近くの小学校の脇に
何日も猫タワーがすてられているよ。
大きなものだから
不法投棄っていうのかな、
誰が置いて行っちゃった。
引っ越しか、
飼っていた猫が亡くなったか、
大きくなってもう必要としなくなったか、
諸般の事情により猫を飼えなくなって
捨てたか。
ともかく今このタワーの上に吹く風は、
さみしいー。
何日も猫タワーがすてられているよ。
大きなものだから
不法投棄っていうのかな、
誰が置いて行っちゃった。
引っ越しか、
飼っていた猫が亡くなったか、
大きくなってもう必要としなくなったか、
諸般の事情により猫を飼えなくなって
捨てたか。
ともかく今このタワーの上に吹く風は、
さみしいー。
こちら、自由が丘ペット探偵局 作者古海めぐみ
32
首輪のついたカラスを追う春の自転車は、環八をどんどん
砧公園へ向けて走っていった。途中途中信号で春が止まると
セイコちゃんも電線や信号灯に羽根を休めて春がペダルを
再び踏み出すまで待った。サイクリング車のサドルに跨
って加速しながら見上げる春の眼と低空飛行で道路の架線
をくぐり嘴を下に向けて飛行速度を加減しているセイコちゃ
んのクリクリ動く眼とは、明らかに意志が通い合っていた。
一羽のカラスが人間に何かを伝えようとしている。
まるでカラスと人間がチームを組んでコーチと選手でマラ
ソンをしているみたいだった。
環八を走行する車両からはわからないが下校する小学生
やオートバイの運転手らからすると、カラスを追いかけ
ているサイクリング車の女の子が奇異に見えただろう。
それが証拠に気がついた子供やライダーは、口に出して
何だ!ありゃと一様に振り返った。
セイコちゃんは、ときどきカアと鳴いて春が大型トラック
や路肩駐車の車に行く手を阻まれたりして遅れをとる
と力強く励ました。
『健太が大変なんだ。頑張ってついて来て。』
セイコちゃんはそう言ってカアカアとホバーリングしな
がら鳴いた。
春は一生懸命ペダルを漕いだ。
車を縫うように走る春の腕にバンド帯していたケイタイ
が鳴って、片手で外して見ると祐二からのメールだった。
「今探偵局に着いた。ダックスにエサをやって自分の店
へ行く。何かわかったらメール頂戴。すぐに車で行く。」
ちょうど次の信号が赤になって停車線で止まると春は祐二
への返信を打った。
「了解。只今砧公園。」
信号が青になるとセイコちゃんは公園の入口で方向転換した。
春の自転車も砧公園で環八を外れて緑の園内を横切り草原
のスロープを下り、橋を渡って丘陵を上り砧公園の敷地
を突き抜けて、野川の住宅街を進み狛江の多摩川沿いの
土手道に出た。
そこでセイコちゃんは、多摩川の河川敷の松の木に止まった。
その松の木のある砂州は、人の背丈ほどの葦原が広がっ
ていた。ここには、いくつかの浮浪者の青いテントハウス
が点在していた。
春は、自転車を土手に置いて葦原へ斜面を降りていった。
セイコちゃんが葦原の真ん中にちょうどお化け屋敷の門の
ように通路穴が開けられ、人一人が入ることが出来るよう
に刈り取られた入口の前に急降下して降り立った。
その入口には、板に手書きで天国の門と書かれたプレート
が立て掛けられていた。
春は、ゆっくりとその入口に近づいて行った。
暗い奥の通路から生暖かい風が吹いてきていた。
「誰かいますか。」
春は、中に声をかけて聞き耳を立てたが風の唸り声しか
返って来なかった。
「健太さーん。ネコタでーす。」
より大きな声を出したが又風にかき消されたので、振り
返って草地でぴよんぴょん飛び跳ねているセイコちゃん
の方を見た。カアカアカアカア、首輪のついたカラスは、
嘴を震わして鳴いた。
『中へ』とセイコちゃんの明確な意思表示だった。
胎をきめて春は、その葦の微かな木漏れ日のさす薄明
かりの『天国の門』の通路へ足を踏み入れて進んだ。
