盗人宿

いまは、わかる方だけ、おいでいただければ。

相手をみてからものをいえ

2013-03-05 08:35:10 | にゃんころ

たまに、こっち方面も、やっておきましょう。

十数年前、日本に「SMブーム」というものが、訪れました。
メディアにやたらと「SM」が取り上げられ、テレビでは「アイマスク+レザーのレオタード+黒の網タイツ+手に赤い蝋燭とナインテール」という、まあ頭抱える以外にどうすりゃいいんだよという「女王様」が上から目線でものをいう番組が、連日のように垂れ流されました。
ちょうど「ブログ」というものが世間に普及した時期と重なります。
すると必然、「M女の何々ブログ」「何々の部屋」とかいうものが、見事なまでに垂れ流されたわけでございます。

もともとサディズム・マゾヒズムは何千年も、もしかするとそれ以前にもあったであろう、人間の根源です。
ブームになろうがなるまいが、本当にそれを自覚や理解している人にとっては、ごく当たり前のことです。

十代でそれを自覚した私にとって、あのSMブームとかいうものは「勝手に始まって勝手に終わった」だけのものです。
いやー、おもしろかったですよ。
M女を自覚していたらしい誰かさんのブログがもう痛くてしかたがなかったり、「僕に何々されたい子はメールを」と、それで女が釣れると本気で思っているらしい馬鹿男のブログが乱立したり、「雌豚のみ入室可」とかいうチャットルームがあったり。
笑う以外、何すりゃいいんだよ。

昔、フランス人の女の子を飼っていたことがあって、私のフランス語は細かいニュアンスまでは難しいレベルですから、英語で意思伝達をしていました。
向こうのSMの概念は、日本とは少し違っているそうです。
「個性として受け入れる」のが当たり前で、特殊でもなく恥じることでもなく後ろめたいことでもなく、「それを持つ人は持ちながら生きていくのが当然」なのだそうです。
かわいい声で鳴く子でした。
帰国してからはすでに消息もわからず、幸せに暮らしていてほしいと願うばかりですが、彼女には山ほど教えたと同時に、山ほど教えてもらいました。

私はブームだなんだ関係なく、釣り堀サイトなど必要もせず、というよりインターネットはおろかパソコン通信もない時代から、女の子を飼って躾けて弄んできました。
私も含む昔の人たちは、雑誌の読者欄などを通して相手を見つけ、関係を築いてきました。

私は、飼った女の子の写真を、決して外に出さない事を信条にしています。
数万枚に及ぶ彼女たちの写真や、数百時間に及ぶ動画は、いま膨大なパスワードに沈んでいます。
おそらくアメリカ国防省でも中国のハッカーでも、辿り着くのは困難でしょう。

ただ、ひとりだけ、例外がいます。
その人の写真は、すでに世界中に出回っています。
別に私が出回わらせたわけではなく、私があるサイトに投稿したら夥しいコピペが繰り返されたのです。

この人は、私を、人として侮辱しました。それが許せなかったのです。

これはとてもセンシティブな要素を持っています。
きょうび、「自分が気に食わないから自分への侮辱」とかいい出すネット住民は山ほどいるわけで、単に自分と考え方が違うから全否定していいか否かは、自分の人間性が問われる問題です。
感情的なネット住民か否か、と問われます。

考えて考えて考えて、私はこの人のファイルをネットに上げました。

「俺に逆らうと写真を流すぞ」とかいうそこらのチンピラの話ではないのです。
芸能人が過去にセックスしていた写真(録らせる時点で負け犬ですけど)の話ではないのです。
さらにいえば「お前は俺のいうことをきく存在だろ」という話でも、ないのです。

人として裏切られたら、報復するしか、ないのですよ。


一期一会

2013-03-05 07:41:35 | にゃんころ

今月は日本映画専門チャンネルで、伊丹十三の全作品を放映しています。
しかも「天皇の世紀」まで流すという、ずいぶんな力の入れようです。

てめえらの勝手な理屈で伊丹十三を殺した創価学会は存在そのものが地獄に堕ちるでしょうが、存命時に伊丹十三は、再三いっていました。
「映画は、撮影と現像が終わってからがおもしろい。あとはよくなるばかりで、悪くなる要素がひとつもない」

