尾崎まことの詩と写真★「ことばと光と影と」

不思議の森へあなたを訪ねて下さい。
「人生は正しいのです、どんな場合にも」(リルケ)
2005.10/22開設

おれだけ村の火の玉坊や

2009年01月05日 22時09分03秒 | 童話

おれだけ村の火の玉坊や



 お侍さんが、刀をふりまわしていばっていた、大昔のお話です。
 お山にはさまれた、おれだけ村という村がありました。冬には雪が積もる、寒い村でした。村のまん中には、丘の広場がありました。そこには大きなぶどうの木が一本、でんと座っていました。夏には、たくさんおいしい実がなりました。村の人たちは、
 「これはおれだけのぶどうだ、誰にもあげるものか」
 と口々に言いはって、うばいあいの喧嘩になります。まるで、喧嘩祭りです。ぶどうがつぶれて、みんなの顔はぶどう色に染まりました。
 秋には、柿のとりあいになって、みんなの顔はかき色になりました。春には、桃のとりあいで、みんなの顔はもも色になりました。お米ができても、おいもができても、
 「おれだけのものだ」
 と叫ぶので、この村は「おれだけ村」と呼ばれたのです。

 ある年の、ほんとに寒い寒い冬のことでした。秋の収穫が少なかったので、おれだけ村の村人は、食べ物にも、暖まるための炭にも困るようになりました。昼間でも、灰色の雲が空をおおい、夜明け前のように暗いのです。
 「お日様が出るともう少し暖かくなるのになあ」
 と、みんな口をあいて空を見ておりました。
 すると雲に裂け目ができて、まばゆい金色のロープがするする降りてきました。きらきら輝くロープは、雪でおおわれた広場のまん中の、大きなぶどうの木まで下がってきました。
 「なんだろう?」
 村人は空に顔を向けたまま、広場に集まってきました。みんな、ロープのまわりに輪になって、がやがやしていました。
 「わっ、お日様のしずくが降りてくる!」
 そうです、火の玉坊やが、ロープをつーと降りてきたのです。坊やは頭の毛が逆立っていて、たいまつのように燃えていました。顔と体は人間の子供とおなじで、人なつっこい丸さです。トラの皮のパンツをはいていました。
 「寒かろう、火の種はいらんかえー、火の種はいらんかえー」
 広場に降り立った坊やは、歌うようにかわいい声で繰りかえして言いました。
 誰か一人が言いました。
 「雷さんの子だ!」
 あっという間に、雪で滑ったりしながら、逃げていってしまいました。坊やは村じゅうの家を、駆け回り
 「火の種はいらんかえー」
 と声を張り上げました。注文がないので、だんだんその声は、やけくそになってきます。
 「坊や、いらないよ。火事になるから早くお日様のところへ帰っておくれ」
 家の戸を閉ざしたまま、こう言って追い帰してしまうのでした。ある家の二階の窓が開きました。坊やと同じような年頃の女の子の頭が出てきて、
 「鬼は外!」
 硬い豆が降ってきました。かわいい女の子に鬼と間違われた坊やは、がっくりしたのでしょう。頭の炎がうなだれています。
 最後に、大きな庄屋さんのおうちに訪れました。門が開いて、用心棒のひげづらのお侍が出てきました。手に桶を持っていました。
 「ジュー」
 お侍は、坊やの頭から水をぶっかけたのです。坊やは、ワーッと叫んでしまいました。煙を引きずりながら走って逃げました。

 丘の広場に戻った坊やは、ひっくひっく泣いていました。泣くとオレンジ色の炎が、小さくなっていきました。炎が消えると、坊やは死んでしまうでしょう。
 「坊や、どうして泣いてるの?」
 ぶどうの木のおじさんが、しゃべったのです。
 「おれだけ村をあっために来たのに、お水をかけられちゃったよ」
 おじさんは、腕のような太い枝を坊やの方に傾けて優しい声で言いました。
 「さんざんだったね。じゃあ、お父さんとお母さんの待っているお家にお帰りよ」
 坊やは首をちょっとかしげて言いました。
 「それがね、お父さんと、お母さんのお家が別なんです。…では今夜、お母さんのお家に帰るとしましょう」
 おじさんは、枝をかさこそさせて坊やに頼みました。
 「それまで、この裸のおじさんを 暖めてくれないか」
 坊やの炎がぱっと明るくなりました。坊やは、頭をふって、おじさんのまわりを踊りながら回りました。そうです、ほんとこの子は、みんなが喜んでくれるのが一番なんです。
 おじさんは、地面が揺れるぐらい、根元をゆらして笑いました。すると、見る見るうちに、葉っぱが茂り紫色の大きな実がたくさんなりました。それから雪の消えた丘には、色とりどりの花が咲き蝶も来ました。夜になっても、坊やのおかげでそこだけが明るくて、春のような丘でした。
 雪の山から、きつねのお母さんが、白い息をぽっぽさせておりてきました。背中に、お母さんとそっくりな顔をした、子供が乗っていました。お母さんは、祈るような目をして言いました。
 「お乳が出ません、ブドウをわけてくださいな」
 ブドウのおじさんは、
 「だいじなものはみんなのものだ」
 と、体をゆすって、実を落としてあげました。お母さんは、ブドウをかんでブドウのお乳を作りました。飲んだ子供は元気になりました。
 「コン、コーン、ココーン」
 もう、ブドウの木の周りを歌って跳ねてます。坊やの火の玉は、うれしくて、大きくなりました。
 こんな風景を見ていたたぬきの親子三匹が、山から下りてきました。三匹の親子はみぞれで濡れていました。たぬきの家族は、坊やの明かりで美しくチラチラ照らされていました。お父さんがいいました。
 「夜になっても、この子が寝ないのです。
お月様が見たいようって、ね」
 お父さんに抱っこされている、たぬきの子供は口をとんがらせています。火の玉坊やは言いました。
 「大事なものは、きっと、みんなのものなんですね。お月様もね」
 そして、雲の空に向かって大声を出しました。
 「ぼくのおかあさーん」
 雲に穴が開いて、まんまるお月様があらわれました。たぬきの親子は喜んで
 「ポン、ポン、ポンポコリン」
 おなかの太鼓をたたいて、狐さん達と一緒に踊りだしました。それを見ていた、山の動物達がたくさんやってきました。リス、うさぎ、熊さん一家までやってきました。
鼻の頭をすりむいた、熊の子が言いました。
 「おいら、お砂糖のお菓子が食べたいよ」
火の玉坊やは、空の星におねがいしました。
きらきらお砂糖のお菓子が、流れ星のように降りました。リスには栗のお菓子が降りました。こうして動物達は、お星様からいろんなお菓子をもらって、嬉しくて、歌って踊りました。

 お祭りの最中に、お月様から銀色のロープが降りてきました。坊やが
 「おかあさん、今晩はみんなとここで過ごします」
 と言うと、ロープは消えました。ブドウのおじさんは、ロープを消した、お母さんの気持ちを思いました。
 「この子は、今夜のような賑やかなことが好きなんだなあ。だから、お母さんは、夜のお祭りを許したんだなあ」
 丘の動物達のふしぎなお祭りを、窓や戸の隙間からみていた村人達も、がまんできずにやってきました。
 「坊や、昼間は悪かったね。火の種くれませんか」
 坊やは、頭の火の種をブドウの葉っぱで包んで、ひとりひとりにあげました。火の種を胸にしまうと、もらった人は心まで暖かな気持ちがしました。おまけにぶどうを食べると、酔っぱらってしまいました。動物達と一緒になって、輪になって踊り歌いました。いつもは、畑を荒らすとかで仲が悪いのにねえ。
 坊やの頭の火は、種をあげるたびに、小さくなっていきました。坊やは、最後の力をふりしぼって、頭から派手な花火を打ち上げました。
 『ドカーン、バリバリ、ドカーン』
 空いっぱいにヒマワリが咲きました。みんな手をたたいて大歓声をあげました。
 ところが、夜明け前でした。強欲な庄屋が、火の玉坊やのまねをして、空に向かって叫びました。「大事なものはみんなのもの。小判よ降って来い!」
 すると、風が吹いて、小判のかわりに霰が降ってきました。
 動物達は山の巣へ、村人はそれぞれの屋根のあるお家へと、てんでばらばらに帰っていきました。楽しいお祭りは、こうしてあっけなく終わったのです。

