自分というものを
ほとんど無意味な暗号だ
と感じて生きてきた
世界というものを
やっかいな暗号だ
と見なして生きてきた
とりわけ
女のひとのことを
暗号のなかの暗号だと
暗号の中心だと
思って生きのびた
道明寺の梅の花を見てきた
花は花ではないか
ほっとした
笑ってみた
夜になった
花は花ではないか
と暗い天井に言ってみた
もう一度だけ
花に
笑ってみた
怖ろしくなった
あなたとそっくりな姿を
コンコースの人混みに見つけても
二人で見た映画の終わりの
主人公のように
走り出すことはなかった
あなたは僕なしで
僕はあなたなしで
ここまでやってきた
追いかけて
追いついても
どう笑って
いいのかわからなしい
言うこともないので
あの日のままの
あなたに報告する
特別
というわけではないけれど
人の顔をした幸せに
追いつくことができたよ
たった今
パナソニックの
電動自転車が僕を追いぬいていった
明日の雨の匂いをさせて
羊雲の影が僕を追いぬいていった
手をつないだ子供たちが
英語の歌を歌いながら
僕を追いぬいていった
どんなものも
ふいに僕に追いついては
すばやく僕を追いぬいていった
すべてに追いぬかれたあと
風かなと思ったら
追いついたのは
思い出というやつだった
彼あるいは彼女
だけだった
ちょっとでも
ふり返ったのは
それから思い出は
体じゅうを
ほんとうの風にして
行ってしまった
目があったけど
顔はすでに風だったので
名前すら
思い出せなかった
一ヶ月ほど
たったろうか
夢の中で
泣いてしまった
電動自転車が僕を追いぬいていった
明日の雨の匂いをさせて
羊雲の影が僕を追いぬいていった
手をつないだ子供たちが
英語の歌を歌いながら
僕を追いぬいていった
どんなものも
ふいに僕に追いついては
すばやく僕を追いぬいていった
すべてに追いぬかれたあと
風かなと思ったら
追いついたのは
思い出というやつだった
彼あるいは彼女
だけだった
ちょっとでも
ふり返ったのは
それから思い出は
体じゅうを
ほんとうの風にして
行ってしまった
目があったけど
顔はすでに風だったので
名前すら
思い出せなかった
一ヶ月ほど
たったろうか
夢の中で
泣いてしまった
地球という球体が
真空の胴体である宇宙の
その石頭である可能性
こうして立っていることが
踏みつけているということ
私が踏みつけてきたものたちが
また私を支えてきたのもである
という逆説
自分の足の裏に
意識と想像力のおよばない
人の顔ほど
浅薄な動物はいない
靴を脱いで
確かめねばならない
この石頭が
真空の胴体である宇宙の
その石頭である可能性
真空の胴体である宇宙の
その石頭である可能性
こうして立っていることが
踏みつけているということ
私が踏みつけてきたものたちが
また私を支えてきたのもである
という逆説
自分の足の裏に
意識と想像力のおよばない
人の顔ほど
浅薄な動物はいない
靴を脱いで
確かめねばならない
この石頭が
真空の胴体である宇宙の
その石頭である可能性
「歓喜の歌」
*O Freunde, nicht diese Töne!
sondern laßt uns angenehmere anstimmen,
und freudenvollere.
おお 友よ この調べではない!
もっと快い、歓びにみちた調べを
歌いはじめよう
クリスマスになると
フルオーケストラを伴奏に
千人も万人も絶唱
あなたがたの
怒濤の歓喜が過ぎ去れば
雨上がりの朝
光を待ちわびていた
わたしどものさえずりを
聞いてください
これは
二個の点ではありません
わたしの耳です
その耳に
人と人
人と
生きとし生きる命の間に
絶対の線をひく
あなたがたの喜びは
冷え込む記憶のなかで
おごりに
響いているのです
O Freunde, nicht diese Töne!
人よ
わたしは
冬のスズメです
(*、ベートーヴェン・交響曲第9番第4楽章「歓喜の歌」より)
*O Freunde, nicht diese Töne!
sondern laßt uns angenehmere anstimmen,
und freudenvollere.
おお 友よ この調べではない!
