さいかち亭雑記

短歌を中心に文芸、その他

諸書雑記

2024年12月07日 | 本 古書
 材料はいろいろあるのだけれども、何を書いていいかわからないので、とりあえずいつもの諸書雑記から入る。今日買った安価な古書の名前を書き出してみる。

・安東次男『花づとめ』昭和四九年五月、読売新聞社刊 
 古書店の街路に面した均一価格棚にあったもので外箱は変色しているが、これが岡鹿之助の絵で飾られているうえに、箱から出すと紙と製本の糊のいい匂いがするのである。変色してはいるが、黄緑色の布で製本された背表紙は手に触れて心地よく、本文とは別の用紙に印刷された三葉の挿し絵は駒井哲郎の手になった木草や花の絵である。とくに読まなくてもいいぐらいな満足感を与えてくれる本だ。
 去年東京のステーションギャラリーでやっていた春陽会展のおしまいの方に岡鹿之助の大きな絵が二点ほど並べられていたが、あの展覧会は私にとっては眼福の極みとも言うべきものだった。日本人は昭和時代の日本の洋画をもっと大切にした方がいいし、誇りに思っていいと私は思う。岡の水力発電所の絵などは、近代的な設備があたかもヨーロッパの古城か古代遺跡のように描かれているのであって、画家の目は時間を超越しているということがわかる。岡の有名なパンジーの絵にしても、あの花は磨かれたアンモナイトの化石のように美が凝固した気配を持ちながら、同時にみずみずしい生きた抒情をたたえていて、まったく不思議な絵だ。ところでこの本は100円だった。

・黒田重太郎『畫房襍筆』昭和十七年六月、湯川弘文社刊 
 戦前の京都画壇の中心人物による「画房雑筆」である。ちょっと思い出したが、この人と何人かの画家たちが大阪の新聞社の出資でヨーロッパ美術めぐりをし、筆者は黒田で新聞に連載したものが、たくさんの挿絵入りで旅行記としてまとめられている麻布の表紙の本がある。あれなどは筑摩か講談社の文庫本にでもならないものかと思う。なかでも小野竹喬の洋風のスケッチは一見の価値がある。300円。

・三宅克己『水彩画の描き方』大正六年刊、大正十五年二月三十五版、アルス刊
 巻末の広告をみると、同じ書肆から山本鼎が『油畫の描き方』を出している。ざっとめくってみると、この本の筆者はいたって平凡な気がするが、黒田、久米両先生が帰朝してから日本の洋画の画面の色ががらっと変わって明るくなったというような記述は参考になる。300円。

・小野十三郎詩集『大海邊』昭和二十二年一月、弘文堂刊
 この詩集は、私は好きだ。空襲で滅び去った重工業の廃墟と周囲の海と、大阪湾一帯の水辺の植物や鳥が、靄に包まれたり、風に吹き曝されたりしている風景がイメージできる。戦後になって故国に去ってしまった朝鮮の人たちをなつかしむ口吻のある詩もいい。300円。

・尾上柴舟『紀貫之』昭和十三年刊、十六年九月再版
 後半の秀歌鑑賞にみるべきものがあり、そこだけでも文庫本などで再刊に値する。500円。

・生島治郎『東京2065』昭和47年6月再販、早川書房刊
 活字が小さくて読めない。が、表紙の絵が真鍋博のイラストである。中味も星新一ばりのものがありそうなのだが、読めないので仕方がない。300円。

・田中比左良『繪説き汗と人生』昭和十八年、晴南社刊
 ちょっとめくってみて、モノの感じ方が、時代を隔てると、こうもわからなくなるものか、とあきれるぐらいにかけ離れている。こういう書き物と比べると、近代文学の書き手の書いたものが、どれだけ垢抜けしたものかということがわかる。戦時中の日本人の生活感覚のようなものを知るために我慢して読むということはあるかもしれないが、文章はとうてい味読に堪えない。ところが、ふんだんに収録されている著者の絵は、見ていて楽しい。500円。

・堀口大學訳、ジヤン・コクトオ『白紙』昭和二十一年、齋藤書店刊
 戦後すぐで紙質がわるく、あまりよい印刷ではないが、コクトーのデッサンが六点、巻頭に収録されている。そういえば、たしか高校二年の時だったか、三年の時だったかコクトー展があって、それを東京まで見に行ったためにすっかり影響されてコクトーばりの詩的デッサンをたくさんかいていた時期があった。この本は芸術的時評集で、エリック・サティの作品への聴衆の反応のことなど、あとでゆっくり読みたい記事が詰まっている。ちらっとみた1919年5月のマチス展の感想など、すでに歴史的な書き物と言ってよいのかもしれない。500円。
 
〇現下の世界を見ていると、二十一世紀の人類が、二十世紀の人類よりも進歩しているとは思えない。私自身は、せいぜい過ぎし世の書物を手がかりとして、ある一つの時代に真剣に考えられたものや、喫緊の課題として見えていたものを大切に取り扱っていきたい。過去に対して傲慢になってはいけない。そういう過去への遡及のなかで自ずと養われる心構えのようなものを歴史観とか倫理というのだ。ひどい言葉は現代の情報市場にあふれているが、私はそういうものとあまりかかわらないようにしたいと思っている。

 


