名刺職人は今日もゆく

名刺作ったんです。
無職のくせにな。
昔からそういう小道具がたまらなく好きなタチなので、フリーターやってた時も派遣社員やってた時も、微塵も必要ないくせに常に名刺を常備してました。
職業欄はシンガーでな(赤恥)

引越して住所が変わるたび作り替えてたんですが、今回はM's BarのURLを入れたくて作り替えました。んもぅ自己満足以外のナニモノでもないんですが、かなりウキウキでNEW名刺を注文しに行きました。
いつも印刷をお願いしてる店は、近所の商店街の一角にある文房具屋さん。
ノートや鉛筆の他、バッグやぬいぐるみまでをも販売し、おまけに名刺印刷まで承りますというなんでも屋多角経営店です。
名刺印刷を専門とする店が近所に沢山あるにもかかわらずわざわざその店を長年指名しているには、ワケがあるんです。
名刺印刷担当者がイキな職人気質のおじぃちゃんだから。
わし、職人&おじぃちゃんにめっぽう弱いんです。
その二つを兼ね備えた彼に、わしのハートの鳩がぽっぽぽっぽ鳴き狂わないわけがありません。

名刺印刷を注文したい旨を店員に告げると、奥の間に声が掛かり、奥からおじぃちゃんがのっそりと姿を現します。
どうやら文房具を売る事には興味が無い模様で、彼が店内で仕事している姿を目撃した事は一度もありません。
どんなに店が混んでいようと、レジに行列ができて店員さん達があっぷあっぷしていようと、彼が店内で仕事している姿を目撃した事は一度もありません。
彼は名刺印刷しかしないのです。
店がどんなに大忙しでも、奥の間で名刺印刷依頼を待っているのです。
ただひたすら。ひっそりと。

しかし依頼者登場の声に出てきたおじぃちゃんの目は、待ってましたとばかりに爛々と輝いている訳でもなく、いたって無表情。
職人に特有の、頑固一徹に黙々と仕事をこなしそうな、そんな表情。

店の隅に置かれた事務机の上に見本カタログを広げ、打ち合わせが始まります。
わし『えーと台紙は前回のヤツが地味だったんで、違うのにしたいんですが』
おじぃちゃん『・・・金茶』
わし『へっ?』
おじぃちゃん(見本を指差して)『これ。この色が金茶色。これがいい』
わし『あ、は、はい。じゃぁ・・・それでお願いします』
おじぃちゃん『うむ』
わし『あと、書体も変えてみたいんですが』
おじぃちゃん『・・・隷書』
わし『は?』
おじぃちゃん(見本を指差して)『これが隷書体。これがいい』
わし『は、はぁ。じゃそれで』
おじぃちゃん『うむ』
わし『載せる内容は、前回と同じ内容プラス、今回はメアドやURLを追加・・・いえ、メールアドレスやホームページのアドレ』
おじぃちゃん『はぁ?
わし『えっと、えっと・・・アルファベットで書く部分を沢山追加したいので、英字フォントを決めたいんですが』
おじぃちゃん(見本を差出して)『・・・選んで』


初めて選択権が与えられました。


さすが日本の職人。
英字フォントには興味がないようです。
とりあえず、おじぃちゃんが選んでくれた(勝手に指定した)隷書体の和字と並んでもバランスのいい英字書体を選びました。
わし『じゃぁ英字はこれでお願いします』
おじぃちゃん『うむ』
その後、注文用紙に必要事項を書き込み、
わし『じゃぁ、原稿出来たらFAXください。宜しくお願いしますー』
おじぃちゃん『うむ』
と、挨拶して店を出たのでした。

あぁ、久しぶりにあのおじぃちゃんと触れあえた。
し・あ・わ・せ。ふほほぉーう。
毎度の事ながら、あの職人っぷりったらもう。
ちょっと勝手すぎるキライはあるけど、いいのいいの。
名刺の出来上がりが楽しみだな♪

などと浮かれて帰宅すると、玄関先で電話のベルに気付きました。慌てて靴を脱ぎ、電話まで走って受話器を取り、
『お待たせしましたマスターです』
『あぁ~もしもし。××文具ですが』
おじぃちゃんだ!!!
わし『あ!さきほどはどうもぉ♪』
おじぃちゃん『あのね、金茶がない』
わし『ほへ?』
おじぃちゃん『金茶色の在庫が無いから、前のと同じ紙にして』

貴様が勝手に選んだ台紙の在庫がないとな???

