Storia‐異人列伝

歴史に名を残す人物と時間・空間を超えて―すばらしき人たちの物語

二百十日に寄せて

2023-09-02 08:30:36 | 音楽・芸術・文学
もう9月1日か、それにしてもなんとも暑い今年だなあ。ねれ縁の上は、足の裏が火傷しそう。青空、陽射しはカンカン、なのに、そろそろ肉体労働のアルバイトに行く時間だ。
9月1日といえば1923年の関東大震災、これは大正12年。夭折した親父は生きてれば今年で100歳。
さらでだに、二百十日といえば正岡子規がとっさに詠んだ戯れ句が思い浮かぶ。少し長いが、「日本」新聞社に入ったころの逸話を引いてみる。
 
《『子規全集〈別巻 2〉回想の子規 (講談社) 』ー『日本新聞に於ける正岡子規君』 古島一念 より
。。。
 君が入社して先づ筆を執つたのが例の有名なる獺祭書屋俳話の一篇で、君が俳句上の所論を公けにした言はゞ俳句界革新の暁鐘であつた、僕は成程一寸變つた議論だとは思つたが、なに高が十七字のチョンノマ文學だ、善いも悪いもあつたものかと高をくゝつて居つた、
 すると間もなく岐蘇三十首なる漢詩が出て來た、漢詩の方は多少の趣味を以て居つたから其善悪位は分る、分る丈に是には痛く其腕前に驚いた、併し君は純粋なる文學者であつて新聞記者としては成功するや否やは尚ほ疑問を存して居つた、夫れだから或日の事であつた、新聞社の歸へり路に僕は君を引張つて、とある鳥屋に這入込んだ、そして僕は先輩然として俳句を新聞の上に應用する事に就ての工夫やら新聞文學なるものは一種の技倆を有する事などを説いた、君はそんな事は言はずとも知て居ると云ふ様な顔付で聞いて居つたが別に何にも言はなかつた、僕は其時の君の顔が何となく癪に障つてコイツ生意氣な奴だと思ふて居つた、それから一月も立つて丁度其年の二百十日であつた、日本新聞は發行停止を命ぜられた、僕は多少試験の氣味で君何か一句ないかと言つたら言下筆を把つて、
    君が代も二百十日は荒れにけり
とやつた、こいつはなかなか喰へぬ代物だ、よくもコンナに十七字の中にこなしつける事の出來るものだと只だもう譯けもなく矢鱈無性に感服して仕舞つた、君は大方腹の中でこいつも矢張り話せない月並連中だと笑つて居つたろう。
 併し予は此の一句を得てから自分の所論が成功したかの如く嬉しかつた、即ち青崖の評林と共に俳句の時事評を以て紙面を飾る事が出來ると思つたから今度は更らに時事を詠じて呉れと頼んだ、今となつて見るとコンナ事に君を煩したのは氣の毒であつたと後悔するが負ける事の嫌な君は快く此の注文を引受けて是より日々紙上君が俳文若しくは俳句を見ざるの日はなかつた、試みに其の二三の例を紹介しよう。(以下略)
。。。。》
 
さてと、ひと仕事終わって。。。。今夜の僕の二百十日は、昨日、子母澤寛の「勝海舟」を読み終えたから「海舟記念日」としておこう。高校のバレー部の2年上の主将だった成広先輩に勧められたのが今年2023年の節分のころ。半世紀前の出版の全6巻をタダ同然で手に入れれば、箱入り、セロファン紙カバーまでつく見事な本であった。だが、いかんせん、当方の気づく時期が半世紀遅れた。虫眼鏡まで使ってやっと読み終えた「勝海舟」これは、素晴らしい小説であった。僕も「Storia異人列伝(Ⅳ)ー明治維新ー」という稚拙な本をまとめたが、これも読んでいればまたまた内容が発散(深化ではなく!?)するところであったかもしれぬ。西郷と勝の合作の若者だった山本権兵衛が海軍大臣になったのを見届けての翌年明治32年1月、伯爵の勝海舟は亡くなった。最後に残した言葉は「コレデオシマイ」。100年前の二百十日、関東大震災時の首相は山本権兵衛であった。
 
勝麟太郎は、周りの人たちにべらんめえ調の江戸言葉で思いや、ぼやきやらを撒き散らす。むろん、しゃべりなど会話は、歴史小説作家の腕の見せ所、嘘八百も混じったものではあろう。しかしその内容と雰囲気がまさに本当のことに思えてしまう。話の中身と時間の流れは維新のころの史実を丹念に追いかけて書いたものだからだ。
このころのもう一人の人物西郷隆盛には、海音寺潮五郎が西郷への想いを通して見事な維新史を遺してくれた。倒れゆく徳川幕藩体制の側にも、子母澤寛が勝海舟という醒めた理性が存在していたことを書いて示してくれたのだった。新聞小説としての初出は太平洋戦争中の昭和16年から21年のころである。小説は、徳川家の駿府転封のごたごたあたりで突然に終わりを告げる。
 
戦後だいぶ経ってNHK大河ドラマにもなったようだ。この小説のままで、壮大なドラマになりその場の情景までが目に浮かぶのだ。麟太郎の口からは、行く末もわからぬ時勢の動きから様々な人物たちの生き様、死に様、江戸や大坂、京、長崎まで地理や四季折々の風物も、日々の小さな花々と雨風までを添えて詳しく語られる。このまま映像化すればドラマになるのだ。この小説家の力量である。
麟太郎を取り巻く人間模様、親父の小吉に始まり父母、愛妻、愛妾たち、義弟の佐久間象山、彼を慕う若き坂本龍馬ら。。。
子母澤寛の筆の下には、この時代の精密な調査と考察が潜む。封建時代の江戸幕府の役職の名称、位階、俸禄。。。若き麟太郎、壮年の勝安房守が動き回る江戸の町は江戸切絵図を横に置かないといけない。だが彼が動き回るのは狭い江戸だけではない。京、大坂、神戸、長崎、サンフランシスコ、ハワイ、広島、駿府。。。勝海舟という男は徳川家とその時代に最善の幕引きをしてくれた。「勝海舟」は、出処進退も潔い、素晴らしい人物の良き人生の物語であった。
 

(1860年渡米時にサンフランシスコにて撮影、ja.wikipedia.org/wiki/勝海舟)


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