天井は、両側から伸びた葦を一本一本結んで円錐形の
ドームのような形になって、長い回廊となって曲がり
くねってつづいていた。
やがて右へ大きく曲がって左へ進路が変わった辺りから
芳ばしい肉を焼く匂いの混じった煙が漂ってきた。
その煙の流れてくる先に竹編みの扉があり、その隙間
から明るい光が洩れていた。
「いいから。入りな。お嬢ちゃん。」
潰れたカエルのような男の声がした。
春は、扉の前で足が竦んだ。
「ちょうどロースが焼けた処だ。あんたも一口どうだね」
扉がパタンと内側に開いた。
そこは、大きな丸い部屋になっていた。
天井に透明なプラベニが屋根として張られ骨組みの垂木が
しっかりとそれらを支えて、ちょうど砂漠のベドウィン
族のチュームテントのような形の部屋だった。
白髪頭の五分刈りの男が中央の鉄板台の前で肉を焼いて
いるところだった。
「わしゃシラネって言うが。あんたは。」
「ネコタといいます。」
シラネは何日も風呂に入っていない黒い垢まみれの顔で
じろりと春を見た。汚れて破れたスタジアムジャンバー
と穴の開いたバッシュから長い年月ホームレスをやって
いる年季が漂っていた。
「こういう生活しとると、なかなか若い女の子と接するこ
ともないでね。なんでもいいから、一緒に夕飯でも食わん
かね。肉はちゃんとスーパーで買った岩手産のもんだが。」
春は、一歩部屋に入ってぴたりと両足を揃えて直立姿勢
でいた。
「すいません。勝手に入って。友達を探してるんです。
犬飼という男の人です。」
「さあ。知らんね。ご覧の通り。わししかおらんが。」
とロースを歯の抜けた口に運んでムシヤムシャ噛むと
ニタっと笑った。
ゴクリと生唾を呑んで春は、部屋を見回したが、シラネ
と鉄板の台と七輪と酒のビンしかその部屋にはなかった。
32
首輪のついたカラスを追う春の自転車は、環八をどんどん
砧公園へ向けて走っていった。途中途中信号で春が止まると
セイコちゃんも電線や信号灯に羽根を休めて春がペダルを
再び踏み出すまで待った。サイクリング車のサドルに跨
って加速しながら見上げる春の眼と低空飛行で道路の架線
をくぐり嘴を下に向けて飛行速度を加減しているセイコちゃ
んのクリクリ動く眼とは、明らかに意志が通い合っていた。
一羽のカラスが人間に何かを伝えようとしている。
まるでカラスと人間がチームを組んでコーチと選手でマラ
ソンをしているみたいだった。
環八を走行する車両からはわからないが下校する小学生
やオートバイの運転手らからすると、カラスを追いかけ
ているサイクリング車の女の子が奇異に見えただろう。
それが証拠に気がついた子供やライダーは、口に出して
何だ!ありゃと一様に振り返った。
セイコちゃんは、ときどきカアと鳴いて春が大型トラック
や路肩駐車の車に行く手を阻まれたりして遅れをとる
と力強く励ました。
『健太が大変なんだ。頑張ってついて来て。』
セイコちゃんはそう言ってカアカアとホバーリングしな
がら鳴いた。
春は一生懸命ペダルを漕いだ。
車を縫うように走る春の腕にバンド帯していたケイタイ
が鳴って、片手で外して見ると祐二からのメールだった。
「今探偵局に着いた。ダックスにエサをやって自分の店
へ行く。何かわかったらメール頂戴。すぐに車で行く。」
ちょうど次の信号が赤になって停車線で止まると春は祐二
への返信を打った。
「了解。只今砧公園。」
信号が青になるとセイコちゃんは公園の入口で方向転換した。
春の自転車も砧公園で環八を外れて緑の園内を横切り草原
のスロープを下り、橋を渡って丘陵を上り砧公園の敷地
を突き抜けて、野川の住宅街を進み狛江の多摩川沿いの
土手道に出た。
そこでセイコちゃんは、多摩川の河川敷の松の木に止まった。
その松の木のある砂州は、人の背丈ほどの葦原が広がっ
