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ある日カッパ姉ちゃんとカメラおじさんの家に一匹の子犬がやってきた。
日々のうつろいの発見と冒険を胸に生きていこう!

さすらいー地球岬 17

2009年11月20日 | 投稿連載
地球岬 作者大隅 充
     17
ぬくもりについて。こころが暖かいということ。人間
って、ちょっと柄にもなく偉そうに言うとぬくもりが
ないと生きていけない気がする。どんな冷徹な奴でも
幼い頃か大人になってからでもたとえば美味しいもの
を食べるとか、どんなに行きずりの他人でも自分のし
たことで有難うと言われることだけでもマッチ一本の
灯火をうれしく思う。あるいは新しいスニーカーを履
いて晴れた五月の空の下を歩くときなんかもぬくもり
の灯火が点る。
 生きているということは、ぬくもりの灯火が消えて
は又繋いで点火していくことの連続ではないだろうか。
こんな最低のオレがこんなことを思うようになたった
のもすべてチャータのおかげなんだ。
こいつは、今オレの膝の上で寄り添って無防備に寝て
いる。オレがどんなに危険な人間かお構いなくぐっす
り信じ込んでオレに身を寄せてスヤスヤと休んでいる。
こいつのぬくもりがオレの腿に伝わって今オレの中の
人間としての血が脈打つのを生々しく聞くことができ
る。そしてこの生きものの暖かさがこの数日のササク
レ立った悪行の濁流の深く冷たい深海へ流れ落ちてい
くのをはじめてピタっと堰き止めてくれた。
 オレは、生きていることをヤケバチにならずに真面
目に感じている。こんなことがオレに起こるなんて今
の今まで想像していなかった。
 東室蘭駅に着くまで乗務員は廻って来なかった。
鷲別岳と製鉄所の煙突が窓からすぐ目の前に迫って
来るまでオレは、チャータを膝に乗せてシートに座
っていた。
次は東室蘭。と車内アナウンスされて電車が減速し始
めたらぐっすりと眠っていたチャータがむっくりと起
き出してオレのギブスからはみ出た手の甲をペロリ
と舐めた。
 オレは、地球岬に行く前に行っておきたいところが
あった。それは、母さんの住んでいた製鉄団地だった。
それは東室蘭から山沿いへバスで登ったところにあった。
東室蘭駅前広場でチャータを鞄から出して少し街を歩
かせた。チャータはバス停のポールに元気よく片足を
あげて小便をかなり長いことした。ベンチでタバコを
吸っていたタクシーのおっさんが何か文句を言いたそ
うにオレらを睨みつけていたが無視してスタスタバス
道を歩いた。
 四つ角にたこ焼き屋があったので2パック買ってど
こか公園で食べようと繁華街のメインストリートを抜
けて行った。チャータはノーリードでトコトコオレの
後をついて来た。
ランチの用意で店の外に看板やデッキチェアを出して
いたイタリアンレストランや和食居酒屋の店員が珍し
そうに首輪のないチャータを見送った。
繁華街からオフィス街へ大きな通りを車が少なかった
のでガードレールを乗り越えて渡ろうとした時、今ま
でオレの後ろをチョロチョロ追っ駆けていたチャータ
が急にオレの前へ飛び出て来て立ち止まると低く唸った。
オレは、たこ焼きを手に持ったまま通りを渡るのを止
めた。
すると目の前を信号無視でバイクがものすごいスピー
ドで走り去った。オレは、慌てて身を引っ込めてガー
ドレールにシリモチをついた。そのとき手に持って
いたたこ焼きが道路に派手に飛び散った。
バカヤロウ!轢き殺す気かと怒鳴ろうと立ち上がる
と今度はパトカーがその暴走バイクを追って道路に
転がったたこ焼きを踏み潰して走り抜けて行った。
チャータは歩道からガードレール越しにワンワン
と吠え立てた。
又してもチャータに助けられた。
お前は、いったいどういう犬なんだ。
オレは、心の中でつぶやいて歩道に戻るとチャータ
を抱きしめた。
チャータは、あまりベタベタするのが嫌いらしくす
るりとオレの腕から抜けるとトコトコと又信号のあ
る角へと涼やかな顔で歩き出した。
オレは、今度は逆に大人しくチャータの後をついて
歩いた。
   ×    ×    ×
 製鉄所の煙突が港から突き出ていた。
製鉄団地のある中島の高台から室蘭港がぐるりと見
渡せた。粉っぽい塩素の匂いが港の潮風と混ざり合
って天塩とも小樽とも違う独特な空気が懐かしい。
この町は前に来たときとほとんど変ってなかった。
 ただ崖道を登り詰めた平地に並んだ製鉄団地の棟
数が半分になって東側の棟二つがなくなって駐車場
になっていた。
コメント
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