日はあっという間に過ぎてゆく。
坂本少佐の飛行訓練から始まりそこにバルクホルンも加わり、
毎日訓練漬けの日々の中、夜の滑走路の隅で宮藤芳佳が呟いた。
「はぁ~~疲れた……」
いくら治癒魔法のおかげである程度筋肉の痛みは抑えられるが、
それでも体内に溜まった疲労は抜けていなかった。
というのも、
第501統合戦闘航空団に入隊して以来、
朝から夕方までひたすら体を動かして訓練、帰れば直ぐに寝て、
翌朝にはまた夕方まで訓練で、ぼんやりと学校に行っていた日々とはわけが違うからだ。
そして、
遠い異郷の地、しかも軍隊という組織に入ったため、
時折故郷の地にいる友人や家族のことを思い出し、寂しい感情が湧き上がることもある。
だが、
(うん、でも疲れたけど、
こんなに頑張ろうと思ったのは初めてかも)
芳佳の感情は前向きであった。
今まで彼女は実家の家業をただ何となく継ぐことを考え、
日々を過ごすだけに過ぎなかったが、坂本少佐に連れられて欧州に来てから変わった。
元々、自分に出来ることはないか?
そう考えてきたが、それがあまり分からなかった。
だが『赤城』を守ってから、宮藤はようやく進むべき道が見つかった。
ウィッチになり、みんなを守るという道を。
(ペリーヌさんは足手まといと言っていたし、もっともっと頑張らなくちゃ!)
夕方、リネットと芳佳の2人は滑走路で疲労で仲良く倒れてさい、
そんな様子を見たペリーヌ・クロステルマンがこの程度で倒れていてはここにいられない。
ここは即戦力だけが必要とされる、等と話した。
芳佳はその言葉に傷ついたが、
だからこそ、ここで諦めるわけにはいかない。
むしろ自分には成長の余地があると前向きに捉えていた。
「よし、」
両拳を握り、決意を新たにする。
そして、ふと背後から気配を感じる。
思わず芳佳が振り返るがその先には、
「宮藤さん?」
「リネットさん?」
リネット・ビショップがいた。
※ ※ ※
そろそろ滑走路で宮藤とリーネの会話イベントが始まるかなー、
と考えて最近夜間外にうろついているわたしだ。
たが、それが何時なのか分からないので今日まで空振りに終わっている。
そのかわりに夜間哨戒任務のサーニャと話したり、
格納庫の天井が寝所のルッキーニと遊んだりして幾日かの夜を過ごした。
「ん……」
夜の少し冷えた潮風が心地よい。
今日も滑走路の端に2人がいるかどうか確認しに行く。
ふと、横から足音が聞こえた。
もしかすると宮藤、リーネの2人かと思い、首を横に回したが意外な人物がいた。
「トゥルーデ?」
「バルクホルン?」
「ミーナ、それに少佐?」
だが、ミーナと坂本少佐であった。
というか坂本少佐がどうしてここに?
【原作】ではミーナが宮藤とリーネの会話を聞いて、
宮藤にリーネの事情を説明したが、そのさいに坂本少佐はいなかった。
む?
