「黒い五月」の活動日誌

ティーカップから引っ越してきました。

何故、交流戦だとパ・リーグが強いのか?(14)

2017-05-16 23:04:00 | NPB
 しかし、長くなりましたな~。
 この調子だと2017年の交流戦に突入まで終わるかどうか――っていうか、今年の交流戦まで、あと一週間だよ(汗)。
 相変わらずの調子で、敬称略で書きなぐって14回目DEATH。

 えーと、2001年シーズン。
 やっとこさ、21世紀に突入です。
 あのホームランの話は、ネット上にいくらでも転がっているでしょうから、割愛するとして、その打った選手にしても、前年は、虎さんチームのファームで当時の監督の息子の控えという、悲惨な状況に置かれていたんですよね……。
 いや、もう、ね、すさまじいまでの「いてまえ野球」っぷりでしてね、思えば、この前後にパ・リーグの野球の方向性が完成したのではないか、というくらい。
 なんたって、チーム防御率が4.98(規定投球回行ったのが、前川だけ?)でしたからね。
 投手陣が崩壊し切った状態で、勝ち進んでいったという――(汗)。

 たとえ10点差でも、「満塁ホームランが3本出れば逆転できる」的で、とにかく「思いっきり投げて、思いっきり打って、思いっきり走る」な世界観でした。
 
 しかし、北川、吉岡、香田、湯舟、ギルバート、6月から加入の三澤、大病から復活した盛田、前所属球団でのいじめから這い上がった山村、ついでにスター時代の栄光を引きずり続けていた石毛(博史)、人生の苦い水を味わってきた感のあるメンバーが多かったのも印象深いですね。

 そんなチームでしたから、日本シリーズでは、ツバメさんチームにコテンパンだったのは、仕方が無いというか、むしろ1勝できただけでも良し、といったところでしょうか。
 その勝った試合にしても、明らかにオッケーィ古田さん、リードに若干「試し」というか「遊び」を入れてましたよね。
 日本一になった瞬間も、喜びはしゃぐ選手スタッフの中で、一人、矢吹丈戦を終えたホセ・メンドーサみたいになっていたのは、気のせいでしょうか?
 後日、とあるパ・リーグのキャッチャーに「お前、年間20試合以上、あんなんを相手にしとったんかい?!」とこぼしたとかこぼさなかったとか、そういう都市伝説的な話が聞こえております。

 なお、オフのドラフトですが、「逆指名」→「自由獲得枠」となっており、2人までこの枠で入団させることが可能になっております。
 各球団、当たりはずれは大きいようですが、自由枠かそれ以外で確実に1人は、のちの戦力を拾っている印象ですね。それでなくとも、移籍後、花開いた選手もいた印象です。
 西武、大当たりじゃん……(細川、おかわり、栗山巧が入団)。
 ダイエーも、寺原と杉内を両取り。CLMは2巡目で今江ですよ。
 それでも一番インパクトがあるのは、檻の10巡目の後藤光尊。さらにこの年、2巡目が平野恵、5巡目で反則王早川ですか・・・。

 ただ、このころから戦力格差だけではなく、パ・リーグ各球団(の親会社)に次から次へと不祥事やら何やらが出てくるわ、暗雲が立ち込めはじめます。

 (つづく)