忘れな草の花籠

確かハンドメイドブログだったはず・・・

平成最後の日に

2019-04-30 12:46:00 | Weblog
平成31年4月30日。
いよいよ平成も最後の日を迎えました。
個人的にはずっと自分は昭和のイメージが強かったのですが
昭和で過ごした時間よりも平成で過ごした時間の方が長かったのですね。
平成は私にとって「大人」時代を過ごした時間になるのかな。
社会人になってからの時代を過ごしてきました。

平成の時代。
災害には数多く見舞われましたが
日本自体は平和だった時代だと思います。
世界はまだ戦争続きですが・・・。


平成最後の日なので
祖父の遺品を記事にしてみました。


     

戦後にいただいたものなのかな?
縁あって今は私の手元にあります。
皇室の御写真と兵隊さんの写真。
写真帳には祖父の名前が刺繍されてあります。
これ、一人一人に配られたのかな?
そうなるとかなりな量、配られたと思うのですが・・・。
あと刀剣もいただいたようです。
許可証?登録証?か何かいるので私の手元にはありませんが。
さすがに錆びてる、とのことです。

そういえば昔、子どものころに祖父母の家にいったときに
和室に写真が飾られてあったと思うのですが
今にして思えば家族写真ではなく、皇室の方々の御写真だったかもしれませんね。
床の間に「天照大御神」と書かれた掛け軸が掛けられてあったことも思い出します。
なので天照大御神は子どものころからなじみのある神さまなんですよねー。

写真帳を開くと

     

二重橋の写真。

     

そして旗の写真。
左側が天皇旗。右側が皇后旗。
当時の天皇陛下は昭和天皇です。

     

そして昭和天皇と皇后さまの御写真。

     

こちらの御写真が平成天皇の皇太子時代の御写真ですね。左側です。
右側が義宮殿下と書かれてあるので常陸宮殿下のようです。

昔の東京の写真もありました。

     

左側が東京駅。右側が日比谷公園。

     

こちらは上野駅。右側が上野駅で左側が西郷さん。

     

左側が新宿街で右側が不忍池。
写真がセピア色でレトロですね。建物も時代を感じます。

一冊は皇室関係の写真帳。もう一冊は軍隊の写真帳。
これはちゃんと写真に撮っていたってことですよね。
カメラマンがついていってたのかな?

     

このラッパを吹いているシルエットの写真ってなんだかひかれます。

     

軍隊の写真帳はこの写真↑がいちばん最初のページにありました。

          

かなりな数の写真があります。
訓練中の写真?
最初のほうにはおそらく祖父が書いたのであろう、走り書き?覚え書き?があります。
カタカナ混じり文なので
ちょっと読みづらい。
余興で角力もあった、とかも書かれてありました。
(そういえば祖父は筆まめだったな。
うちにきてからは
日記を毎日毎日書いてました。)
祖父は天皇陛下のお側を護衛していた、とのことだったので
おそらく近衛兵だったのでしょう。

昭和は激動の時代。戦争の時代。
天皇が現人神だった時代。
平成天皇は皇太子だったとき、神の子だと言われていた時代。
親である天皇皇后とは切り離されて生活していたそうです。

平成は平和な時代であったと思います。
これは天皇陛下をはじめとして多くの人々の強い想い、祈りがあったからなのだと思います。

天災は人の手ではどうすることもできません。
災害は人々にどうしようもなくつらい試練を与えますが
それと同時に深い愛情や絆も知ることができます。
そして平和は人の手で作ることができるのです。
祈りは人々の強い想いを作り、
人々の強い想いは力となる。


きたるべき令和も平和でおだやかな時代でありますように。
令和の令は0にもなりますね。
和は輪。〇。
0と〇をくっつければ∞。(←あいかわらず強引)
無限なる平和を祈ってやみません。
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