南方単車亭日乗

奄美大島にIターンした中年単車乗りが、てげてげに綴ります。
はじめての方は、最初に《ごあいさつ》をお読みください。

潮干狩り、のつもりだった

2006年04月30日 10時45分07秒 | デキゴト
連休前半は、大潮ですってワケで、笠利町喜瀬(きせ)に行ってきました。
途中、BIGⅡ(びっぐつー)に寄って、熊手と収穫を入れる網を買い、
えーいついでだ、と420cmの釣り竿とクーラーボックス、あれやこれやの釣り道具を買い揃えました。
〆て8,427円也。
ちょっと痛い出費だけど、何がしか(ちょっとした期待とか、明るい気分とか)の成果が既にあるわけだから、それでイイんです。
朝から雨だったんですが、正午ちょっと過ぎに喜瀬に着いた時には、どうやら止みそうな気配。
しばし車の中で読書して、気づいたときには、お、止んでるやんでる。
元気よく浜に出たのはいいけど、えーと、どう探せばいいのかな?
ナニシロこっちは、入場料XXX円つーところでしか潮干狩りの経験がないもんだから、「貝ってどこにいるの? 誰かおせーて」ってなモンで。
で、周りを見渡すと、近くても100m先に人がいる程度。
直径1km以上の半円形に広がった干潟に集まった人は、総勢で100人ほどでしょうか?
仕方がないからあてずっぽうに熊手を振り回し、次から次へと岩をひっくり返します。
結果からいうと、2時間近く小腰をかがめてうろついた結果は、貝が6個。
その間に見つけたのは、



タコ(足の長さは30cm弱)と、



ヒトデ(写真だと判らないでしょうが、デカいです。差し渡し30cmほど)。
まだまだウニ(食べられるほどのサイズじゃなかった)とかナマコ(巨大!)とかトコブシ(岩にへばりついて取れなかった)とかあるんですが、グロいのばっかりなんで、省略。

かずみ》に「お土産~」と持って行ったら、
「なんじゃこりゃ。食べるよりもアクセサリーにしたほうがいい貝ばっかりじゃ」と言われて、あえなくお持ち帰り~。
てなワケで、本日これより、地元の住民をガイドとして徴用し、リベンジに行ってきます!
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奄美のフツーの生き物たち 2

2006年04月30日 01時14分42秒 | 奄美のフツーの生き物たち
おヒマでしたら、奄美のフツーの生き物たち 1もご覧ください。

あと二週間ほどで梅雨入りする奄美大島だってのに、今回も12月に見つけた生き物たちです。季節感なくてスミマセン。





イソヒヨドリ
2003年12月23日、宇検村屋鈍にて撮影。
あらためて調べてみたら、全国区のトリさんなんですねぇ。
高い、澄んだ声で鳴く鳥で、郊外の防波堤の辺りでぼーっとしていると、よく遭遇します。
メスは地味な色合いなんですが、オスは暗色系ながら、なかなか凝ったいでたちです。
奄美大島で美しい声で鳴く鳥といえば、リュウキュウアカショウビンが有名なんですが、鳴き声が聴こえるのは4月後半から10月いっぱいくらいでしょうか?
対するイソヒヨドリさんは、ほぼ通年、歌ってくれます。<の、ハズです。



ヤギ
2003年12月23日、瀬戸内町須手にて撮影。
郊外では、野生化したヤギをよく見かけます。
ただし、絶対と言っていいほど、誰かが所有権を主張します。
奄美大島の郷土料理にはヤギ汁もあり、貴重な動物性蛋白源だったのです。
現代でも、行事や祝い事でヤギ料理が供されることがあります。
いつごろ移入されたかは判りませんが、ほとんど天敵のいない離島では生態系を破壊するほど繁殖してしまい、《駆除》も検討されているようです。

たぶん、次も12月です。
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連休前半は、大潮です

2006年04月28日 00時18分50秒 | お知らせ・宣伝
ちょっと時間が出来たので、奄美市の名瀬小湊(なぜこみなと)から崎原(さきばる)、龍郷町戸口(たつごうちょうとぐち)へと回ってみました。
今日は、旧暦の3月30日、新月で潮汐は大潮です。
最大干潮の潮位は0cm。
こんな日は、奄美の人は休みを取って磯に出掛けます。