「腕……」
なんか腕組んでますね、お二方。
しかもしっかり手も握っていますし。
確かにミーナは【原作】でももっさんへやたらと気にかけていた。
現在三次元で彼女らを見ているわたしの視点から見ても今まで妙に仲が良かったし。
まさか、まさかと思うが、本当にミーナは百合推進派だったとは……。
そしてわたしが、キマシタワーが建造された瞬間を目撃する日が来るなんて。
「ミーナ、その、なんだ?おめでとう」
「トゥっ…バルクホルン大尉、こ、これは違うの!!」
あたわたとし出すミーナ。
どんな戦場でも冷静な判断力を失うことがなかったミーナが、
こんなに慌てる姿を見たのは、もしかすると初めてかもしれない。
「安心しろ、ミーナ。このことは誰にも言わないから」
「あ、あああ。だ、だからち、違う……」
否定するミーナを生暖かい眼で見て、
「分かっている」と言わんばかりに頷いて見せると、
あうあう、とただ口をパクパクさせた。
「ミーナを弄るのはその辺にしておけ、バルクホルン」
もっと弄りたい、
そんな欲求が出た矢先に坂本少佐が止めた。
「ミーナとこうして手を繋いでいるのは、潮風で寒そうだったから温めていたんだ」
これ以上ないドヤ顔で坂本少佐もとい、もっさんが言い放った。
なお、ミーナとは手を繋いだままでむしろ誇らしげにこちらに見せ付けていた。
確かにそういうシチュエーションは創作物によく見かけるものだけど、それを躊躇なく実行する少佐はやはり大物だ…。
そうした度胸についてヘタレなエイラは見習うべきだと思う、けど無自覚なのがあれだけど。
「まあ、むしろ刀を握っているから豆ばかりの私のよりもミーナの方が柔らかくて暖かいけどな!」
「~~~~~っっっ!!!」
そして、
無自覚ジゴロ発言と同時にHAHAHAと大笑するもっさん。
大笑のミーナといえば、顔がリンゴのように真っ赤であった。
……駄目だこのジゴロ侍、早く何とかしないと。
「おや、あれは宮藤、それにリーネか?」
少佐が視線をわたしの後ろの遥か先に動いた。
釣られてわたしは振り返ると滑走路の端に人影があった。
二人は並んで座っており、何か話しているようだ。
やがてリーネの方が何かを叫ぶと、立ち上がり格納庫へと走って行った。
話した内容こそ聞こえなかったどう見ても、物別れに終わったような雰囲気であった。
「リネットさん……」
ミーナが心配そうに呟き、
坂本少佐、わたしの順で口を開いた。
「参ったな、リーネの優しさが気弱になっているようだ」
「そうね、弱いことは悪くない。
むしろ時には臆病さが慎重さへと繋がりることがあるわ」
「確かに、今でも訓練ではむしろ宮藤より上だし、
座学は士官学校に受験できる程度はあるから、リーネは出来ることに違いないのだが」
何度かの実戦でリーネの教育も兼ねて彼女とペアを組んだことがある。
大抵緊張で途中でバテるか、墜落するか、参加しても碌に戦えないパターンであった。
しかし、訓練では相変わらず魔力をいもてあまし気味な宮藤と違い、安定して飛ぶことができる。
たまにする座学でも宮藤が四苦八苦する一方で、スラスラと答えを出せた。
ためしに士官クラスの戦術指揮に関する問題を出したら、キチンと解答することができた。
少なくても訓練校では出されなかった問題を出したが、
どうやら、そもそも訓練校に入る前に親戚の軍人が家庭教師として色々教えてもらったらしい。
考えてみればリーネの家、ビショップ家は代々ウィッチを輩出したブリタニアの名家だ。
ウィッチが社会に求められた役目は護国の戦乙女、そんなのが代々続くとなれば自然と親戚に軍人はいるし、
軍隊に入る前から軍人としてある程度教育されるわけである。
そういえば、ユンカーのゴトフリードの兄さんもそんな感じだった。
今は『グロースカールスラント師団』に配属されたと聞いたけど、どうしているだろうか?