 夜が明けました。丘の広場には雪が降っています。静かです。火の玉坊やと、ブドウのおじさんだけが残っています。おじさんは、言いました。
 「坊やの頭、ロウソクの炎みたいに、小さくなったね」
 坊やは、にっこりしました。
 「おじさんだって、丸裸じゃないか」
 「そのうち春が来たら葉をつけ、夏が来たら房をつけるさ」
 寒くて身震いしているおじさんを、あっためる力は坊やに残っていませんでした。坊やも、震えていました。トラの皮のパンツ一枚なんですから。
 おじさんは坊やを、根っこの穴に入れて抱いてあげました。疲れた坊やはすぐにいびきをかいて、眠ってしまいました。雪で体が白くなってきたおじさんは、独り言を言いました。 「この子は、いつになったらお父さんとお母さんと三人して暮せるだろうか」
 おじさんの言葉はたちまち、木枯らしの風が巻き取っていきました。お昼を過ぎて、ブドウのおじさんは寝ている坊やを起こしました。
 「さあ、坊やのお家に帰る時が来たよ」
 お父さんのお日様は、厚い雲で見えませんが、雪の渦巻くなかに金色のロープが真っ直ぐに降りています。おじさんは、坊やの腰にロープを結んであげました。
 坊やはいつまでも手を振って、おじさんにバイバイしてました。ずんずん高くなって、雪でとうとう見えなくなってしまいました。

 おれだけ村には、もう二度と火の玉坊やは現れませんでした。今でも坊やは、金のロープと、銀のロープを、元気よく、降りたり昇ったりしています。あなたのこころの丘にもね。


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おれだけ村の火の玉坊や

2008年10月31日 17時08分58秒 | 童話

「おれだけ村の火の玉坊や」
尾崎まこと


 お侍さんが、刀をふりまわしていばっていた、大昔のお話です。
 お山にはさまれた、おれだけ村という村がありました。冬には雪が積もる、寒い村でした。村のまん中には、丘の広場がありました。そこには大きなぶどうの木が一本、でんと座っていました。夏には、たくさんおいしい実がなりました。村の人たちは、
 「これはおれだけのぶどうだ、誰にもあげるものか」
 と口々に言いはって、うばいあいの喧嘩になります。まるで、喧嘩祭りです。ぶどうがつぶれて、みんなの顔はぶどう色に染まりました。
 秋には、柿のとりあいになって、みんなの顔はかき色になりました。春には、桃のとりあいで、みんなの顔はもも色になりました。お米ができても、おいもができても、
 「おれだけのものだ」
 と叫ぶので、この村は「おれだけ村」と呼ばれたのです。

 ある年の、ほんとに寒い寒い冬のことでした。秋の収穫が少なかったので、おれだけ村の村人は、食べ物にも、暖まるための炭にも困るようになりました。昼間でも、灰色の雲が空をおおい、夜明け前のように暗いのです。
 「お日様が出るともう少し暖かくなるのになあ」
 と、みんな口をあいて空を見ておりました。
 すると雲に裂け目ができて、まばゆい金色のロープがするする降りてきました。きらきら輝くロープは、雪でおおわれた広場のまん中の、大きなぶどうの木まで下がってきました。
 「なんだろう?」
 村人は空に顔を向けたまま、広場に集まってきました。みんな、ロープのまわりに輪になって、がやがやしていました。
 「わっ、お日様のしずくが降りてくる!」
 そうです、火の玉坊やが、ロープをつーと降りてきたのです。坊やは頭の毛が逆立っていて、たいまつのように燃えていました。顔と体は人間の子供とおなじで、人なつっこい丸さです。トラの皮のパンツをはいていました。
 「寒かろう、火の種はいらんかえー、火の種はいらんかえー」
 広場に降り立った坊やは、歌うようにかわいい声で繰りかえして言いました。
 誰か一人が言いました。
 「雷さんの子だ!」
 あっという間に、雪で滑ったりしながら、逃げていってしまいました。坊やは村じゅうの家を、駆け回り
 「火の種はいらんかえー」
 と声を張り上げました。注文がないので、だんだんその声は、やけくそになってきます。
 「坊や、いらないよ。火事になるから早くお日様のところへ帰っておくれ」
 家の戸を閉ざしたまま、こう言って追い帰してしまうのでした。ある家の二階の窓が開きました。坊やと同じような年頃の女の子の頭が出てきて、
 「鬼は外!」
 硬い豆が降ってきました。かわいい女の子に鬼と間違われた坊やは、がっくりしたのでしょう。頭の炎がうなだれています。
 最後に、大きな庄屋さんのおうちに訪れました。門が開いて、用心棒のひげづらのお侍が出てきました。手に桶を持っていました。
 「ジュー」
 お侍は、坊やの頭から水をぶっかけたのです。坊やは、ワーッと叫んでしまいました。
煙を引きずりながら走って逃げました。

 丘の広場に戻った坊やは、ひっくひっく泣いていました。泣くとオレンジ色の炎が、小さくなっていきました。炎が消えると、坊やは死んでしまうでしょう。
 「坊や、どうして泣いてるの?」
 ぶどうの木のおじさんが、しゃべったのです。
 「おれだけ村をあっために来たのに、お水をかけられちゃったよ」
 おじさんは、腕のような太い枝を坊やの方に傾けて優しい声で言いました。
 「さんざんだったね。じゃあ、お父さんとお母さんの待っているお家にお帰りよ」
 坊やは首をちょっとかしげて言いました。
 「それがね、お父さんと、お母さんのお家が別なんです。…では今夜、お母さんのお家に帰るとしましょう」
 おじさんは、枝をかさこそさせて坊やに頼みました。
 「それまで、この裸のおじさんを 暖めてくれないか」
 坊やの炎がぱっと明るくなりました。坊やは、頭をふって、おじさんのまわりを踊りながら回りました。そうです、ほんとこの子は、みんなが喜んでくれるのが一番なんです。
 おじさんは、地面が揺れるぐらい、根元をゆらして笑いました。すると、見る見るうちに、葉っぱが茂り紫色の大きな実がたくさんなりました。それから雪の消えた丘には、色とりどりの花が咲き蝶も来ました。夜になっても、坊やのおかげでそこだけが明るくて、春のような丘でした。
 雪の山から、きつねのお母さんが、白い息をぽっぽさせておりてきました。背中に、お母さんとそっくりな顔をした、子供が乗っていました。お母さんは、祈るような目をして言いました。
 「お乳が出ません、ブドウをわけてくださいな」
 ブドウのおじさんは、
 「だいじなものはみんなのものだ」
 と、体をゆすって、実を落としてあげました。お母さんは、ブドウをかんでブドウのお乳を作りました。飲んだ子供は元気になりました。
 「コン、コーン、ココーン」
 もう、ブドウの木の周りを歌って跳ねてます。坊やの火の玉は、うれしくて、大きくなりました。
 こんな風景を見ていたたぬきの親子三匹が、山から下りてきました。三匹の親子はみぞれで濡れていました。たぬきの家族は、坊やの明かりで美しくチラチラ照らされていました。お父さんがいいました。
 「夜になっても、この子が寝ないのです。
お月様が見たいようって、ね」
 お父さんに抱っこされている、たぬきの子供は口をとんがらせています。火の玉坊やは言いました。
 「大事なものは、きっと、みんなのものなんですね。お月様もね」
 そして、雲の空に向かって大声を出しました。
 「ぼくのおかあさーん」
 雲に穴が開いて、まんまるお月様があらわれました。 たぬきの親子は喜んで
 「ポン、ポン、ポンポコリン」
 おなかの太鼓をたたいて、狐さん達と一緒に踊りだしました。それを見ていた、山の動物達がたくさんやってきました。リス、うさぎ、熊さん一家までやってきました。
鼻の頭をすりむいた、熊の子が言いました。
 「おいら、お砂糖のお菓子が食べたいよ」
火の玉坊やは、空の星におねがいしました。
きらきらお砂糖のお菓子が、流れ星のように降りました。リスには栗のお菓子が降りました。こうして動物達は、お星様からいろんなお菓子をもらって、嬉しくて、歌って踊りました。

