どうも不安な天気だとは思いつつ、9月24日に果たし損ねた用事を済ませるべく、笠利町大笠利を目指した。
棲家から50mのスタンドにて給油。
252.1kmで7.46リットル。33.79km/リットル。価格は¥153/リットル。
沖縄はもっと安いのだそうだ。同じ離島じゃねぇか、日本国政府よ。
普通、大笠利には太平洋岸を行くのだが、臍曲がりのオレは東シナ海方面ルートを選択。
アップダウンはたいしたことはないが、適度に曲がりくねった道を楽しむ。
赤木名(あかきな)から屋仁(やに)にいたる途中、→鍋比(なべごろorなぶぐる)という案内を発見したので入ってみる。
先日、よく行く飲み屋で
「こんなこんなに(手をはげしく上下左右に)なってる道」と聞いた、なべごろ林道とは、こちらのことか。
1kmちょっと進むと、舗装が終わり、軽トラックの轍が奇麗についた未舗装路になる。
奄美大島の林道というのは、農業や林業で平均して使われている、所謂生きた林道が多く、概して走り易い。
さすがに亜熱帯の島だけあって樹木の繁茂のスピードが異常に速く、夏から秋に掛けては雑草に覆われて路面が見えない部分がある、というのが唯一の難点である。
だから、ふだん車に乗っている人が
「こんなこんなに(手をはげしく上下左右に)なってる道」
と言ったところで、それが観光案内業者と九州電力の架線工事のプロであっても、
「ナニ、たいしたことはあるまい」と高をくくっていたオレではある。
たしかに100mほど進んだところでちょっとしたガレ場がある。
昔のオフロードバイクの雑誌(もう十年ほど読んでないので)なら、「B級」などと分類されそうな路面のエグれ方ではあるが、30mほどしか続かず、
「オフロード・バイクだったら、初心者でも度胸一発で行けるな」と考えた。
ガレ場を過ぎると、右手に砂防ダムと貯水池が見える。
ちょっと休憩。
砂防ダムの上から水面を見渡す。
蝉の声、鳥の鳴き声に包まれながらも、何か静けさを感じる水面である。
振り向いても濃い緑。
濃緑色の水面からは、生物の気配が濃厚に感じ取れる。
ふと足元の水面を見ると、30cmほどの深さに魚の頭が見える。目がこちらを向いている。
かなりデカい。頭だけで20cm近くありそうだ。
頭部から体幹部(でもいいのか?魚だぞ)にかけて、なだらかに続いているようだが、水が濁ってよく見えない。
死んだように動く様子もなく、とがった長い口は、少なくとも淡水魚のフォルムではない。
「誰かが魚の頭だけ捨てたんだろう。それにしてもデカいな」
軽く考えて、目の前に見えていた棒を拾ってつつこうと思った。
そのとき、その魚のアタマが動いた。
「ウナギだ。いや、オオウナギだ!(ウナギとは別種の生き物)」
あわててカメラを取り出すが、奴はこちらに背を向けてしまった。
暗緑色の水中で濃紺の背中は、そこにいるのが判っていても、カメラのデータとしては意味を成さない。
推定、全長2m、最大直径15cmというのは、もちろん素人判断だが、下の写真のオオウナギよりもずっと巨大であったことは間違いない。
なお、こちらは'97年頃、加計呂麻島の実久海岸にて撮影したもの。
さて、オオウナギ撮影に失敗したといってもそれは偶然だの余禄だのといったものである。
とりあえずの目的である「こんなこんなに(手をはげしく上下左右に)なってる道」の検証は、まだ終わってはいない。
のんびりペースで先に進むと、いくらか道が険しくなってくる。
前日、オレの住む名瀬は激しい雷雨で、何度か落雷もあった。
一度は棲家から100mほどのダイエーの避雷針に落ちたらしく、正直言ってかなりビビったオレである。
笠利方面はそれほど雨は降っていなかったらしく(後ほど、大笠利と喜瀬の知人に聞いたところ、「え、雨?」という程度の反応)、林道もそれほど多くの水を含んでいない模様。
