《輪旅 越中の利賀村を走る!!》
利賀村(現南砺市)・・・それは富山で一番辺鄙な場所かもしれない。以前、白川郷から牛首峠を越えて利賀村水無へ入ったことがある。水無はすでに利賀川ダム建設の時に廃村となっており、屋敷跡の石垣や耕作地の痕跡だけが残っていた。
五箇山インターを降り、平村より結構な山道を上り、山ノ神トンネルを貫けて利賀村の中心地へと入っる。地名は阿別当、利賀そばの郷がそこにあった。
5キロほど北上し、旧の村役場駐車場に車を停める。天気はイマイチで、時より小雨が降るというコンディションであった。いっそ、しっかりと降ってくれれば温泉ツアーにでも切り替えたいところであるが、予報では、9時頃より晴れるとか・・・
濡れた路面を気にしながら走り始める。坂を上がれば直ぐに新楢尾トンネル・・・潜ったところが百瀬川・・・ほとんど車の通らない国道471号を二人で走る。点在する民家に人気はなく、山間の寒村という感じそのものであった。
当初のプランは、栃折峠を越えへ、八尾の町より県道25号にて旧山田村、庄川町へと向かう予定であったが、出発が遅れたために百瀬川に沿って山田温泉へと向かうコースを取った。なかなか静かで良い道が続いていた。
(百瀬川にそって富山平野へと向かう)
谷の集落より人家が現れる。左折すれば鍋谷へ・・・牛岳トンネルを貫ければ小牧ダムへと出るようだ。百瀬川は山田川へと名前を変えていた。
山田温泉に出る。地元では人気?の場所のようで、数軒の温泉宿もあった。サイクリングの仲間と泊まるには絶好のロケーションとみた。
県道59号より25号へ入る。周囲の山の標高は低くなったものの、富山平野に出たとはいえない。結構なアップダウンを繰り返しながら庄川町へと向かった。
(庄川の旧道に沿って走る)
三谷の交差点で左折をし、県道11号にて庄川町を目指す。岐阜県にも荘川町(現高山市)があるが、同じ庄川の流域ということで地名が付いているようだ。庄川に架かる雄神橋を渡って町中へと入っていった。
この町並みが良かった。融雪用の散水装置が埋められた道が井波町へと続いていた。適度に曲がりくねった道沿いの民家の佇まいがまた良い。豪勢な佇まいではないが、まさしく日本の家屋である。
(彫刻の町、井波)
予定にはない訪問であったが、井波の地名を見つけて寄りたくなった。この井波は彫刻の町・・・あの欄間彫刻の職人が住む町でもある。その光景は、ガラス越しに見学することが出来、数十本のノミが整然と並べてあるのを見てもその彫刻の凄さが伝わってくる。
瑞泉寺・・・そこは井波彫刻の集大成!?・・・建物のそこかしこに凝った彫刻が施されていた。一見の価値あり・・・であった。
瓜裂清水の前を通り、小牧ダムへと向かう。ここからが長かった。峠こそないものの、庄川から利賀川に沿って付けられた国道は、急峻な谷の上部を通り、峠越え以上の大変な上りを強いられる。
冬場の積雪期、この道を利用して富山の町へ通勤に・・・信じがたい光景である。凍結した路面でスリップすれば千尋の谷へ・・・
道の駅「利賀」で最後の休息を取り、スタート地点へと無事に戻った。
東海北陸自動車道が全通したため、富山と岐阜は近くなった。まだまだ富山には素敵なところが多くあるようで、しばらくは富山通いが続きそうである。
コースはこちら・・・
http://route.alpslab.jp/watch.rb?id=9b1971021b195472dbc92f73c8d83b28
画像はこちら・・・
http://album.pentax.jp/166909111/albums/225265/
利賀村(現南砺市)・・・それは富山で一番辺鄙な場所かもしれない。以前、白川郷から牛首峠を越えて利賀村水無へ入ったことがある。水無はすでに利賀川ダム建設の時に廃村となっており、屋敷跡の石垣や耕作地の痕跡だけが残っていた。
五箇山インターを降り、平村より結構な山道を上り、山ノ神トンネルを貫けて利賀村の中心地へと入っる。地名は阿別当、利賀そばの郷がそこにあった。
5キロほど北上し、旧の村役場駐車場に車を停める。天気はイマイチで、時より小雨が降るというコンディションであった。いっそ、しっかりと降ってくれれば温泉ツアーにでも切り替えたいところであるが、予報では、9時頃より晴れるとか・・・
濡れた路面を気にしながら走り始める。坂を上がれば直ぐに新楢尾トンネル・・・潜ったところが百瀬川・・・ほとんど車の通らない国道471号を二人で走る。点在する民家に人気はなく、山間の寒村という感じそのものであった。
当初のプランは、栃折峠を越えへ、八尾の町より県道25号にて旧山田村、庄川町へと向かう予定であったが、出発が遅れたために百瀬川に沿って山田温泉へと向かうコースを取った。なかなか静かで良い道が続いていた。
(百瀬川にそって富山平野へと向かう)
谷の集落より人家が現れる。左折すれば鍋谷へ・・・牛岳トンネルを貫ければ小牧ダムへと出るようだ。百瀬川は山田川へと名前を変えていた。
山田温泉に出る。地元では人気?の場所のようで、数軒の温泉宿もあった。サイクリングの仲間と泊まるには絶好のロケーションとみた。
県道59号より25号へ入る。周囲の山の標高は低くなったものの、富山平野に出たとはいえない。結構なアップダウンを繰り返しながら庄川町へと向かった。
(庄川の旧道に沿って走る)
三谷の交差点で左折をし、県道11号にて庄川町を目指す。岐阜県にも荘川町(現高山市)があるが、同じ庄川の流域ということで地名が付いているようだ。庄川に架かる雄神橋を渡って町中へと入っていった。
この町並みが良かった。融雪用の散水装置が埋められた道が井波町へと続いていた。適度に曲がりくねった道沿いの民家の佇まいがまた良い。豪勢な佇まいではないが、まさしく日本の家屋である。
(彫刻の町、井波)
予定にはない訪問であったが、井波の地名を見つけて寄りたくなった。この井波は彫刻の町・・・あの欄間彫刻の職人が住む町でもある。その光景は、ガラス越しに見学することが出来、数十本のノミが整然と並べてあるのを見てもその彫刻の凄さが伝わってくる。
瑞泉寺・・・そこは井波彫刻の集大成!?・・・建物のそこかしこに凝った彫刻が施されていた。一見の価値あり・・・であった。
瓜裂清水の前を通り、小牧ダムへと向かう。ここからが長かった。峠こそないものの、庄川から利賀川に沿って付けられた国道は、急峻な谷の上部を通り、峠越え以上の大変な上りを強いられる。
冬場の積雪期、この道を利用して富山の町へ通勤に・・・信じがたい光景である。凍結した路面でスリップすれば千尋の谷へ・・・
道の駅「利賀」で最後の休息を取り、スタート地点へと無事に戻った。
東海北陸自動車道が全通したため、富山と岐阜は近くなった。まだまだ富山には素敵なところが多くあるようで、しばらくは富山通いが続きそうである。
コースはこちら・・・
http://route.alpslab.jp/watch.rb?id=9b1971021b195472dbc92f73c8d83b28
画像はこちら・・・
http://album.pentax.jp/166909111/albums/225265/