 お祭りの最中に、お月様から銀色のロープが降りてきました。坊やが
 「おかあさん、今晩はみんなとここで過ごします」
 と言うと、ロープは消えました。ブドウのおじさんは、ロープを消した、お母さんの気持ちを思いました。
 「この子は、今夜のような賑やかなことが好きなんだなあ。だから、お母さんは、夜のお祭りを許したんだなあ」
 丘の動物達のふしぎなお祭りを、窓や戸の隙間からみていた村人達も、がまんできずにやってきました。
 「坊や、昼間は悪かったね。火の種くれませんか」
 坊やは、頭の火の種をブドウの葉っぱで包んで、ひとりひとりにあげました。火の種を胸にしまうと、もらった人は心まで暖かな気持ちがしました。おまけにぶどうを食べると、酔っぱらってしまいました。動物達と一緒になって、輪になって踊り歌いました。いつもは、畑を荒らすとかで仲が悪いのにねえ。
 坊やの頭の火は、種をあげるたびに、小さくなっていきました。坊やは、最後の力をふりしぼって、頭から派手な花火を打ち上げました。
 『ドカーン、バリバリ、ドカーン』
 空いっぱいにヒマワリが咲きました。みんな手をたたいて大歓声をあげました。
 ところが、夜明け前でした。強欲な庄屋が、火の玉坊やのまねをして、空に向かって叫びました。「大事なものはみんなのもの。小判よ降って来い!」
 すると、風が吹いて、小判のかわりに霰が降ってきました。
 動物達は山の巣へ、村人はそれぞれの屋根のあるお家へと、てんでばらばらに帰っていきました。楽しいお祭りは、こうしてあっけなく終わったのです。

 夜が明けました。丘の広場には雪が降っています。静かです。火の玉坊やと、ブドウのおじさんだけが残っています。おじさんは、言いました。
 「坊やの頭、ロウソクの炎みたいに、小さくなったね」
 坊やは、にっこりしました。
 「おじさんだって、丸裸じゃないか」
 「そのうち春が来たら葉をつけ、夏が来たら房をつけるさ」
 寒くて身震いしているおじさんを、あっためる力は坊やに残っていませんでした。坊やも、震えていました。トラの皮のパンツ一枚なんですから。
 おじさんは坊やを、根っこの穴に入れて抱いてあげました。疲れた坊やはすぐにいびきをかいて、眠ってしまいました。雪で体が白くなってきたおじさんは、独り言を言いました。 「この子は、いつになったらお父さんとお母さんと三人して暮せるだろうか」
 おじさんの言葉はたちまち、木枯らしの風が巻き取っていきました。お昼を過ぎて、ブドウのおじさんは寝ている坊やを起こしました。
 「さあ、坊やのお家に帰る時が来たよ」
 お父さんのお日様は、厚い雲で見えませんが、雪の渦巻くなかに金色のロープが真っ直ぐに降りています。おじさんは、坊やの腰にロープを結んであげました。
 坊やはいつまでも手を振って、おじさんにバイバイしてました。ずんずん高くなって、雪でとうとう見えなくなってしまいました。

 おれだけ村には、もう二度と火の玉坊やは現れませんでした。今でも坊やは、金のロープと、銀のロープを、元気よく、降りたり昇ったりしています。あなたのこころの丘にもね。


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童話詩「鬼婆様と河童の子」

2008年05月26日 23時22分03秒 | 童話
  「鬼婆様と河童の子」


鬼婆ってしっているか?
君のママじゃないぞ。
子供をさらって、耳までさけた口で、頭からバリバリ食ってしまったそうだ。

千年も昔のお話だから、心配はない。
それに今日のお話の鬼婆様は、人が良くてな、
今日死ぬと決まった子供しか食べない。
明日死ぬ子は食べなかった。
するとどうするか、そりゃあがまんしてな、
鬼婆様は屋根裏で夜明けまで待ってたにちがいない。

なら山あたりの山里に、春は来ていなかった。
空一面の灰色の雲から、雪がワイワイわいている。
竹やぶの林に、村人どころか熊も狐も近づかない古井戸があった。
いせいよく降りてくる雪の群れだったが、その上まで来ると嫌がるように、
くるりと他へ流れた。

ぎゅい、ぎゅい、ギュッギュー

氷ついてる井戸のそこから、つるべ縄のきしむ、いやな音が登ってくる。
「腹へった、ああ腹へった」
縄をよじ登ってきたお婆は、白髪を振り乱したものすごい首の上だけを、
井戸の上にさらした。
そして、あたりを覆っている大きな裸の桃の木を見回した。
「ああ、この桃の実さえ食えれば、人の子食わなくてよいのになあ。
うらめしい」

空腹と、人の子を食うというあさましい運命に、
血がしたたるまでに頭をかきむしり、むずがるお婆であった。
だが、たった一人の友達が近くにいる。
男だか女だかわからない。
木でできている。
昔、火事にあったのか表面がこげてすすけている。
今すぐ、会いに行こう。

お婆は、竹やぶをぬけ、雪の山道を上へ下へと駆け出した。
真っ赤な着物を、まるで炎に包まれた大凧みたいにひるがえしている。
その脚はとても二百歳には思えない。
二十歳の足軽である。

この時代、末世と呼ばれて、戦や飢饉や疫病ばかり。
人の心も荒れていた。
寺に参る人影が、よりによって鬼婆一人とはな。

お婆は、荒れ寺のお堂にとびこむと、ちんと正座し、苦しい息のまま手を合わせた。
「観音様、季節はずれではございますが、大好物の桃の実を恵んでください。
それが無理なら、人の子を食わせてください。
もちろん、腐りかけたのでがまんするので」

二百年間、ただ食べることだけに追われ続けてきたお婆である。
世間という傍から見ると、お婆は胃袋の化け物だろう。
しかし、その胃袋が必死に祈っていると、ただ棒立ちの木の観音様が、
笑いかけているように思えたのである。

「ありがたや、いざ下の里の川原へ!」
お婆は、何か一人合点したようにお堂を飛び出した。
四つんばいになって、山を駆け下りている。
その様は狂った大猪で、後から雪なだれが付いて来る。
やせた木なら、その石頭でなぎ倒し、突き進んだ。

鬼婆は半日で、雪の消えかけている下里の野原まででた。
増水した川原で、歯を石で研いだりしながら、何かが流れてくるのを待った。
枯れた木々ばかりが流れてきた。
お婆がただの人なら待ち疲れているはずだったが、白い息を吐くたびに、
よだれが泡となって、見つめる川面に飛んでいた。

