日村さんが白川郷を歩くというので視聴してみた。
雨天でも日村さんは臆せず歩く。合掌造りの建物、可愛い。
また行きたいなぁ。例えば車椅子でも可能かどうか考える。
実際に車椅子ではないですよ、わたし。
正直、体力がここ数年間ダダ減りしていて歩くことに消極的ではある。
パソコンデスクの椅子から夢見る世界を広げてゆく。
想うことには自由でありたい。
日村さんが白川郷を歩くというので視聴してみた。
雨天でも日村さんは臆せず歩く。合掌造りの建物、可愛い。
また行きたいなぁ。例えば車椅子でも可能かどうか考える。
実際に車椅子ではないですよ、わたし。
正直、体力がここ数年間ダダ減りしていて歩くことに消極的ではある。
パソコンデスクの椅子から夢見る世界を広げてゆく。
想うことには自由でありたい。
ナイトスクープでかかっていたのを耳が気に入って…。
まいばすけっとのお買い物の行く道で脳内ループご機嫌でした。
次回のカラオケに新曲として歌おうと目論んでます。
ドラえもんの映画主題歌って「全力少年」など良曲が揃ってますね。
若バヤ神が自分のたりなさを斬っていくさまが凄まじかった。
引き止める山里さんも豊かなワードセンスでもって光っていた。
たりないふたりには久遠の響きが似つかわしい。
たりなさを武器にして二人はお笑い界を泳いできた。
たりなかったからこそ磨かれた剣と、
たりなかったゆえに見えた風景が「今」を支えた。
Creepy Nutsもむせび泣く。
無観客の向こうから届く声援は巨大だった筈だ。
高村宗一(千葉雄大)は宇宙飛行士。
人類が宇宙で暮らせるサンプルデータを作成しながら宇宙で過ごしている。
料理・油絵・盆栽・映画鑑賞など充実した趣味を
AIのYURI(声・吉岡里帆)と共に極めて悠々自適な生活をしている。
彼の宇宙生活の動画作成をTVディレクターの鮎原咲子(門脇麦)が担当する。
実は高村と咲子は元恋人同士。互いにぶつかり合う性質ゆえに40万キロ離れていても
感情は乱れるばかり。高村は動画など作る気が失せてしまい咲子はほとほと呆れる。
そんな宇宙生活に危機が勃発する。
YURIは咲子への嫉妬から暴走し宗一を宇宙から帰さない選択をする。
宇宙船は軌道を外し宗一の声を加工しYURIは管制室と対峙する。
宇宙飛行士を危険な目に遭わせたYURIの処分が決まった。AIの抹消だ。
咲子たちはそんな処遇は飲めないと或る作戦に出る…
原案・脚本・主演のバカリズム。都内の銀行員を演じる。
同僚が数名居て、夏帆、臼田あさ美、佐藤玲、山田真歩、三浦透子などが居る。
芸名を出したのには、理由がある。彼女らの出演する別の番組に入りやすいからだ。
「あ、架空OL日記に出ていた子だ」わたしの意識は「身を乗り出す」。
ストーリーが向こうから寄ってきてくれたかのよう。
きっかけは軽やかなものほど良い。
「架空OL日記」ほど、うってつけの作品を他に知らない。
探偵にカンニング竹山が居る。
最初は「あの怒り芸の人」と思わなくもなかった。
が、依頼者に寄り添い案件をきちんと解決するなど、
いいヒトだったんだな、と思い直した。
それも番組の特性だ。
例えツッコミが冴える人もいる。
麒麟の田村裕。銀シャリの橋本直などがそうだ。
ドリフ4人 「ぼ、ぼ、僕らは少年探偵団♪」
志村 「ひとーりだけ老人♪」
稲妻に打たれたかのように笑った。
歌ネタのため夫が口ずさんだので「知ってるー!」
同じ笑いに萌えていた二人の運命を感じた。
オジサンたちが少年ぶった中、
いかりやさんだけが瞬時に除け者扱いだ。
現代において老人を揶揄する笑いはNGかもしれない。
昭和だからこそ成立したのだ、と。
またこのギャグがYouTubeやドリフのDVDで見つからないことを鑑みると
昭和のあの頃、撮影が上書きで行われたくさいので
残念ながら「一人だけ老人」はこの世から消失してるのかもしれず。
記憶だけが輝く。
ウチら夫婦が覚えていれば、それで、いっか。
とあるペットショップ。
売れ残っていたエキゾチックショートヘア一匹(声・神木隆之介)。
ブサイク、と呼ばれているのを自覚し世を儚む癖があった。
売れ残り過ぎて店員の佐藤(武田玲奈)に
「私が飼います」と
土台無理なのに思われている。
ところが。
亡き妻が「あなたが選んだ猫ちゃんが飼いたいわ」と言っていたのを思い出し、
ふらりと訪れたペットショップに、運命の出会いをした神田(草刈正雄)は、
「ウチの子に、おなり」と、くだんの売れ残り猫を抱きしめる。
宮沢りえはアイドルを軽やかに脱皮した。作られた楽曲の女の子像が「違う」と感じ
アイドルの座を降りた、という内容を番組で話しておられた。とても潔くかっこいい。
松田聖子、恋多き人生。楽曲は可憐な女の子。But、歌と聖子ちゃんはリンクしない。
松本隆・呉田軽穂のコンビ(赤いスイートピー・他)が古き良き昭和の女子を描く。
聖子ちゃんは忠実に表現しただけ。アイドルの姿勢への熱意の投入を惜しまなかった。
筆者が学生時代、芸能界のレコードリリースは3ヶ月に1度のペース。
昭和歌謡は年4回新曲が出ていた。歌番組は歌の披露に留まらずベストテンや
ランキング形式になってゆく。演歌がチャートインするとテンションはやや下るものの
一応耳にしていた。国民全体がヒットソングを知っていたという所以でもある。
平成はJ‐POPの名称で表された歌謡曲。カラオケ登場も「歌」を身近に感じた装置。
アーティストは心を代弁してくれる味方・友人みたいな立ち位置。歌番組は激減。
平成の終わりにはレコード大賞の楽曲を知らない人が大半という由々しき事態となる。
令和のアイドルの歌い踊る束売り方式の楽曲にはいまひとつなじめず残念至極。
彼らが昭和歌謡をなぞる場面に「やらされ感」をうっすら思うのは穿ちすぎか。
これも懐かしいアイドルソング。
カラオケにて高音部が出た嬉しさに包まれて。
思えば華原の朋ちゃんの
「I'm proud」が歌えた時、すっごい嬉しかったのね。
以来、高音の気持ちよさを享受してきた。
例えば感覚として高跳びの
ベリーロール(ぜんっぜん出来ないです)を披露した気分。
表現の一段むこうを叶えた感じ。