崎原の港では、堤防の土台が見えるほど潮が引いていました。



戸口の浜も、いつもなら立つのがやっとの海中が、膝下くらいまで引いています。



戸口の港。
28日(金)は、干潮は13:23、水位は-9cm。
29日(土)は、干潮は14:02、水位は-11cm。
30日(日)は、干潮は14:40、水位は-6cm。いずれも名瀬港のデータです。
この三日間は、潮干狩り日和です。どこに行こうかな~。

このついでに奄美大島最大のディスカウント・ショップBIGⅡ(びっぐつー)へ行ってきました。
目的は、釣り竿の価格調査。
ほほー、ナルホド。
思ってたよりも安く買い揃えられそうです。
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奄美のフツーの生き物たち 1

2006年04月27日 00時22分12秒 | 奄美のフツーの生き物たち
こないだ、撮り貯めた写真を整理していたら、ぽちぽちとではあるけれど、生き物の写真を撮っていたことに気づきました。
もちろん、原生林を踏み分けて何時間もネバって撮った写真ではありません。
そんな根性、ありません。
てか、そんなことして希少な生き物たちの生活を脅かしたくありません。
そこらをうろうろしていて偶然お目にかかった、ごくごくフツーの生き物たちばっかり、写真に撮ってます。
中には日本全国どこでも見られる生き物も混じってます、カラスとか。
希少な生物たちは、その道の専門家の方々にお任せするとして、月別に分けて、奄美大島で誰でも見られるフツーの生き物たちを紹介します。
軽い気持ちで見てやってください。
まずは、12月から。



ハクセキレイ
2003年12月17日、奄美市笠利町 奄美パークにて撮影。
5~7月に掛けて、本州各地で繁殖し、冬になると東南アジアなどに移動する渡り鳥です。
奄美には移動の途中で立ち寄るのか、あるいはこのまま越冬するのかな?





バリケン
2003年12月17日、奄美市笠利町 佐仁川にて撮影。
この当時は、まだ珍しかったんじゃないかな?
誰か放鳥している人でもいるのか、昨春くらいから奄美市の中心部を流れる新川でも見掛けるようになりました。
べつに12月に分類する必要もないんですけど、ま、撮影日付のカンケイってことで、ご了承ください。

次回(早くて明日)も、12月撮影分からご紹介します。
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吐喝喇(トカラ)列島のトカラウマが、たいへんなことになっているようです

2006年04月26日 01時03分27秒 | お知らせ・宣伝
奄美大島の北に位置する吐喝喇(トカラ)列島の鹿児島県指定の天然記念物、トカラウマが、
全滅(絶滅、ではない模様)の危機に瀕しているそうです。
詳しくは、トカラ列島トカラうま!さんのブログをどうぞ。
まだはじまったばかりで、じっくり読んでも10分で読みきれます。ぜひ、読んでください。
吐喝喇は、奄美への船旅で何度も遠望した憧れの地です。
何かしてあげたいんだけど、何も思いつかないなぁー。
ご存知(じゃない方もいるかもしれませんが、とりあえず)、奄美群島は、《東洋のガラパゴス》とも呼ばれる希少動物の宝庫です。
しかし、その生息域は毎日毎時毎分毎秒の単位で狭まっています。
20世紀は、絶滅の世紀でした。
日本だけでも、ニホンオオカミ、ミヤコショウビン、キタタキ、リュウキュウカラスバト、ウシウマ、ニホンアシカ。
いちおう「1979年を最後に信頼のおける目撃例はないが絶滅は確認されていない」とされるニホンカワウソは除いています(ウィキペディアにて調べました)。
もうじゅうぶんでしょう。
トカラウマは、県指定の天然記念物として鹿児島県の条例により、保護されています。
そして、その監督は、鹿児島市内にある十島村の教育委員会が行っています。
十島村は、このトカラウマを観光の目玉の一つにしようとしているようですが、ナニかズレているように私には思えます。
何か、私たちに出来ることはないでしょうか?
なんでもいい、何か思いついたら、私に、トカラ列島トカラうま!さんにお伝えください。
まだ、間に合うはずです。
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いちおう速報

