安全保障の岐路なのに、「遺憾」や「抗議」ばかりでは国家防衛は成り立たない
ウクライナへのロシアによる軍事侵攻が続く中、2022年3月5日に北朝鮮が日本海に向けて飛翔体を発射した。
今年に入って9回目で、ロシアが2月24日に軍事侵攻をはじめてからは、27日に次ぐ2週連続の2回目だ。その前の北京冬季オリンピックの大会期間中はなかった。米国の報道によると、中国はロシアに北京大会が閉幕する前のウクライナ侵攻はしないよう要請していたとされるが、まさにロシアは北京大会が閉幕して侵攻を開始した。要請の有無はともかく、北朝鮮も足並みを揃えていたことは容易に想像がつく。
ただ、いまはパラリンピックが同じ北京で開催中だ。オリンピックはダメだがパラリンピックはいい、というのであれば、この3国は障害者差別、人権軽視をあからさまにしている。
北朝鮮は日本の抗議を全く意に介さず
5日の発射を受けて、岸信夫防衛大臣は記者団に「国際社会がロシアによるウクライナ侵略に対応しているなか、また北京パラリンピック開催中の発射であり断じて容認できない」と毅然と述べ、「(国連の)安保理決議に違反するものであり、強く非難する」として、北京の大使館ルートを通じて抗議したことを明らかにした。
そのわずか6日前の先月27日にも、北朝鮮の飛翔体発射を受けて、岸防衛大臣は同じ防衛省で「国際社会がロシアによるウクライナ侵略に対応している中で間隙を狙ったものなら、断じて容認できない」と発言し、やっぱり「安保理決議にも違反するものであり、強く非難する」と述べて、北朝鮮に対して大使館ルートを通じて抗議した、としていたはずだった。
まったく同じことを繰り返しているだけだ。まして、北朝鮮に「抗議した」はずなのに1週間も経たずにまた発射されたとなると、日本の抗議など相手にもされていないことになる。
北朝鮮は5日の飛翔体の発射について、前回に引き続き「偵察衛星開発のための実験」と説明している。日本が抗議したところで、北朝鮮は言い訳をして済ます。日本の防衛大臣が「断じて容認できない」を繰り返したところで、如何ともしがたいことを露呈している。
無視されると分かっていても繰り返す「抗議」
今回に限らず、北朝鮮が日本海に向けて飛翔体を発射する度に、日本政府は「国連の安保理決議違反」を錦の御旗のように振りかざし、「大使館ルートを通じた抗議」を繰り返してきた。だが、それで北朝鮮が止めることはなかった。むしろ、今年に入ってそのペースは加速している。つまり、日本の「抗議」はこれまで、まったく効力を発揮していないことになる。にもかかわらず、日本政府は従前の大使館ルートでの「抗議」を繰り返す。
こういうのを、私の脆弱な語彙力で補えば「○○のひとつ覚え」ということになる。
こんな有り様で、日本の防衛力は機能するのだろうか。
それこそ、ロシアによるウクライナ侵攻が現実のものとなって、その瞬間にそれまでの国際秩序が崩壊してしまった。もっと言えば、それまではあり得ないと漠然と信じていたこと、すなわち、主権国家が軍事力で隣国から侵略されることが、いつあってもおかしくはない新しい時代に突入したことになる。そのロシアと同じく強権主義国側に立つのが中国であり、北朝鮮である。まして国連の安全保障常任理事国のロシアがその秩序をぶち破っている。
いまでこそ使われなくなったが、以前は北朝鮮が日本海にミサイルを飛ばす度に「挑発行為」という表現を使っていた。国際社会の関心を引くために北朝鮮はミサイルを撃ってみせる、と解釈していたところを、いまは自国のミサイル技術開発のために実験を繰り返しているだけであることに、ようやく気付いたのか、その言葉をあまり用いなくなった。今回と前回を「偵察衛星開発のための実験」と北朝鮮が主張しても、ICBM(大陸間弾道ミサイル)の可能性も否定はできない。発射実験でミサイル技術が格段に向上していくのだとしたら、なおさら無視される「抗議」を繰り返しても無意味だ。
「遺憾」の意味、理解しているのか
それともうひとつ。「遺憾」という言葉も北朝鮮に対して使われなくなった。ずっと気にはなっていた言葉だが、さすがにその言葉の意味に気付いたのか、と思っていたら、意外なところで使われていた。
よりにもよって、ロシア機とみられるヘリコプターが北海道根室半島沖の日本の領空を侵犯したのは、今月2日のことだった。航空自衛隊の戦闘機がスクランブル(緊急発進)している。
その日の記者会見で、松野博一官房長官がこう述べていた。
「今回の領空侵犯は極めて遺憾であり、本日、ロシア政府に対して外交ルートで厳重に抗議をするとともに、再発防止を強く求めたところであります」
「遺憾」とは「残念」とか、期待どおりにならずに心残りである、という状態を示すものだ。そこに憤りや抗議の意味は含まれない。
たとえば、「Google」サイトの翻訳機能を使って、日本語で「遺憾」と入力してみる。すると「regret」と英訳される。そこからあらためて「regret」と入力してみると、まず「後悔」と日本語表記される。続いて「残念」「無念」「心残り」など候補が並ぶ。
だから、松野官房長官の「領空侵犯は極めて遺憾であり」との言葉は、すなわち「領空侵犯はとっても残念で悔やまれます」と語っているのに等しい。いや、残念どころか、この時期にロシアによる領空侵犯などあってはならないことのはずだ。これが諸外国に対する抗議として適切な言葉といえるか。
もしかしてだけど、「遺憾」と「いかん」を混同?