ていた。ここには、いくつかの浮浪者の青いテントハウス
が点在していた。
春は、自転車を土手に置いて葦原へ斜面を降りていった。
セイコちゃんが葦原の真ん中にちょうどお化け屋敷の門の
ように通路穴が開けられ、人一人が入ることが出来るよう
に刈り取られた入口の前に急降下して降り立った。
その入口には、板に手書きで天国の門と書かれたプレート
が立て掛けられていた。
春は、ゆっくりとその入口に近づいて行った。
暗い奥の通路から生暖かい風が吹いてきていた。
「誰かいますか。」
春は、中に声をかけて聞き耳を立てたが風の唸り声しか
返って来なかった。
「健太さーん。ネコタでーす。」
より大きな声を出したが又風にかき消されたので、振り
返って草地でぴよんぴょん飛び跳ねているセイコちゃん
の方を見た。カアカアカアカア、首輪のついたカラスは、
嘴を震わして鳴いた。
『中へ』とセイコちゃんの明確な意思表示だった。
胎をきめて春は、その葦の微かな木漏れ日のさす薄明
かりの『天国の門』の通路へ足を踏み入れて進んだ。
天井は、両側から伸びた葦を一本一本結んで円錐形の
ドームのような形になって、長い回廊となって曲がり
くねってつづいていた。
やがて右へ大きく曲がって左へ進路が変わった辺りから
芳ばしい肉を焼く匂いの混じった煙が漂ってきた。
その煙の流れてくる先に竹編みの扉があり、その隙間
から明るい光が洩れていた。
「いいから。入りな。お嬢ちゃん。」
潰れたカエルのような男の声がした。
春は、扉の前で足が竦んだ。
「ちょうどロースが焼けた処だ。あんたも一口どうだね」
扉がパタンと内側に開いた。
そこは、大きな丸い部屋になっていた。
天井に透明なプラベニが屋根として張られ骨組みの垂木が
しっかりとそれらを支えて、ちょうど砂漠のベドウィン
族のチュームテントのような形の部屋だった。
白髪頭の五分刈りの男が中央の鉄板台の前で肉を焼いて
いるところだった。
「わしゃシラネって言うが。あんたは。」
「ネコタといいます。」
シラネは何日も風呂に入っていない黒い垢まみれの顔で
じろりと春を見た。汚れて破れたスタジアムジャンバー
と穴の開いたバッシュから長い年月ホームレスをやって
いる年季が漂っていた。
「こういう生活しとると、なかなか若い女の子と接するこ
ともないでね。なんでもいいから、一緒に夕飯でも食わん
かね。肉はちゃんとスーパーで買った岩手産のもんだが。」
春は、一歩部屋に入ってぴたりと両足を揃えて直立姿勢
でいた。
「すいません。勝手に入って。友達を探してるんです。
犬飼という男の人です。」
「さあ。知らんね。ご覧の通り。わししかおらんが。」
とロースを歯の抜けた口に運んでムシヤムシャ噛むと
ニタっと笑った。
ゴクリと生唾を呑んで春は、部屋を見回したが、シラネ
と鉄板の台と七輪と酒のビンしかその部屋にはなかった。
こちら、自由が丘ペット探偵局 作者古海めぐみ
31
新小金井のメゾンエンジェルの前にパトカーが停まって、
数人の警官が101号の部屋のドアや窓の様子を伺っていた。
101のポストに挟まったチラシを抜き取っていた福田刑事
がケイタイ電話に答えていた。
「いや。動物の死体の不法投棄の疑いでお邪魔したんですが、
この二三日いらっしゃらないみたいで・・・」
「どうして?そんなこと・・・」
美貴の声が刑事のケイタイのから漏れてきた。
「奥多摩湖で目撃されていましてですね。
お話を伺いたいんですが・・」
「だから私たちも最近会ってないんですよ。」
「そうですか。明日そちらへ伺いたいんですけど・・・」
「明日は茨城のブリーダーのところへ行く予定があります
ので明後日だったら。」
「そうですか。わかりました。午前中でもお伺いします。」
「はあーあ・・」
美貴のしぶしぶ押し出した承諾の声が曇った響きの変な間
