ある宇和島市議会議員のトレーニング

阪神大震災支援で動きの悪い体に気づいてトレーニングを始め、いつのまにかトライアスリートになってしまった私。

【カフェインのLD50】難波先生より

2016-01-04 15:44:18 | 難波紘二先生
【カフェインのLD50】
 コーヒー中毒で青年が死亡したと、例によってバカメディアが騒いでいる。
http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=128585
昨年の夏、私は1日10杯のコーヒーを飲んで何ともなかった。ネスカフェの紙筒容器をパックで贈ってくれるN先生が「週に1筒、110グラムを飲むのではないか?」とあきれたくらいだ。
 炭素原子が連なって5角形(5員環)ないし6角形(6員環)をなし、その一部の炭素が窒素原子に置換されたものを「アルカロイド」という。アルカロイドには植物性と動物性とがある。植物由来のアルカロイドとして有名なものに、ケシのモルヒネ、タバコのニコチン、茶葉、コーヒー豆やカカオ豆に含まれるカフェインがある。これらのアルカロイドは、作用機序は異なるが、すべて中枢神経と末梢神経に作用する特性をもつ1)。
 夾竹桃科ヴィンカ属が含むアルカロイドは「ヴィンカ・アルカロイド」と呼ばれ、細胞質内の微小管の重合を阻止するので、細胞毒であり、ビンクリスチン、ビンブラスチンという一般名で「抗がん剤」に利用されている10)。医薬品名で冒頭にビン(Vin-)がつくのは、たいていヴィンカ由来である。
 乾燥重量あたりのカフェイン含量がもっとも高いのは茶葉で、コーヒー豆の2倍のカフェインを含む。飲用にあたっては、浸出液をつくって「お茶」あるいは「紅茶」として経口摂取する。一杯のお茶に含まれるカフェイン濃度は、コーヒーのそれの半分だが、製品化された茶葉の種類と入れ方によっては、コーヒー以上のカフェインが含まれることがある。
「太平の眠りを覚ます上喜撰 たった四杯で夜も眠れず」。幕末、黒船襲来時に詠まれたこの狂歌は、カフェイン含量の高い「上喜撰」と4隻の蒸気船をかけたものだ。

 カフェインの中枢神経作用は神経細胞の膜表面にある「アデノシン受容体」をブロックすることにより生じる1)。アデノシンは糖の一種で、神経細胞の自発的発火を抑え、鎮静作用がある。このため一杯のコーヒーが眠気を覚ますこと、「上喜撰」と同様である。他方、末梢ではたとえば心臓のペースメーカーを構成する神経細胞のアデノシン受容体をブロックすることにより、心拍の亢進や血圧上昇が生じる。茶葉にはカフェインの誘導体であるテオフィリンも含まれている。テオフィリンは強心剤として医用に利用される。栄西の「喫茶養生記」はもっぱら茶の強心保健作用を推奨している2)。これはカフェインの薬効でもある。アルカロイドとしてのカフェインとその誘導体テオフィリン、さらにその誘導体テオブロミンの関係を以下に示す。
(文献1より)
 テオブロミンはココア果実の主要なアルカロイドだ。属名「テオブロマ(Theobroma)」は「神の食べ物」の意で、Bromiusはギリシア神話のバッカスのラテン名である。命名者リンネはアムステルダムに「チョコレート・ハウス」が誕生した頃にココアを「テオ(神)+ブロマ(色情神バッカス)」と命名した。媚薬効果があると信じていたようだ5)。今ならバイアグラがある。
 「バレンタインデー」なるものがある。女が好きな男にチョコレートを贈る風習は、オランダか英国のチョコレート製造業者が、学名にちなんで作り出したようだ。

 岡倉天心「茶の本」は「茶は薬用として始まり後飲料となる」と書き出している3)。江戸期、庶民の飲料として広まるにともない、ユーモアや洒落を解しない人物を「茶気がない」と評するに至った。(「チャキチャキの江戸っ子」のちゃきは「純粋」の意味で語源が違う。)
 「懐かしき冬の朝かな 湯を飲めば 湯気やわらかに顔にかかれり」
 湯飲み茶碗に入れる一匙の煎茶もない渋民村の啄木は、まさに茶気のない極貧の生活を送った。
 中国に始まる飲茶の風習が、茶葉製造の3段階、唐の「煎茶」、宋の「抹茶(ひきちゃ)」、明の「淹茶(だしちゃ)」と進化したこと、抽出した茶の色が異なるために茶の色にあう茶器が開発利用されたことを岡倉天心は指摘している。磁器(China)は中国起源である。
 茶道は禅宗の儀式が進化して生まれた。禅は道教の要素に仏教が加味されて生まれた3)。「道」はTao即ち「天の路」である。道教でも禅宗でも眠気をさり、瞑想を助ける飲料としてカフェインの作用を利用し、飲茶を重んじた。世界最初の茶道書は南宋の陸羽「茶経」である4)。
 唐音のサは呉音のチャとなる。英国には1610年に初めて輸入された。積み出し港が中国広東であり、南方系の「テ」が英語に入りティー(Tea)となった。米語ではグリーン・ティーに対してブラック・ティーと呼ぶ。これを緑茶と紅茶と呼ぶのは日本の風習である。
 17世紀ロンドンでは茶はまず医薬品として利用された。17世紀後半まで茶は贅沢品で、王侯貴族・富裕な商人の飲み物であり、庶民は1杯が茶の1/5の値段で飲めるコーヒーを飲んだ。英国最初のコーヒー・ハウス(喫茶店)はオックスフォード大のある町に出現した4)。
 「ボストン茶会事件」はアメリカ独立のきっかけとなった。だからアメリカ人はコーヒーを飲み、紅茶を飲まない5)。
 インスタント・コーヒーは19世紀の終りに最初に作られたが、フリーズドライ法による現在のコーヒーパウダーは、1960年代に開発された6)。日本に普及して手間暇かかるドリップ・コーヒーを駆逐し、喫茶店文化をほぼ壊滅させたのが、1990年代であろう。
 筆者はここ20年間、ネスカフェ・ゴールドブレンドを愛飲している。

