【団まりな】
馬屋原先生に薦められて、「団まりな」の本を2冊取り寄せて目を通した。
『性と進化の秘密』(角川文庫, 2010)
『細胞の意思:自発性の源を見つめる』(NHKブックス, 2008)
すでに故人だ。1940年生まれなのに…。
<団まりなさん だん・まりな、本名・惣川まりな=そうかわ・まりな=元大阪市立大教授)2014年3月13日没 享年74、13日死去。告別式は16日に行われた。喪主は夫、徹氏。 専門は発生生物学。「細胞の意思」などの著書で知られる>とネットにあり、以下に義兄の追悼文が掲載されている。どうも交通事故だったようだ。
http://blog.goo.ne.jp/mizutukuri-osamu/e/88a08a285eab66a1440158e05988eb93
ここに取り上げられている『性のお話をしましょう』(哲学書房, 2005)の文庫化されたものが『性と進化の秘密』だ。
私が松果体に興味をもったのは、
桑原万寿太郎『動物の体内時計』(岩波新書, 1966)
GG.ルース『ボディ・タイム』(思索社, 1972)
の影響が大きいが、ルースの訳者が「団まりな」だった。だから名前はよく知っている。
ところがWIKIの記載と
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%A3%E3%81%BE%E3%82%8A%E3%81%AA
上記ルース本の訳者経歴を見ると「本姓:惣川」とある。STAP細胞事件で、「積極的に検証を」という声明を出した分子生物学会(現)理事長大隅典子教授の「仙台通信」にもコメントがあった。
http://nosumi.exblog.jp/m2011-04-01/
角川文庫には「あとがき」が短い自伝になっていて、「団」と「惣川」の関係がやっとわかった。旧姓が団で、この団家は黒田官兵衛を始祖とする福岡黒田藩の藩士、団琢磨が実質的な創始者で、明治4(1871)年「岩倉遣欧使節団」に同行してわずか13歳でアメリカに留学、MITを卒業、帰国後、東大助教授などを歴て、三井財閥の理事長、男爵になっている。1932(昭和7)/3三井本館前で「結盟団」のテロにより射殺された。琢磨には6人の子どもがあったが、次男団勝磨は実業界を嫌い、東大理学部に進み動物学者の道を選び、米国留学してジーンという、女性の発生生物学の研究者と知り合い、結婚した。彼女が「まりな」の母の「団ジーン」。まりなは、WIKIによると、京大大学院での学位論文は「惣川」名で書いているそうだから、父親が生物学の教授をしていた東京都立大学理学部を卒業後、京大理学系大学院に進み、そこで惣川徹と学生結婚したのであろう。その後はまた旧姓を著作名に用いたわけだ。
琢磨の孫(まりなの従兄)に、音楽家で愛煙随筆「パイプの煙」シリーズで知られる団伊玖磨がいる。柳澤桂子、中村桂子に比べると、女性の生物学者としては、やや知名度が低かったように思われるのは、私の不勉強のせいだろうか…。
今回、上記ルースの本の「訳者あとがき」を読んでいて、団まりながすでに今日の「STAP細胞事件」を予言するようなことを書いているのを見つけた。「研究費というものが…本来的な意味を失い、研究者の能力の象徴に変質している。…このため研究者は、もっぱら研究費を少しでも多く獲得することに駆りたてられている。」「研究評価に関しても、質的側面は軽視され、量的側面、つまり論文数が前面に押し出されてくる。…いったんそうなると、密度の高い読書を相当量必要とし、…実験を重ねて初めてものがいえるような仕事は、論文数を増やすにはまったく不経済きわまる、ということになる。」
このあとがきには1972/11の日付があり、「大阪市立大学理学部助手」と略歴にある。この頃すでに「研究者の研究費獲得のための、過当競争による論文の本数主義の台頭とその弊害」を指摘しているのは慧眼だった。
私は若い頃は病院病理医だった。目の前の患者さんの病気を診断するのが仕事だったから、研究費すべて病院から出た。こうして「弾性繊維が食べられる病気」=アクチン肉芽腫の日本での第2例目を発見し、電子顕微鏡や組織化学で調べた世界最初の報告をしたし、「先天性重症複合免疫不全症(C-SCID)」の小児で、T/NK細胞の増多を伴う例の病理解剖報告を、日本で初めて行った。大腿骨骨折後およそ30年して起こる、前脛骨筋の「筋壊死性石灰化症」も世界で4例目、日本で最初の例を見つけた。(『よみがえるカルテ』,溪水社, 1983)。
