行雲流水

仏教をテーマとした記事を掲載しています。

澤木興道老師が語る

2011年07月15日 | 禅の心
○美味いいものをよって食って、ついに美味いものがなくなるというのは非常に悲惨な人生である。楽をよってしまったら、もう楽のしようがなくなってしまう。幸福ということは、自分が貧乏に生まれ自分が難儀をしたからである。そうすると実際は難儀が難儀でなし、楽が楽でなし、その何にもない処でヤッサモッサ大騒動してのたうち回っているのが、この凡夫というものである。さあ好きなものを追っかけるか、嫌いなものから逃げるのか・・・そこにジーッとしているのが、一番幸福である。

【言葉を味わう】
あまりにも快適な空間にいると、普通の世界がとても味気ないものに思えてしまうものです。美味しいものばかり食べていると、普通のものがまずく思えてしまうものです。
しかし、上り坂を苦し紛れに走っていると、平坦な道が楽に思えるように、
人生、苦しいところに身を置いていると、人生というのは、結構楽しいものだと思えてくるものなのかもしれません。
贅沢な生活が空しさを呼ぶのです。

【澤木興道老師】
明治13年(1880年)三重県津市に生まれる。
明治30年(1897年)永平寺に入り、出家。
昭和10年(1935年)総持寺後堂・駒澤大学教授
昭和40年(1965年)遷化

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