 ネスカフェ・ゴールドブレンドの瓶詰めラベルには、内容150グラム(コーヒー75杯分)と書いてある。詰め替え用の紙筒には「110グラム、55杯分」と書かれている。
 まあ、一日にコーヒーを10杯も飲む人はあまりいないだろうが、筆者の体験ではこの程度で心気亢進を起こしたり、死んだりすることはない。
 商品のインスタント・コーヒーにはカフェインの濃度が書いてない。(これは絶対に表示すべきだと思う。)で、カフェインのLD50(摂取した個体の半数が死亡する濃度)は「メルク・マニュアル」によれば、mg/Kg単位で、マウス127, ラット355, ウサギ246である7)。

 ヒトについては英語WIKIに<The LD50 of caffeine in humans is dependent on individual sensitivity, but is estimated to be 150 to 200 milligrams per kilogram of body mass (75–100 cups of coffee for a 70 kilogram adult).[102]>とある。
 推定で150〜200mg/Kgというから、マウスより少しだけ許容量が多い。体重70Kgの成人が75〜100杯のコーヒーを(一度に)飲む量だというから、実質害がないということだろう。
 同じ項の「薬物動態学」の記載を読むと、
<In healthy adults, caffeine's half-life is between 3–7 hours.[6] Nicotine decreases the half-life by 30–50%,[68] while oral contraceptives can double it[68] and pregnancy can raise it to as much as 15 hours during the last trimester.[68]>
 とある。血中カフェイン濃度の半減期(ピークは摂取後2時間)は3〜7時間で、ニコチンはこれを30〜50%短縮するとある。道理で私はいくらコーヒーを飲んでも平気なわけだ。

 ちなみに青酸カリのLD50はマウスで10mg/Kgである。鎮痛解熱剤として有名なアスピリンのLD50は1000mg/Kgである。つまり1錠1グラムのアスピリン錠を100錠飲めばたいていの人は死ぬ。(実際には500mg錠で、大人が20錠飲んでも安全なように設計してある。)
 カフェイン錠は「要処方薬」に入っていないから、薬局で誰でも自由に買える。眠気覚ましに受験生などが利用することも多い8)。私はすでに50年以上前に、高校の期末試験の「一夜漬け勉強」で利用していた。
 カフェインは薬として分類されておらず、「サプリ」になっている8)。アマゾンでは200mg錠100粒入りのボトルを3個セットで、3000円で通販している。1錠が10円で、タバコ1本より安い。(タバコは1本、約20円。その70%が税金。その多くが売り上げ地の自治体収入になる。「タバコ天国」を作った自治体は絶対に儲かる。)
 カフェイン1錠はコーヒー1杯よりも効くはずだ。ドトゥールのコーヒーでも1杯350円する。貧乏な青年がカフェイン錠を求めるのは理解できるだろう。
 上記のようにカフェインのLD50を見ると、市販の1錠はすでに/KgのLD50量に近い。よってこれを10錠のみ、さらにコーヒーを10杯飲めば、急性薬物中毒死しても何ら不思議はない。
 コーヒーが悪いのでもカフェィン錠が悪いのでもない。ユーザーの無知が悪い。
 新入生の歓迎コンパで急性アル中死したら酒が悪いといえるか。火事が起こったらマッチが悪いといえるか。拳銃による射殺事件が起こったら銃が悪いといえるか。
 騒ぐ前に、メディアは「メルク・マニュアル」くらいは、ちゃんと読んでもらいたいものだ。
職業上の必要性の前に、家庭の必需品として、「薬局で買える薬」8)、「医者からもらった薬」がわかる本」9)くらいは常備しておくのが「社会人としての常識」だと思う。
〔参考文献〕
1) P. ルクーター & J. バーレサン「スパイス, 爆薬, 医薬品:世界史を変えた17の科学物質」,中央公論新社, 2011/11
2) 栄西「喫茶養生記」,講談社学術文庫,2000/9
3) 岡倉覚三「茶の本(The Book of Tea)」,岩波文庫
4) トム・スタンデージ「世界を変えた6つの飲み物」,インターシフト, 2007/3
5) ビル・ローズ「図説・世界史を変えた50の植物」,原書房, 2012/10
6) WIKI「インスタント・コーヒー」,
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%83%88%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%92%E3%83%BC
7) The Merck Index (11th ed.), Merck, 1989
8) 佐川賢一「薬局で買える薬がよくわかる本」、法研
9) 木村茂 & 医薬制度研究会「医者からもらった薬がわかる本」、法研
No.8, 9は家庭に常備しておくべき本だ。値段も高くない。
10)「岩波生物学辞典(第5版)」(2013, p.1177)
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