先日、日本の某新聞オンラインで、読者が色々なことを投稿する欄に目を通していた時のこと。ある一つの投稿に思わず気持ちが動いた。それは投稿主のお宅の隣に建てられたばかりの家に越してきたまだお若い家族から、「なんの挨拶もない」という憤慨気味のものだった。住宅事情も、ナワバリ意識があるのかと多少驚いたが、「新入り」さんが下手(したで)に出て「先住民」にご挨拶をするというマナーがない、と言うことらしい。そして私は思い出した。我が家が南加からセントラルヴァレーに越してきた27年前のことを。
越してきて最初の日曜日朝に家族7人で教会へ行き、帰宅後にホームメイドクッキーをペイパープレイトに沢山盛り、新居の我が家へ初来客がお見えになった。その朝教会でお会いしたばかりの3人の息子さんをお持ちのご夫婦(ケヴンとビバリー)で、「よくこちらまでいらっしゃいました。お近づきに、どうかこのクッキーを召し上がってください。」と挨拶にいらしたのだ。
おふたりがお帰りになるや否や、育ち盛りの15歳から7歳の子供たちが5人いる我が家で、そのチョコレートチップクッキーは、もちろん、あっという間に消え失せた。ありがとう、ビバリー。
その他の新しくお目にかかった方々には、すぐに「あ、新しいご家族ですね、よくいらっしゃいました。」と学校でもご近所でもお声をかけていただいた。住む袋小路のお隣は8軒で、早速袋小路だけのブロックパーティを催してくれた。8軒は8軒とも同時期に家が完成したばかりだったが、皆すぐ仲良しになった。ここの方々はなんと友好的で思いやりがおありになるのだろうと驚いたものである。アメリカでも、あるいはアメリカだから、気軽に親しくなる。挨拶の順番などなかった。
クッキーをいただいたご夫婦とそのご家族とは、それ以来ずっと楽しくお付き合いをしてきて、少し前にビバリーの出身地の南部の州に越していかれた。それでも夫の訃報をインターネットで見つけた息子さんのおひとりが、家族に知らせ、お花とカードが郵送されてきた。そのカードはとても優しくて、教会での、ご近所での楽しかったことや、また夫についても思いやりにあふれる文章がカードの全面に細かく書かれていて、心が打たれた。
綺麗な花をどうもありがとう、ケヴンとビバリー。
6年ほど前、まだ南部へお移りになる前、そのビバリーに手術不可能な脳腫瘍があるとわかり、良性ではあるが、本来なくて良い物故に、放射線治療をすることになった。その時、めまいや立ちくらみが頻繁に起こり、食欲をなくし、終日ブラインドを引いた薄暗い寝室に休んでいるとお聞きした。
ご夫婦は我が家同様に、その頃すでに空の巣族のお仲間になっていらしたので、ケヴン用に温かい食事を用意し、ビバリーには口当たりのよい果物や喉越しのよいジェラティンの物をお持ちしていた。
治療過程が半ばに入ると、長々と続く闘病生活から、鬱々とした気分になってしまうとお聞きし、お目に優しいようにうすいピンク系で、芳香がほとんどない薔薇を2打ばかり選び、いつもの生花会社から例の長いブルーの箱で配達してもらった。
配達されるとすぐ涙ながらに感謝を申される電話がかかってきた。薄暗い寝室にそれこそパッと花が咲いたかのように優しい光さえ放って見えるの、と彼女は声をつまらせつつ話した。
その後治療は終わり、少しずつ健康を取り戻して、平常の生活に戻ることができ、3番目の息子さんも結婚なさった。その披露宴ですっかり元気になられたお姿を見て、どれだけ私たち夫婦は喜んだことか。
ご夫婦はやがて引退することになり、それならば余生は住み慣れた南部州にある彼女の生まれ故郷へ、と移って行かれた。
日本的に言えば、本来新参者が元からいらっしゃる近隣へご挨拶に伺うべきなのかもしれない。アメリカでも、アパートやタウンハウスにお隣お向かいに新しい入居者が、ちょっとした挨拶に、ということはあるが、はっきりしたしきたりではない。