身めぐりの本

2023年05月05日 | 本 古書
〇島田修三『昭和遠近』2022年10月刊、風媒社刊
※昭和の記憶が満載されており、時代の記憶を呼び起こすよすがとなっている短歌と写真の臨場感がとっても素敵だ。ドラマを書いたり、風俗史的なものに取り組む人は座右の書のひとつとしてもいいのではないだろうか。筆者は一流の歌人だからショート・ストーリーの名人なのである。

 連休前に古書で購入したもの。
〇草野心平『村山槐多』昭和五十一年、日動出版刊
 ※古書の「えびな書店」のカタログで村山槐多の葉書がカタログに出ていたけれども、乃木大将の殉死に心から感動しているようすが、書かれた文面がある。これなど、歴史の史料としても最上のものの一つだろう。

〇若松英輔『常世の花 石牟礼道子』二千十八年、亜紀書房刊
〇匠秀夫『中原悌二郎』1969年初版、1988年新装版、木耳社
〇谷川健一『四天王寺の鷹』2006年刊、2007年二刷、河出書房新社刊

久しぶりに取り出した本。

〇それはまるで一羽のとりが白き羽をむしりとられてゆくようだった   渡辺良
              『スモークブルー』2021年砂子屋書房刊
 これは医師である作者の自分が診ている患者についての作品なのだけれども、ウクライナ戦争で戦死している彼此の若者たちのことのようにも読めるではないか。

また、買い置きの古書。
〇川崎洋『目覚める寸前』1982年、書肆山田刊
〇小宮豊隆『黄金蟲』昭和九年、小山書店刊

〇伊藤一彦『言霊の風』2022年9月、角川書店刊 
 ※帯に「牧歌的で言霊ふくんだ風のやうと日向弁聞きき石牟礼道子は」という一首があげられている。コロナの影響もあって、全体に「ケ」の歌が目立つ歌集である。

 マンエンと言へば万延元年のフットボール思ふ世代の一人

〇『The Country Where Turtles Cry』中西進 著、英訳 結城文 2022年3月角川書店刊
 ※結城さんは短歌の国際的な普及に長くかかわり、昭和九年生まれの歌人の会のまとめ役もしておられる。短歌の翻訳の仕事として河野裕子や岡井隆の歌の英訳本などがある。どうしてこの人の仕事がこれまで顕彰されて来なかったのか、私には不思議でならない。

〇石川県で地震があり、カムチャッカ半島で火山が大噴火。私には、地球が戦争のことを怒っているとしか思われないのである。

〇当方の文章が久しぶりに角川短歌の5月号に載っている。歌集歌書紹介の欄なのだが、藤田冴さんの歌集がたまたま当たっていたのは、よかった。まあ、格がちがうと言ったらいいのかな。

〇野樹かずみさんが故・蝦名泰洋さんとの両吟集をまた出された。『カイエ』という。少し前の『クアドラプル プレイ』も良かったけれども、今度の小冊子も好調で愛唱にたえる作品がたくさんある。人に貸してしまってここに引用できないのが残念だ。そもそも連休中の一本として考えていた文章が、こういうしょぼいコメントになってしまって、我ながら何をやっているんだか。本は、連休直前に久しぶりに会った知人らとの歓談のうちに誰かの手に吸い込まれてしまったかしたのでした。ああ…。















古書まつり フジサワ湘南 有隣堂の上階にて

2022年06月25日 | 本 古書
 今月の26日まで、藤沢有隣堂の入っている藤沢名店ビルの六階イベントホールで古書展がひらかれている。知人に話をうかがったところ、採算の関係で、こういう展示会は、これが最後となるかもしれないということで、古書の好きな方は、この展示会の存続のためにも、ぜひ訪れていただきたい。

ちなみに、当方が購入した書籍は以下の通り。

・友部正人詩集『名前のない商店街』一九八六年思潮社刊
・同『空から神話の降る夜は』同
・春岳文章、静子著『紙漉村旅日記』昭和十九年七月明治書房刊
・奥村伊九良『古拙愁眉』1982年みすず書房刊
・佐藤多持『戦時下の絵日誌―ある美術教師の青春』1985年けやき出版刊
・佐野美術館発行『伊東深水』1994年刊
・『主婦の友創刊六十周年記念〇復刻で綴る 大正昭和女性の風俗六十年』昭和52年主婦の友社刊
・粟津則雄著『西欧への問い』一九七八年朝日新聞社刊
・『黒いユーモア選集下巻』1988年四版国文社刊
・関千枝子著『広島第二県女二年四組』1985年筑摩書房刊
・『小島信夫文学論集』1966年晶文社刊
・久保田万太郎著『戯曲集 かどで』昭和九年二月文体社刊
・三岸節子『美神の翼』平成三年求龍堂刊
 あと二冊あった。追加。
・保坂和志『「三十歳までなんか生きるな」と思っていた』2007年草思社刊
・林洋子『藤田嗣治 手紙の森へ』2018年集英社新書

 これでだいたい一万六千円。いたんでいて二、三百円の本もあるから値段の多寡は言えないが、まあ、お買い得です。大口鯛二の掛軸があったなあ。ううむ。

ついでに北口に下りて横浜銀行のすぐとなりの太虚堂書店と、さらにそこから左に歩いて信号を反対側に渡り、その道路をずっと行ってブックオフ前をがまんして通過し、二百メートルほど先にある古書店の光書房まで行くなら一日の古本探索行脚としては、わるくないはずです。