七夕の日は南浦和にある施設を訪問しました。南浦和駅も含めてこの辺は大谷場という地名だったようです。近くに宝性寺と氷川神社があったので散策してみました。最初は寶性寺です。宝が読めませんでした。實(実)ではないかなどど学のないところを暴露してしまいました。新四国八十八ケ所、41番札所とか足立坂東33観音霊場の10番霊場とか言われているようです。足立坂東観音霊場 は宝永二年(1705)に足立郡塚越村(現 蕨市塚越 )の高橋休山により、当時の足立郡大宮以南の寺院仏堂をもって創設されたそうです。また、この他にも同じ名称で、大宮以北の寺院仏堂で構成された、桶川市下日出谷の知足院が札元の観音霊場があるようです。。駅に面した角に庚申塔がありました。目的の施設を通り越して道路の反対側には氷川神社がありました。この看板を見て裏から入りました。本殿と由緒書です。さいたま市の指定有形文化財になっています。
大谷場は、かつては一面に畑地が広がっており、そのころは、当社は椚林に包まれた閑静な社で、この杜には、古くから雉子が棲みついていたということです。昭和二十年ごろまでは、ここに足を踏み入れると雉子がバタやハタと飛び出して来て、そのため氏子の間では「雉子は氷川様のお使い」で、通称も「雉子の氷川様」と言われているようです。こちらのユリノキは指定天然記念物です。表門から外にでました。
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