”スローライフ滋賀” 

「ウォーキング三昧」ブログの続編です。令和元年(2019年)5月1日に移行しています。

豊かな自然のなかで生まれた技と心「永源寺ものづくり展2022」開催中(東近江市)

2022-06-15 09:00:00 | 東近江ライフ
 東近江市永源寺地区の美術作家や工芸作家の新作を展示する「永源寺ものづくり展2022」が、永源寺図書館(東近江市山上町)で開かれている。

↑写真:滋賀報知新聞より

永源寺ものづくり展2022
開催期間: 6月26日(日)まで
場所: 東近江市立永源寺図書館(東近江市山上町830-1)

 豊かな自然のなかで生まれた技と心を市民に知ってもらう催しで、今回で19回目。
会場には、陶芸、木工、木地(ろくろ)、絵画、造形の計12人の作家の作品約70点が展示されている。
 会場には、伝統のろくろ技術で製作した味わい深い椀や、和紙を焼成して重ねた戦国武将「真田幸村」を思わせる造形、木の木目や色を生かした机やいす、ブックエンド、一輪挿し、リズミカルで鮮やかな色彩が印象的な絵画、遊び心のある陶器などが展示されている。

出展作家は次の通り。
 ▽阿波連永子(絵画)
 ▽安部俊夫(木工)
 ▽奥田誠一(造形)
 ▽小椋繁春(木工)
 ▽小林朗(木工)
 ▽北野清治(木地・ろくろ)
 ▽北野宏和(木地・ろくろ)
 ▽國分良高(木工)
 ▽西條由紀夫(絵画)
 ▽ツジタカコ(陶芸)
 ▽中根楽(陶芸)
 ▽渡辺徹夫(木工)

<滋賀報知新聞より>
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【滋賀・近江の先人第259回】惟喬親王の子「兼覧王」(東近江市)

2022-06-15 06:00:00 | 滋賀・近江の先人
 兼覧王(かねみおう/― のおおきみ、貞観8年(866年)? - 承平2年(932年))は、平安時代前期の皇族・歌人。文徳天皇の皇孫で、弾正尹・惟喬親王の子
一説には上野太守・国康親王の子。官位は正四位下・宮内卿。中古三十六歌仙の一人。

ヒストリー
 光孝朝の仁和2年(886年)二世王(孫王)として従四位下に蔭叙され、宇多朝の寛平2年(890年)河内権守に任ぜられる。
 宇多天皇の親政(寛平の治)が始まると、寛平4年(892年)侍従となって帝側に仕え、次いで中務大輔や民部大輔を歴任した。

 寛平9年(897年)醍醐天皇の即位後まもなく山城守として地方官に転じる。
延喜6年(906年)正月に治国の功労によって従四位上に昇叙され、同年9月に大舎人頭に任ぜられ京官に復す。
 こののち、延喜11年(911年)神祇伯、延喜18年(918年)弾正大弼、延長3年(925年)宮内卿と、醍醐朝後半は京官を歴任した。またこの間の延長2年(924年)には正四位下へ昇叙されている。
承平2年(932年)に卒去。享年67か。

人物
歌人としては、亭子院歌合に出詠したほか、『古今和歌集』に5首、『後撰和歌集』に4首入集する。何れも技巧を凝らした興趣ある歌風だが、宮廷歌人の名声には及ばなかった。『古今集』には、紀貫之や凡河内躬恒が王との対面に感激し、贈答を交わしたことが見える。

逸事
 昌泰元年(898年)10月に遊猟中の宇多上皇の宿所に献物を持参した際、上皇に挨拶せずに、献物の秣を庭中に積み上げるように置き並べた。王の非礼な行動に上皇が機嫌を損ね、困惑した侍臣らも沈黙する中、さらには秣を奪い取る者が現れ、それを追捕する騒動に発展した。
一連の顛末を記録した紀長谷雄は騒動を招いた王を「無智」とまで評しているが、こうした宮廷秩序への認識の欠如は王に限らず、公務の慣行に疎かった当時の皇族の実情をよく示していよう。

官歴
注記の無いものは『古今和歌集目録』による。
仁和2年(886年) 正月7日[8]:従四位下(直叙)
寛平2年(890年) 2月:河内権守
寛平4年(892年) 日付不詳:侍従
寛平6年(894年) 8月:中務大輔
寛平9年(897年) 5月:民部大輔。7月17日:山城守[9]
延喜6年(906年) 正月7日:従四位上(治国)。9月17日:大舎人頭
延喜11年(911年) 2月15日:神祇伯
延喜18年(918年) 2月29日:弾正大弼
延喜21年(921年) 正月30日:兼大和権守
延長2年(924年) 正月7日:正四位下
延長3年(925年) 6月:宮内卿
承平2年(932年) 日付不詳:卒去
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