シモネッタのデカメロン―イタリア的恋愛のススメ (文春文庫 た 56-2)田丸 公美子文藝春秋このアイテムの詳細を見る |
最近はボッカッチョやらを追っかけていたが、デカメロンも読んでいないテイタラク。イタリア語で眺めて見てもチンプンカンプン、どなたの訳が面白いのかなと思うばかりで求めもせず。ならばと、田丸さんの楽しい「デカメロン」を読んだ。
「元祖シモネッタ・ドジ」にて、追悼・米原万里を書いたのが、2006年7月。5月がくれば彼女が亡くなって、はや二年になる。
本日登場の田丸久美子さんは、イタリア語の会議通訳・翻訳者。米原万里はロシア語、田丸久美子はイタリア語と、対象とする言葉と文化圏は異なっていたが通訳業から翻訳・モノ書き業まで、万里さんと互いにシッタ・激励しあった同業、そして大の親友であった。
田丸さんは「世界屈指の人生の達人と見なされているイタリア人」にかかわる仕事を三十年以上やってきて、デカメロンみたいな少しキワドイ面白いお話を書いたのがこの本。彼女がホンポーだからこんな話がかけるんじゃなくて、相手がつい心を許してホントのことを言ってしまう人だから、面白い話が集まるのですね。では、田丸さんのデカメロンをちょっとだけ覗いて見ると...
<まえがき から>
(イタリアの男は)あけっぴろげで話好き、並外れて個性的な彼ら。彼らは自分をこよなく愛しており、他人にも愛されたいと強く欲している。そのため初対面の異国の通訳にまで自分のことを語る。
『どんなに自分が妻を愛しているか』『妻に愛されない自分がどんなに不幸なことか』『自分がどんなに女性を喜ばせているか』
話題の中心はやはり男女関係(そういえばイタリア語には≪プライバシー≫という言葉がない。)性愛のことをここまで赤裸々に語るのは、カサノヴァの末裔だからかと思っていたら、そのルーツはもっと遠いところにあるらしい。...
<口説き上手なイタリア男たち>
「バッコ、タバッコ、ヴェネーレ」人生でなかなか辞められない三つの悪徳、バッコはバッカス神、つまり酒。タバッコはタバコ、ヴェネーレはヴィーナスつまり女性のことである。...いまだかつてイタリアで酔っ払いというものを見たことがない。...酔いつぶれては女性と楽しむことができないからだ。。。。
≪シモネッタ≫のあだ名を持つ下ネタ好きの私だが、これは女と見ればくどいてくるイタリア人にたいする自衛策して身につけたものである。攻撃は最大の防御、あっけらかんと下ネタを言うと相手が退くのである。...
<カサノヴァの末裔たち>
(小話)
イタリアで「セックスが終わった直後何をするか」と言うアンケートを取った。
17%: タバコを一服する
13%: 水やビールを飲む
11%: シャワーを浴びる
3%: そのまま眠る
53%: 服を着て家に帰る
<ああ夫婦>
ある夕食の席で二十代だった奥様が私に訴えた。「彼って、私の友人にも相手かまわず手を出すの.もう病気ね」そして夫に向かい「誰と寝ようと勝手だけれど、私のクラス名簿で寝た子の名前の上にバツ印をつけるのはやめて!やることが子どもぽっすぎるわよ」
ハラハラしていると...ご主人も大物で「わかった、もう印はつけないよ」と平然と答えた。
<世界最古の職業,東西のプロたち>
ハンガリー人でありながらイタリアの国会議員に当選したポルノ女優、チョッチョリーナ。...彼女に会うのは三度目になる。ピンクのセクシーな衣装は左側の肩ひもだけが長く仕立てられていて、すぐに胸が露出する≪プロ仕様≫のものだった。...この日のテレビ出演中もサービス精神を発揮し、議員時代によく物議をかもしていたお得意のパフォーマンス≪おっぱいぽろり≫を何度も実行した。「私、左派なので、おっぱいも左側しか出さないの」
<イタリア人のビジネス>
イタリアでは、カンターレ(歌い)、マンジャーレ(食べ)、アマーレ(愛する)が人生の基本だが、食事のときも≪アマーレ≫のことを考えたいのか、こともあろうに男性器の形をしたパスタを売り出した。お土産に貰った友人が感動して「すごく芸がこまかいのよ。本体だけじゃなくて、その下に二つの玉もついてるの。食べるのが惜しくて飾ってるわ」と言うのを聞いて矢も立てもたまらず手に入れたくなった。
シチリア方言の男性器である≪ミンキア≫をもじった≪ミンキエッティ(愛らしいオチンチン)≫というネーミングだけが頼りである。私は勝手に、≪マラロニ≫という日本語訳を決定した。その後イタリアでイエローページを繰って必死で探した甲斐があり、まもなく、メーカが見つかった。電話口の女性は事務的に尋ねる。
「肉色とイカ墨の入った黒いヴァージョンがありますが、どちらになさいますか。クロの方がサイズは少し大きめです」
この田丸さんの文庫版には、「万里と私の最後の一年」という、元祖シモネッタだった親友を失ったつらい文章があとがきにつく。
万理さんも書いていたある語学サイトの「通訳ソーウツ日記」にも、昨年田丸さんが書いていた。 「...私が下ネタにすっかり興味をなくしてしまったこと。私は、彼女のはじけるような笑い声が聞きたくて下ネタを練っていただけなのだから...」
昭和44年東京外語大入学、米原万里と同級なのかなあ。このころ全共闘などはなやか,ヘルメットとゲバ棒だらけ、この年は安田講堂攻防戦で東大も入試中止、新宿西口はフォークソングがあふれて。この翌年だった、ボクが東京に行けたのは。電電の大学校で給料ももらってるのに全くベンキョウもせず遊んでばかりいた...。同じ年代だ。万里はもういないけど、クミコ、まだまだネタいっぱいあるでしょ、ガンバってね...
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「シモネッタのデカメロン―イタリア的恋愛のススメ 田丸 公美子著 文春文庫・文藝春秋 ISBN978-4‐16-771764‐3」