愛するココロ 作者 大隈 充
21
深海を太刀魚が銀色の腹をくねらせて、
流れる優雅な帯のように泳いでいる。
海流は、エメラルドから濃い緑色に変わり白い雪が降ってきた。
行く手にその数が増えていくつもが顔面を直撃していく。
それは、雪ではなかった。プランクトンが深海の底に降り積
もっていたのだった。
太刀魚がどんどん上昇して真上へ真上へ長い銀色の竜と
なって昇りつめていくと、水はみるみる濁って、油や廃液
の混じった海水になる。蛹から蝶に変態して初めて飛んだ空
の青鏡に映った自分の正体を知ったアゲハ蝶のように自分が
洞海湾を泳ぐ醜い竜神だと悟った太刀魚は、何回も変態を
繰り返して銀色の鱗が剥ぎ取れて、どんどん丸みを帯びた女体
に変身していくのをどうすることもできない息苦しさで自覚した。
私は女。白い乳房も長い黒髪もそして赤い唇も紛れもなく
眞鍋由香そのものなのだ。
そして一瞬思い切り息継ぎをした。
きれいな泡が無数に広がった。
すると太陽の透けて見える水面が間近に迫ったとき、
ザッブンと上から人が落ちてきた。
それは、力尽きた末永栄一の身体だった。
水面でやっと息をついた竜神の由香は、もう一度水中に目を向けた。
落ちた男体は、幸せそうな笑みを浮かべてぐんぐん
水の底に沈んでいった。
「由香っぺ!」
ベッドの上でうなされていた由香の両肩を揺すっていたトオル
が大きな声を出した。
「由香っぺ。もうチェックアウトの時間だ。」
「ええ?・・・」
跳ね起きた由香は、汗びっしょりでまるでプールから引き上
げられた溺れ人のようだった。
「どうしたの?由香ちゃん。」
「トオルくん・・・」
ぼおっとしばらく動けない。
顔が青白く貧血気味の由香の意識が再起動して機能復元するまで
不安なぐらい長い時間がかかった。
「体調わるいの?それってアレ。女の子の。」
「バカ!」
と由香は、つるりと肩が丸出しになって胸の谷間で辛うじて止まっ
ている大きめのTシャツの袖を掴んでいるトオルの腕に噛み付いた。
「痛てい・・・」
「変な夢見た。」
「さっきから何度呼んでも出ないから・・」
「ごめん。歯型ついた。」
「血が滲んでる。」
「ごぉめん・・・。」
「朝食にも出てこないし、ドア閉まったままだし・・」
「ごぉめん。」
「心配したよ。」
「ごめんっ・・・?どうやって入ったの?」
「エノケン一号が開けてくれたんだ。」
「エノケンが・・」
と二人して入り口のクロゼットにいるエノケン一号に向き直った。
「ゴメン!わたし、開けた。」
エノケン一号は、そう言うとクロゼット扉の鏡で頭のアンテナ
を片手で撫で付けた。
「ゴメン。早く行こう!」
「ゴメンってそういうときには使わないの。」
と由香は、やっと笑い顔になってブラウスに袖を通した。
「ゴメン。」
「そうう。」
「エネルギー、いっぱい。元気いっぱい!」
「すっかり充電したんだ。」
「早く行こう。」
「行こうってどこに?」
と由香がエノケン一号に歩み寄った。
「『イケルヤイバ』!西へ戻る!」
「ああ。昨日入力したカトキチからのキーワードかあ。
・・・ちょっと待って」
とエノケン一号の胸の液晶ボタンを由香が操作すると、
グーグルマップで矢印が九州へ向かって現れた。
「あら、又戻るの。」
「そうです。」
「判った。車表に回してくる。」
とトオルが飛び出して行った。
エノケン一号が後をついて出て行こうとして
振り返った。
「ああ。Gパン履いた方がいい。」
短パンのまま後を追おうとしい由香が寝ぼけた頭を振って、
慌てて素足を見下ろした。
「ごぉめん。今着替えるから・・」
と赤い顔でベッドルームへ引っ込んだ。
エノケン一号、口笛を吹きながら、廊下を滑って行った。
