「ナマコの女」
昨日のことだ
朝市のブリキのバケツの中に
彼女はいた
これは命の原型だと感動
いわゆるナマコの女であった
震える指で万札を数え
それでも盗人のごとく
あさましい心持ちで家に連れ帰ると
さすがにナマコ女である
いきなりマリ状になって
僕に跳びかかり
胸やら尻に張り付いて
吸ったりして噛んだりもして
伸び縮みを繰り返し
黄緑色にも赤紫色にも発光した
α・β・γ
あらゆる角度をさらし
曼荼羅教に万華鏡
そのど真ん中、古代文様
バラモン式とか縄文式とか弥生式!
なにやら嬌声を発してはオートマチック
オートマチックに昂ぶり
その軟体を己自ら引きちぎり引きちぎりし
こねまわしもし己に指を入れては裏返しにもし
日が暮れて遠雷が光り
部屋が青白に浮かんだとき ナマコの女は
バタリ
木彫のような僕からはがれてしまうと
落ちた床から見上げて
そろそろ帰らねば…
虫みたいに悲しい声だった
今さらだけど
どこから来たの?
遠くからです
うんと遠くからです
十億光年くらい?
いいえもっと遠くから
あなたの忘れた昨日からです
えらそうにしないあなたが好きでした
これはほんとです
穴の目から
ポロポロ泣いた
それからナマコの女は
雨に叩かれ信号を照り返す深夜の国道を
ずりずり這って帰っていった
もちろん十億光年の峠を越えて
昨日へ
昨日ほど遠い国はない