鈴木は音楽が大好きだ。
母はシャンソンが得意、父は元グリークラブ(合唱)という環境で育ったせいもあり、日頃から歌を歌いながら、はたまた聞きながらの生活が普通なのである。
だから、月並みではあるけれどもタワレコの「NO MUSIC NO LIFE」というキャッチを初めて街中で見たとき、そのコピーに対して「ほんと、そうですよね」とばかりにひとり、渋谷店の前でウンウンとうなづいたものである。
特に、歌うということに関しては「ライフワーク」と言い切れる程好きだ。かといって特段、
「あたい?バンドのボーカル。NANA?・・・昔のあたしにソックリ」
とか、
「クラブで歌ってた。はじめはフロアの反応がなくてチョーつらかった。16・・・だった
かな」
とかではなく、まあ、よくいる人だろうがこんな感じである。
たとえば、ご飯を食べるお店なら有線が流れているところを優先する。
人目さえ気にしなくていい環境にあれば、職場だろうと公共の場だろうとところ構わず歌ってしまう。
そんでもってなにかとカラオケが好き。カラオケとはいえ「ステージ」だと認識しているので、基本的にパフォーマンスも含めて楽しめるカラオケ友達とでなければモチベーションが上がらない。座ってただ歌う人間に囲まれたとしても、すくなからず自分は「ソファーの背もたれに座る」くらいしないとつ納得いかないのだ。
私をよく知る人間ならば、私と音楽、特に「歌うこと」に関してはかなり密接なイメージがあるはずである。
あのNHKの番組「連想ゲーム」が、今この世に存在したとして、
1/お題→鈴木
2/パネラー→鈴木の友人
だとしたら、出題直後に「カラオケがモーレツ」とでも書いたパネルを誰かしがら掲げるに違いない。
以前勤めていた広告代理店は、社内に有線放送がひかれており、だれかれ構わずそのチャンネルを変更することができた。西新宿のはずれだったが、.鈴木にとってはまさに天国であった。
毎日、どんなに猛ダッシュして会社に滑り込んで息がゼーゼー上がっていたとしても、朝会の前には必ず今日の有線チャンネルを選局しにゆくことを忘れなかった。生まれついての遅刻魔で、「有給を遅刻で消化」したレジェンドをもつ鈴木だが、大幅に遅刻して相当肩身の狭い思いをしている日でもなお、人目を忍んではコソコソとチャンネルとボリュームを変えに行くことを欠かさなかった。
職場の人間関係もよく、仕事にもやりがいを感じていた鈴木は、毎日の出勤にまったく抵抗がなかったが、朝が人一倍苦手で、さらに遠方から通っていた鈴木にとって「有線が聴ける」「しかも好きなチャンネルを」という事実は「朝のうちに」会社にたどり着こうと思える十分な理由であった。
鈴木はいつのまにやら有線チャンネルの管理人に。「80年代ヒッツ」「90年代Jポップ」「アメリカンビルボード」「オリコン・ザ・ウィーク一番!」(番組名はあいまい)などをセレクトし、ヒットチャートをらくらくカバー。カラオケに行けば、それこそなんでも歌えたものである。
ちなみに、アフター6にはボリュームを絞り「ヘビメタチャンネル」にチェンジ、気分によってはクラクラなアタマに気合をいれるべくいわゆるヘビメタ的な「奇声」を発することもしばしばあった。
その点で言えば、仕事をしながらにして忙しさを発散するいい手段になっていたように思える。
ちなみにこの会社、営業全員が干すとのようであった。もちろんホストみたいな上司が自転車でフロアを走ってきたり、事務職の若干不思議な女子社員が連れてきたイタチが放し飼いにされたり(かわい~と言ってみたもののかなり凶暴であった)、服装も相当に自由だったし(「ロックの編集部かよ」と、つっこまれた)、忙しくなればなる程椅子に正座で飛び込みくるくる~と回りながら電話する、みたいな (←私の記憶である)極めて自由奔放な社風であった。ゆえに、たとえ私が有線にあわせて歌いながら延々仕事をしていようが、私たちが「運動不足解消」という名目で応接室で「バレーボール」をやっていようが誰も文句をいうはずもなかった(ちなみにボールは鈴木の私物)。
なつかしいなあ。
まあ、そんな環境で、鈴木は約二年あったか~く培養された。
転職一発めの会社には有線こそなかったものの、音楽関連のイベントに行けたり、サンプルCDをたんまり頂けたりとかなりおいしい会社だった。
カラオケやライブ好きの同僚が多く、その点でも恵まれていたようだ。
そしてさらなる転職をした現在の鈴木の職場環境で、あるが・・・。
音楽に「触れるのフ」の字もない広告代理店の営業部である。
モロ師岡に仕事モードなのである。
もはや社員の戦士たちは「音楽なんか聞いて仕事なんかしたら死を意味する」クライアントを抱え、それこそ独り言がかなりのボリュームだったりするのだから大変だ。
そんな中、派遣であるわたしが許される歌はズバリ「隣にいる営業さんに、死んでも聞こえちゃいけないハミング」そのレベルである。
ここまで読んでいただいたら察していただけるだろう。
慣れるまで、かなりキツかった。
ふう~
さて、そんなフラフラだった鈴木も入社して半年経った今、いい加減今の職場に馴染んできたのだが、なんとも驚喜に値する仕事がヒョコッと舞い込んできたのである!
