面白い新聞記事を読みました。
信州でワイン農場をもっている画家でもありエッセイストでもある玉村豊男さんの「隠居志願」コラムからの文に目を通してください。
『花の霊』
私はどちらかというと目に見え手で触れることができるものしか信じない、というタイプの人間で、もちろん霊感はないし、オカルト的な現象にもまったく興味はないのだが、二年ほど前、たまたま知り合った整体の専門家に腰痛があることを告げたところ、なんとも不思議なマッサージを受ける羽目になった。彼女は、私を横にして目にタオルをかけると、ぶつぶつ口の中で呪文を唱えはじめた。それから一時間あまり、からだにはほとんど手を触れることなしに、うっ、うっ、と吐息を漏らしながら、タオルの隙間からおそるおそる覗き見したところによれば、なにかを取り出しては捨てるような動作を何度も繰り返した。
「はい、もう大丈夫」そういって施術を終えた彼女の顔は、真っ赤に上気して汗ばんでいる。彼女の話によれば、私のからだの中には腐った花の霊が棲んでいて、棘のある枝がとぐろを巻いていたそうだ。それを全部掻い出して除霊したという。そういわれてもにわかに信じるわけにはいかないが、たしかに、揉んでも叩いてもいないのに、からだはウソのように軽くなった。あれ以来、私は庭から花を採ってきてアトリエで絵を描き終わると、ゴミ箱に捨てる前に、萎れかかった花に両手を合わせ、モデルになってくれたことを感謝する言葉を口の中で唱えている。あまり人には聞かれたくないけれども、どこかで花の霊をないがしろにしてはいけないと思っているのである。現実主義者も地に落ちたものだが、あれから腰痛は出ていない。
この話から、①花にも霊はあるのか、②除霊とは何か、を考えました。先ず霊という言葉を外して、草花にも人のことばが通じるとはよく耳にすることです。「きれいだね!」「よく咲いてくれたね!」とほめてやると、ますます美しく咲き続けるという。ぞんざいに扱ったり、無関心に放りっぱなしにすると、枯れたり腐っていくとも言われます。
一人の友だちからこんな話を聞きました。洗濯機の寿命がきて動かなくなったけど、買い換えるお金がない。そこで洗濯機に向かって「今までたくさんお世話になりありがとう。もう少しがんばってくれないかな」と手を合わせてポンとたたいたら、又動き出してくれたという。笑い話のようですが、どんな物にも共鳴しあう魂が宿っていると信じる人はいます。古来からのアニミズムです。ご来光を仰ぎ、高山や大木を崇め尊ぶ心を昔の人は持っていました。各国の先住民族の方々はすべての物を畏敬する暮らしをしてきたようです。私たち現代人が忘れてしまった感性かも知れません。
いしかわようこ
信州でワイン農場をもっている画家でもありエッセイストでもある玉村豊男さんの「隠居志願」コラムからの文に目を通してください。
『花の霊』
私はどちらかというと目に見え手で触れることができるものしか信じない、というタイプの人間で、もちろん霊感はないし、オカルト的な現象にもまったく興味はないのだが、二年ほど前、たまたま知り合った整体の専門家に腰痛があることを告げたところ、なんとも不思議なマッサージを受ける羽目になった。彼女は、私を横にして目にタオルをかけると、ぶつぶつ口の中で呪文を唱えはじめた。それから一時間あまり、からだにはほとんど手を触れることなしに、うっ、うっ、と吐息を漏らしながら、タオルの隙間からおそるおそる覗き見したところによれば、なにかを取り出しては捨てるような動作を何度も繰り返した。
「はい、もう大丈夫」そういって施術を終えた彼女の顔は、真っ赤に上気して汗ばんでいる。彼女の話によれば、私のからだの中には腐った花の霊が棲んでいて、棘のある枝がとぐろを巻いていたそうだ。それを全部掻い出して除霊したという。そういわれてもにわかに信じるわけにはいかないが、たしかに、揉んでも叩いてもいないのに、からだはウソのように軽くなった。あれ以来、私は庭から花を採ってきてアトリエで絵を描き終わると、ゴミ箱に捨てる前に、萎れかかった花に両手を合わせ、モデルになってくれたことを感謝する言葉を口の中で唱えている。あまり人には聞かれたくないけれども、どこかで花の霊をないがしろにしてはいけないと思っているのである。現実主義者も地に落ちたものだが、あれから腰痛は出ていない。
この話から、①花にも霊はあるのか、②除霊とは何か、を考えました。先ず霊という言葉を外して、草花にも人のことばが通じるとはよく耳にすることです。「きれいだね!」「よく咲いてくれたね!」とほめてやると、ますます美しく咲き続けるという。ぞんざいに扱ったり、無関心に放りっぱなしにすると、枯れたり腐っていくとも言われます。
一人の友だちからこんな話を聞きました。洗濯機の寿命がきて動かなくなったけど、買い換えるお金がない。そこで洗濯機に向かって「今までたくさんお世話になりありがとう。もう少しがんばってくれないかな」と手を合わせてポンとたたいたら、又動き出してくれたという。笑い話のようですが、どんな物にも共鳴しあう魂が宿っていると信じる人はいます。古来からのアニミズムです。ご来光を仰ぎ、高山や大木を崇め尊ぶ心を昔の人は持っていました。各国の先住民族の方々はすべての物を畏敬する暮らしをしてきたようです。私たち現代人が忘れてしまった感性かも知れません。
いしかわようこ