このシルバーウィークを利用して、天狗岳、硫黄岳に行く予定でした。
が、意地悪な台風が邪魔をして、やむなくキャンセル。
それで、3日間、フリーな時間ができました。
そこで、だいぶご無沙汰していた写経に出かけました。
外は雨。でも、雨音を聞きながら一心に写経するのは心が落ち着きます。
筆で書くのはとても苦手ですが、お手本がありますので、
それなりの字になります。でも、時間ができたら是非、いちから書道の基本を
学んでみたいと思う時でもあります。とめ、はね、はらい。いいですね~。
近頃では、文章は殆どパソコンで書きますので、ペン字でさえ書く機会がなくなりました。
メール、ライン、などなど、メッセージのやりとりも
電子文字で済ませてしまいますので、本当に手紙を書くことがなくなりました。
ただお一人、今でも折に触れお手紙をくださる方がいます。
高校時代の恩師です。年に一、二度、数人で食事会をするお付き合いが
続いていますが、お礼状はいつも素敵なハガキに達筆な文字で届きます。
ですので、私もこの時ばかりは気に入った絵葉書を見つけて
ご返事をします。やっぱり自筆でのお便りをいただくのは嬉しいですね。
書いた方のお顔が見えるようです。
メールもラインもそれなりに便利です。
遠くに住む孫たちの様子が動画で送られてきますので、
度々会えずとも、その成長ぶりがよくわかります。
キャッキャと笑う様子が送られてくると何度も見返して
一人、ニンマリしてしまいます。
それはそれとして、やっぱり退職したら手習いを始めて
孫たちにせっせとお手紙を送ってあげようと考えています。
娘達が小さかった頃、三人三様の手紙を毎月、祖父母に送るのを
習慣にしていました。これを始めた頃、長女は小学校4年生、次女は1年生。
三女は3歳。長女の手紙は教科書に載せたいくらい整った文章でした。
次女のものは口語体で、とても面白く楽しく書かれていました。
三女はといえば、文字が書けませんので、絵でした。
それぞれ個性豊かで、私も毎月楽しみにしていたのを思い出します。
両親が亡くなり遺品を整理していた時に、子供たちからの手紙の束が
出てきました。何とも言えない気持ちになりました。
先日、弘法大師の書かれた文(ふみ)をテレビで見る機会がありました。
やはり、紙と筆で書かれていたからこそのものだと思います。
とめ、はね、はらい。いいですね!
文章もどこか味気ないものとなってしまいました。
私の家でも娘や孫とのやり取りはラインで戯言のやりとりばかり
知らない内にそれに慣らされてしまっているのが、思えば悲しい事です。
とめ はね はらい が懐かしい!
若いころに事故で、指の1本が不自由になったのですが
見事な達筆だった
よく、飲食店などのメニューを頼まれて書いていた
ただ
写経をしていたからといって、お釈迦様のような人ではなかった
気性の激しい好色な人でした^^;
> 私の家でも娘や孫とのやり取りはラインで戯言のやりとりばかり
> 知らない内にそれに慣らされてしまっているのが、思えば悲しい事です。
本当にそうですね。時には絵文字を使用して文字さえも入力しないことがあります。自分の文章が幼稚になっていくのを実感しています。。。 (- -);
性格と写経が不釣り合いだとしても、達筆であることは
やはり、うらやましいですね。 「字は体を表す」と聞くと
本当に身が縮む思いです。
義父は毎年、佐渡まで写経に通った人でした。
もちろん達筆で、子供たちへの返信も筆文字で、
「書は人なり」をほうふつとさせる人でした。
あやかりたいけれど難しい。。。
写経いいですね~♪
私も心静かに
写経を一度やってみたいと思っております。
主人が亡くなってから、
自筆のお手紙やお葉書をいただくことが増えました。
そのたびに相手の方の優しさに触れ、
気持ちが温かくなります。
私もその方のことを思って絵葉書を選び、自筆で返信をするように心がけています。
相手の方を思って、
お手紙を書く時間はいいものですね。
大切にしていきたいと思いました。
コメントありがとうございます。
> 主人が亡くなってから、
> 自筆のお手紙やお葉書をいただくことが増えました。
> そのたびに相手の方の優しさに触れ、
> 気持ちが温かくなります。
ご夫婦そろって人付き合いの良い方なのでしょうね~。
私も見習いたいと思います。
ぜひ、また始めてください。
それにしても、高校で般若心経ですか。
クールですね。