たとえば北野武のように「事前の台本は薄っぺらで、現場で猛烈な才能を発揮する」タイプの監督もいますが、逆に伊丹十三は徹底的に事前の作り込みを構築する、黒澤明タイプです。
さすがに黒澤のような「あそこの家、じゃまだな。壊せ」という無茶はいわなかったようですが。

で、この特集は今月のもので、いま「お葬式」が終わり、次の日曜は「マルサの女」「マルサの女2」が流れるというタイミングです。
ひなまつりの日に流れたのは「タンポポ」です。

私、この映画、大好きなんですよ。

私はもともと小食な上、めんどくさいと何日も食事をしないこともあります。
空腹というものを、めったに感じないんですね。
本能の部分が欠落してるのはまずいと思うのですが、治療でどうなるものでもないし。
ビタミンのサプリの世話にはなっているものの、すでに体はもうぼろぼろだと思います。

で、この「タンポポ」。
ご存知のとおり、たまたま立ち寄ったラーメン屋の主(宮本信子)に「弟子にしてください、この店を一流のラーメン屋にしたいと思っちゃったんです、お願いします」と乞われ、主人公(山崎努)がそれに尽力する物語です。
時には頼み、時にはなりゆきで、先生(スープ担当)、正平(麺担当)、ビスケン(内装担当)が加わってプロジェクトチームが店を改善していきます。
まさに行列のできる店になった日、彼等はさりげなく、ちりぢりに去って自分の元の居場所に帰っていきます。
演出としては「シェーン」に近い位置づけといえるでしょう。

私はこの映画で、いつも、あることを思い出します。

おそらくテレビ創世記のことでしょう。
父が、熱く語ってくれたのです。すばらしい番組のことを。

国宝級の寺を、修復することになった。
国から依頼された、宮大工。相手(寺)のあまりにひどい現状と、修復に要するあまりに膨大な職人技に直面した。
彼は、修復にかかる前に、老骨に鞭打って全国を訪れ始めた。
「お前さん、あの寺を直すのに、手を貸してくれないかね」
スカウトキャラバンです。全国の宮大工に声をかけたのです。

もともと日本の古代建築てものは、いまの土建屋が総力かけても手をつけられないノウハウの、集大成です。
田舎の辻堂を修復してほしいと思っても、何々建設や何々工務店では、どう触っていいものか、何もわからないのです。
いにしえの匠の技を伝承した、宮大工にしか触れられない代物です。

日本中の匠を集めたプロジェクトチームは、寺の修復にかかりました。
イチローが9人いるようなチームです。倒せない敵などどこにもいない。
寺はまさに、いにしえの匠が建造した当時と同じものを、再現しました。

そして落成の日。
彼等は「達者でな」とことばを交わし、何もなかったかのように、それぞれの故郷に帰っていきました。
番組のラストは、呼びかけた宮大工の、杖をつきながら歩く後ろ姿で、終わっていました。

いや、私は、観てないんですよ。
父に聞かされて、まるで自分が観たかのように、一発で刷り込まれてしまったのです。

余韻を楽しむ、あるいはそれをきっかけに知古になる、てのは誰でもやってることです。
しかし世の中には、ものすごいことをなしとげて、何もなかったかのように「当たりめぇだろこれくらい」と、振り返りもせずに去っていく人が、いるのです。
きょうびの「つながりたい」を求めたがる連中には想像もつかない、美学です。

「タンポポ」は、序盤の納豆や味噌汁や糠漬けの朝食の場面をはじめ、「何も食いたくないときはこれを観る」私のサプリメントのような存在であると同時に、いまの時代にはほとんど忘れられた大切なものを思い出させてくれるものでもあるのです。