2006年04月25日 20時16分27秒 | お知らせ・宣伝
一昨日(23日)、東京NHKホールにて行われた「日本民謡フェスティバル2006」にて、
奄美市笠利町出身(現在も在住)の唄者・中村瑞希さんが、グランプリを受賞した。



中村瑞希さんは、以前の記事でも紹介したとおり、日本民謡協会主催の「民謡民舞全国大会」にて最優秀賞である《総理大臣杯》を、昨年、獲得した。
今回は、同じ日本民謡協会主催の大会であるが、高校野球で言えば、センバツ大会に位置する「民謡フェスティバル」での優勝である。
月並みではあるが、心よりおめでとう、と言いたい。
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磯釣りに行ってきた 2

2006年04月25日 00時12分55秒 | 日々是精進
政治は、突き放して見れば大人の玩具である。
愛用する人々には情熱と快感をもたらすこともあるが、時おり、無縁の人をも含めた人間関係を歪ませる。
そのためか、歌舞伎町のアダルト・ショップでは扱っていない。

南方単車亭の主


磯釣りに行ってきた 1よりつづく。

対岸の山間(やんま)集落からお昼を告げるメロディーが聞こえてきた。
早朝のコンビニで買い求めてあった弁当をたいらげ、ふたたび竿を振りはじめる奄美カンポンLIFEAmami Enjoy Life
オレはといえば、鋭く尖った岩の角に仕掛けを切られ、アタマにきてルアーに切り替え、そのついでに釣り糸を絡ませ、ひたすら解き続けている。
そんな最中にAmami Enjoy Lifeの雄叫びが聞こえる。
「小さそうだな」ダツよりはさっさと揚がってくる魚を遠めに見て、糸解きを続行。
「おー、やったぁ、チヌだ!」その声に、さすがに放っても置かれずデジカメを取り出した。



ダツよりもはるかに小さいそれではあったが、二人の意気は上がる。
「なん時までやりましょうか? 4時?」
「いや、5時まではやりましょう」
一瞬、「選挙」と言いかけたオレだったが、「5時に磯を離れれば、6時には家に着くだろ、選挙には間に合う」と判断する。
アイス・ボックスにチヌを収めた直後、今度はカンポンLIFEの竿が曲がる。
糸解きに戻っていた私は、「小さい魚だったら無視しよう」と決めて目をやると、ダツほどではないが、大きな魚のようだ。



先ほどまでとは役割を換えて、Enjoy Lifeが差し出す玉網に揚がってきたのは、40cm近いイスズミ。
またしても外道で、ふたりの表情は《苦笑い》としか形容の仕様がない。
いったい、ナニが不満なのか、ぽかんとしているのはオレだけである。




て、











た。


三つあったオレの《渓流釣りセット》は、ことごとく岩に食いちぎられ、今回も予想通り、「連続ボーズ記録」は更新された。
「ナメとんのか、オイ」セットの最大の利点である撤収の簡単さのため、10分で帰り支度を終えたオレは、岩場の上の方に登って、二人の釣りを後ろから眺めることにした。
傍目から見れば退屈してるみたいだが、じつはそうでもない。
「釣り糸の、仕掛けに用いる《テグス》は、瀬戸内海の漁師さんたちが日本全国に広めたんだそうだ」
「たんにテグスを売り歩いただけじゃなしに、それぞれの地域とサカナに合った釣り方も教えていたという」
「漁師さんたちは、奄美にも来たんだろうか」
「そういえば、亜熱帯の奄美にはゼッタイに生息しないオキアミを、なんでこのサカナたちは《アヤシイ》とか思わないんだろうか」
「お母さんに《アヤシイ餌は、食べちゃいけません》とか教わらなかったんだろうか」などと取りとめもないことを考えてボケっとしていたら、
「来た!」叫んだのはEnjoy Life。



40cm弱のこの魚(名前は判らなかった)で、本日の磯釣りは終了。
いろいろあった(のかな?)Enjoy LifeとカンポンLIFE。
一日の半分を糸解きに費やしたオレ。
「悔しい」を連発するEnjoy LifeとカンポンLIFE。
「けっこー面白かった」というのが偽らざる感想のオレ。