その知らせを聞いたのは先月のアタマのこと。某テレビ局で数年前までOAされていた某歌番組の収録現場に、立ち会えるというのだ!
打ち合わせが進むうちに、出演するアーティストの面々が明らかになってゆく。
ちなみにこの番組、「演歌」がメインなのだが、驚いたことに鈴木が一目置いてやまない演歌歌手・氷川きよしの出演が決まったではないか・・・!
と、同時にわたしもその収録現場に、たんなるお手伝いだが参加してよいことに正式に決まったのだから嬉しいこと極まりない!
それから約三週間というもの、その当日の朝まで私は毎日毎日卓上カレンダーの
「演歌立ち会い」
という文字を確かめ続け、はたまた自分の手帳の
「★演歌立ち会い★」
という文字も、確かめ続けた。
これは偶然だったが、劇団つながりの友人たちとオールナイトで演歌カラオケを開催していたするなど、鈴木のモチベーションは高まるばかり。延々探していたきよしのナンバーをビッグエコーで見つけ、かなり気持ちを入れ入れで熱唱。会うわけでも、話すわけでも、見れるかすら分からない氷川きよしへ、届けこのハウリング!…気分はそんな感じであった。
なぜかおこがましい気がして、きよしのナンバーは一曲のみで抑たものの、徐々にモチベーションを上げて行くには充分なほどに鈴木は、歌った。
氷川きよしの、あのつきぬける青空のような歌声をこの耳で確かめることができるのかと思うと、にわかに胸が躍って仕方ない。生の演歌を聞くのは人生で二回目。新宿コマ劇場で北島三郎オンステージを観た以来。さぶちゃんを観にいったのは言ってしまえば「興味本意」であったが、氷川きよしは本当に「スゴイ!」っと思っているため、興味本意でコンサートへ行く気がしない。
行くにはやはり多少の躊躇がつきまとっているのだが、万が一行くとなったら鈴木は「マジ本気」で臨むよ。。。
そこに来て「しごと絡み」とくれば、これはどう考えてもサンタさんからの早すぎるプレゼントとしかおもえないではないか。
何年かぶりに「サンタさん、ありがとう」とオリオン座を見上げながら思ったものだよ。
さて。このような形で「立ち会い」へのモチベーションを最高潮まで高めていったワクワクな鈴木。
・・・だったが。
悲劇は突然訪れるものだ。
立ち会えなくなったのである。
それはまさに収録当日の朝。
直属の上司Mに会議室へ呼び出された鈴木。
「最近暇をもてあましてネットサーフィンしまくってたから…怒られんのかも~ドキドキ」
と、小汗をかきつつ部屋に入ると、神妙な面もちで上司Mさんがこう言った。
「楽しみにしてたところ大変…アレなんだけど…。今日の立ち会いはなしってことになって」
事あるごとに「楽しみです!」と連発していた鈴木に対してMは、立ち会えなくなったその理由も説明。が、もはや理由などどうでもいい鈴木は、正直アタマをガーン!と「マイクで」殴られたかのような衝撃を感じて放心した。
思えば、昨日から「立会いの人数削減」的な気配はあったのだが、「会えるとしんじて」いるため聞き耳をもたなかったのである。
はっきり言って死ぬまで有効の「待て!」であった。
話は変わるが、鈴木は相手の気持ちを即座に汲むのが得意であり、ポリシーである。無邪気に笑う(これは疑問)鈴木の気持ちをかんがみて、わざわざ呼び出すこの上司。
なかなかいいところがあるではないか。「気を使わせては申し訳ない」・・・そう思った鈴木はろうろうと語り始めた上司に向かい、気持ちとは裏腹に笑顔で対応。
もちろん突いて出る言葉は