もっと快い、歓びにみちた調べを
歌いはじめよう
クリスマスになると
フルオーケストラを伴奏に
千人も万人も絶唱
あなたがたの
怒濤の歓喜が過ぎ去れば
雨上がりの朝
光を待ちわびていた
わたしどものさえずりを
聞いてください
これは
二個の点ではありません
わたしの耳です
その耳に
人と人
人と
生きとし生きる命の間に
絶対の線をひく
あなたがたの喜びは
冷え込む記憶のなかで
おごりに
響いているのです
O Freunde, nicht diese Töne!
人よ
わたしは
冬のスズメです
(*、ベートーヴェン・交響曲第9番第4楽章「歓喜の歌」より)
人を愛するまで
人は死を怖れはしても
死に触れることはなかった
人を愛して死にたくなるのは
それ以上のものが
この地上に見あたらないからだ
アダムは苦い種を吐き出しながら
確かに言ったのだ
ついに僕らは神にはなれなかった
死のうよ
そしてイブは言い続けているのだ
死にましょう
あなた
でも
もっと林檎を食べてから
人は死を怖れはしても
死に触れることはなかった
人を愛して死にたくなるのは
それ以上のものが
この地上に見あたらないからだ
アダムは苦い種を吐き出しながら
確かに言ったのだ
ついに僕らは神にはなれなかった
死のうよ
そしてイブは言い続けているのだ
死にましょう
あなた
でも
もっと林檎を食べてから
昨日宣言しただろう
私はやたらに釘を打ち続ける
釘打ち師である
私の存在にわずかでも意味があるとしたら
それは釘抜き師のためである
しかし、釘抜き師を目撃した者はいない
ただ私が打ち続けている釘が
朝になれば抜かれて
散らばっているという事実だけである
あなたを釘抜き師だと
言っているわけではない
あなたはあなたを打ち続けるだろうと
言っているだけだ
そして誰も釘抜き師を目撃しないと
言っているのだ
ほんとうは怖ろしいことを
私の頭があなたに告げているのだろうか
そんな暇があれば
釘を打ち続けるべきなのだ
抜かれるよりも早く
私どもの
心臓はそれをしているのだ
相対性原理
風に
凧がまわると
糸でつながった
僕までまわる
おーい
凧よ
僕が
青い壁に
君をあげているのか
君が
黒い壁に
地球を
あげているのか?
(昨年の同名の、もとの詩は…)
元旦
凧が
糸をぴんと張り
地球を一個
揚げている
風に
凧がまわると
糸でつながった
僕までまわる
おーい
凧よ
僕が
青い壁に
君をあげているのか
君が
黒い壁に
地球を
あげているのか?
(昨年の同名の、もとの詩は…)
元旦
凧が
糸をぴんと張り
地球を一個
揚げている
夜なのか昼なのかわからない
といって朝でもない夕方でもない
それが少しの不思議につながらない
そんな世界があるだろう
道を歩いていると
丸い木の柱が立っていた
電柱でないことは
道のど真ん中に立っていること
電線がないこと
でほぼ明らかである
いつの間にか僕は
コンコン音を響かせながら
柱に釘を打っていた
その無益な行為が
まったく不思議ではないかのように
打ち続けていた
空の(壁の向こう)側から
お前は「釘打ち師」
という死んだ父のような声がした
そうか釘打ち師なのである
夢であることに
気がついたが
気がついたと思ってはいけない
そういう気がした
そのために
同じリズムで
釘を打ち続けていた
ずっと僕はそうしてきたような
気持ちがした
悲しさがこみあげてくるけれど
夢から覚めるのが
怖かった
それは
釘打ち師であるからだ
釘打ち師の宿命なのだ
君が君であることを
君の宿命だと思っているように
夢から覚めない限り
君は夢中になって君を打ち続けるように
といって朝でもない夕方でもない
それが少しの不思議につながらない
そんな世界があるだろう
道を歩いていると
丸い木の柱が立っていた
電柱でないことは
道のど真ん中に立っていること
電線がないこと
でほぼ明らかである
いつの間にか僕は
コンコン音を響かせながら
柱に釘を打っていた
その無益な行為が
まったく不思議ではないかのように
打ち続けていた
空の(壁の向こう)側から
お前は「釘打ち師」
という死んだ父のような声がした
そうか釘打ち師なのである
夢であることに
気がついたが
気がついたと思ってはいけない
そういう気がした
そのために