それでも、水溜りが見えるところではかなりの泥濘があり、後輪は何度も空転する。
「これは、初心者に走らせたら危ない」
それほど多くも広くもないが、路肩が崩落している個所もある。
当初の予想よりもかなり慎重になりながら進むと、ガレ場が100m以上も続くところがあり、なおかつ路肩と轍の中央の雑草で路面が見えなくなっている。
「ここを初心者に走らせるのは犯罪である」
そう決めた途端に崖崩れで行き止まりになった。
幸い、路幅はそれほど狭くはなかったので、降りて押したり引いたり、1分もかけずにUターンした。
大笠利で用事を済ませ、喜瀬にちょっと寄って帰る。
帰り道は、龍郷町浦(うら=地名)から東シナ海岸を経由して帰ることにする。
昨日の決意が有効なうちに、こちらで夕陽を撮影して帰ろうというのだ。
とりあえずの目論見としては、
安木屋場(あんきゃば)の防波堤か、
今井崎灯台の
どちらかでと。
龍郷で曲がってすぐのところで、面白いものを見つけた。
平家漁法という、昔の沿岸漁法の再現らしい。
満ち潮に乗って入ってきた魚介類が引き潮で取り残されたのを一網打尽にする、という定置網と地引網の祖先みたいな漁法である。
潮の干満はあっても波がほとんどない龍郷湾ならではの光景である。
ちょちょいと写真を撮ってから時間を確認すると、5時20分ころ。日没は6時頃か。
東シナ海岸廻りで名瀬へというのは、じつはあまり走っていない道である。
先を急ごう。
これが間違いのもとであった。
安木屋場に差し掛かってもまだ日没には余裕がある。
今井崎でも、時間が余る。
よし、これなら大熊(だいくま)の展望台で夕映えの名瀬湾を撮ってやろう、と勢い付いたのが運の尽き。
展望台に着いてみると、夕陽は湾の向こうの山に隠れてしまっていた。
昨日まで最高気温が30度を超える真夏日続きだった南の島でも、やはり季節は巡っているのだ。
急速に気温が下がり、ヘルメットの中でくしゃみをしながら家路を辿るオレだった。
本日の走行、約100km。
棲家から50mのスタンドにて給油。
252.1kmで7.46リットル。33.79km/リットル。価格は¥153/リットル。
沖縄はもっと安いのだそうだ。同じ離島じゃねぇか、日本国政府よ。
普通、大笠利には太平洋岸を行くのだが、臍曲がりのオレは東シナ海方面ルートを選択。
アップダウンはたいしたことはないが、適度に曲がりくねった道を楽しむ。
赤木名(あかきな)から屋仁(やに)にいたる途中、→鍋比(なべごろorなぶぐる)という案内を発見したので入ってみる。
先日、よく行く飲み屋で
「こんなこんなに(手をはげしく上下左右に)なってる道」と聞いた、なべごろ林道とは、こちらのことか。
1kmちょっと進むと、舗装が終わり、軽トラックの轍が奇麗についた未舗装路になる。
奄美大島の林道というのは、農業や林業で平均して使われている、所謂生きた林道が多く、概して走り易い。
さすがに亜熱帯の島だけあって樹木の繁茂のスピードが異常に速く、夏から秋に掛けては雑草に覆われて路面が見えない部分がある、というのが唯一の難点である。
だから、ふだん車に乗っている人が
「こんなこんなに(手をはげしく上下左右に)なってる道」
と言ったところで、それが観光案内業者と九州電力の架線工事のプロであっても、
「ナニ、たいしたことはあるまい」と高をくくっていたオレではある。
たしかに100mほど進んだところでちょっとしたガレ場がある。
昔のオフロードバイクの雑誌(もう十年ほど読んでないので)なら、「B級」などと分類されそうな路面のエグれ方ではあるが、30mほどしか続かず、
「オフロード・バイクだったら、初心者でも度胸一発で行けるな」と考えた。
ガレ場を過ぎると、右手に砂防ダムと貯水池が見える。
ちょっと休憩。
砂防ダムの上から水面を見渡す。
蝉の声、鳥の鳴き声に包まれながらも、何か静けさを感じる水面である。