「大丈夫です、全ッ然大丈夫です!」
気が付けば、リピートであった。。。
スタジオにいるはずだった午後のほとんどをネットサーフィンと社内散歩に費やし、傷心した鈴木は喫煙所のガラス壁から見える都会の夕暮れを眺めながらその悲しみを友人にメールし続けていた。
氷川きよしだいすきっ子としては、彼の歌う「SAY YES」や新曲「一剣」をきけるかもしれないじゃん!・・・と、やもすればサインとか余ったやつもらえるかもしんないとか、思ってたのだが、もはや夢まぼろし。
その日の昼、これから立会いに向かう営業Tさんと沖縄料理をつつきつつ、石原真理子の暴露本のニュースを見ながら、ボソッと本音をもらしちゃいました。
「Tさん、すきがあったら氷川きよしと握手してきてください」
「そしたら私はTさんと握手するから」
結局、サインを手にすることも、間接握手もすることができなかったわけだが。。。
これは、氷川きよしのコンサートに、行くしかないんだろうって言うくらい、鈴木の気持ちはきよし一直線になってしまったので、ありました。
それはまるで「マイハートwillゴーオン」byセリーヌ・ディオン。
そんな、自分に似つかわしくないナンバーでさえ、今の鈴木にはよくにあっているはずである。
しばらくは「ブルーダイヤ」のCMに聴神経を集中させとこうと、思うよ。
母はシャンソンが得意、父は元グリークラブ(合唱)という環境で育ったせいもあり、日頃から歌を歌いながら、はたまた聞きながらの生活が普通なのである。
だから、月並みではあるけれどもタワレコの「NO MUSIC NO LIFE」というキャッチを初めて街中で見たとき、そのコピーに対して「ほんと、そうですよね」とばかりにひとり、渋谷店の前でウンウンとうなづいたものである。
特に、歌うということに関しては「ライフワーク」と言い切れる程好きだ。かといって特段、
「あたい?バンドのボーカル。NANA?・・・昔のあたしにソックリ」
とか、
「クラブで歌ってた。はじめはフロアの反応がなくてチョーつらかった。16・・・だった
かな」
とかではなく、まあ、よくいる人だろうがこんな感じである。
たとえば、ご飯を食べるお店なら有線が流れているところを優先する。
人目さえ気にしなくていい環境にあれば、職場だろうと公共の場だろうとところ構わず歌ってしまう。
そんでもってなにかとカラオケが好き。カラオケとはいえ「ステージ」だと認識しているので、基本的にパフォーマンスも含めて楽しめるカラオケ友達とでなければモチベーションが上がらない。座ってただ歌う人間に囲まれたとしても、すくなからず自分は「ソファーの背もたれに座る」くらいしないとつ納得いかないのだ。
私をよく知る人間ならば、私と音楽、特に「歌うこと」に関してはかなり密接なイメージがあるはずである。
あのNHKの番組「連想ゲーム」が、今この世に存在したとして、
1/お題→鈴木
2/パネラー→鈴木の友人
だとしたら、出題直後に「カラオケがモーレツ」とでも書いたパネルを誰かしがら掲げるに違いない。
以前勤めていた広告代理店は、社内に有線放送がひかれており、だれかれ構わずそのチャンネルを変更することができた。西新宿のはずれだったが、.鈴木にとってはまさに天国であった。
毎日、どんなに猛ダッシュして会社に滑り込んで息がゼーゼー上がっていたとしても、朝会の前には必ず今日の有線チャンネルを選局しにゆくことを忘れなかった。生まれついての遅刻魔で、「有給を遅刻で消化」したレジェンドをもつ鈴木だが、大幅に遅刻して相当肩身の狭い思いをしている日でもなお、人目を忍んではコソコソとチャンネルとボリュームを変えに行くことを欠かさなかった。