バイト代が入ったら、釣り竿と、マトモな仕掛けと、あれとこれとそれと…。
うーん、イカン。このままじゃ、釣りにハマってしまう。

選挙? あ、その話は、またそのうち。

この項、おわり

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磯釣りに行ってきた 1

2006年04月24日 00時15分20秒 | 日々是精進
人生は、釣りに似ている。
水という見通しの効かない次元から魚という成果を引っ張り出す試みだが、それに費やす時間のうち、少なくとも半分は絡まった釣り糸をほどく作業に追われる。
私の場合は、半分よりもかなり多い。

南方単車亭の主



今日は、初代の奄美市長を決める市長選挙の日である。
選挙に詳しい人の話では、かなりの僅差になるという予想だそうだ。
どちらに投票するかは決めていた。
その一方で、「釣りに行く」と奄美カンポンLIFEAmami Enjoy Lifeが相談している。
打ち続く「ボーズ記録更新ラッシュ」に歯止めを掛けるべく、混ぜてもらうことにした。
投票? あとで行けばいいや。

2、3分おまけしてもらって、7時集合に何とか間に合った。
瀬渡しの船に乗ること5分間、住用湾に突き出たポイントに到着する。
二人の狙いはチヌ、オレは、「万一釣れればなんでもいいや」。

7:30、オキアミの準備を終え、ここぞというポイントに就いた二人を横目に見ながら、いつもの「ナメとんのか、オイ」セットを繰り出す。
岩の間にクロスズメダイがたくさん泳いでいる。
サイズはせいぜい10cm。釣れるんなら、あれでもいいや。しかし、この釣針、ヤツラには大きすぎないか?
風が強い。「あそこに見える岩と岩の間」を狙っても、150円也の《渓流釣りセット》は、風に流されて明後日の方に行ってしまう。
「ボーズ記録更新」が、目の前にちらついてきた。

そして11:22、「!!」Amami Enjoy Lifeの叫び声に目をやると、釣り竿が逆「し」の字に曲がっている。
カンポンLIFEは玉網を用意し、オレは慌ててカメラを取り出す。
「ダツだ!」少し哀しげな声。狙いとはちがう魚に、ガックリしているらしい。
それでも激闘は3分間ほど続き、上がってきたのは、長さ1mほど、重さは2kgはあろうかという大物である。



上下の顎にずらりと並んだ青い歯が不気味だ。



「うわー、すげぇ」感心してるのはオレだけである。
「これで邪魔者がいなくなった」「チヌもきっと寄って来る」二人の頭には、チヌのことしかないらしい。
うーむ、釣りの世界は、奥が深い。

長くなりそうなので、つづく


追記:
おふたり様、←のリンク集から、本宅をクリックしてメールをお送りください。
折り返し、本日の写真、49枚19.2MBをお送りします。
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大和村を往く 弐拾弐(完結編)

2006年04月23日 00時10分30秒 | 南方単車旅案内
大和村を往く 弐拾壱よりつづく。

宇検村宇検(うけん)集落に到着した。
県道79号線から分岐した狭い道路を奥へと進む。
小さな橋を渡ると、左に雑貨屋。
ここでは、酒類(焼酎、ビール)、主食類(米、パン類、麺類)、肉、魚、野菜など、基本的な食材がすべて揃う。煙草も売っている。
価格と品揃えに関しては、多くを求めるべきではない。
今日は日帰りであるから、外の自販機で飲み物だけを買い入れた。

さらに進むと、人家が途切れる。
海岸は赤土。波はほとんどない。
焼内(やけうち)湾と呼ばれる深く切れ込んだ湾の、それでも外海に近いところだが、
枝手久(えだてく)島が湾の入り口を塞ぐ格好になっていて、外海のうねりが入ってこないのだ。
また、焼内湾を囲む陸地が、衝立のように風を防いでいることもある。



枝手久(えだてく)島と、その手前に浮かぶ島。
干潮時には陸続きとなる。
枝手久(えだてく)島そのものも、年に数度の大干潮(潮位がマイナスになるとき)には、奄美大島と陸続き(長靴程度は必要)になるという。



