想い事 家族の記録

難病の父と生きる
鬱病
ふたり暮らし

そーしつ の ひ。

2015-08-20 16:30:17 | 日記

沼じゃ 沼じゃ 動けぬよ~ … ヽ(*´▽`)ノ ヒョイ  (((((((呪)

時々 全ての自信がなくなるのです …

私は 子育ての自信を そーしつ いたしました ((((_ _|||))))ドヨーン

カメラのない日は 秘密の内職をしているのですが

今月は 失敗ばかりして

もう 実質 一週間しかない …

ここで せめて 5万は稼いどかないと! m(゜- ゜ )カミサマ!

その自信が そーしつ いたしました

時間が来ると 怖いのです

恐怖で 身体が 小刻みに震えるのです アセアセ( ̄_ ̄ i)タラー

でも 今日は なんとかまともな 数字を叩きだして終わりました

明日も やてくるのです

無慈悲に それはやってくるのです …

やめてしまえば? ( ̄ー ̄?).....?

お嬢が 憧れの私学に行けなくなるね

謝って 他の高校を選ばせても あの子は文句は云わないでしょう

でも 私が私を 赦せない ∑( ̄皿 ̄;; ムッキー!!

あと3年 持てばいい

全部 失っても 生活保護があるじゃない

ああ でも お嬢はその後専門学校か…

まだまだ 頑張らねば … く( ̄Д ̄)ノガンバレーーー♪

できないよ ~ 私なんかに 子供を育てあげられるの?

こんな 私なんかに…

何人も子供抱えて頑張ってるおかーさん方もいらっしゃる

尊敬する … 私には 出来ない …
 
一人で 限界だ

じいが療養生活にしてくれたおかげで

夕飯は 娘のだけ作れば よくなった

私は もう本当 適当でいい

納豆と梅干があれば 幸せだし

味噌汁があれば 具が無くても幸せだし

そう 今の私は 味噌汁を作って食べるより

味噌汁を作ることに 意義があるのだ (。-_-。)ポッ

私がこだわっている顆粒だし 北海道産昆布の化学調味料無添加

味噌は 善光寺さんの味噌

一滴入魂

ここに 今 乾燥しいたけのだしを 加えたい!! という欲求に 駆られている!!

私は 味噌汁を作り

出来上がった汁を 小皿に取り 味を確かめる

これが したいだけなのだ!!! (ノ・ェ・)ノ --==≡炎炎炎炎炎

「美味しい!!」 と 叫べば 幸せなのだ

なんで こんなことになってしまったんだろう

まあ 紅茶に関してもそうなのだけど

今 お気に入りのお店の茶葉を 変えないからね

紅茶熱が下がった分 味噌汁に 移行したのだろう

スコーンも 全く食べてないしね (ー) フフ

来週から パンケーキは 復活させるよ

できれば ワッフルもね! (^○^)

将来 

一人になったら ハワイに移住するかも知れない

いや 二重生活 送るかも知れない

昨夜 ふと そう想った

そーしつ してる場合じゃないじゃんね! ☆^∇゜) ニパッ!!


















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いのねらえぬに。

2015-08-18 18:04:48 | 日記

大分 涼しいです ヽ(^◇^*)/ ワーイ

が 寝室が一階なので 窓を開けて寝るわけにいかず

除湿しつつ寝ています

湿気は この身に辛いです

で ここに お嬢も勉強道具を持って入ってくるので

9時に寝たとしても

12時まだは 最低眠れない (≧ヘ≦)

昨夜も 最後の休みの夜で

「宿題 終わったのかな」と気にしつつ

どうも 耳を澄ませていても ペンが動く音がしない

「電源落としてもいいよ」って 真っ暗のなか

タブレットを見てる? (・_・?)

宿題は? 明日の準備は終わったの?

いつもの 問題集の答え合わせも 今年はないということだし

いやいやいやいや … あると 思います

こんな時間まで追いつめられて 頼めなくなったのでは?