職場の人間関係もよく、仕事にもやりがいを感じていた鈴木は、毎日の出勤にまったく抵抗がなかったが、朝が人一倍苦手で、さらに遠方から通っていた鈴木にとって「有線が聴ける」「しかも好きなチャンネルを」という事実は「朝のうちに」会社にたどり着こうと思える十分な理由であった。
鈴木はいつのまにやら有線チャンネルの管理人に。「80年代ヒッツ」「90年代Jポップ」「アメリカンビルボード」「オリコン・ザ・ウィーク一番!」(番組名はあいまい)などをセレクトし、ヒットチャートをらくらくカバー。カラオケに行けば、それこそなんでも歌えたものである。
ちなみに、アフター6にはボリュームを絞り「ヘビメタチャンネル」にチェンジ、気分によってはクラクラなアタマに気合をいれるべくいわゆるヘビメタ的な「奇声」を発することもしばしばあった。
その点で言えば、仕事をしながらにして忙しさを発散するいい手段になっていたように思える。
ちなみにこの会社、営業全員が干すとのようであった。もちろんホストみたいな上司が自転車でフロアを走ってきたり、事務職の若干不思議な女子社員が連れてきたイタチが放し飼いにされたり(かわい~と言ってみたもののかなり凶暴であった)、服装も相当に自由だったし(「ロックの編集部かよ」と、つっこまれた)、忙しくなればなる程椅子に正座で飛び込みくるくる~と回りながら電話する、みたいな (←私の記憶である)極めて自由奔放な社風であった。ゆえに、たとえ私が有線にあわせて歌いながら延々仕事をしていようが、私たちが「運動不足解消」という名目で応接室で「バレーボール」をやっていようが誰も文句をいうはずもなかった(ちなみにボールは鈴木の私物)。
なつかしいなあ。
まあ、そんな環境で、鈴木は約二年あったか~く培養された。
転職一発めの会社には有線こそなかったものの、音楽関連のイベントに行けたり、サンプルCDをたんまり頂けたりとかなりおいしい会社だった。
カラオケやライブ好きの同僚が多く、その点でも恵まれていたようだ。
そしてさらなる転職をした現在の鈴木の職場環境で、あるが・・・。
音楽に「触れるのフ」の字もない広告代理店の営業部である。
モロ師岡に仕事モードなのである。
もはや社員の戦士たちは「音楽なんか聞いて仕事なんかしたら死を意味する」クライアントを抱え、それこそ独り言がかなりのボリュームだったりするのだから大変だ。
そんな中、派遣であるわたしが許される歌はズバリ「隣にいる営業さんに、死んでも聞こえちゃいけないハミング」そのレベルである。
ここまで読んでいただいたら察していただけるだろう。
慣れるまで、かなりキツかった。
ふう~
さて、そんなフラフラだった鈴木も入社して半年経った今、いい加減今の職場に馴染んできたのだが、なんとも驚喜に値する仕事がヒョコッと舞い込んできたのである!
その知らせを聞いたのは先月のアタマのこと。某テレビ局で数年前までOAされていた某歌番組の収録現場に、立ち会えるというのだ!
打ち合わせが進むうちに、出演するアーティストの面々が明らかになってゆく。
ちなみにこの番組、「演歌」がメインなのだが、驚いたことに鈴木が一目置いてやまない演歌歌手・氷川きよしの出演が決まったではないか・・・!
と、同時にわたしもその収録現場に、たんなるお手伝いだが参加してよいことに正式に決まったのだから嬉しいこと極まりない!