細く曲がりくねった道を進むと、船越(ふのしorふぬぅし)海水浴場に至る。
今回の目的地は、じつはここであった。



オレの住む、奄美大島最大の人口密集地、奄美市名瀬地区からおよそ50km。
さすがにここまで来るのは地元の人が多く、ハイシーズンの日曜日でも、駐車場には家族連れの車が5台も停まっていれば多いほうだ。
平日の昼時などは、ほぼ独占状態である(奄美大島では、夏の日中の太陽光線の強さを嫌い、夕方から泳ぐ)。

奄美大島全域のどの海岸でも海はとても綺麗だが、ここは外洋に面しているため、さらに海水の透明度が高い。
そのこともあって、オレはこの浜を気に入っている。
「どこかいいビーチは?」と聞かれたら、「かなり距離があるけど」と前置きして薦めることもある。
「そんなに遠くまでは…」と誰も行こうとしないのだが、それもじつは気に入る要因の一つだ。

1999年の9月に、ここで2泊3日ほどキャンプをした。
トイレは水洗、シャワーもある(いずれも写真内の木造建築)。
シャワーは、水道をそのまま使うものであるが、ここは亜熱帯の島である。
キャンプ中は、「寝苦しい」と、夜中に起きて浴びたおぼえもある。
先ほどの雑貨屋で食材を調達し、あとはただ泳いだり寝そべったり持ってきた本を読んだりの生活であったが、
折悪しくやってきた超大型の台風18号に追い返されるようにして帰った。
もっともこの時は、いざという時まで帰る決断がつかず、ビーチのトイレ兼シャワー棟に篭って台風をやり過ごそうとしていたのだ。
今考えれば、馬鹿な話である。
当時住んでいた東京に戻って数日、台風による高潮で、熊本で多くの死傷者が出たことを知り、あらためて怯えた記憶がある。

以上で、大和村を中心とした、県道79号線とその旧道を走るレポートを終わる。
ここまでの走行距離、およそ70km弱。
県道を直進すれば50kmだが、寄り道、回り道、なにか見つけてUターンを繰り返しての結果である。
進めば進むほど、足りない部分が浮き出てくる。
いずれ、この続きは「大和村より還る」とでも題して、反対方向に向けてレポートしてみよう。

この項、おわり

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大和村を往く 弐拾壱

2006年04月22日 00時23分57秒 | 南方単車旅案内
大和村を往く 弐拾よりつづく。

今里(いまざと)集落を後にした県道79号線は、人家のまったく絶えた山中を走り、途中で宇検村(うけんそん)に入る。



直進も左折も瀬戸内町だが、今回は県道79号線を直進する。
奥のほうに見える元・看板だった物体には、
いもーれ
 ようこそ
  宇検村
と記されている。
[いもーれ]とは、奄美の方言で「ようこそ」あるいは「いらっしゃい」の意味である。
ここを左折すると、宇検村の芦検集落に至る。
この道も、実はたいへん魅力的なルートなのだが、ここでは扱わない。

分岐を過ぎて少し行くと、大気中に異臭を感じる。
どうやら県道からすこし離れた辺りに肉牛の厩舎があるらしい。
草木の写真でも撮ろうかと思ったのだが、先を急ぐことにする。

いつしか、道は海側の斜面に出て、空が大きく広がっているのだが、丈高い雑草に遮られて眺望がきかない。
車高の高いオフロードバイクからでも、水平線が雑草の向こうにちらちらと見えるだけだ。
小型の脚立でも買おうか、キャリアに括り付けて走ろうか、と考える。



下り坂になったところで、宇検(うけん)集落が見えた。
3月、4月の奄美は、大陸からの黄砂のため、景色が霞んで見える。
西日本の各地域に較べればたいした影響はないし、今のところ農作物や健康面への影響はないようだが、やはり気持ちのいいものではない。



延々と木々に囲まれた坂を下り、宇検集落への入り口に着いた。
右へ曲がれば集落へ。県道をそのまま進めば、久志(くし)集落へと至る。
宇検は、山に囲まれ、静かな湾を懐に抱いた集落である。
今回の終点は宇検集落の奥だが、まっすぐそちらへは向かわず、20mほどだが寄り道をしよう。