陽が傾く頃、お婆の目が金色に光った。
トムプリコ、トムプ、トムプ‥‥

なにやら丸いものが浮き沈みしながら、流されてきた。
「やっ、ばかでかい桃がやってくる。観音様のご利益だ。
まだ緑色だが、かまわねえ」

その巨大な桃がひっくり返った。
おやおや、二本の短い脚が、水面から空に突き出たではないか。

「なんだ、おぼれた子供の尻だったか。
まだ青いおけつから食ってやる」
お婆は、近づいた子供めがけて、猛然と飛び込んだ。

ところが、お婆は派手におぼれた。
もう子供そっちのけ、夢中で川面をかいている。
「観音様! お助け!」
山育ちのお婆が泳げないのは、空を飛べないのと同じぐらいでる。

命かながら、やっとのことで岸に這い上がり、はいつくばったお婆であった。
むせていると‥‥
「おっかさん、助けてくれてあんがとう」
後ろからのか弱い声に振り返ったお婆は、叫んだ。
「けっ、河童!」
「おっかさん!」

お婆のずぶ濡れの着物の裾を、緑色のつるつるした河童の子が、
しっかりと握っている。
おぼこい顔して、白目をむいている。

「お前なんぞ助けたおぼえはねえ。それに、おらは河童の母さんでねえ。
 その緑の手、はなせ」
黒目が定まらず、まだうつろな河童の子は、
手を振りほどこうとするお婆の腕に、なおさらかきすがった。
「よく見ろ、おらは母さんどころか、地獄に住む鬼婆だ。
 ほら、口さ、耳まで裂けてるだろ」
お婆は、わざと赤い口をあんぐりあけて見せた。
豆のような、黒目が焦点をやっと結んだ。

河童の子は、その赤い口の中に向かって、世界一かわいそうな声を出した。
「河童でなくても、おっかさんに違いねえよ。
 泳げぬくせに助けてくれるのは、おっかさんの他にいねえべ」
「ひつこい坊やだな、おっかさんなんて呼ばないでおくれ。わたしゃあ、ずっと鬼婆だよ」
「じゃあ鬼婆のおっかさん、頼みがある」

子供を食べるばかりで、生んだことのない鬼婆は、
内心、おっかさんと呼ばれて嫌なわけがなかった。
鬼婆はつりあがった目じりを、不器用にさげて言った。
「よし、一つだけなら聞いてやろう。
 そしたら、河のほんとうのおっかさんのところさ、さっさと戻れ」
「水が欲しいよ。そしたら、元気になって河へ帰るよ。このままでは、またおぼれちゃう」
「河童がおぼれてどうする。たよりねえ河童だな」
と、言いながら、不器用に笑った鬼婆だ。
「坊や、水ならたらふく飲んで、腹、こんなにパンパンでねえか」
「そんな汚れた水ではないよ」

お婆は、河童の子を膝に寝かせて、満月のようにふくれたお腹をさすってやった。
黄色い水をたくさん吐いた。
なるほど、汚い水だ。
「よし坊や、おらんちの井戸の水を飲ませてやろう」

お婆は、何が何でも河童の子供を助けようとしたわけではない。
河童は食えない。
だから、半分はやっかい払いをしたかっただけだ。

河童の子を背中にはりつかせ、もと来た道を戻りはじめた。
お婆の脚には、行きしなの勢いはなかった。
登りだし、疲れていたし、腹はなおさら減ってるし、
背中の子供は石の地蔵さんみたいに、ずんずん重くなってくる。

お婆の住むならの奥山に、やっとのことで帰り着いた頃、陽はとっぷりと暮れていた。
鬼火を空中に放して、明かりとした。
集めてきた薪で焚き火をし、河童の子を暖めてやった。
河童の子は、小さな手をかざし顔を炎でちらちらさせながら、鬼火を目で追った。
黄色だ、赤だ、青だと、喜んでいる。
それからお婆は、井戸の底の氷を割り、冷え切った清水をくみ上げた。

手の中の水を飲ませてやった
河童の子は、蛙に似た口で、こくんこくんとうまそうに飲んだ。
お婆は、そのどんぐり眼を覗き込みながら、言った。
「どうだい坊や、うまいだろう」
すると、見る見るうちにその眼に、涙がたまってきた。
すまなそうに、河童の子は答えた。

「うん。でも、欲しいのはこの水ではないよ。
おっかさん、怒ったか?」

お婆には、もう腹が立つほどの元気もなく、尻餅をついた。。
そばから河童の子が胸にかきついてくる。
お婆は好きにさせておき、むしろの上に仰向けに寝た。
そして、今日はじめてぼんやりした。
 
(今日一日、おらは何をしていたんだろう。
 山を下って、川でおぼれて、河童を背負って、また山に登って。
 よけいに腹減っただけでねえか)

竹やぶを通して、冬の星座が点滅していた。
ぱちぱちと焚き木が、鳴っている。

「いてっ」
見ると、河童の子が、しわくちゃな乳に吸い付いてるではないか。
「お前、年のころなら、三つか四つだろ。
 乳離れしないねえ」
河童の子は、何もでない乳首をはなすと、さすがに照れて笑った。
笑い返してやると、まぶたを閉じた。
見るほどに、とぼけた顔だ。

思わず、お婆の口から子守唄がもれた。
どこで憶えたのだろう。
今頃どうして思い出したのだろう。
お婆は自分でも解らない。
ただ、お婆は忘れてしまったが、
子守唄を歌ってくれた人がいたということだ。

抱いた手で、まだ柔らかな甲羅を打ちながら、拍子をとった。
河童の子は、寝息をたてはじめた。
そのあどけなさが、この世の宝に思われた。
お婆の涙があふれだして、頭のお皿に、ぽたぽた落ちた。
そして、黄色い口先からの寝言を聞いた。 

「おいら、こんな水が欲しかった」 

何十年ぶりかの夢を見た。
お婆は、おさげ髪の童女に戻っていた。
河童の子が、
「元気になった御礼だ。食べてもいいよ」
と言って、お腹の出べそをつきだした。
饅頭みたいだ。
ぱくりと食べると、河童の子はくすぐったい。
けらけら笑いながら、小川に飛び込んで、下に流れて行った。
 甘い香りで目が覚めると、あたりはピンクの朝霧に覆われていた。
懐がまだ暖かいから、河童の子は一晩中いてくれたんだなと、お婆は思った。
子供がいない代わりに、季節外れの桃の実がなっていた。
息もつがづに貪り食った。
一つだけ食い残して、つぶやいた。
「坊や、ありがとう。
 おかげさまで、この婆は、当分人の子を食わずにすむよ」

お婆は、最後の特別大きな一つをむしりとると、
観音様に供えようと駆け出した。
真っ赤な着物が霧を裂いて走った。

お堂の扉を開けると、観音様はもともと棒立ちなのだが、
お婆も棒立ちになった。
ぽかんと口をひらいている。
やがて、狂ったように、床を笑いころげた。
笑い収まって、観音様の手のひらに、桃を乗せた。
座りなおしておごそかにこう言った。

「観音様、失礼ですが、申しあげます。
 お臍が食われておりますよ」

霧に切れ目ができて、朝日が幾重もの帯となって射してきた。
お堂の中は、格子模様の影が映し出された。
相変わらず無口な観音様だ。
すると、こずえの鶯が、今年一番の
 
ホーホケキョ、ケッキョ、ケッキョ
澄んだ音が、山間にこだましている。
なら山あたりに、春はもう近い。

    
           

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にゃんこの魂

2005年12月15日 00時11分27秒 | 童話
   童話詩「にゃんこの魂」 

 「ねえ、お月様。 僕はもう、なにがあっても、生きていけると思うんだ」
 

(目次)

1  幸せのありか
2 赤鬼さん
3 泉
4 牛蛙の呪い
5 ジグソーパズル
6 ケンタ
7 にゃんこ、しっし
8 自画像
9 魂

 
 