となった。そしてすぐにプツンと電話が切れた。
福田刑事は、外階段下の集合ポストを覗きながらケイタイ
電話のスウィッチを切って裏の方へ回った。
周りが雑草だらけでここの物件はほとんど管理委託されて
いなくて、年に一度業者に草刈清掃を任せる程度で後は
賃料徴収を駅前の不動産屋に頼んでいる個人経営のアパー
トと言えた。
福田は、古タイヤの積まれたベランダからしっかり閉めら
れた窓のカーテンの隙間越しに部屋の中を見た。
段ボールにマンガ本が散乱した六畳間が見えた。壁際に
ベッドがあって捲られた布団がこびり付いた流氷のよう
に盛り上がっていた。ガラス窓を叩いたり引いたりした
が鍵がしっかりかかっていて何の変化も起きなかった。
福田は、誰かが自分を見ている気がして思わず振り返った。
誰もいなかった。
ただベランダの物干し竿の上に一羽のカラスがいるだけ
だった。そのカラスは、セイコちゃんだった。
セイコちゃんは、福田と目が合うとカアと笑ったように
短く鳴いて空へ飛び立っていった。
*
九品仏の緑地広場でダックスの散歩をさせていた上田
祐二が直ぐ脇を平行して走っているサイクリング道路を
自転車で通りかかった春ちゃんとばったり会った。
「まだ先輩から連絡ない?」
「全然ー。」
「いや。参ったな。もう三日目だよ。一日だけ頼むって
言われて先輩の預かり犬の散歩の面倒みたのに、こんな
三日も散歩させるなんて・・まったくこっちも仕事が
あるんだから・・困っちゃうよ。」
「やっぱり警察に探してもらった方がいいのかしら。」
「何も言わないでいなくなるなんてこと初めてだよ。」
「今朝来た刑事さんに健太さんのことは行方不明とは
言ったんだけど。」
「ああ。あの奥多摩湖の捨て犬の件で春ちゃんとこも来たの」
「先輩のデジカメで撮ったミニワゴンの写真を持ってた
よ。うちの店にも来たから。」
「健太さん、警察へあの日帰ってすぐ通報したみたいね」
「でもどうせ犬の死体捨てたぐらいだと不法投棄で軽い
んでしょ。そのワゴンの男。」
春は、自転車から降りてハアハア舌を出して座り込んで
いる預かり犬のダックスに屈みこんで顎を触った。
「この犬、老犬ですぐ疲れるんだ。」
と祐二も屈んで老犬の頭を撫でた。
「二日目は、頼まれてないし、こっちも忙しいんでペット
探偵局のプレハブからつれだして散歩行くのやめようと
思ったんだけど、こいつオレが覗きに行くと嬉しそうに
飛び掛って来るもんだから・・つい可哀相になって・・・
三日目もこうやって・・散歩ってわけで・・・」
祐二がしゃべっているのを春は聞いていなかった。
春は、ダックスを見つめながら唇の色をなくしていた。
「どうしたの?春ちゃん。」
少し怯えた目で春は、祐二を見た。
「祐ちゃん。健太さんのケイタイがあのワゴン車の男の
アパートの側で見つかったって。」
「ええ?マジ?それ。」
「うん。浪人生らしいの。その人。」
「身元がわかったんだ。」
「うん。・・・」
「先輩、また無茶なことしてないといいんだけど・・・」
とおやつをダックスにやろうとポシェットからジャーキー
を取り出そうとしてふと電柱にいるセイコちゃんに祐二
は気づいた。
「ああ。先輩のカラス。」
「本当だ。セイコちゃん。」
春が見上げると足元のダックスがワンワンと吠えた。
セイコちゃんは急降下して春の自転車のハンドルにとまった。
31
新小金井のメゾンエンジェルの前にパトカーが停まって、
数人の警官が101号の部屋のドアや窓の様子を伺っていた。
101のポストに挟まったチラシを抜き取っていた福田刑事
がケイタイ電話に答えていた。
「いや。動物の死体の不法投棄の疑いでお邪魔したんですが、
この二三日いらっしゃらないみたいで・・・」
「どうして?そんなこと・・・」
美貴の声が刑事のケイタイのから漏れてきた。