県道をわずかに進むと、風雨に晒されて見事な寂びを醸し出す赤い鳥居を視界の端に捉える。
鳥居には、《厳島神社》とある。
驚くには当たらない。
ここは平家の落人伝説の島なのだ。

つづく

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大和村を往く 弐拾

2006年04月21日 08時32分19秒 | 南方単車旅案内
大和村を往く 拾九よりつづく。

今里(いまざと)は漁港の集落。
志戸勘(しどかんorしどぅくゎん)集落を出て、今里トンネル(172m、昭和40年完成)を通過して至る。
その昔は、近海カツオ漁船の基地として瀬戸内町の西古見(にしこみ)集落と覇を競ったという。
元来、県道79号線とは、この今里のカツオの水揚げを商業港である名瀬港に運ぶために造られた道ではなかったか。
殊に、今里トンネル、名音トンネルが開通した昭和40年代前半という時代を考えれば、このシロウトの思い付きにも頷ける部分はあるはずだ。
時代は、大都市へのヒト・モノの集中、大量&高速輸送時代が最初のピークを迎えたころだ。
昭和39年:東海道新幹線の開業、東京オリンピック開催
   40年:名神高速道路の全線開通、初の国産旅客機YS-11が就航
   41年:国鉄の全線でATS(自動列車停止装置)の設置が完了
   43年:東名高速道路の部分開通、都営地下鉄三田線の部分開業
   44年:営団地下鉄千代田線開業



かつてはカツオ漁船で賑わったという今里漁港も寂しい限り。
なお、2006年4月より、この集落内にあった《今里へき地保育所》が、五年間をめどに名音へき地保育所へ統合されることになった。
暫定措置とのことだが、今後、児童数の増加が望めないことから、実質廃止と見られている。



当地でどのように呼ばれているかは判らないが、今里の漁港は東西に隣接して2つある。
こちらは西側の漁港。
今里の守り神として崇敬を受ける立神岩が港のすぐ外にそびえる。



今里を後にすると、県道79号線は一気に登りとなる。
長さ、角度共に、ここまででもっともキツイ坂だ。
車種不明の原付バイクで走った方の記録(←一読をお薦めします)によれば、小排気量車には相当な難所のようだ。
途中の見晴らしのいいところで今里を振り返る。

つづく

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大和村を往く 拾九

2006年04月19日 00時10分08秒 | 南方単車旅案内
大和村を往く 拾八よりつづく。

志戸勘(しどかんorしどぅくゎん)集落は、白砂の浜に沿って伸びる集落である。
集落内を通る県道79号線は、ほぼ一直線。
脇道は、それぞれの民家にいたる通路程度でしかない。
その民家も県道の両脇くらいしか見当たらず、道を歩く人も心なしか少ない。
大和村でも、もっとも過疎化が進んだ集落といえるのではないか。
だからといって素通りするのは勿体ない。
目印は、県道の海側の志戸勘公民館。
ほぼ真正面に停めて、道の反対側に目をやる。



集落の共用スペースであろう空き地の中に見事なガジュマルがそびえている。



カメラを取り出し、空き地の中に入ると、さらにもう一本のガジュマル。
不思議に湾曲したその姿は、古代の生き物が蘇って立ち上がろうとしているかのようだ。



公民館横のバス停には、村営住宅の入居者募集の貼り紙があった。
なかなか魅力的な家賃ではある。

つづく

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映画「アダン」新着情報 他

2006年04月18日 14時08分12秒 | お知らせ・宣伝
4月10日(現地時間9日)アメリカ、シラキュースで行われた2006年シラキュース国際映画祭で映画『アダン』が審査員特別賞を受賞したそうです。

《男優部門》、《音楽部門》でノミネートされていた『アダン』は、残念ながらこれらの賞には該当しなかった模様ですが、審査員特別賞を受賞したとのこと。
作品、題材、撮影などの総合的な成果が評価されたことと捉えて、主演の榎木孝明、監督の五十嵐匠ともに喜びのコメントを発しています。→(南日本新聞)