「病気は自然の実験である」という考え方は、そこから自然に生まれた。こういう研究には大して金はかからない。だから研究費獲得にあくせくした記憶がない。その分、研究費獲得のための競争のせつなさがわからない。
団まりなは大阪市立大学で教授になり、40年間、発生生物学の教育と研究に従事したあと、「数年前に早めに大阪市立大学をリタイアされて、館山で畑仕事をしながら悠々自適の生活と伺っていた」(上記、大隅「仙台通信」)。『細胞の意思』のあとがきに、「本書が出来上がれば、もう田植えや稲刈りを(編集者に)手伝ってもらえないかもしれない」とあり、晴耕雨読、昼動夜筆の生活だったことがわかる。
角川文庫本の『性と進化の秘密』は180頁足らずで、とても読みやすい。
彼女の学問的思想の中核には「生物の階層性」という考え方がある。40億年前に誕生した原始的生命体から、染色体も核もなく環状のDNAをもつ「原核細胞」の細菌が生まれた。原核細胞から1セットの染色体を持つ真核細胞が生まれ、ここでオスとメスが生まれて2倍体の有性生殖細胞が出現した仕組みを上手く説明している。
「有性生殖の本質は、遺伝子の組み換えにあるのではなく、細胞分裂の限界を克服するために<減数分裂―細胞合体>というプロセス(2N生物が一旦1N生物に戻る)にある」という指摘は興味深い。細胞の合体、融合という現象は正常の体細胞でも認められ、最近では、がん幹細胞の出現にも関与しているといわれている。1N細胞(ハプロイド細胞)が生物の本来の姿であるとすると、それは卵子と精子であり、合体しては受精卵を作り、次の世代に受け継がれて行くことになり、「胚の道」が存在し、個体は遺伝子の乗り物にすぎないとする「利己的遺伝子」説が成立することになる。この説では「個体」は仮の姿で、「夢まぼろし」だということになり、キリスト教の考え方よりも仏教の考え方に近づいてくる。ドーキンスの「利己的遺伝子」説が、20世紀最大の思想的衝撃を与えた、といわれるのも肯ける。
1938年生まれの生物学者柳澤桂子が、「色即是空」を説く般若心経の世界に魅せられたのも、わかるような気がする。「生物の階層性」を思想としてより深化させ、一般にもなじみやすくなせるためにも、もう少し長生きしてほしかったと思う。
馬屋原先生に薦められて、「団まりな」の本を2冊取り寄せて目を通した。
『性と進化の秘密』(角川文庫, 2010)
『細胞の意思:自発性の源を見つめる』(NHKブックス, 2008)
すでに故人だ。1940年生まれなのに…。
<団まりなさん だん・まりな、本名・惣川まりな=そうかわ・まりな=元大阪市立大教授)2014年3月13日没 享年74、13日死去。告別式は16日に行われた。喪主は夫、徹氏。 専門は発生生物学。「細胞の意思」などの著書で知られる>とネットにあり、以下に義兄の追悼文が掲載されている。どうも交通事故だったようだ。
http://blog.goo.ne.jp/mizutukuri-osamu/e/88a08a285eab66a1440158e05988eb93
ここに取り上げられている『性のお話をしましょう』(哲学書房, 2005)の文庫化されたものが『性と進化の秘密』だ。
私が松果体に興味をもったのは、
桑原万寿太郎『動物の体内時計』(岩波新書, 1966)
GG.ルース『ボディ・タイム』(思索社, 1972)
の影響が大きいが、ルースの訳者が「団まりな」だった。だから名前はよく知っている。
ところがWIKIの記載と
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%A3%E3%81%BE%E3%82%8A%E3%81%AA
上記ルース本の訳者経歴を見ると「本姓:惣川」とある。STAP細胞事件で、「積極的に検証を」という声明を出した分子生物学会(現)理事長大隅典子教授の「仙台通信」にもコメントがあった。
http://nosumi.exblog.jp/m2011-04-01/
角川文庫には「あとがき」が短い自伝になっていて、「団」と「惣川」の関係がやっとわかった。旧姓が団で、この団家は黒田官兵衛を始祖とする福岡黒田藩の藩士、団琢磨が実質的な創始者で、明治4(1871)年「岩倉遣欧使節団」に同行してわずか13歳でアメリカに留学、MITを卒業、帰国後、東大助教授などを歴て、三井財閥の理事長、男爵になっている。1932(昭和7)/3三井本館前で「結盟団」のテロにより射殺された。琢磨には6人の子どもがあったが、次男団勝磨は実業界を嫌い、東大理学部に進み動物学者の道を選び、米国留学してジーンという、女性の発生生物学の研究者と知り合い、結婚した。彼女が「まりな」の母の「団ジーン」。まりなは、WIKIによると、京大大学院での学位論文は「惣川」名で書いているそうだから、父親が生物学の教授をしていた東京都立大学理学部を卒業後、京大理学系大学院に進み、そこで惣川徹と学生結婚したのであろう。その後はまた旧姓を著作名に用いたわけだ。