どうやら、発音が同じだけに「遺憾」とひらがな表記の「いかん」の意味を混同しているようだ。後者は、動詞の「い(行)く」に打消の助動詞「ぬ」がついた「いかぬ」から「いかん」に変化したもの。思い通りにいかないことから、できないことを「○○するわけにもいかん(=いけない)」と表現したり、あるいは、禁止や非難の意味で「君、そんなことをしてはいかん(=いけない)!」などと使ったりする。それならば、抗議の意味もわかるのだが、そこに「遺憾」の漢字をあてはめれば、まったく違った意味になってしまう。まして「極めて遺憾」とか「遺憾の意」とかいえば、抗議や非難の意思などあろうはずもない。
ところが、この言葉を日本政府が混同して平然と多用している。
先月、日本政府が新潟県の佐渡金山を世界遺産に推薦することに対して、韓国が反対の意向を示した。これに林正芳外務大臣は12日に韓国の鄭義溶外相との会談で、「韓国側の独自の主張は受け入れられず遺憾だ」と反論したと報じられた。これが事実だとすれば、韓国に反論したのではなく、「韓国側の独自の主張は受け入れられず、残念で悔やまれる」と、むしろ自戒していることになる。
意味不明の抗議を相手国にぶつけるだけでは国民を守れない
2022年2月18日の衆院予算委員会。国家安全保障局担当内閣審議官で経済安全保障法制準備室長が、週刊誌報道をめぐり事実上更迭された問題について、答弁に立った岸田文雄総理大臣はこう述べている。
「喫緊の課題である経済安保の法案準備を加速している重要な時期に、本事案が生じたことは誠に遺憾だ」
もはや「残念」「悔やまれる」で済む話ではないだろう。それで国会審議がスルーされてしまうのだから、現職の国会議員もどうかしている。
歴代の首相や政府答弁でも「遺憾」の言葉は繰り返し使われてきた。あえて、この時期にここに言及するのは、ロシアによるウクライナ侵攻が現実のものとなったからだ。ロシアと日本は国境を接するばかりでなく、ロシアと並ぶ強権主義の中国、北朝鮮とも日本は隣国である。ロシアによって国際秩序が壊されたところへ、両国がどのような行動にでても不思議ではなくなった。その時に日本は侵略に立ち向かうだけの準備ができているのか。
北朝鮮の飛翔体発射に毎度「抗議」で立ち向かい、「断固容認できない」などと威勢だけはいい。でも、止められない。「極めて遺憾」などと、いったいなにを言いたいのか曖昧な日本語を駆使した「残念外交」で、近隣諸国の蹂躙行為を抑止することができるのか。有効性がないと知れば、次の手立てを考えるのが普通だ。言葉の本質も理解できないまま、同じことを繰り返していても意味はない。
島国である日本は、陸路で他国に避難することもできない。臨戦となれば国民の生命が著しく脅かされる。それだけに強靱な国家防衛が急務となったこの期に及んでは、もっと厳しく足元を見つめ直すべきはずが、それができていないことを遺憾に思うのは私だけだろうか。
安全保障の岐路なのに、「遺憾」や「抗議」ばかりでは国家防衛は成り立たない 北朝鮮の相次ぐミサイル発射に「大使館ルートを通じて抗議」は全く抑止力なし | JBpress (ジェイビープレス)
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