気ままな歳時記(その2)

気ままな歳時記の続編です
Sonyα6500とRX100M7で撮った写真で,日々の事や昼飯を気ままに綴っています

『欲望の昭和』~戦後日本と若者たち~

2022-08-11 14:42:49 | 日々の出来事
 東北歴史博物館で、『欲望の昭和』~戦後日本と若者たち~が、7月16日~9月11日の間開催されているので、行ってみました。

 1945年8月15日以降の昭和の日本と若者たちに焦点を当てて、昭和の懐かしい色々な物を展示していました。

 今から77年前の8月15日を境に戦後が始まり、私が住んでいた川内地区にもアメリカの進駐軍が駐在しており、小学校の頃すでに進駐軍はいませんでしたが、緑と白の住宅(当時は、国家公務員住宅)が進駐軍のキャンプ地だったことを思い出させるものでした。

 また、仙台二高のプールは進駐軍が作ったもので、県内唯一の長さが50mあり、深さが2mとアメリカ人仕様だったことが分かります。

 1956年(昭和31年)に進駐軍が日本から去り、戦後は終わったと言われて頃から日本の高度成長が始まり、博物館にも展示されていた三種の神器(白黒テレビ、洗濯機、冷蔵庫)を持つ家庭が増えていきました。

 その後は、東京五輪、大阪万博、札幌冬季五輪などの国際的な催し物や新幹線や高速道路、日本列島改造などにより、日本の国際化と近代化が進みました。

 映画の全盛期からテレビへの移行、ビートルズやグループサンズの流行により、レコードやステレオの発展、個人音楽鑑賞のための高性能ラジオやラジオカセットが多数発売されました。

 仙台でも昭和45年(1970年)頃に、銀座の歩行者天国「銀ブラ」を真似て、東一番丁を歩行者天国にする「番ブラ」が実施され、市役所側の「仙台三越百貨店」前から広瀬通り角にあった「ジャスコ」を通って、「藤崎百貨店」までが歩行者天国になりました。

 若者が持ち歩くオーディオ機器もラジオからラジカセ、ウォークマン、ポータブルCD、MOなどを経て、今ではカメラもオーディオも全て携帯電話で済む時代になりました。

 そういう意味では、物に執着する時代であった「昭和」と今「令和」はかなり違ってきましたが、より良い物を求め続けた若者の姿は懐かしいとともに愛おしい気さえしまいます。

 私自身も中学からカメラに嵌まり、以降50年過ぎた今も、カメラだけは肌身離さず毎日持ち歩いています。

 東北歴史博物館


 『欲望の昭和』~戦後日本と若者たち~
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