅(大坂城から江戸城へ)

1月23日(木)5/12℃ 

東海道歩き旅(9)

土山宿から坂下、関宿へ

 いよいよ鈴鹿峠越えだ。 土山宿は鈴鹿峠前にあり早くからの宿場で繁盛したとされる。 しかしここには何度netで調べても宿がない!? 峠越えに加え次の関宿迄は遠すぎるしどうしようか? 迷って水口の宿で聞いてみると、やはり宿がなく夏場なら朝4時過ぎから夕7時過ぎまで明るいので歩く人はいるが、冬場は危ないのでやめたほうがいいですよ! との事。 しかし歩き旅の主義に反するでしょうが~ と提案してくれたのは、ここから峠手前の田村神社までコミュニテイーバスがあるので、麓まで行けば峠越えできると思いますが・・と。 早速その提案に乗り、朝一番のミニバスでその田村神社まで行くことにした。

 8時に着きそこから歩き始める。 時折激しい雨が降るが何とか峠を越えねばならぬ。 覚悟してスタート。 国道は大型トラックが次々と走りその風圧によろけ、雨水溜まりを跳ね飛ばし走るので最悪の歩き旅だ。

途中から東海自然歩道を上る。 箕面から高尾へ続く山岳の東海自然歩道だが霧が深くなり見通しがきかない。 罠にタヌキがかかっていたが哀願する目に助けてやりたいと思ったが仕掛けた人もいると思うと諦める。

 霧がますます深くなりこれでは峠越えができそうになく、第一危ないので国道に戻り鈴鹿トンネルを通る。 これも一人旅の面白さで自分の都合で何とでも変えられるが、途中で道を聞く人影もまったっくなく不安はぬぐい切れないが、引き返すこともできない。

でもボリュームいっぱいにEXILEの曲でテンポを取り大声で歌いながら歩く。 やがて坂下宿が見えてきた。 人影は全くないが家があるだけでホッとするが、後にただ一人老婆の姿をみかけた。

寂れた坂下宿から歩くと次にやっと関宿が見えてきた。 思ったより大きな宿で歩けども同じような宿場姿に驚いた。 雨で人影は全くないが、ここに住む人々は何で生計を立てているのかと不思議になった。

今日は距離の割には雨と霧、国道のトラックに排気ガスで喉も痛くなり、鈴鹿峠の上り下りで疲れた。 でもよく足が頑張ってくれたのでゆっくり熱い風呂で足を癒し美味い酒で心も癒した。

* 余談ながら、途中に宿がなし大雨だからと諦めバスに乗り麓まで来たが、小さな宿を見つけたので、近いうちにこのバス区間を必ずや歩き、この穴埋めをし歩き通しての歩き旅を完成させたい。

 

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東海道歩き旅(7)石部宿から水口宿へ

2020年01月22日 | 江戸・東海道57次歩き旅(大坂城から江戸城へ)

1月22日(水)2/11℃ 

東海道歩き旅(7)

石部宿から水口宿へ

 石部宿は幕府直轄の宿場で、伊勢参宮街道の分岐点として多くの旅人で賑わっていたとか。 近くに金山採掘跡があり、堅実な人のたとえで呼ばれる石部金吉はここの出だ。

石部の宿から見る朝陽

石部宿を出発 夏見一里塚を経て三雲に入ると何か朝から変わった集団をみる!?

石部宿・夏見の里

三雲から弘法杉の巨木をみる 





猿飛佐助ゆかりの城跡を見た後、天保義民の碑をみる。






やがて水口宿へ 

穏やかな田舎風情を楽しみながら歩く

水口宿へ入る また酒処を見つける

水口城跡へ 水口宿は伊勢に通じる街道上の要地として早くから開け、1601年に東海道の宿場に指定された。 徳川家光の上洛時の宿館として水口城が築かれたとのこと

城跡近くに宿をとる やっと靴も馴染み足も順調だ 今日も楽しい歩き旅だった 熱い風呂と美味い酒が疲れた体を癒してくれる

 

 

 

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東海道歩き旅(6)草津宿から石部宿へ

2020年01月21日 | 江戸・東海道57次歩き旅(大坂城から江戸城へ)

1月21日(火)2/12℃ 

東海道歩き旅(6)