  その1「幸せのありか」

にゃんこには、魂がない。
 
酒臭いパパが、僕をオモチャにするときの口癖だ。
そう、僕の名前はにゃんこ。
かわいいだろ?
わけありで、少しやせちゃったかな。
 
名前がにゃんこで、見た目もトラネコの坊や。
でも、僕は自分でネコとは思わない。
ネコではないが、不本意ながら首に鈴がついてるな。

人間様のママがね、眉間をきゅっとさせて
「世間というところは恐ろしいところだよ。
 川を渡って、川の向こうに行かないでね」
と、首に結んでくれた。
お守りだね。
ほら、涼しいいい音がする。
チロリン チリチリ チロリンリン

ママの名前は、のり子。
のり子さんの体はね、僕のお腹といっしょでねぷよぷよしている。
僕と同じようなしま模様はない、毛がないからしかたないか。
そのかわり、派手な服いっぱい持ってるよ。
 
僕はお風呂が大嫌いだ。
おぼれるからね。
つまりお風呂も川と同じで世間っていうところの入り口かな。
たまに、ママに頼まれて入ってあげる。
ママのほんとの姿は白い。
雪よりは少し黒いがね。

幸せはどこにあるのか?
山の彼方ではない。
湯煙の中の、ママのほんわかな、ほんとうの姿にある。

そのことをパパも感ずいている。
すぐ裸にしたがるからなあ。
チロリン チリチリ チロリンリン

 

  その2 「赤鬼さん」

パパの名前はアナタ。
僕たちは三人家族なんだけど、パパは好きでないな。
ママにまとわりついている僕に
「にゃんこ、しっし!」
そして、ひどく臭いつま先でこのお尻を突っつく。
毛が逆立つんだよね。
まあ、彼は仲良しのママと僕に、焼餅焼いてるのだろうけど
僕をのけ者にする奴は、ほんとうのパパでないかもな。

アナタという男は、まあろくな男でなかろう。
「男にはな、一歩外へ出ると七人の敵がいる」
なんて、朝出かけに言ってはママのお尻をつねる。
実に悪い趣味だ。

営業の仕事だとか、夜遅くにしか帰らない。
こんなことが、牛蛙の呪いでママが消えた日までよくあった‥‥

夜が遅くて、闇に汚れて帰った男は、赤い顔して体じゅうが汗と酒でくさい。
いきなり、えらそうに
「のり子、飯はいいぞ、食ってきた!」
電話がないから、夕食を用意して待ってたママと喧嘩になるわけだ。
口ではママの圧勝、それがいけない。
追い詰められた乱暴ものは、せっかくのお膳をぶちまける。
それでも口のとまらないママは、ついに平手打ちをくらう。
ウアーンと泣きはじめるママに同情してか、近所の家の犬たちが遠吠えだす。

僕かい?
アナタの前に立ちはだかりしっぽを立て、歯をむきにらみをきかせているさ。
その僕まで平手打ちになる。
ママは、目をまわしている僕を抱えて、トイレに逃げ込む。

悲しくたって、おしっこは出るらしい。
僕はキスの嵐を受けて体がぐにゃぐにゃになる。
涙のお顔をなめてあげる。
一息ついたママ、僕を高い高いして、こう宣言する。

「魂ないのは、あの赤鬼よ。
 にゃんこの魂はね、このぐにゃぐにゃよ」

赤鬼が、すまなそうにトイレの外からノックしてたっけ。


 
  その3「泉」

若い頃のママの夢は、赤いドレスを着たピアニスト。
今でも昼間のお家ではものすごい勢いで、十本の指を動かしている。
テープを聞きながら、パソコンのキイを叩いているお仕事だ。

今のお家は一軒家なんだけど狭くて不便で、
大家さんがいて、ほんとの自分のお家でないそうだ。
狭いとは思わないが、いつ追い出されるかと思うと、やっぱり自分のお家がいいか。
で、新しい自分のお家を買うために、指を機関銃の弾にして打ちまくってる。
その時だけはちょっと、ママに近寄れない。

疲れ果てたら、僕を呼び寄せて抱いてくれる。
しみじみと言う。
「にゃんこ、一緒に家出しようか」
僕はにゃんにゃん賛成したもんだ。

ママと一緒なら、怖い世間も怖くはない。
赤信号も教えてくれる。
飢えた犬も太い脚で蹴散らしてくれる。
なにより朝晩ご馳走してくれるだろう。

実は、僕は「ませて」いるらしい。
だから知っている。
のり子さんとアナタの喧嘩の、ほんとうの原因は、新しい子供ができないことにある。
のり子さんはアナタの帰りが遅いからだという。
アナタはのり子さんが色気ないからだというが、わからない。
赤いドレスのピアニストなら、色気ってあるのかな。
 
日曜日だった。
のり子さんのあったかい膝の上でみつくろいをしてもらった。
横目で見ていたアナタが言う。
「のり子はにゃんこを子供代わりにしている」
のり子さんの手が止まる。
少し冷たくなったその上に僕の肉球を重ねる。
チロリンと鈴が鳴る。

のり子さんは、僕の目を、底なしの泉のように覗き込む。
アナタが追い討ちをかける。
「でもな、にゃんこには人間のような魂がないんだよ」

僕は緑の目で、のり子さんの目をじっと見つめる。


その4 「牛蛙の呪い」

春夏秋冬、僕のあやしい目は悪さを探している。
春には土を掘り起こし、ミミズや芋虫を捕った。
夏には木に登り、うるさいセミを捕った。
秋には草むらをかきわけ、コオロギを捕った。
冬には困った、落ち葉で喜ぶママではない。
お家の赤い金魚を捕った。
そしてそのつど、せっせとママの膝まで運んだ。
ママはそのつど悲鳴をあげてくれたが、金魚のときは、泣いたな。
「にゃんこ、お願い、そんなことすると牛蛙になっちゃうよ」

牛蛙ってしってる?
蛙さんの種類じゃないよ。
ある蛙さんが牛のまねをして、お腹を膨らませていたらパンクしたそうだ。
悪さがすぎると、その罰でお腹が膨らんでくるそうだ。
一年前の夏の終わりのことだ。
いつもの夫婦喧嘩があった。
「飯は食ってきた、連絡したろ。‥‥どうしたのり子、ホステスさんみたいだよ」
確かに、その夜のママのお化粧は濃すぎたし、スカートはピンクで短すぎた。
ママはわめいている。

お口によるタイピングの間、僕はこわくてママの足元にいた。
やっぱりママはぶんなぐられた
泣き出した、さあトイレへ逃げる準備だ。

ところが、ママは畳に押し倒されてしまった。
僕は下敷きになるところであった。
驚くことに、パパが重なってきて、毛づくろいをはじめたではないか。
毛のない二人なんだよ。
僕そっちのけで楽しんでる。
ママまで「アアタ」と鼻からこそばゆい声を出す。
めずらしいので、パパの肩にとまって、尻尾を立てて観察したよ。
すると、パパが振り返って目がはちあわせ。
実に気まずい。

「のり子、このにゃんこおませだ。にゃんこ、しっし」
僕はパパに首をつままれて、窓の外に追い出されちゃった。
かばってくれなかったママなんて、初めてだったよ。

で、バチがあたったんだよね。
牛蛙の呪いだ。
まもなく、僕ではなくて、ママのお腹が膨らみだした。

 
その5 「ジクソーパズル」

一ヶ月ほど前のことだ。
もうパンクしそうなお腹を抱えたママが、黒いタクシーに乗って消えてしまった。
タクシーは陽炎(かげろう)に揺れながら、川向こうに消えてしまったんだ。
僕もパパも、幸せのありかを見失った。
パパはもう赤鬼になることはなく、不思議に僕の面倒を良く見た。
あのネコ嫌いが、「ママ帰ってくるからね」、なんて言いながらママ代わりをしてくれた。
帰るのも早くなった。
夜、ビールの替わりに大きなジグソーパズルをはじめた。