わし『は、はははは。無いんじゃ仕方無いですよねぇ~。はい、わかりました』
おじぃちゃん『それとね、英字のあの書体、変でしょ』
わし『へ?』
おじぃちゃん『なんかね、ひょろひょろしてるの』

わしが唯一選んだ書体にダメ出しするとな???

わし『は、ははは。そうですかぁ~ひょろひょろでしたかぁ~。・・・じゃぁ英字もお任せします・・・』
おじぃちゃん『うむ。じゃ』ガチャン。

・・・・・。
まぁね。いいんです。頑固さんだから。いいの。
いいのいいの。
おじぃちゃん、可愛いから許しちゃう。

そして小一時間後、原稿のFAXが送られてきました。
おぉっ。さすが職人!仕事が早い!
さっそく送られてきたFAXをうきうきチェックし始めます。
住所の間違いは無いかなん?
M'sのURLは合ってるかなぁん?

と、そこに電話のベルが。
わし『もしもし』
おじぃちゃん『あぁ~FAX見た?』

仮にも商売人のくせに名乗らないところがまた素晴らしい。

わし『いま丁度見てたところですー』
おじぃちゃん『なんか間違いがあれば言って』
わし『そうですねぇ、えっと~住所は・・・合ってますー』
おじぃちゃん『うむ』
わし『電話番号や携帯なんかも・・・合ってますー』
おじぃちゃん『うむ』
わし『英字の書体、変えて頂いて正解ですね。しっかりした字でイイかも』
おじぃちゃん『うむ』
わし『メールアドレスも・・・ぬぁっ!?』
おじぃちゃん『ん?』
わし『e-mail(イーメール)がe-mall(イーモール)になってますっ(汗)』
おじぃちゃん『はぁ?
わし『えっとえっと・・・携帯番号の下の行は英字ですよね?それがe-mailなんですけど、そのスペルが、えっと、イー・ハイフン・エム・エー・アイ・エルのはずが、エム・エー・エル・エルになっちゃってるんですけど』
おじぃちゃん『・・・・・・・・・・・・』
わし『もしもし?・・・あっ!じゃぁ、正しい綴りをFAXで送りましょうか?(汗)』
おじぃちゃん『うむ。そうして』ガチャン。

・・・・・・・・・。
まぁね。いいんです。いいのいいの。
おじぃちゃん、可愛いから許しちゃう。
お年寄りであることを考慮して、注文時にちゃんと大き目の字で、特に英字はこれでもか!という程デカイ字で書いておいたにもかかわらず間違っちゃうおじぃちゃん。ん~ん、ぷりてぃ♪

さっそく紙に
× e-mall(イー・ハイフン・エム・エー・エル・エル)
○ e-mail(イー・ハイフン・エム・エー・アイ・エル)
と読みがな付き特大サイズで書いて送信しました。

数十分後、再びFAX受信。
どれどれ、今度は大丈夫かな?
ふむふむ。e-mailの綴りも良し。ふむふむ。URLも間違いなし。

・・・ん?
なんか違和感あると思ったら・・・こ、この英字はもしや・・・

ひょろひょろだっつって却下された、わしの選んだ書体ではないか!!!

と、そこでまた電話のベルが。
わし『もしもし』
おじぃちゃん『あぁ~今度は合ってる?』
わし『はい、合ってますけど・・・』
おじぃちゃん『うむ』
わし『あのぉ・・・英字の書体なんですけど』
おじぃちゃん『ん?』
わし『これって私が最初に選んだ書体じゃないですか?』
おじぃちゃん『うむ、そうだよ』
わし『・・・ひょろひょろだから変えることになったんじゃ・・・』
おじぃちゃん『うむ、やっぱ止めた』
わし『・・・』
おじぃちゃん『・・・イヤ?』


イヤとかそういう問題じゃなくてぇぇ(泣)


・・・その後も、FAXと電話による同じ様なやりとりが数回あったわけですが、えらく長くなるので割愛。

・・・いいんです。
いいのいいの。
おじぃちゃん可愛いから、もう何でも許しちゃう。
それにね。もう何度も名刺頼んでるけど
これまで一発で仕上がった試しないから(泣)

後日、かくしてなんとか出来上がった名刺を受け取りに行きました。
おじぃちゃんは満面の笑みで『毎度有難う。またよろしく』などと言うはずもなく、あいかわらず無表情のまま名刺をぬっと差し出し、さっさと奥の間へ引っ込んで行きました。

帰り道に思いました。
あ~あ。また次もあの店で名刺作っちゃうんだろうな、と。
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