ある宇和島市議会議員のトレーニング

阪神大震災支援で動きの悪い体に気づいてトレーニングを始め、いつのまにかトライアスリートになってしまった私。

【新聞書評】難波先生より

2013-04-17 12:46:04 | 難波紘二先生
【新聞書評】日曜日の朝、慌ただしく出かけたので新聞は「産経」だけを持って行った。昨日は休刊日だったので、つい新聞を読まなかった。
 今朝読むと、以下の本が目に付いた。
 近藤誠:「医者に殺されない47の心得」の書評が載っており、広島番付で4位に入っている。
 東京番付では小谷野敦「日本人のための世界史入門」(新潮新書)が7位に入っている。
 ジャレド・ダイアモンドら「知の逆転」(NHK出版)が10位だ。


 近藤誠の本は共同通信配信の書評が載っている。近藤さんは来年3月の定年で「医業を止める」と言っているから、こういうどぎついタイトルがつけられる。でも自分も「医者」だから、ラッセル集合理論のパラドックスからいうと、「近藤医師にも殺されないために」と私などは読んでしまう。
 まあ、私も昔、図書館で医師免許証をコピーしていたら、ゼロックスの女子社員に「殺人免許ですね」と言われたことがあるから、世間は「医者は合法的人殺し」だと思っているのだ、と割り切っている。
 評者は「これまで異常が見つかったら即、治療と思っていた」と反省しているが、「異常」は個性の基盤である。
 大量生産の規格品のように、異常を排除して行ったらのっぺらぼうのロボットみたいな人間だけになってしまう。まあ、今のスーパーのレジやファミレスの従業員に多いが。
 精神病で病識がない場合を除き、本人に苦痛や不都合がない場合は、異常があっても「病気」とはいえない。モリエールの『気で病む男』でも読んでもらいたいものだ。


 「医者を選ぶのも寿命のうち」
 「病気は自然の実験である」
 私はそう思っている。


 まあ、このメルマガで一足先に取りあげた本が、新聞の書評欄で取りあげられたり、ベストセラー・トップ10に入っていたりすると、正直楽しい。


 岩波から高草木(こうそぎ?)光一編「思想としての<医学概論>」という本が出たようだ。短評を読むと、著者に最首(さいしゅ)悟が入っている。東大紛争の時に東大理学部生物学の助手だった人物だ。編者も慶応大経済学部教授で医者ではない。他の執筆者2名も医者ではないらしい。
 「まともな医学概論を持てなかった近代医学を厳しく批判」とあるが、医学概論と医学倫理哲学が混同されているようだ。


 医学概論は、阪大医学部にいた澤潟久敬(おもだか・ひさゆき:哲学者)の「医学概論」、その後を継いだ中川米造(医師)の「医学の弁明」、高橋晄正「現代医学概論」、川喜田愛郎「医学概論」などいろいろある。澤潟久敬氏を除き、後はみな医師だ。


 岩波の本は注文したが、私が高橋晄正先生にお会いしたのは1968年7月7日、当時やっていたサークル「医学方法論研究会」で学内講演にお招きしたときだ、当時50歳で学問的業績は多々あったが、「できすぎる」ゆえに、東大物療内科の万年講師だった。「現代医学概論」は1967/12月に東大出版会から出ており、私は3月に買って読んだ。内容的にも、いまでも決して古くない。
 その後、「保健薬を診断する」という新書中での「グロンサン」に対する厳しい学問的批判がたたり、近藤誠同様に、定年まで講師のままだった。(近藤さんも「文藝春秋」に癌治療批判論文を発表するとき、教授から「第二の高橋晄正になるぞ」と警告されている。)


 最首さんには東大全共闘が封鎖した安田講堂の中で会った。その夜だったと思うが、新宿の恋文横丁で一緒に飲んだ記憶がある。安保闘争で死んだ樺美智子さんと、筑豊炭田の労働者争議の支援に行って、持病の喘息をこじらせて死んだ東大生の友人のことをしきりに話していた。
 東大闘争が敗北に終わり、大学をやめて山本義隆と同様に予備校の講師になった。山本は後に「磁力と重力の発見」という素晴らしい本を書いて健在ぶりをアピールしたが、最首さんの仕事には目立つものがないのが残念だ。


 週刊医学雑誌「ランセット」を1823年に創刊し、当時ロンドンに横行していた医学界のネポチズム人事を厳しく批判したトマス・ウェイクリー(Thoma Wakley)は医師で、後に下院議員となり雑誌の刊行と共に医療行政の改善に努めた。当時のランセットは風刺画家で山藤章二よりもっと辛辣な絵を描くロバート・クルィクシャンク(Robert Cruickshank)を挿絵画家に起用したので、かなり反響があった。