よく不動産会社が家を売却した際、お礼をこめて、贈るちょっとファンシーな物が入ったバスケットや、ホテルに泊まる時、部屋に置いてある果物やチョコレートなどの入っているバスケットは、知られているかもしれない。そう大掛かりではないが、前からお住まいの方が、友好的にWelcome Basket(歓迎のバスケット)と言って、文字通り籠に、新鮮な果物、野菜、焼きたてのパンやお菓子、などを入れて、新入居者へ持っていくことが結構ある。
住む州や市などの場所によるが、新しい隣人には、たとえば小児科、内科、歯科医、などのリストを食物などに添えていることもあり、そう言う点は便利で、ありがたいものだ。
南加に住んでいたのは、町外れの住宅街で、その袋小路になった住宅に越した時は、お年寄りが沢山お住まいで、クリスマスやイースターの折には、幼かった子供と一緒にクッキーププレイトをいくつか用意し、子供たちがお隣に配り、ついでに何かできることがあれば、おっしゃってください、と言い置いたものだった。家庭菜園の綺麗な野菜をお持ちしたりしたこともあった。
その時、子供たちはご近所への心配りを習い、楽しいと思ったと言う。何故なら、両家の祖父母からは遠く住み、代わりにご近所のお年寄りの方々が、子供たちが袋小路(我が家の住宅へ希望は安全を考えて袋小路が条件である。)で自転車に乗ったり、遊んでいると、声をかけてくださったり、とても親切になさってくださったからだ。子供ながらに、親切は自分から始めるものだ、と感じたらしい。
その日本の新聞の投稿記事を読み、その「先住者」が、「新入居者」の挨拶がないと憤慨なさっているのを、私は不思議に思ったのだ。「それでは先住者として歓迎のご挨拶をなされば、憤慨したり、ヤキモキなさることもないだろうに。」と思ったのだ。やはりそう言う点、年功序列的な法則が日本のしきたりの底辺にあるのかもしれない。礼儀正しく、お互いを思いやるのが日本人と思われているのに、ちょっと残念だと思ったのは否めない。
おっしゃる通り、日本ではそういうしきたりは礼儀正しく、「常識」だと思います。その投稿主は、あちらから挨拶するのが真っ当、とお思いでそのために憤慨なさっていらしたようです。いくつかのレスポンスには、「貴女からお伺いになったらよろしいのでは?」というご意見もあり、日本人の方でもそうお思いになられる方はいらっしゃるんだな、と思いました。私からすれば、先住民が偉いというわけではなく、「先に住んでいるのだから」という概念で、いつ来るのかと気を揉むのが不思議だったのです。sekko様も大変長く在仏生活をなさっていらしてもそうした日本のしきたりを慣習としていらっしゃり、敬意を持っております。私も日本で暮らした時間よりもここでの生活が人生の3分の2余となり、日々日本での細かな習慣に疎くなりつつあっても、特に日本国が島国で大勢が心地よく暮らしていくための知恵は大切だとは思います。どこにいても、それは当たり前でしょうが、それでも逆に新米を心地よく居住してもらうための知恵も同等に大切なのではないでしょうか。親切にするのは、いつも自分から、というが私の信念です。生意気に聞こえましたら、ごめんなさい。
フランスのうちでは向かいの貸家の住民が時々変わるので、どんな人か確かめたいこともあって、こちらからちょっとしたものを持っていくことがありました。私はいつも日本のもの(抹茶クッキーとか梅酒とか)を持っていくことにしています。そうすれば誰にもらったものかを覚えてもらいやすいので。
娘のうちは、お隣との庭に通路を設け、同い年の子供たちの送り迎えを交代でするなど、自由に行き来していました。人により、家族構成を含めた地域によりでいろいろあると思います。息子はマンションで一人暮らしですが、仕事上で頂き物が多い時は階下のご夫妻のところにお分けするなどしていました。遠くの親戚より近くの他人、というのは、今も生きていると思います。