希望通りの出向・・・自慢話では無い良き運
私が卒業した高校では、機械科で3年間学び、就職して工場の品質管理の仕事が初めての
職場でした。2年ほど経過し他の職場(職種)に魅力を感じていた。そして思い切って人事課長の
に面談し、職場変更を直接申し出た。その時に一つの条件を言われました。
お前の希望する職場には直ちに移動させることはできないが、チャンスがあれば推薦しようと、
そして条件として「現在の業務においてお前が少しでもだらけているとか、さぼっているとかとい
う社員からの噂が自分の耳に入った時には、お前を一切推薦はしない。という内容でした。私は
当然に普通以上に努力して働きました。
丁度、あれから一年後に人事課長から呼ばれて、お前が希望している職場に移動が決まったが、
今でも気持ちは変わりないかと聞かれ、はいと言って決まりました。何もこれは運が良い事では
あるけれども、会社の事情もあって職場移動が可能になった気配もあったようである。
話はこれからで、そしてそのまた2年経過した時に、会社の社内新聞に会社を創業された(会長)
が、自ら設立していた研究所(物心両面の繁栄を通して、世の中を平和な社会にする)謂わば、研究
も然ることながら出版関係の内容の研究所である。社内新聞にその研究所に希望する社員で入社5
年以内の人は、直接本社の総務へ申し込むこと。という内容の記事を見て、早速希望のハガキを
提出しました。そして、10後の或日に本社で面接をするからとのことでありました。
本社に行き面接者から君は何故この研究所を希望したのかと聞かれ私は「物心両面の繁栄を目
後に、工場長から呼ばれて研究所への移動の辞令を頂ました。後で解ったことですが、面接され
たのは、70名でその中から7名が選ばれたことだということです。
このように私は、周りの都合も考えずに職場移動を自ら申し出たのに関わらず、またしても上
司など誰にも相談なく、本社に申込みそれが決められたこと、私は我が道を行く、我儘な人間だ
と自覚しております。このような我儘の人間を大企業の職場でよく実現されたものだと、自分な
めただけで実現できたわけです。
先に述べた通り私は機械科を卒業したけれども、徐々に仕事をしながら、機械系より文化系の
仕事が向いているように感じつつありました。高校の三年生になってから、運動部(テニス)に所
属していましたが、機械科の7名の友達とともに、女性の多い部活道を探し、それが文芸部であ
りました。たった一年間だけの部活動でしたが、いろいろと得ることが沢山あり、私の人生のあ
り方に大きく影響されたことに結果的になったのです。不思議なものです。このころ私は努力の
賜物ではなく、何か良き運が得られることに意趣の自信をえることになりました。
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