草津宿から石部宿へ

 昨日は大津宿から瀬田に泊り、今朝は先ず草津宿へ向かう。 足も体調も一晩寝たら元気になるが今日は雨模様だ。

草津宿は東海道と中山道との分岐点で琵琶湖の湖南の要衝として栄えた。

江戸城の創建者、太田道灌が遠祖と言われる太田酒造、美味い酒だ。

草津宿本陣跡に着く

いまNHKの朝ドラで人気の焼き物の街に入る

野洲川沿いの堤防を歩くと綺麗な虹をみた

雨が激しくなる 石部宿の田楽茶屋に着く。

石部宿のこの酒で今夜は晩酌を楽しむ 足も痛いが忘れるぐらいに見ごたえのある旧東海道だ ゆっくりと熱い風呂で足と体を癒す

 

 

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東海道歩き旅(5)京都三条大橋から大津宿へ

2020年01月20日 | 江戸・東海道57次歩き旅(大坂城から江戸城へ)

1月20日(月)3/12℃ 

東海道歩き旅(5)

京都三条大橋から大津宿へ

 朝7時半 弥次喜多に見送られ三条大橋を出発。 先ず旧東海道57次・53番宿場の大津宿を目指す。

広重の絵の後方には比叡山、清水山が描かれているのだが?

平安神宮前を歩く

蹴上船留から南禅寺船留までの落差を上る珍しい昔の船跡

西に蹴上浄水場から日本初の水力発電所など見つつ上る

山越えをし天智天皇陵を経て山科に入る

四宮、普門寺まえから琵琶湖疏水を辿り山道へ入る

小関峠を抜け大津宿へ入る

 逢坂の門跡から猿丸神社を経て大津市内へ入る 早速路面電車に出会う。

琵琶湖畔に出てお洒落なイタリアンでランチとする

大津宿から近江大橋を渡り、瀬田にて今日の宿とする。

足も慣れない靴もそれなりに頑張ってくれたので嬉しい! 宿の熱い風呂でその足を癒す。

 

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歩き旅にEXILE!

2020年01月19日 | 江戸・東海道57次歩き旅(大坂城から江戸城へ)

1月19日(日)4/10℃ 曇り

歩き旅にEXILE!

 東海道57次の56番宿場「枚方宿」を朝7時過ぎから歩き始め、55番宿場「淀宿」54番「伏見宿」を経て、東海道53次の西の起点「三条大橋」を目指した。 この間約12時間、江戸時代の人々の歩いた道を辿りながらただひたすらに歩いたが、正直足は痛いし慣れない歩き旅に冬なのに蒸し暑かったり、冷たい風に寒かったりと昔の人々の苦労を知った。 しかしこの現代! スマホやipadで道案内をしてもらい、更に音楽付きだ。 

 少し前に偶然耳にし感動した「それでも生きていく」と言う盲目のピアニスト辻井伸行とATSUSHIによる曲と唄を初めて知ったが、今日この長い歩き旅の間primeからEXILE ATSUSHIのアルバムをいくつもダウンロードし一日中聴きながら歩いた。 頑爺の世代は否、自分だけかもしれないが恥ずかしながら全くその存在すら知らなかったので驚いた。 アップテンポに足も軽く、歌詞に青春時代を想いながら歩き、お蔭で元気を沢山もらいながら一日計36km、49800歩の自己最長を無事歩き通せた。 明日からまた区切り点の三条大橋から東海道53次を江戸城へ、また浦安にいる二人のひ孫の所まで900km、120万歩の1人歩き旅が始まる。

・歩き旅 江戸時代人偲びつつ

・歩き旅 目的地まで足任せ

・歩き旅 暇な時間は音楽で

・歩き旅 軽快テンポEXILE  頑爺

江戸・日本橋から東海道53次を歩き京都・三条大橋に着いたやじさんきたさん! 江戸時代の弥次喜多道中記、1802年から書かれた十辺舎一九作の「東海道中膝栗毛」は今も面白いが、いざ実際に歩くとなるとそりゃ大変だわ・・トホホ! 

明日から東海道53次歩き旅を西の起点、ここ京都・三条大橋から始める。まずは53番目の宿場・大津宿、52番宿場の草津宿を目指す。新しいEXILEのアルバムを探し、弥次・喜多さんのように元気に歩けることを祈りながら・・ 頑爺

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