でも 「夏休みは 本気で頑張らないと後が大変だよ?」

「ちゃんと 受験勉強してる?」

という 私の言葉が気に入らないらしく

「やるから 何も云わないで」とビシっときたので

もう長い事 私は何も云ってない ((-_-。)(。-_-))イエイエ

夏休み 私も休みなんだから一緒に頑張ろうって買った参考書

どうなったんだろう

云う方だって 辛いのに

で 昨夜も 1時くらいまで 4時間も眠ろう眠ろうと頑張って ダメ

結局 お嬢が作業を終えてベッドに入るまで ねーむーれーなーいー "(/へ\*)"))

かといって まだ別室も窓締めたら蒸すし

他の部屋にいけーとも云えず …

おまけに 最近 トイレに 二度程起きるので(おばーちゃんかーい!)

あっという間に 夜明け

朝はフラフラして 午前中は 辛い身体に鞭うって 仕事

仕事が早めに終われば もうバタンと寝てしまい

負のスパイラル

ここに父の介護が入ったら 自滅ですな

療養生活になって よかったよ~ ヽ( ´¬`)ノ

ところで

お嬢の事は 信じてあげなくちゃだよね

それで できれば12時前には 眠って欲しいよ~。













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ぼんも すぎて。ゆらゆら あゆむ。

2015-08-17 15:07:09 | 日記

急に 涼しくなりました

これなら 夕飯に お味噌汁が いただけそうだ

意識は まだ 暑い 房総の海に在りました

昨日 母のことを考えてしまったせいか

私がしたかったこと 行きたかった場所

それが 房総

母は お姉ちゃん子でしたから

理想の移住先は 千葉

凄く 素敵な 病院もあって

海がきれいで

おいしいお魚を買いに 母の車いすを押して 出かけていたのです

市場のおじさんと 気兼ねなく話す社交的な母がいて

おいしいお魚 煮つけにしましょうね と 話して

次は 野菜を買いに行って …

おいしくご飯を食べて 早目に寝る

昨日は月が出ていて 窓を開けて眠りました

母と手をつないで 近い未来に「死」があっても

明日は何をしようか お姉さんに会いに行こうか また 海に行こうか

何をしたっていい

私たちは 毎日浮かれていて 

でも 母は心配するのです

「私が死んだら 貴女は 独り責められて 居場所もなくて 大変だよ」

そんなことは どうでもよかった

今 母とこうしていられれば

私は何も怖くない

親戚には 「病気の母を 父が強制的に働かせるから逃げた」と

本当のことを云えばいい

それを責める人は きっといない

葬儀を終えたら 私は家を出る

K家の墓にも入らないよ

海に 還りたいな

山でもいいな

自由になりたいな

この重たい身体を手放したら どんな風に 動けるんだろう … ?

でも それは ただの夢 妄想

私は 独り泣いた

母はいない

後悔だけが 胸に残る。




 













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ゆめの なかの ひと。

2015-08-16 16:52:07 | 日記

私の意識は また 混乱しはじめたらしい

最近 と云っても もう一か月は続いている

起き抜けの混乱

ここは 何処 いつの時代?

父は? 母は? 私 結婚したんだっけ?

それで 考えたくないよ 思い出したくないよ

あやふやな時間の中を 漂っていたいよ と 切実に想い

いつも母が現れる

「ほら しかりして 目を覚まして」 と 起こされる

そして 今は 父が難病 母はとうに他界 自分には娘がいて

離婚して 私自身の精神状態は 悪くないって感じで …

ホッとする

ここは 八王子じゃないってことに まず 安堵する

でも 亡くなったひとが こうも毎日夢に現れてはいけない気がする

私の何が 心配だ?

今はもう 怖い事はないよ? 安全な場所にいるよ?

娘と 楽しく生きているよ?