僕そっくりの、トラネコの写真だ。
池に映った自分の姿を、片手でパシャッとすくった瞬間だ。
パパは日に焼けた無骨な指で
ぽっきり、こっきり、はめ込んでいく。
僕は前足をそろえて、パパの迷う指を鼻先で追っていた。
時々、あくびをしながらね。

あと、ワンピースで完成となった。
しかし、ネコのお鼻のその一個が見つからない。
しかたないから、パパはかんじんな鼻の頭を白く残したまま、玄関に飾った。
ママを喜ばせたかったんだよ。
でもね、僕としたら、完成したもう一匹のネコが
いつも玄関にいるとしたら
あまり気分のよいことでなかっただろうね。
僕はこうして、ここにいる僕なんだからね。

そのあくる日の夕方は、ヒグラシがはじめて鳴いた。
カナカナカナカナってね。
そして僕にはわかった、西からの風がママの甘い匂いを運んできた。
夕日を背にして、にゃんこのママが帰ってきた。

お腹はへこんでいたが、そのかわり僕の弟を抱いていた。
ケンタという名前だ。
「にゃんこ、仲良くしてね」
と、ママはうっとりして言ったが、ママは苦労するぞと僕は思った。
僕と、ケンタとアナタでは、世話がかかりすぎるではないか。

パパの作ったせっかくのネコは、ちらりと眺めらられただけだった。
やつは、鼻の頭のはげた、とんまな顔だったからね。
ママはさっそくケンタにお乳をあげはじめた。


その6 「ケンタ」

ケンタはかわいい。
僕の柔らかな肉球でも擦り傷ができそうなんだ。
天使のようなケンタのおかげで、もう夫婦喧嘩も起きない。
平和でにぎやかな四人家族だい。

しかしね、ケンタにも欠点がある。
夜泣なんだよ。
にぎやかを通り過ごしてるかな
あやしても、おむつをかえても、乳をあげてもだめなときがある。
 
疲れ果てたママの目が、さすがにその時はつりあがる。
もちろん、そのほこさきは、何もできないで遠巻きにしている、パパだよ。
パパは、僕を抱いてくれている。
かわればかわるもんだ。

まあ、そんなこんなで昼間は屋根に上る機会が増えたかな。
下では、またケンタが泣いている。
僕は、遠くに目をこらす。
ジグソーパズルのようにぎっしりと、平野にはめ込まれたお家たち。
その間を、まばゆく光る川が蛇行している。
青い空からの風が、僕の耳を裏返す。
チロリンと首の鈴を鳴らせて、風が僕に聞いた。

「にゃんこ、お前はどこから来たの?」

へへ、ロマンチックだろ。
僕はね、なおさら目を細めてさらに川の向こうを眺めるんだ。
もうかすんで見えないところを、油断してぼうっとね。
すると僕まで、ひろいひろい風景になった気になるんだよ。
あっちから来たんだろうね。
なんだろう、この寂しさは。

さあて、いよいよあののどかな午後の日のこと話さなきゃあね。
どうして僕がこんなところにいるってことだよ。

  
  その7「にゃんこ、しっし」

ママもケンタも僕も、欠伸して伸びをするのどかな午後だった。
ママは日差しの良い縁側で、ケンタのオムツを替えていた。
僕は、ネコの額ほどのお庭でコロンコロンしていた。
そこは、砂場なんだけど、にゃんこトイレともいう。
ママが僕のためだけに作ってくれた場所だ。
ママの動向をちらちら気にかけながら、得意の一人遊びさ。

「ケンタのおちんちん、りっぱでちゅよね」
なにがおちんちんだ。
体は同じぐらいの大きさだけど、僕の金玉のほうがでかいや。
まあ、アナタには負けるがな。

それから、ママはお乳をやりはじめた。
ケンタは夢中で吸い始めた。
僕もふっくらしたママの胸でよく寝たものだ。
でも、吸ったことはない。
吸いかけたことははある。

甘酸っぱい匂いがしてくる。
僕の喉がごろごろ鳴ってきた。

僕はケンタを脅かさないように近づいた。
抜き足、差し足、忍び足。
ママの膝に片手を置いたが、ママも気づかない。
近所のお寺の菩薩様のように、ケンタを見て微笑んでる。
白いおこぼれをちょうだいしようと、うんと首を伸ばしたんだ。

その時の僕ときたら、背中と口の周りが砂だらけだったと思う。
僕に気づいたママは、叫んだ。
「バッチイ、にゃんこ、しっし!」

僕は瀬戸物の置物みたいに固まってしまった。
だって、ママのお顔は、近所のお寺の仁王様に早代わり。
動かない僕を見て、脇にあった湯のみを振りあげた。
そこで、やっと僕は逃げたんだ。
ひょいとブロック塀に飛び乗った。
すぐさま、追いかけてきた湯飲みがガシャン。
塀の壁に飛び散ったね。

そう、ママは僕を殺そうとした、のか。

くやしくって、塀の上から振り返って、
蛇のような怖い目して、最後にこう言ってやったさ。

「お前なんか、ほんとうのママじゃなかった」


  その8 「自画像」

チロリン チロリン チロリンリン
僕はあてもなく駆け出した。
あちこちで、よだれをたらした犬が吠えた。
車のクラクションとブレーキが鳴り響いた。
でも、首の鈴がね、ずっと僕を守っていたよ。
 
お風呂だって怖かった僕だったのにね。
半分流されながらも、やぶれかぶれの勢いで、川を渡ったんだ。
渡りきると、僕はもう天性の狩人だって気がしたね。
へへ、ちっぽけだけどね。
カラスの黒い羽が川面に散ったさ。
パンくずを横取りだい。

そして今夜のことだ。
僕は横取りはうまいが、頭は悪いらしい。
一度歩いたところを憶えられない。
路地から路地へ、ゴミ箱あさりながらふらふらしてると、
ほんとに偶然、家出してきたこの家に出くわした。

明かりはもう消えていた。
泣きたいほど、なつかしかった。
砂場の前の僕のお皿に、牛乳に浸したキャットフードがてんこ盛り。
ママはね、毎日毎日、僕が帰るかとね、お皿のご馳走を取り替えてくれていたのだよ。

ねえ、あなたも一人ぼっちだね。
その頃から僕をお空から見守っていたのでしょ?
へへ、小さな野良猫ががつがつ食ってたね。

久しぶりに腹いっぱいになった僕は、思い出したんだ。
砂場に穴掘ってね、隠していたものを取り出して、空のお皿に入れた。。
ビスケットじゃないよ。
ジグソーパズルの最後の一枚だよ。
一つの家にネコ二匹は多すぎたんだ。
今は違うからね。

夜が明けて、ママは驚き僕の無事を知って喜ぶだろう。
パパは得意げに、にゃんこの欠けた鼻を埋めるだろう。
ぽっきり、こっきり、きっくりと。
にゃんこの自画像の完成だ。

僕は明日の朝、きっと
二人の幸せで不思議な思い出になるよ。


  その9・最終章 「魂」

せめて今夜だけ、ママのそばで寝ようと思ってね、
屋根のてっぺんに登ったわけさ。
紫色のお空には、同じように一人ぼっちのあなたがいてさ、
こうして話し相手になってもらってる。
 
お月様、見れば見るほど寂しい色だね。
しかしなんだね、その洗うような光に照らされると、
何もかも生まれ変わって、綺麗になるのだね。

色とりどりのお屋根がたくさんあるな。
まるで、波立つ海ではないか。
地平線の向こうまで、打ち寄せているね。
この気の遠くなるような果てしない海を、世間って呼ぶのかい?

