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ある日カッパ姉ちゃんとカメラおじさんの家に一匹の子犬がやってきた。
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さすらいー森の王者9

2010年10月22日 | 投稿連載

森の王者  作者大隅 充
       9
 それから一年二年と過ぎた。
明らかにチャータの体格は、黒カミソリを凌ぎ、グレー
の兄弟ほど大きくなった。ボスのミカヅキがガキには
ガキの使い道と言っていたが、今はもうガキどころか
シカ狩りの先頭で必ず一番食べ応えのある大ジカを
最初に射止めるのは、決まってチャータだった。その
獲物を見つける勘の良さと獲物を追いかけて追い詰
める速さは、今までにこのヤマイヌの群れでは見た
こともない鋭さだった。いや、おそらくこの奥山でも東
北のどこでもチャータほど素早く、正確な弓矢のよう
に獲物へ突進して、どんな険しい岩場でも駆け登り駆
け下りるヤマイヌはいない。ボスのミカヅキは、チャー
タを二番手リーダーとしていつしか頼もしく思うように
なっていた。
 そしてこのヤマイヌの群れには四匹のメスがいたが
みんなチャータのキリリとし身体に夢中になった。しか
しチャータは男盛りを日々漲らせていたが、それらメス
の近づきや誘惑にはビクともせずマイペースを崩さな
かった。
 チャータには、いつか霧の湿原で見た栗毛のメスオ
オカミの美しい姿がいつも頭のどこかにあった。あの
遠い原始の大地から時を遡ってやって来たような神々
しい女神。あれ以来その姿も匂いも現さない栗毛。本
当にあの栗毛のメスオオカミはいたのだろうか。ときど
き満天の夜、月を見つめてたまらなく寂しくなって長い
遠吠えをすることがあったが、その寂しさの大本にあの
栗毛がいたのかとこの頃チャータは思うようになった。
 それはチャータが子供から青年期になり身体の奥の
方からはげしい情欲の激流が湧き出てくるからだった。
そんな時ただ吠え岩山を走りブナの根っこに頭と腰を
ぶっつけ、喉がカラカラになるまでエネルギーを消耗し
てしまう。チャータは明らかに大人になった。黒カミソリ
の狡猾さやミカヅキの弱さが自然と見えて来て、一様
ミカヅキの群れに加わっているがかれらのことがとても
小さく思えて仕方ない。黒カミソリが峠道で後ろからチ
ョッカイを出した時チャータは、噛み殺す一歩手前まで
押し倒した。それ以来まったく黒カミソリは先輩風を吹
かすどころかチャータの前では目が合うと常にしっぽを
下げて目をそらすようになった。
 この奥山のヤマイヌの群れにはもう学ぶべきものは
なくなったとはっきり感じる。しかしこれより北の白神の
山へ行くにはまだ時期が悪すぎる。もうひと冬越さなけ
ればならない。大クマもいるし、何よりタルカがその縄
張りを主張して命がけの戦いになるだろうしエサの確
保が冬期は困難になる。
 そしてこの三年目の秋は、山は異常だった。クリや椎
、ドングリの実が極端に少なく、川の魚もどこへ行って
しまったのか姿を見かけるのに苦労した。当然山に暮
らす野生動物は、自分の腹を満たすのに精いっぱいで
何日も空腹で枯葉の森を彷徨うことになった。そんな
時大クマや猪タルカに出会ってしまうと逃げるしかなか
った。ミカヅキの率いるヤマイヌの群れもみんな日々苛
立っていた。僅かなウサギやネズミでも奪い合いが起き
、リーダーのミカヅキの指導力では納めることができな
いほどに群れは追い詰められていた。
 そろそろ雪がチラチラ降り出した冬のはじめ。一匹の
子シカの死骸をめぐって黒カミソリがついに老いたリー
ダー・ミカヅキに逆らってシカの肉を独り占めした。それ
も隣山の黒ヤマイヌの群れの力を借りて。黒いヤマイ
ヌの集団に突かれているシカの肉の傍には、ズタズタ
にされたミカヅキが転がり、その前で黒カミソリは自分
の分の肉だけ喰い漁って平然としていた。奥山の群れ
はこれでバラバラになり、グレーの兄弟も黒ヤマイヌの
集団に素直に従ってついて行った。チャータはちょうど
その時沢に狩りに行っていなかった。雪原の中死んだ
ミカヅキの前にミカヅキの娘のシロが一匹だけ佇んで
いて事の成行きをチャータに聞かせた。すぐにチャータ
はシロをつれて黒ヤマイヌ族探しに山をめぐった。
 ニ匹は、イイデの雪山で20匹からなる黒ヤマイヌの
集団に追い付いた。チャータは、このヤマイヌの後ろの
五匹を岩場におびき寄せてせん滅させた。次に裏切っ
た黒カミソリを高山の崖から落とし、黒ヤマイヌの首領
である片耳が千切れた大きな黒ヤマイヌに迫った。片
耳の黒ヤマイヌは、獰猛な奴でなかなかチャータとは
互角の争いになった。そして何時間もニ匹が雪山で対
峙している間他の黒集団が若いシロに襲いかかった。
チャータは片耳をかわしてシロのところへ慌てて駆けつ
けた。その時ものすごい音が鳴り響くのが聞こえた。

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