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深海を太刀魚が銀色の腹をくねらせて、
流れる優雅な帯のように泳いでいる。
海流は、エメラルドから濃い緑色に変わり白い雪が降ってきた。
行く手にその数が増えていくつもが顔面を直撃していく。
それは、雪ではなかった。プランクトンが深海の底に降り積
もっていたのだった。
太刀魚がどんどん上昇して真上へ真上へ長い銀色の竜と
なって昇りつめていくと、水はみるみる濁って、油や廃液
の混じった海水になる。蛹から蝶に変態して初めて飛んだ空
の青鏡に映った自分の正体を知ったアゲハ蝶のように自分が
洞海湾を泳ぐ醜い竜神だと悟った太刀魚は、何回も変態を
繰り返して銀色の鱗が剥ぎ取れて、どんどん丸みを帯びた女体
に変身していくのをどうすることもできない息苦しさで自覚した。
私は女。白い乳房も長い黒髪もそして赤い唇も紛れもなく
眞鍋由香そのものなのだ。
そして一瞬思い切り息継ぎをした。
きれいな泡が無数に広がった。
すると太陽の透けて見える水面が間近に迫ったとき、
ザッブンと上から人が落ちてきた。
それは、力尽きた末永栄一の身体だった。
水面でやっと息をついた竜神の由香は、もう一度水中に目を向けた。
落ちた男体は、幸せそうな笑みを浮かべてぐんぐん
水の底に沈んでいった。
「由香っぺ!」
ベッドの上でうなされていた由香の両肩を揺すっていたトオル
が大きな声を出した。
「由香っぺ。もうチェックアウトの時間だ。」
「ええ?・・・」
跳ね起きた由香は、汗びっしょりでまるでプールから引き上
げられた溺れ人のようだった。
「どうしたの?由香ちゃん。」
「トオルくん・・・」
ぼおっとしばらく動けない。
顔が青白く貧血気味の由香の意識が再起動して機能復元するまで
不安なぐらい長い時間がかかった。
「体調わるいの?それってアレ。女の子の。」
「バカ!」
と由香は、つるりと肩が丸出しになって胸の谷間で辛うじて止まっ
ている大きめのTシャツの袖を掴んでいるトオルの腕に噛み付いた。
「痛てい・・・」
「変な夢見た。」
「さっきから何度呼んでも出ないから・・」
「ごめん。歯型ついた。」
「血が滲んでる。」
「ごぉめん・・・。」
「朝食にも出てこないし、ドア閉まったままだし・・」
「ごぉめん。」
「心配したよ。」
「ごめんっ・・・?どうやって入ったの?」
「エノケン一号が開けてくれたんだ。」
「エノケンが・・」
と二人して入り口のクロゼットにいるエノケン一号に向き直った。
「ゴメン!わたし、開けた。」
エノケン一号は、そう言うとクロゼット扉の鏡で頭のアンテナ
を片手で撫で付けた。
「ゴメン。早く行こう!」
「ゴメンってそういうときには使わないの。」
と由香は、やっと笑い顔になってブラウスに袖を通した。
「ゴメン。」
「そうう。」
「エネルギー、いっぱい。元気いっぱい!」
「すっかり充電したんだ。」
「早く行こう。」
「行こうってどこに?」
と由香がエノケン一号に歩み寄った。
「『イケルヤイバ』!西へ戻る!」
「ああ。昨日入力したカトキチからのキーワードかあ。
・・・ちょっと待って」
とエノケン一号の胸の液晶ボタンを由香が操作すると、
グーグルマップで矢印が九州へ向かって現れた。
「あら、又戻るの。」
「そうです。」
「判った。車表に回してくる。」
とトオルが飛び出して行った。
エノケン一号が後をついて出て行こうとして
振り返った。
「ああ。Gパン履いた方がいい。」
短パンのまま後を追おうとしい由香が寝ぼけた頭を振って、
慌てて素足を見下ろした。
「ごぉめん。今着替えるから・・」
と赤い顔でベッドルームへ引っ込んだ。
エノケン一号、口笛を吹きながら、廊下を滑って行った。