屋根の下には、他のママや、パパや、ケンタがたくさんいて
すやすや、ぐーぐー寝てるんだね。
そう思うとね、世間様もそう怖いところではないな。

おや、下の部屋の明かりがついた。
窓が開いたね。
お月様からは見えるだろう、僕のママとパパだよ。

「ほんと、あの子の鈴の音聞こえたのよ」
「またのり子の空耳だよ。寝ないと体に毒だよ」
「生きていてくれるかしら」
「大丈夫さ、あいつ気を使ってくれたんだよ。すべて解っていてね」
「すべてて、なに?」
「お家の事情ってやつ。
 新しいマンションがペット禁止だとか、のり子の育児疲れとか」

名前のない白い鳥が一羽、お月様をかすめた。

「あのね、あの子ね、最後に振り返ったの。
 にゃんこの目からね‥‥
 大きな涙がね、ぽろっと落ちたの」

そして窓が閉まり、明かりは再びお月様だけになった。

ねえ、お月様。
僕はもう、なにがあっても、生きていけると思うんだ。
僕は、ママのほんとうの子供ではなかったけど、
ママは、僕のほんとうのママにちがいない。

チロリン

                 ーおわりー

 さいごまで読んでいただいてありがとう。
 にゃんこのこと忘れないでね









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エジプトの悪魔

2005年12月15日 00時06分08秒 | 童話
    童話詩「エジプトの悪魔」


 寓話で語れるほど、「人生」や「世の中」は単純ではないかもしれません。しかし、そういった複雑怪奇な人生を我々が歩んでいるとしても、その経験からは語りつくせない単純な「寓話」も希にあるのです。万有引力の法則のような単純に真実で、しかも怪奇な寓話が存在するのです。
 アラビアをはじめ全国各地に、これとよく似たお話が伝わっています。ですから、もともと、ほんとうにあった話かもしれません。その中からエジプトに伝わる一番怖いお話を、あなたにしてみます。
 いわば悪魔の作りかたです。きわめて簡単で、時間だけがかかるそうです。
 
 太古のエジプトの海には、一人の乱暴な巨人が出没していました。どんなに深い海を歩いても、首から上は海面に出るという大きな巨人です。たくさんの船を襲っては積荷を奪い人々を殺していました。
 見かねたエジプトの神様は、魔法を使って、
巨人を人間の手首から上ぐらいの小人に変えました。ガラスのビンの中に閉じ込めました。そして、二度と悪さをしないように、そのビンを大海の真ん中に沈めたのです。
 海の底は、お日様の光りが全く届かないので真っ暗です。昼も夜も区別できない暗黒の中で、自分の心だけと向き合うことは、心の拷問でした。
 
 海底で、巨人は反省の日々をおくりました。
「ほんとうに悪いことをした。罪滅ぼしをしなくてはならない。もし、俺を見つけてここから助け出してくれる人がいたなら、どんなお礼をしたらいいだろうか。そうだ、彼の三つのお願いを聞いて、それを魔法で叶えてあげよう」
 こう決心したのです。しかし、百年たっても、ビンはピクリとも動きませんでした。改めて反省しなおしました。
「三つのお願いなんて、けちな考えはよそう。
そうだ、俺は救ってくれた人の奴隷になって、
その願いを全部叶えてあげよう」
 巨人がそう思いなおしてから、百年、二百年、三百年と過ぎていきました。それでもビンはピクリともしません。
 彼の体は次第に闇の黒に染まりはじめました。そこらあたりの暗さといったら、僕等だって死なないとわからない暗さです。とうとう死よりも黒くなりました。
 闇の中は気が狂うほど退屈です。何も見えないから何かを見ようと目をこらしました。
そのために目は血走り、異様に膨らんで玉になって飛び出しました。目の妖怪になりました。
 静かすぎる海の底です。何か聞こえるものはないかと耳を澄ませました。彼の耳は蝙蝠のように先が尖り大きくなりました。目と耳の妖怪になりました。
 食べるものはありません。来る日も来る日も、ビンの内側のガラスをペロペロなめていました。キイキイ嫌な音がするのは、その時指の爪でガラスをかくからです。飢えた狼より長くて赤い舌になり、指先はハゲタカのように鋭くなりました。
永遠、ひもじいだけの体は、針金みたいに痩せこけました。
ビンは狭くて、寝転ぶこともできません。
あたりまえですが、ビンの中には椅子がありません。椅子の代わりにバネのようなそった尻尾が生えました。
・・・そうして、千年が経ち、悪魔のできあがりです。

海上ではとても天気のよい日でした。運が良いのか悪いのか、イスラエルの漁師が一人、小舟の上で魚をとる網を引き上げていました。
気味が悪いほど海が凪いで、静まりかえっていました。音といったら、網の目から滴る海水の音だけでした。網を引いても引いても、魚は一匹もかかっていませんでした。
猟師は退屈で欠伸までしました。
「これじゃあ、帰ったら女房におこられてしまう。魚がとれないなら、何かいいことないかな」
 なんて独り言をいっていると、網の最後のところに、一本の酒ビンがかかっていました。酒飲みの漁師はそれを引き抜きました。
 手にしたビンの中では、真っ黒で奇形の小動物が、なにやら泣きわめいていました。
「ご主人様、コルクの栓を抜いて、外へ出してください。お礼に、あなたの願いを全部叶えて差し上げます」
 漁師はそのグロテスクな動物に恐怖を感じていましたが、女房の方がもっと怖かったのでしょう。コルク詮に指をかけ、力を込めました。
ポン!
臭い匂いとともに、ビンの口から黒い煙がもくもくと立ち上がりました。漁師は驚いて船底に尻餅をついたままになりました。煙が消えると、腰から下を海に沈めた裸の巨人が現れました。
巨人は魔法の呪文を唱えて、漁師を小人に変えました。天まで届く笑い声を発しながら、自分の千年住んでいたビンの部屋に、彼を閉じ込めてしまいました。
「約束が違います。どんな悪いことを私があなたにしたというのですか」
 憐れな漁師は巨人に必死で訴えました。漁師の質問にしばらくの間、まじめな顔をして巨人は考えていました。
 「なるほど、君はとてもよい事をした。君のしたことは、善行だ。俺は悪魔だから、神に褒めてもらうがいい」
 と、答えました。
 晴天に、巨人の不気味な声にあわせて、稲妻が走っています。空が青、黒、白と点滅しているみたいです。
漁師は助けてもらいたい一心で、手を合わせ泣きながらお祈りしました。神のように拝まれている巨人は、少なくとも千年ぶりの、いい気持ちだったかもしれません。
「海の底に沈められてから百年以内に、君が俺を救い出してくれていたなら、君の願いをきいてあげただろう。しかし、今は違う。心境の変化というものだ。これから言うのは悪魔の心だ、よく聞いておけ」
巨人はお人好の眼をじっと見つめながら言葉を続けました。
「悪魔の心というのは、善い人、善い心、善い行いを心から憎むものだ。善い人よ、解るか?」
「とても解りません」
漁師の返事に、巨人はにやりと笑いました。
ビンのガラス越しに、善い人にキスしながら
次のように言い放ちました。
「今は解らないだろう。君は若すぎる。善い人すぎる。それでは千年かけて解らせてあげよう。千年かけて、ゆっくり悪魔になれ!」
 巨人は、大海の真ん中に、小ビンを投げ込みました。あとは、静かで美しい、夏のエジプトの海です

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童話詩「千年夢見る木」

2005年10月27日 09時33分05秒 | 童話
 いつのことだか、あまり昔でわからない。でも、手のひらを貝の殻のようにして、耳をおおってごらん。聞こえてくるだろう?
 シュー、シュルル、シュー、時の流れる音だよ。いつでもどこでも僕達は、耳をすませば聞こえるよ。
 