なお、東京での上映スケジュールが正式決定した模様です。→(「アダン」公式Webサイト)

また、第18回東京国際映画祭の《日本映画・ある視点》部門にも出品が決定したそうです。→(第18回東京国際映画祭公式サイト)
こちらの上映は10月23日、25日。


映画とは直接関係ありませんが、奄美の唄者(島唄名人)・築地俊造さんが、『アダン』の上映期間中である6月4日(日)に、
東京・練馬文化センターにて「築地俊造と若者たち」と銘打ったライブを行います。
出演予定は、中村瑞希、中 孝介、皆吉恵理子、松元良作、山下聖子禎一馬前泊佑香
本人は「築地俊造若者たち、だってさ(苦笑)」なんて言ってますが…。
お言葉ですが、前泊佑香なんか、曾孫と言っても通ると思いますけど…。
現在、驚異的なペースで売り出し中の中 孝介の出演で売り切れ必至と思われますので、チケットの用意はお早めに。
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大和村を往く 拾八

2006年04月18日 01時36分43秒 | 南方単車旅案内
大和村を往く 拾七よりつづく。

がくがくと震える足をなだめすかせつつ、名音(なおん)発電所を後にする。
道は一気に上り坂。
集落が見えなくなる頃、センターラインがなくなる。
これより先、次の志戸勘(しどかんorしどぅくゎん)集落に至るまで、道は細く、海岸の崖に沿って続く。



道の横に、ビニールパイプが山に埋め込まれ、清冽な水が流れ出している。
先ほど流した汗の分だけいただこう。
ふり返れば、港と名音トンネルは遥か眼下である。



右に左にスラロームを描き、控え目な速度ながら、かなりハイな気分になる。
ただし、この道はダンプなども通る。



名音から志戸勘への県道79号線は、本年度(平成18年)中の供用開始を目指し、長瀬トンネル(全長1,432m)が工事中である。
来年には、この道も旧道となるのだ。

つづく

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大和村を往く 拾七

2006年04月17日 00時07分37秒 | 南方単車旅案内
大和村を往く 拾六よりつづく。

県道79号線沿いの他の集落と同様、名音(なおん)集落も、入り江の漁港である。
人家はすべて県道の山側。名音郵便局があり、ATM設備も整っている。
集落の入り組んだ道を歩いていくと、雑貨屋があり、菓子パンとパックの牛乳を買った。
海側には小さな公園があり、集落に住む人々の憩いの場になっている。
公園でおやつを食べ、また走り出す。

集落を出てすぐに、[九州電力名音発電所]の小さな案内板を見つける。
農道を、500mも走っただろうか。短く緩い上り坂の上に小さな発電所の建物が見えて、そこが終点。



バイクを停めて見上げると、崖と呼んでもよさそうな急斜面に太いパイプラインが伸びている。
パイプラインに沿って、長いながい階段。
角度は50°くらいあるだろうか。高さは…、想像もつかない。
とにかく、登ってみることにした。



手すりを掴んで、一歩また一歩、身体を引きずり上げるようにして登る。
3分もしないうちに膝ががくがくしはじめる。
5分ほどで最初の休憩。
三度ほど休憩する頃には、登りはじめたことを後悔している。
「なんとかとカラスは高いところが好き」というが、自分は間違いなくカラスではない。
1分登っては1分以上休み、どれくらい登りつづけたか判らない頃になって、ようやく階段の最上部に辿り着いた。
見下ろすと、小さな建物がさらに小さく見える。
北風が強く吹く日であったが、全身汗まみれになった。
ライディングジャケットを脱ぎ、手に持つ気力もないので階段の上の通路に置き、老人のような足取りでさらに進むことにした。



よろよろと歩いて行くと、小道はパイプラインに水を送り込む設備へとつながっている。



余った水は、すぐ脇から放水されている。



昨秋、下の川(名音川)の対岸で目にした滝の一つが、この放水された水だったのか。

力を使い果たした両足の筋肉を労わりつつ、それでも登りよりも遥かに早く階段を下った。
「もう二度と登らんぞ」と固く心に誓いつつ。

つづく

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