琢磨の孫(まりなの従兄)に、音楽家で愛煙随筆「パイプの煙」シリーズで知られる団伊玖磨がいる。柳澤桂子、中村桂子に比べると、女性の生物学者としては、やや知名度が低かったように思われるのは、私の不勉強のせいだろうか…。
今回、上記ルースの本の「訳者あとがき」を読んでいて、団まりながすでに今日の「STAP細胞事件」を予言するようなことを書いているのを見つけた。「研究費というものが…本来的な意味を失い、研究者の能力の象徴に変質している。…このため研究者は、もっぱら研究費を少しでも多く獲得することに駆りたてられている。」「研究評価に関しても、質的側面は軽視され、量的側面、つまり論文数が前面に押し出されてくる。…いったんそうなると、密度の高い読書を相当量必要とし、…実験を重ねて初めてものがいえるような仕事は、論文数を増やすにはまったく不経済きわまる、ということになる。」
このあとがきには1972/11の日付があり、「大阪市立大学理学部助手」と略歴にある。この頃すでに「研究者の研究費獲得のための、過当競争による論文の本数主義の台頭とその弊害」を指摘しているのは慧眼だった。
私は若い頃は病院病理医だった。目の前の患者さんの病気を診断するのが仕事だったから、研究費すべて病院から出た。こうして「弾性繊維が食べられる病気」=アクチン肉芽腫の日本での第2例目を発見し、電子顕微鏡や組織化学で調べた世界最初の報告をしたし、「先天性重症複合免疫不全症(C-SCID)」の小児で、T/NK細胞の増多を伴う例の病理解剖報告を、日本で初めて行った。大腿骨骨折後およそ30年して起こる、前脛骨筋の「筋壊死性石灰化症」も世界で4例目、日本で最初の例を見つけた。(『よみがえるカルテ』,溪水社, 1983)。
「病気は自然の実験である」という考え方は、そこから自然に生まれた。こういう研究には大して金はかからない。だから研究費獲得にあくせくした記憶がない。その分、研究費獲得のための競争のせつなさがわからない。
団まりなは大阪市立大学で教授になり、40年間、発生生物学の教育と研究に従事したあと、「数年前に早めに大阪市立大学をリタイアされて、館山で畑仕事をしながら悠々自適の生活と伺っていた」(上記、大隅「仙台通信」)。『細胞の意思』のあとがきに、「本書が出来上がれば、もう田植えや稲刈りを(編集者に)手伝ってもらえないかもしれない」とあり、晴耕雨読、昼動夜筆の生活だったことがわかる。
角川文庫本の『性と進化の秘密』は180頁足らずで、とても読みやすい。
彼女の学問的思想の中核には「生物の階層性」という考え方がある。40億年前に誕生した原始的生命体から、染色体も核もなく環状のDNAをもつ「原核細胞」の細菌が生まれた。原核細胞から1セットの染色体を持つ真核細胞が生まれ、ここでオスとメスが生まれて2倍体の有性生殖細胞が出現した仕組みを上手く説明している。
「有性生殖の本質は、遺伝子の組み換えにあるのではなく、細胞分裂の限界を克服するために<減数分裂―細胞合体>というプロセス(2N生物が一旦1N生物に戻る)にある」という指摘は興味深い。細胞の合体、融合という現象は正常の体細胞でも認められ、最近では、がん幹細胞の出現にも関与しているといわれている。1N細胞(ハプロイド細胞)が生物の本来の姿であるとすると、それは卵子と精子であり、合体しては受精卵を作り、次の世代に受け継がれて行くことになり、「胚の道」が存在し、個体は遺伝子の乗り物にすぎないとする「利己的遺伝子」説が成立することになる。この説では「個体」は仮の姿で、「夢まぼろし」だということになり、キリスト教の考え方よりも仏教の考え方に近づいてくる。ドーキンスの「利己的遺伝子」説が、20世紀最大の思想的衝撃を与えた、といわれるのも肯ける。
1938年生まれの生物学者柳澤桂子が、「色即是空」を説く般若心経の世界に魅せられたのも、わかるような気がする。「生物の階層性」を思想としてより深化させ、一般にもなじみやすくなせるためにも、もう少し長生きしてほしかったと思う。
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