振り向いても濃い緑。
濃緑色の水面からは、生物の気配が濃厚に感じ取れる。
ふと足元の水面を見ると、30cmほどの深さに魚の頭が見える。目がこちらを向いている。
かなりデカい。頭だけで20cm近くありそうだ。
頭部から体幹部(でもいいのか?魚だぞ)にかけて、なだらかに続いているようだが、水が濁ってよく見えない。
死んだように動く様子もなく、とがった長い口は、少なくとも淡水魚のフォルムではない。
「誰かが魚の頭だけ捨てたんだろう。それにしてもデカいな」
軽く考えて、目の前に見えていた棒を拾ってつつこうと思った。
そのとき、その魚のアタマが動いた。
「ウナギだ。いや、オオウナギだ!(ウナギとは別種の生き物)」
あわててカメラを取り出すが、奴はこちらに背を向けてしまった。
暗緑色の水中で濃紺の背中は、そこにいるのが判っていても、カメラのデータとしては意味を成さない。
推定、全長2m、最大直径15cmというのは、もちろん素人判断だが、下の写真のオオウナギよりもずっと巨大であったことは間違いない。
なお、こちらは'97年頃、加計呂麻島の実久海岸にて撮影したもの。
さて、オオウナギ撮影に失敗したといってもそれは偶然だの余禄だのといったものである。
とりあえずの目的である「こんなこんなに(手をはげしく上下左右に)なってる道」の検証は、まだ終わってはいない。
のんびりペースで先に進むと、いくらか道が険しくなってくる。
前日、オレの住む名瀬は激しい雷雨で、何度か落雷もあった。
一度は棲家から100mほどのダイエーの避雷針に落ちたらしく、正直言ってかなりビビったオレである。
笠利方面はそれほど雨は降っていなかったらしく(後ほど、大笠利と喜瀬の知人に聞いたところ、「え、雨?」という程度の反応)、林道もそれほど多くの水を含んでいない模様。
それでも、水溜りが見えるところではかなりの泥濘があり、後輪は何度も空転する。
「これは、初心者に走らせたら危ない」
それほど多くも広くもないが、路肩が崩落している個所もある。
当初の予想よりもかなり慎重になりながら進むと、ガレ場が100m以上も続くところがあり、なおかつ路肩と轍の中央の雑草で路面が見えなくなっている。
「ここを初心者に走らせるのは犯罪である」
そう決めた途端に崖崩れで行き止まりになった。
幸い、路幅はそれほど狭くはなかったので、降りて押したり引いたり、1分もかけずにUターンした。
大笠利で用事を済ませ、喜瀬にちょっと寄って帰る。
帰り道は、龍郷町浦(うら=地名)から東シナ海岸を経由して帰ることにする。
昨日の決意が有効なうちに、こちらで夕陽を撮影して帰ろうというのだ。
とりあえずの目論見としては、
安木屋場(あんきゃば)の防波堤か、
今井崎灯台の
どちらかでと。
龍郷で曲がってすぐのところで、面白いものを見つけた。
平家漁法という、昔の沿岸漁法の再現らしい。
満ち潮に乗って入ってきた魚介類が引き潮で取り残されたのを一網打尽にする、という定置網と地引網の祖先みたいな漁法である。
潮の干満はあっても波がほとんどない龍郷湾ならではの光景である。
ちょちょいと写真を撮ってから時間を確認すると、5時20分ころ。日没は6時頃か。
東シナ海岸廻りで名瀬へというのは、じつはあまり走っていない道である。
先を急ごう。
これが間違いのもとであった。
安木屋場に差し掛かってもまだ日没には余裕がある。
今井崎でも、時間が余る。
よし、これなら大熊(だいくま)の展望台で夕映えの名瀬湾を撮ってやろう、と勢い付いたのが運の尽き。
展望台に着いてみると、夕陽は湾の向こうの山に隠れてしまっていた。
昨日まで最高気温が30度を超える真夏日続きだった南の島でも、やはり季節は巡っているのだ。
急速に気温が下がり、ヘルメットの中でくしゃみをしながら家路を辿るオレだった。
本日の走行、約100km。