「奥多摩湖で目撃されていましてですね。
お話を伺いたいんですが・・」
「だから私たちも最近会ってないんですよ。」
「そうですか。明日そちらへ伺いたいんですけど・・・」
「明日は茨城のブリーダーのところへ行く予定があります
ので明後日だったら。」
「そうですか。わかりました。午前中でもお伺いします。」
「はあーあ・・」
美貴のしぶしぶ押し出した承諾の声が曇った響きの変な間
となった。そしてすぐにプツンと電話が切れた。
福田刑事は、外階段下の集合ポストを覗きながらケイタイ
電話のスウィッチを切って裏の方へ回った。
周りが雑草だらけでここの物件はほとんど管理委託されて
いなくて、年に一度業者に草刈清掃を任せる程度で後は
賃料徴収を駅前の不動産屋に頼んでいる個人経営のアパー
トと言えた。
福田は、古タイヤの積まれたベランダからしっかり閉めら
れた窓のカーテンの隙間越しに部屋の中を見た。
段ボールにマンガ本が散乱した六畳間が見えた。壁際に
ベッドがあって捲られた布団がこびり付いた流氷のよう
に盛り上がっていた。ガラス窓を叩いたり引いたりした
が鍵がしっかりかかっていて何の変化も起きなかった。
福田は、誰かが自分を見ている気がして思わず振り返った。
誰もいなかった。
ただベランダの物干し竿の上に一羽のカラスがいるだけ
だった。そのカラスは、セイコちゃんだった。
セイコちゃんは、福田と目が合うとカアと笑ったように
短く鳴いて空へ飛び立っていった。
*
九品仏の緑地広場でダックスの散歩をさせていた上田
祐二が直ぐ脇を平行して走っているサイクリング道路を
自転車で通りかかった春ちゃんとばったり会った。
「まだ先輩から連絡ない?」
「全然ー。」
「いや。参ったな。もう三日目だよ。一日だけ頼むって
言われて先輩の預かり犬の散歩の面倒みたのに、こんな
三日も散歩させるなんて・・まったくこっちも仕事が
あるんだから・・困っちゃうよ。」
「やっぱり警察に探してもらった方がいいのかしら。」
「何も言わないでいなくなるなんてこと初めてだよ。」
「今朝来た刑事さんに健太さんのことは行方不明とは
言ったんだけど。」
「ああ。あの奥多摩湖の捨て犬の件で春ちゃんとこも来たの」
「先輩のデジカメで撮ったミニワゴンの写真を持ってた
よ。うちの店にも来たから。」
「健太さん、警察へあの日帰ってすぐ通報したみたいね」
「でもどうせ犬の死体捨てたぐらいだと不法投棄で軽い
んでしょ。そのワゴンの男。」
春は、自転車から降りてハアハア舌を出して座り込んで
いる預かり犬のダックスに屈みこんで顎を触った。
「この犬、老犬ですぐ疲れるんだ。」
と祐二も屈んで老犬の頭を撫でた。
「二日目は、頼まれてないし、こっちも忙しいんでペット
探偵局のプレハブからつれだして散歩行くのやめようと
思ったんだけど、こいつオレが覗きに行くと嬉しそうに
飛び掛って来るもんだから・・つい可哀相になって・・・
三日目もこうやって・・散歩ってわけで・・・」
祐二がしゃべっているのを春は聞いていなかった。
春は、ダックスを見つめながら唇の色をなくしていた。
「どうしたの?春ちゃん。」
少し怯えた目で春は、祐二を見た。
「祐ちゃん。健太さんのケイタイがあのワゴン車の男の
アパートの側で見つかったって。」
「ええ?マジ?それ。」
「うん。浪人生らしいの。その人。」
「身元がわかったんだ。」
「うん。・・・」
「先輩、また無茶なことしてないといいんだけど・・・」
とおやつをダックスにやろうとポシェットからジャーキー
を取り出そうとしてふと電柱にいるセイコちゃんに祐二
は気づいた。
「ああ。先輩のカラス。」
「本当だ。セイコちゃん。」
春が見上げると足元のダックスがワンワンと吠えた。
セイコちゃんは急降下して春の自転車のハンドルにとまった。