同じリズムで
釘を打ち続けていた
ずっと僕はそうしてきたような
気持ちがした
悲しさがこみあげてくるけれど
夢から覚めるのが
怖かった
それは
釘打ち師であるからだ
釘打ち師の宿命なのだ
君が君であることを
君の宿命だと思っているように
夢から覚めない限り
君は夢中になって君を打ち続けるように
ときどき時間というものを
世間も我もあるいは我も世間もといいますか
全く誤解していると確信し
時計の秒針の円周運動を見つめ
先端の風を暴風として感じつつ
その時制の誤謬からの覚醒を真に願うことがあります
そうするといわゆる
気が狂う寸前の
気が狂う振りですな
我はかたまっちまいます、ね
かたまっちまいますと
僕が捨てた女、いいえ、(またええかっこしました)
僕を捨てた女が来よりまして
一緒にひよこのように泣きまするな
ピヨピヨ泣いている内に
かたまっちが溶けまするな
世間も我もあるいは我も世間もといいますか
全く誤解していると確信し
時計の秒針の円周運動を見つめ
先端の風を暴風として感じつつ
その時制の誤謬からの覚醒を真に願うことがあります
そうするといわゆる
気が狂う寸前の
気が狂う振りですな
我はかたまっちまいます、ね
かたまっちまいますと
僕が捨てた女、いいえ、(またええかっこしました)
僕を捨てた女が来よりまして
一緒にひよこのように泣きまするな
ピヨピヨ泣いている内に
かたまっちが溶けまするな
とにかく詩人は世間が嫌いである。
というか、憎いのである。
もちろん世間が詩人を無視していることは知っている。
ほんとは、世間は詩人など眼中になくて、ただただ詩が嫌いなのだ。
世間に参入するとき、捨ててきた乳くさい詩が嫌いなのだ。
というか、憎いのである。
もちろん世間が詩人を無視していることは知っている。
ほんとは、世間は詩人など眼中になくて、ただただ詩が嫌いなのだ。
世間に参入するとき、捨ててきた乳くさい詩が嫌いなのだ。
僕のふりをしたあなた
(気安く呼んでもいいのかしら)
スカートを
朝顔のように拡げて
木陰に座り込み
木洩れ日のような
美しい笑いを
笑っているとき
その不吉な不安にかられた
世界の裏側で
今日もまた
僕のふりをできなかた
僕が
まんだらに
貧乏揺すりを
揺すり続けているよ
何者でもない
自分の至福を確信して
こんなふうに
若いころ
自分が思うようにならず
幸せを憎んだことがある
あらゆる人間が
エゴのために生きている
と思っていた
ある日
一匹の盲導犬が
目の不自由な人とともに
混んでいる電車に
乗り込むのを見た
その犬が
テレビで見るような
立派な体格をした
美しい犬であったなら
そんなことは
起こらなかったと思う
その犬は
痩せていたうえ
手入れがわるく
汚れた毛並みをしていた
何がおこったのだろうか
プラットホームに残された僕は
まず煙草に火をつけたと思う
それから
煙を深呼吸したと思う
囲んでいる人々を
見上げているだろう
情けなさそうな
けれど
底抜けにお人好しの
あの顔が出てきて
十年ぶりの
涙がぽろぽろ落ちてきた
自分が思うようにならず
幸せを憎んだことがある
あらゆる人間が
エゴのために生きている
と思っていた
ある日
一匹の盲導犬が
目の不自由な人とともに
混んでいる電車に
乗り込むのを見た
その犬が
テレビで見るような
立派な体格をした
美しい犬であったなら
そんなことは
起こらなかったと思う
その犬は
痩せていたうえ
手入れがわるく
汚れた毛並みをしていた
何がおこったのだろうか
プラットホームに残された僕は
まず煙草に火をつけたと思う
それから
煙を深呼吸したと思う
囲んでいる人々を
見上げているだろう
情けなさそうな
けれど
底抜けにお人好しの
あの顔が出てきて
十年ぶりの
涙がぽろぽろ落ちてきた
まるまるとした
風船の
しっぽのような
ひもを放してしまった
さようなら風船!
たちまち
吸い込まれていく
青空に
目まいが
したら
風船が言ったのだ
しまった
しっぽのような
人間を
放してしまった
さようなら地球!
風船の
しっぽのような
ひもを放してしまった
さようなら風船!
たちまち
吸い込まれていく
青空に
目まいが
したら
風船が言ったのだ
しまった
しっぽのような
人間を
放してしまった
さようなら地球!