
航海日誌などと言って書きましたが、乗艦時間は8時間です。
どうしてこのような機会を得たかと、別のサイトで聞かれました。
乗艦機会は少ないらしいのです。私はそれほど機会が少ないとは全く知りません。
きっかけは3年以上前に遡ります。
弟に娘が2人あります。私の姪ですが、上の姪が富士登山に行きました。
下山の途中、濃霧にあい下山路が分からなくなり道に迷いました。
この時、後から下山してきた海自のグループに会ったそうです。
グループは完全装備で下山の途中でした。
困惑している姪を見て、濃霧の晴れるまで保温、などの面倒を見てくれたそうです。一つ間違えば、遭難、一命にかかわります。
これを聞いた、弟夫婦、厚くお礼を述べ、何かしら送ったようです。
姪もお礼をしました。
これを機会に海自グループのリーダーと交際が始まり、季節の品などを贈った
たらしいのです。
そのお礼にと、前回の観艦式の乗艦券を送ってもらい、弟夫婦、姪は観艦式を
見学し、また感激して贈り物をしたそうです。
今回は予期していなかったのですが、姪に当ててまた乗艦券が2枚送られたそうです。同行者を探していた弟、2人に声を掛けたそうです。
2人の人、都合が出来ない、それが私のところへ廻ってきたのです。
私も予期しないことででした。
腰の不調、金銭のことなどでしばし迷いました。
それを後押ししたのは女房です。
思い切って参加することにしました。
これが金曜日、出発は土曜日、慌しい準備、何も分からない私は弟に色々聞きました。
横浜へ着くと夕方、妹の方の姪が来ました。
私たちのナビゲーターをし、私の体を気づかって呉れました。
女房、弟家族、私の体調を気遣ってくれた者たちに改めて 有難うを言います。
初日に見学したヘリ空母、ひゅうがのパンフレットの表紙を載せます。

全長、およそ200メートル、14750トンの新鋭艦と有りました。
この艦は横浜港に停泊していて、乗艦の券は不要でした。
次は航海で乗艦した ゆうばり です。
この艦名は旧海軍から引き継ぎ、2代目だそうです。
1470トン、戦前で言えば駆逐艦に当たるようです。

観艦式の写真らしく、舷側では乗員の敬礼の姿が見えます。
次は ゆうばりの艦内の見取り図です。

私達は初め、右舷の雨の当たらない場所に居ました。
観艦式の準備で、この右舷から魚雷発射管の側の煙突下の甲板に移動しました。
上部は高甲板と言うか、射撃指揮装置ある甲板の側です、この甲板には急勾配の
階段がありました。
この場所、風が時折吹き抜けます。吹き抜ける風は右、左一定しません。
乗員、見学者を含め300人近くが乗艦していたと思われます。
細かい人数の発表はありません。
私の勝ってな推測です。私の乗艦券のナンバーが173でしたから。
乗員の定員は90人とありました。
非日常の体験、帰って考えると貴重なものです。
憲法、軍備反対の声は知っています。
近い国には、歴史上争った国もあります。
現在国交の無い不安な国も有ります。
見学して現在の日本の海軍力の一部を見ました。
これで安心、不安の議論は置いて、乗艦している水兵には
子供の顔のような人もいました。
鍛えれているのでしょう、狭い通路を何も摑まることなく移動する姿には
心に響くものがありました。
徴兵では有りません。
個々の意思で来ている若者です。
大雑把ですが感想を記しました。
最後に最初の画像、前回姪たちの乗った時の航海の様子です。
私のアップした画像と比べてください。
陸では余り感じない天候でも、海は全く違った様子を見せます。