 南の熱帯地方のお話だ。コバルト色の海に、白くて丸い小さな島があった。島はお砂糖よりももっと細かな、流砂でおおわれていた。流砂は丸い海岸から、いつもシュルシュル、海へ流れ落ちていた。
 島のまん中に小高い丘があった。裸の木が一本だけ立っていた。木の葉は一枚もつけていない。花も咲かない、実もならない寂しい木だ。骨のような枝が、何かを求める手のように、空に向かってたくさん伸びていた。
 赤、青、黄色、色とりどりの小鳥達が羽を休める木になっていた。彼らが枝にとまっていると、きれいだったよ。開きっぱなしの打あげ花火みたいだったよ。それだけだ。その鳥達からも、ばかにされていたね。
 つまり、裸のくせに緑の葉っぱをつけようともしない。夢ばかり見ているのだ。夢を見つづけて、もう千年だ。
 そよ風が丘の斜面に波紋を描いている、のどかな午後だった。
裸の木にとまっていた小鳥達が、とつぜん悲鳴をあげて飛びたった。島一番の嫌われ者、「毒なしコブラ」が丘を登ってきたのだ。
世界一凶暴な顔で、ひとり言をつぶやいていた。「ごめんね」とか、「おれは最低だ」とか、さかんにぶつぶつ言っている。
胸のところから短い手が二本はえていて、「占い屋」と書いた提灯をぶらさげていた。肩がわずかにあって、赤いハンドバッグが、かかっている。
 口もとは、血だらけで、鳥の羽のようなものを二三枚くっつけていた。ランチが終わったところだろう。
 コブラは流砂に押し戻されながら、どうにかこうにか頂上までやってきた。裸の木にもたれた。ハンドバックから長いキセルを取り出し、ライターで、バシュッ、火をつけた。
 灰色の膜をはったうつろな目は、海の果てを見ていた。ひどく疲れている様子だ。小骨をペッと吐き出して、
「おれに毒があったらな、あのこ、あんなに苦しまずにすんだのに」
 こうつぶやいた。すると、
「おい、占い屋」
地響きのような声がして、コブラはあたりを見渡した。けれど、誰もいない。ぶきみ不気味になったのだろう、キセルの火玉を落として、長い腰をあげ立ち去ろうとした。
「おれにもたれておいて、ただで帰るのかい。お礼におれ様を占ってくれ」
「なんだ、裸の木じゃないか」
「木だって、未来があるだろう、占ってくれ」
「木のくせして占いとは、ヒャッ、ヒャッ、過去も未来も、あんたはずっと突っ立っているだけじゃないか、ヒャッ、ヒャッ・・・」
コブラは木をバカにしたように、息を吸いながら笑った。血のつばが木にかかった。
 木は、声をさらに低くしてすごんだ。
「ふん、占い屋。で、さっきのランチうまかったか?」
コブラは、顔をゆがめた。
「木の旦那、お人が悪い、見ていたのだね。・・・あんたと違って、おれは食わねば生きていけねえからな」
「おれだって、ただ立っているだけじゃない。この九百九十九年間に、九百九十九の夢を見た。占い屋、お前も僕の夢なのだ」
「ふーん、だとしたら、ろくでもない夢だなあ。旦那、もう少しましな夢を見てくれねえかな、ヒャッ、ヒャッ」
「夢ほど、見る本人の自由にならないものはないさ。さあ、つべこべ言わず、早く占ってくれ」
 コブラは、水晶玉をハンドバッグから出し、平らな額を押し付けた。しばらくして、頭を起こし、さもすまなそうに言った。
「旦那、やっぱり突っ立っておりますぜ。未来も・・・」
木は身をよじって、腹立たしげに言った。
「お前は僕を理解していない。おれ様は、ただの木じゃない。夢見る木だ。九百九十九の夢の先になにがあるのか、さあ、教えてくれ」

 コブラはもう一度水晶玉をのぞいた。しばらくして、脂汗をかき始めた。玉の中にさきほど絞め殺したはずの、若い雌鶏が現われたからだ。
「コブラの占い屋さん、わたし、幸せになれるかしら?」
雌鶏は小首をかしげて、さっきと同じことを、かわいい声でコブラに聞いた。幽霊を見たコブラの背中が震えだした。その背中に追い討ちをかけるように木は声をかけた。
「お前さんに毒があったらな、雌鶏はもっと楽に死ねただろうな。一時間も、二時間もかかって絞め殺すのは、そいつは残酷というものだ」
コブラはふりかえった。世界一凶暴な顔が倍にふく膨らんでいた。よほど木に腹を立てているのだ。
「へへ、雌鳥さんにうら恨まれるのはしかたがねえ。だが、木のだんな旦那、夢ばかり見ているあんたに、おれの苦労がわかってたまるか」
 コブラは猛然と木に襲いかかった。幹といわず枝といわず巻きついてし締めあげて、か噛みまくった。樹皮がめくれ、何本かの枝はちぎれとんだ。それだけだった。
 その間じゅう木はこそばゆがり、クック、クックと笑い声をたてていた。千年の間、他の命との触れあいは、毛虫がはうか、鳥がとまるぐらいだった。嬉しい笑でもあった。
 せいこん精根つきたコブラは、とぐろを解いた。し締めあげたところで木は食えない。
「旦那、永遠に突っ立って、きれいな夢でも見ていてください。きたない鳥の糞をかぶりながらね」
 コブラはすっかり糞まみれになり、黄色くなった自分の身体を、くねくねして、砂で洗った。水晶玉をハンドバックにかたづけ、提灯を手にとった。これらは彼の商売道具であり全財産である。
 日がくれかかり、海のコバルト色はあかね茜色に染まっていた。コブラは夕陽の方へ、斜面を滑るように下り始めた。
木は足がないので足で追いかけられないから、声で追いかけた。
「おーい、占い屋、もう少し話していかないか?」
 砂煙を立てているコブラの歩みは、止まらなかった。
「もしお前に毒があったなら・・・」と、木は言葉を続けた。
 コブラはスピードをゆる緩めた。
「お前の一生は、もう少し楽だったろう。夢見るだけのおれの一生も、今日で終わりだったかもしれん。これがおれの願いだった」
 しばらく立ち止まったコブラだった。
「毒なしコブラ、君は僕の最初の友達だ。さようなら」
 コブラはふりかえりもしないし、木のお別れの言葉にも黙っている。ただ、提灯に火をともして二三度揺らした。こらが彼のせいいっぱいの挨拶だった。コブラだって木は最初で最後の友達に違いない。
提灯をつけたまま背泳ぎで、暗くなってきた海の沖に向かって泳ぎ出した。だまされやすい雌鶏のいる、他の島を探すのだろう。
 夜になって、月がのぼった。木は体中が暖かくなってきた。夢ばかり見ていて、この千年深く眠ったことはない木だった。いい気持ちで、うとうとしてきた。これはあのコブラの乱暴なマッサージのおかげだ。
 ぼそぼそ寝言を言った。
 「九百九十九番目の夢は、コブラが雌鶏を食べた夢。千番目の夢はコブラに噛まれた夢・・・ああ、君もやっぱり夢だったけど‥‥今日の君が一番いい夢だった」
 小鳥達の群れが戻ってきた。月の光に照らされて、木は虹の花が咲いたようだ。
流砂の海に流れ込む音が、しだいに大きくなってきた。木はその音を子守唄のように聞きながら、今まで知らなかった深い眠りに落ちていった。砂時計の上の皿の砂のように、島がだんだん小さくなっていった。

今はもう、夢の木を乗せていたその島はとっくに無くなっている。でも、耳を手でそっとおおってごらん。いつでも、どこでも耳をすませば聞こえるよ。寂しい寂しい夢の木が、千年聞いていた、時の流れるその音を。
宇宙の砂時計、シュー、シュルル、シュー。

     
 (完)‥最後まで読んでくれてありがとう。寝る前には耳に手をあててみてね。




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