 日本でこれに相当する人物は東大医学部を出て、「日本医事新報」を発刊すると共に大著『日本医学史綱要』、『日本疾病史』を著した富士川游だろう。彼らは医学を理解し、体験し、医者の世界からひろく情報を集めることができたから、雑誌を出すことができた。ある医学出版社の社長から聞いた話だが、「雑誌単体で儲からなくてもよい。雑誌に書いてもらうことで執筆者の発掘ができ、人脈も広がる」というのが雑誌を出す目的だそうだ。内容は理解できなくても、文章が書ける人かどうかはプロならわかるだろう。


 そういう医学畑とは無縁な人々(AMAZONの案内をみるとそう思える)が、どういう「医学概論」を展開するか楽しみだ。


 と、書いたらもう4/17の朝、この本が届いた。事項索引はないが、人名索引は生年・没年入りのものが充実していて万波誠まで載っている。索引に目を通して、歴史上の著名人を赤、現存者をグリーンにマークして、「思想・著作」をチェックしたら本書の性格が明らかになった。これは「全共闘世代」の挽歌みたいな本だ。


 最首悟が医学・医療問題に関与するきっかけというか、批判的視点はなんと私が新宿の飲み屋でしゃべった話が出発点にあるとわかった。あの晩、私はマルクスの「疎外された労働論」に基づき、「単純な機械的労働をする労働者には、肉体的精神的ひずみが蓄積するから、リクリエーションが必要となる。しかし生産過程で使いものにならない病気の労働者も生まれてくる。今の医療はこれを修理して、再び生産過程に戻す社会的機能を果たしている。病人を生み出さない、あるいは疎外された労働を廃止するような医学・医療が必要だ」という思想を語った。


 最首悟は、商学年生の時、父親が結核で肺葉切除術を受け、膿胸を合併して亡くなったという体験があった。また自分も気管支喘息、父から感染した結核で苦しんだ。
 p.318-19の編者高草木光一(たかくさぎ・こういち)の座談会での冒頭発言を見ると、あの晩わたしが最首に話した内容を、彼が「朝日ジャーナル」1969/1/19号に書いており、その文章が東大物療内科講師だった高橋晄正に衝撃を与え、青医連(生年医師連合)に味方する契機となった、とある。


 1956年生まれの高草木が1936年生まれの最首に「あの時の問題提起を<若き生物学者>として、どのように総括するか?」と迫っているが、これは酷だろう。最首は「医学進学予備校」の講師として身を立て、また結婚後生まれた三女が重症のダウン症だったこともあって、医療への関心は深かったが、それは「医療の享受者」としてのものであり、担い手の立場からのものではない。


 高橋晄正先生は、非常に誠実な人だった。1968年に広島に来られたとき、彼の『現代医学概論』(1967)にサインをお願いしたら、こう書いてくれた。
 「1968年7月7日、原爆の跡のすさまじさに、改めて身のひきしまる思いをしました。
 この町で医学の科学性と倫理性について考え、話し、討論する機会を得たことは、よい想い出となりました。機会あるごとに、討論を展開して参りたいと思っております。」


 私は「朝日ジャーナル」に載った最首の一文は読んでいないが、内容は私がしゃべったことであり、その文章に高橋先生が衝撃を受けたというのは良く理解できる。私が最首に会ったのは1969年1月の冬休みのことだ。その直後に彼は「朝日ジャーナル」の原稿を書いている。(別に優先権を主張しているのではないので、念のため)
 
 まあ、最首悟が健在と分かってうれしい。しかしこの本全体の執筆者は佐藤純一(1948生:東北大医卒、元高知医大教授)、山口研一郎(1949生: 長崎大医卒、神経内科医)と2名は医師であった。全体としては団塊の世代、全共闘世代に属する。


 60年安保を指導したのは、東大共産党細胞から独立したブントで、この世代は「反帝反スターリン主義」を唱えたが、マルクスはちゃんと勉強していた。全共闘運動は団塊の世代が起こしたもので、大学のマス化とからんでいた。この世代には資本論を読みとおしたのは少ないだろう。青医連運動は基本的には左翼思想と関係がない。あれは医局の民主化と研修医の待遇改善を求める運動であり、ブント書記長だった島成郎は後に精神科医になったが、青医連運動には関与していない。


 高草木の発言を見ると、マルクス主義の本道の思想ではなく、「フランクフルト学派」の影響がかなりあるように思う。これは戦後アメリカにわたり「文化相対主義」を生み出した思想だ。文化相対主義は「偽装せるマルクス主義」なのだが、現象論的には「反差別」、「弱者の権利擁護」、「少数民族の権利」、「脱構築」、「構造主義」、「構造改革主義」などとして表れてくるので、不勉強な学者はコロッと騙されてしまうのである。
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