それから約三週間というもの、その当日の朝まで私は毎日毎日卓上カレンダーの
「演歌立ち会い」
という文字を確かめ続け、はたまた自分の手帳の
「★演歌立ち会い★」
という文字も、確かめ続けた。
これは偶然だったが、劇団つながりの友人たちとオールナイトで演歌カラオケを開催していたするなど、鈴木のモチベーションは高まるばかり。延々探していたきよしのナンバーをビッグエコーで見つけ、かなり気持ちを入れ入れで熱唱。会うわけでも、話すわけでも、見れるかすら分からない氷川きよしへ、届けこのハウリング!…気分はそんな感じであった。
なぜかおこがましい気がして、きよしのナンバーは一曲のみで抑たものの、徐々にモチベーションを上げて行くには充分なほどに鈴木は、歌った。
氷川きよしの、あのつきぬける青空のような歌声をこの耳で確かめることができるのかと思うと、にわかに胸が躍って仕方ない。生の演歌を聞くのは人生で二回目。新宿コマ劇場で北島三郎オンステージを観た以来。さぶちゃんを観にいったのは言ってしまえば「興味本意」であったが、氷川きよしは本当に「スゴイ!」っと思っているため、興味本意でコンサートへ行く気がしない。
行くにはやはり多少の躊躇がつきまとっているのだが、万が一行くとなったら鈴木は「マジ本気」で臨むよ。。。
そこに来て「しごと絡み」とくれば、これはどう考えてもサンタさんからの早すぎるプレゼントとしかおもえないではないか。
何年かぶりに「サンタさん、ありがとう」とオリオン座を見上げながら思ったものだよ。
さて。このような形で「立ち会い」へのモチベーションを最高潮まで高めていったワクワクな鈴木。
・・・だったが。
悲劇は突然訪れるものだ。
立ち会えなくなったのである。
それはまさに収録当日の朝。
直属の上司Mに会議室へ呼び出された鈴木。
「最近暇をもてあましてネットサーフィンしまくってたから…怒られんのかも~ドキドキ」
と、小汗をかきつつ部屋に入ると、神妙な面もちで上司Mさんがこう言った。
「楽しみにしてたところ大変…アレなんだけど…。今日の立ち会いはなしってことになって」
事あるごとに「楽しみです!」と連発していた鈴木に対してMは、立ち会えなくなったその理由も説明。が、もはや理由などどうでもいい鈴木は、正直アタマをガーン!と「マイクで」殴られたかのような衝撃を感じて放心した。
思えば、昨日から「立会いの人数削減」的な気配はあったのだが、「会えるとしんじて」いるため聞き耳をもたなかったのである。
はっきり言って死ぬまで有効の「待て!」であった。
話は変わるが、鈴木は相手の気持ちを即座に汲むのが得意であり、ポリシーである。無邪気に笑う(これは疑問)鈴木の気持ちをかんがみて、わざわざ呼び出すこの上司。
なかなかいいところがあるではないか。「気を使わせては申し訳ない」・・・そう思った鈴木はろうろうと語り始めた上司に向かい、気持ちとは裏腹に笑顔で対応。
もちろん突いて出る言葉は
「大丈夫です、全ッ然大丈夫です!」
気が付けば、リピートであった。。。
スタジオにいるはずだった午後のほとんどをネットサーフィンと社内散歩に費やし、傷心した鈴木は喫煙所のガラス壁から見える都会の夕暮れを眺めながらその悲しみを友人にメールし続けていた。
氷川きよしだいすきっ子としては、彼の歌う「SAY YES」や新曲「一剣」をきけるかもしれないじゃん!・・・と、やもすればサインとか余ったやつもらえるかもしんないとか、思ってたのだが、もはや夢まぼろし。
その日の昼、これから立会いに向かう営業Tさんと沖縄料理をつつきつつ、石原真理子の暴露本のニュースを見ながら、ボソッと本音をもらしちゃいました。
「Tさん、すきがあったら氷川きよしと握手してきてください」
「そしたら私はTさんと握手するから」
結局、サインを手にすることも、間接握手もすることができなかったわけだが。。。
これは、氷川きよしのコンサートに、行くしかないんだろうって言うくらい、鈴木の気持ちはきよし一直線になってしまったので、ありました。
それはまるで「マイハートwillゴーオン」byセリーヌ・ディオン。
そんな、自分に似つかわしくないナンバーでさえ、今の鈴木にはよくにあっているはずである。
しばらくは「ブルーダイヤ」のCMに聴神経を集中させとこうと、思うよ。