行雲流水

仏教をテーマとした記事を掲載しています。

山田無文老師が道徳を語る

2012年01月03日 | 禅の心
山田無文

○せんだって幼稚園の先生方の研修会があって頼まれて出席したのですが、そのときの研究のテーマが「道徳の芽生え」ということでした。これでなくてはいけません。

○道徳は自然に芽生えるものです。

○芽が生えてくるのは、その種があるからです。

○子どもの心の中にすでに道徳の種があるから芽が出てくる。

○その芽生えを伸ばしていくことが教育というものでなくてはなりません。

○子どもたちが自然に発したことばを刷って配られましたが、その中に、ある子どもが昼間とんぼをとってきて日暮れになったら、「とんぼのママさんが待っているから、おうちへ帰してやりましょう」と言ってそのとんぼを逃がした、というのです。

○そういうあたたかい思いやりが子どもの心の中に自然に備わっているのです。

○またある子は、友達がバッタの羽をむしっているのを見て、「痛いからやめてちょうだい」と言ったという。その子はバッタの羽を取られるのが、自分の手をもがれるほど痛く感じたのでしょう。

○捨て猫を見つけて、かわいそうだからどうしても拾って帰ると子どもがせがむのに、お母さんはそれを拾わせなかった、というのがあります。この場合、子どもと大人とどちらが本当でしょう。どうかすると、子どもの道徳の芽生えを、親が摘んでいはしないでしょうか。

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