「射撃の腕も悪くないし、
後は如何にしてリネットさんに自信を持たせるかが問題ね」
「ミーナ、言うのは簡単だがそれは難しいぞ。
私も未熟だった時代は自分に自信が持てず、
実戦で自分の力を証明してようやく自信が持てたくらいだからな」
ミーナ、坂本少佐がリーネを論評する。
だが、わたしはリーネが今後改善されることを知っている。
そして、これから何が起こり、この世界の未来とわたし達がどうなるかも。
幸いなことに、【原作】は某バッドエンド製造機が脚本を書いたわけでないので、
努力、友情、萌え、パンツで構成されこの物語はいつか幸福な未来へと収束してゆくだろう。
しかし、同時にわたしは知っている。
これは戦争、それも基本人類側が不利な戦争だから多くの地獄があることを。
ネウロイの瘴気で全滅した避難民の隊列、家族や国を守るために殿となって玉砕した部隊。
わたしはその情景と一人一人の顔を忘れることができない。否、忘れてはいけない。
かつて【原作知識】という結論を知っていたので楽観視していた。
しかし、その結論が出される過程でどうなるかこの数年で分かった。
【原作】なんて少しの差異であっと今に変わることは『赤城』の件で分かっている。
わたしが介入したせいであそこまで変化するとなると、今後もさらに変化してゆくだろう。
次のネウロイ襲撃。
すなわち【原作】イベントは今日宮藤とリネットの会話イベントで解禁された。
既存の情報分析でも、数日以内にネウロイが襲撃してくることは確定済みであり、
間違いなく明日にはネウロイが襲撃してくるだろう。
【原作】ではミーナ、エイラを除くベテラン勢のわたし達が囮に引っかかり、
ミーナ、エイラの2人で基地を攻撃してきたネウロイを追撃するが、ネウロイは加速し振り切る。
最終的に宮藤、リーネの2人だけが頼りになるに至り、
宮藤が魔法力が安定しないリーネのために肩車し、さらにリーネが「敵が初弾を避けた後、避けた位置未来を推測して撃つ」
事をその場で思いつき、共同でネウロイを撃破、これにより彼女は自分に自信を持ち、主人公と親友となる。
もしも明日が【原作】通りならこのような流れとなる。
だが、万が一に備えて幾つか打てる限りの布石を打っておいた。
まずはリーネがもしも志願して出撃をしなかった場合に備え、
最悪のさいには、宮藤、リーネを出撃させるようミーナに提案した。
2人ともまだまだ訓練が必要で、
さらにはリーネのメンタルの不安などからミーナはかなり難色を示した。
が、ミーナも軍人ゆえに最悪の場合、という但し書きつきであるが2人をつれてゆく覚悟は決めた。
なおサーニャは時間帯的に夜間哨戒を終えたばかりのため、魔法力を消耗しているため戦力としてカウントできない。
次に少数ながら基地に配備されている高射砲部隊の訓練をネウロイが来るであろう時間帯とあわせた。
通常の対空火器では正直焼け石に水であるが、もしも宮藤、リーネが突破された後の最終防衛ラインとする。
他に近隣の部隊に応援を要請することも考えたが、残念ながら管轄圏の関係上それはできなかった。
さらに増援のウィッチを501に寄越すように頼むことも、リーネ、宮藤が来たからそれも出来ない。
始めから囮と分かっているネウロイに割く戦力を減らすことも、それが囮である証拠が今はないためできない。
このように、わたしに出来ることは限られている。
オリジナルのバルクホルンに負けないように今日までネウロイを叩き落とし、
エースの仲間入りを果たしたが、戦争そのものに個人で対抗するのは困難だ。
けど、だからと言ってそこで諦めてしまえばそこまでだ。
わたし個人の努力が平和な世界を約束するものではないが、そうなる確率を上げることが出来るはずだ。
そして、この世界の鍵を握っていると過言ではない主人公である宮藤芳佳を守ることはわたしの使命である。
「どうしたものだか……バルクホルンはどう思う?」
坂本少佐が話を振ってきた。
「何もしなければ何も生まれない。
しかし、何かをすればその成果が実るとは限らないけど、
何かが生まれる確率は出るはず――――リーネには今までどおり接するべきです、少佐」
「ああそうだな、いい言葉だ。
その通りだ、案外焦りすぎたかもしれないな」
わたしの言葉にウンウンと頷く少佐、
そしてミーナは少し考える素振りを見せた。
だが、その時間がない。
その事実をわたしは知っていた。
打てるだけの手は打った、後はその日の運に任せるほかない。
不安に怯えつつも人事を尽くして天命を待つ、
残るわたしに出来ることはただそれだけで、後は2人を信じるしかない。
特に宮藤芳佳、彼女の動きでまた大きく状況が動くだろう
「頼んだぞ、主人公」
ミーナと坂本少佐に聞こえないようにポツリと呟いた。