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ある日カッパ姉ちゃんとカメラおじさんの家に一匹の子犬がやってきた。
日々のうつろいの発見と冒険を胸に生きていこう!

愛するココロー23-

2007年08月24日 | 投稿連載
愛するココロ  作者 大隈 充
       23
 メジャーリーグ選抜監督のジョー・デマジオがニューヨーク・ジャイアンツ
の選手たちと一緒に羽田空港のタラップを降りて、記者会見をした。
今回の日米親善野球の試合を楽しみにしている。日本の巨人の選手たちと
早く試合がしたいというニュース解説が21インチのモノクロのブラウン管
の中で流れた。
それは、映画館ではなく始まったばかりのテレビという新しいメディアの
昼のニュース映像だった。昭和28年8月日本テレビが開局。
電気店や駅などで街頭テレビを展開して10月に日米親善野球が
後楽園で行われるのを中継することになっていた。
 その街頭テレビを見つめる人々で駅前広場は、埋め尽くされていた。
都電の路面電車がカーブで急ブレーキをかけた。
鉄輪とレールの狭間から火花が散った。
新橋駅前広場から溢れ出た街頭テレビの見物人の群れが血のメーデー
広場みたいに路面を埋め尽くして電車の行く手を遮っていたのだった。
「熱ちいっ。アブねえな。ひき殺す気か」
颯爽とネクタイ姿のエノケンが電車の運転台に怒鳴った。
「バカ野郎!テレビかなんか知らんが、線路の上に乗るんじゃない。
どけっ!どけ!」
ちんちんちんちんちちんーーー
警笛を思い切り鳴らした。
ビリヤードのナインボールが撞球台のフェルトの床を一気に弾ける
ように都電の先頭から人がパラパラと散っていった。
「ふざけるな。危ないだろっー」
エノケンが黒々とした前髪を振り乱して運転台の窓に飛び乗って
痩せた車掌に殴りかかろうとした。
「てめいっ。許さねえ・・・・」
と、叫んだエノケンが声を詰らせて仰け反ってあっという間に
石畳のレール道へ引き落とされた。山高帽に黒マントの初老の男が
ステッキの鉤先でエノケンの襟を引っ掛けて払い落としたのだった。
「何だって人の襟首掴みあがって・・・」
と振り返ったエノケンは、フィラメント芯の切れた電球の光を失う姿
をそのままに起き上がって絶句した。
「いつまでもガキみていな真似してんじゃねえ。」
「ダイショウカンの旦那!」
エノケンは、頭を掻きながらペコンと足を正してお辞儀をした。
大蔵松次郎。七十歳。全国に大勝館という百館の映画館を経営する
大蔵興行の社主。エノケンが流れて三十歳で京都から上京したときには、
松次郎がかつて無声映画の弁士をやっていた関係で新宿のムーラン・
ルージュ劇場の座員へ紹介してくれた。頭の上がらない恩人だった。
「こんなとこじゃ、牛すじたって犬の肉だったりする。新橋芸者って
わけにもいかねえ。
目黒に来るか。福島のいい酒呑ましてやら。」
そして二人は、目黒の大蔵松次郎の壮大な屋敷にハイヤーで乗り付けた。
応接間の真ん中に巨大な甕(カメ)が置いてあり、昼興行の売上金を都内の
各所の映画館の支配人が袋に詰めて持ってきたものを甕の中へひとつ
づつ入れていく。それを親指にゴム輪ッかを嵌めた会計係がテーブル
の上で売上金を確認済みなものから伝票に印鑑を押して各支配人に手渡して、
ご苦労様です、と乾いた口調で応対していた。
「わしゃ、銀行なんて危ないものを信用しねえでやんす。こうして甕に
オアシは入れて蔵にしまうのが一番確か。」
「こんなゲンナマ見たことない。」
「鹿鳴館だって建たあな。まあ、目に毒だから座敷に行こう。」
「へい。」
廊下を抜けて、一度中庭に出て木戸を開けると離れの母屋があり、
渡り廊下をぐるりと回ると眼下に目黒川を見下ろす書院造りの座敷に出た。
「ムーランやめて今どうしている?」
座敷のテーブルに酒の膳が女中によって運ばれてきたのと同時に
ダイショウカンの旦那が切り出した。
「ちっとも最近おめえの噂を聞かねえが・・」
エノケンは、旦那へお銚子の酌をしながら口をへの字に曲げて黙った。
「ムーランの連中は、森繁も由利徹もみんな映画や今度のテレビとやら
にめしの種を拾って忙しそうやな。もう映画には、出ねえのか。相変わらず・」
「はい。」
「頑固なのは、親父ゆずりか。」
「親父は、自分知らないですから。俺がものゴコロついた頃から会わず終いで。」
「いい弁士だったよ。高音よく男と女の切り替えが巧かった。
ただ頑固でよく小屋がハネて楽団と調子が違うだの、タイミングが
遅れただの言ってケンカしてたよ。榎本渡月。結核でなきゃトーキー
になっても生き残れたのに惜しいことした。」
「わがままな人ですけん。お袋苦労させて。」
「うーん。そんな楽団のバイオリン弾きだったハナさんに似れば、
お前も喜劇じゃなく二枚目の役者になっとったかもしれねえなあ。」
「・・・・・」
「映画の楽奏にしとくには、勿体ねえぐれい美人だったよな・・・
ハナさんは、どうしてるな?」
エノケンは、お猪口の酒を静かに飲み干して
「亡くなりました。」
「そうか・・・」
「大戦の前になります・・・・・」
「そうか、ハナさん、亡くなったか・・」
「九州から京都の大河内先生のとこに行くまでだって一人で育ちました
から、何時だって一人に慣れっこになってます。さびしくないんです。」
「・・・・・・」
ダイショウカンの旦那は、手酌で盃を音をたてて飲み干した。
「今度よ。久々に無声映画を大井町でやるんだ。昔の弁士たちに集まって
もらって。おめいの出た『生ける刃』も入ってる。見に来なよ。」
「『生ける刃』あったんですか。」
「ああ。信州の小屋にあったそうだ。」
「行きましょう。ツレを連れて。」
「ふん。女かー」
エノケンは、盃を空けて目線を外した。
ダイショウカンの旦那は、手を叩いて酒の追加をさせた。
 雨が小降りになった。
ワゴン車の中でエノケン一号は、目玉の色をブルーからゆっくりと
鮮やかなオレンジ色に変化させていた。
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福砂屋~エルちゃんシーちゃんのおやつ手帖10

2007年08月24日 | 味わい探訪
カステラ=長崎。でも地元の人は、福砂屋のザラメつきの方が評価高い。
カステラを作っている動画が見られます。→福砂屋ホームページ。
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