お母さん 何をしてほしいの? … お父さんの ことだよね

やはり それはまだ目覚めていないだけで 判らない

大きな 喪失感に つながるとでも云うのだろうか

ひと昔前も 頻繁に母が夢に出てくるときがあった

いつも 同じシチュエーションで 私の 隣の隣りに横たわっていて

顏だけ コトリと こちらを見ている ただそれだけの夢

「お母さんがいる もしかして 死んじゃったのは 夢なのかな」

いつも 同じこと考える

お母さんがきてくれて 嬉しい お母さん 私 苦しいよ 助けて

私の身体は動かない 心の中で 語りかける

安心していた

でも 霊感のあるひとに云わせれば それは「危険」なことだった

あまりに弱り切った貴女を心配しているのは確か

でも このまま苦痛が続くなら いっそ連れてゆこうかと 考えている

「連れて行かれちゃうよ」「気をつけて」

私は 泣いた 

連れて行ってよ お母さんと 天国で楽しく暮らしたいよ

でも 私には娘がいた 死ねるはずがなく 諦めては 泣いた

「心配かけてごめん 頑張る もう 心配しないで」

何日か そう 語りかけて いつの間にか 夢は見なくなった

母の存在は リアルだ

亡くなって20年以上はたつのに

ただ そこにいて ダイレクトに話が出来ないくらいだ

存在のしかたが変わっただけ と 私は思っている

ただ 後悔が消えない

亡くなった時 私は25歳

母を連れて 家を飛び出してしまえばよかった

母をさらって どこか静かな場所に行って 私が母を食べさせてあげればよかった

そうしたら 末期がんの苦痛を抱えてまで

働かされることもなかったのに

動けなくなるまで 立っていられなくなるまで 働かされることもなかったのに

余命を もっと 楽しく過ごせたのではないか

私にはそれだけの財力もあった

なのに 父には逆らえなかった

その 後悔は消えない

いつか 消えるのだろうか

それを抱えていきてゆくのが 人生なのだろうか

あの時 できなかった悔しさを 死ぬまで抱えて苦しんで 悔やんで 泣いて

この身がようやく終わったとき

私は 全力で母を探す 迎えに来てくれれば嬉しいけど

探して 見つけて 今度は私が護る

また 人として生きたいと望むなら 私が 貴女を産みます

そして 一生護るよ 





そんなことを考えながら お盆が終わった

平成6年 9月9日 重陽の節句

もう 21年が 経ちました。




















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つかのまの。

2015-08-15 18:01:27 | 日記

お嬢と焼き肉を食べに行って来ました

最近 牛肉とか 食べないんだよね…

バイキングにしても 元なんかとれないんだろうな…

と せこいことを考えつつ

ちょっと贅沢なコースで 食べ放題を

オーダー入れなきゃ出てこないお肉を 食べて見ました

そしたら 結構おいしくて

牛肉も 全然クセがなく やわらかく

油もそうギトギトせず…

結局 並んでるお肉は手をつけず

運んでくれるお肉だけ食べ

あまり お腹をいっぱいにすることなく

程々にしておき とりあえず 近くのイ◯ンへ移動

暑い一日だったけど 風の質が変わったような

それほど普通の汗はかかずに移動

10分もかからない道の途中で 私は 腹痛に襲われ

脂汗をかきつつ トイレに直行でした

すっきりした後は 特に買い物もないので

ゲーセンのコインゲームを1000円ずつだけ遊んでいこうかってなり

コインを買おうとしたところ

ゲーセンのお姉さんが 1000円くじで運が良ければ かなりコイン出ますよと教えてくれた

はずれでも 損はしないからというので 100円プラスしてクジをひいたら

お嬢が当たって コインが凄い量になってしまった

その上 ゲームで当たりを連発し コインの量は半端なくふくれあがり

思いっきり遊んでこられたよ

その後 ちょっと飲み物など飲んで

いつものバスで帰ってきた

「楽しかったー」と 珍しく お嬢が楽し気だった

「今日はありがとう」と ぐうかわなのであった

こうして 些細な事でも

受験の夏の束の間 楽しい想い出を作ってやれた

私にだってできるのだ

勿論 旦那がいれば 子の後 夕飯もお風呂も入って家に帰るんだけど

私たちにはもう これくらいで ちょうどいい …

明日は 送り盆だ

お盆が過ぎれば もう 夏も終わりだという感じがしてくる

また 仕事に追われる

日常が やってくるのだろう。


















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