明日か明後日、肩を揺すって笑い出しそうにない壁など、存在するだろうか?
確かに彼等の笑顔は考えにくく、幾分か、彼らは常に泣き顔であると言える。
要するに彼等には「思い出」がないので、常に泣き顔であると同時に、その自己批評として、
今にも笑い出しそうなのだ。まさに、想い出のないことの思いだし笑い、といったところろである。
ただ、ひょっとしたらそうして(つまり笑わず泣き出さず)突っ立っていること自体、
壁のわれわれに対する挨拶だとしたら、われわれこそ彼らに敬礼しなければならない。
確かに彼等の笑顔は考えにくく、幾分か、彼らは常に泣き顔であると言える。
要するに彼等には「思い出」がないので、常に泣き顔であると同時に、その自己批評として、
今にも笑い出しそうなのだ。まさに、想い出のないことの思いだし笑い、といったところろである。
ただ、ひょっとしたらそうして(つまり笑わず泣き出さず)突っ立っていること自体、
壁のわれわれに対する挨拶だとしたら、われわれこそ彼らに敬礼しなければならない。