クロアチアのハイライト、アドリア海の真珠と謳われた町ドブロブニク。文字通り海に浮かぶ町であり、海の要塞でもある。旧市街には車を乗り入れることは出来ないので、旧市街手前の有料パーキングで車を止める。この日は火曜であるにも関わらず、パーキングはほぼ満車状態。なんとかパーキングに車を乗り入れる。駐車料金は一時間5クルナ(約115円)。
建物の様式や通路の排水溝、石畳の道の作りは、ヴェネチアのそれと非常に良く似ている。それもその筈、ドブロブニクは11世から14世紀半ばまで、ヴェネチア共和国の影響下で発展したのである。そして14世紀後半には、ヴェネチアから脱してラグーサ共和国を建てるが、15世紀にはオスマン帝国がバルカン半島に進出し、ラグーサ共和国はオスマン帝国の影響下に入ることになる。十字軍を利用して台頭したヴェネチア共和国は、後にオスマン帝国の浸透によって没落する。学校の歴史で少しだけ触れた内容のものが、ここドブロブニクで実物の建物を見て触れることによって、少しだけだが確認することが出来るのである。
建物の様式や通路の排水溝、石畳の道の作りは、ヴェネチアのそれと非常に良く似ている。それもその筈、ドブロブニクは11世から14世紀半ばまで、ヴェネチア共和国の影響下で発展したのである。そして14世紀後半には、ヴェネチアから脱してラグーサ共和国を建てるが、15世紀にはオスマン帝国がバルカン半島に進出し、ラグーサ共和国はオスマン帝国の影響下に入ることになる。十字軍を利用して台頭したヴェネチア共和国は、後にオスマン帝国の浸透によって没落する。学校の歴史で少しだけ触れた内容のものが、ここドブロブニクで実物の建物を見て触れることによって、少しだけだが確認することが出来るのである。
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